EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
近年、企業による社会の脱炭素への貢献を定量化した指標である削減貢献量に注目が集まってきています。2023年のG7気候・エネルギー・環境大臣会合の共同声明1で削減貢献量の価値が共有され、COP28のジャパン・パビリオン2においてもトピックとして取り上げられた他、自社の削減貢献量の算定・開示に取り組む企業が増えています。このような動きの背景としては、グローバルでのネットゼロに向けて温室効果ガス(以下、GHG)排出量を劇的に削減するには、企業が自社のGHG排出量を削減するだけでなく、そのソリューション(製品やサービス)の利用を通じて顧客や社会のGHG排出量を削減することが不可欠であり、ソリューションがもたらすことのできる社会へのポジティブな影響を定量化する必要性が認知されてきたことにあります。従来の報告枠組みや方法論は基本的に「排出源」としての企業、あるいは企業が抱えるリスクに焦点を当てたものであり、ソリューションによるポジティブな影響を捉えることができません。企業が自社のGHG排出量を算定・把握し、削減努力をすることは依然として重要ですが、「排出源」としての企業ではなく、「ソリューションプロバイダー」としての企業に焦点を移し、社会の脱炭素に貢献するソリューションの普及を促すために新たなアプローチが求められています。
削減貢献量という概念の基となる、社会の脱炭素へのポジティブな影響を可視化するという考え方自体は21世紀初頭に構築され、これまでにいくつかのガイダンスが発行されてきました(図1)。その中でも2023年の3月にWBCSD(World Business Council for Sustainable Development)から発表されたガイダンス(以下、本ガイダンス)は、削減貢献量を信頼に足る堅牢な指標として利用し、また標準化されたガイダンスの基礎を築くことを目的に策定されました。これまで発行されたガイダンスと比較して、削減貢献量を主張する企業や製品の適格性や報告に関する明確な基準を設定していることやリファレンスシナリオ(2. 参照)を検討する際の観点を詳細に説明していることが特徴として挙げられます。本記事では、本ガイダンスで示された内容のポイントならびに削減貢献量をめぐる直近の動向について解説していきます。
図1 これまでに発行された削減貢献量に関する主なガイダンス
出所:公表情報3よりEY作成
削減貢献量とは、企業が販売したソリューションが利用された場合と、そのソリューションがない場合に最も起こりうるであろう状況(=リファレンスシナリオ)という2つの状況を比較した際のライフサイクル全体におけるGHG排出量の差分を指します。しばしばスコープ3の削減分と削減貢献量が混同されることもありますが、前者は企業の視点に立ち、同一企業内での過去の基準年における実際の排出量の差分を指すのに対し、後者は社会的な視点で、企業が販売したソリューションが利用された場合と、そのソリューションがない場合に最も起こりうる状況(自社の従来製品との比較とは限らない)を比較した際の仮想的な排出量の差分を指しており、全く異なる概念です。下記のユースケースが示すように、必ずしもスコープ3の削減分と削減貢献量が一致するとは限りません(図2)。
図2 スコープ3の削減と削減貢献量の違い
出所:WBCSDのガイダンスを基にEY作成
削減貢献量が悪用されるのを防ぎ、主張の正当性を判断するため、本ガイダンスでは3つの適格性が定義されています(図3)。
図3 3つの適格性
出所:WBCSDのガイダンスを基にEY作成
本ガイダンスでは、たとえネットゼロへの移行期間にGHG排出削減効果があったとしても、ネットゼロの世界と両立しない資産の延命に直接的または間接的につながるソリューション(化石燃料を使用する製品等)は、削減貢献量を主張する資格はないとされています。
また、最終製品だけではなく、最終製品の部品であっても削減貢献量の算定対象となり得ますが、その場合も削減貢献量は最終製品のレベルで定量化されるべきとしています(最終製品の削減貢献量を配分すべきではない)。したがって、企業間(例えばEVメーカーとEVバッテリーメーカー)で削減貢献量の二重計上が発生する可能性もありますが、最終製品のメーカー以外でも社会に対する貢献を主張できるようにすることで、ネットゼロに向けたさまざまなステークホルダーの協調・連帯を促進するため、本ガイダンスではこのような二重計上を容認しています。
適格性を満たしたソリューションについて、本ガイダンスでは5つの算定ステップ(ステップ5は任意)が定義されています(図4)。
図4 削減貢献量の算定ステップ
出所:WBCSDのガイダンスを基にEY作成
まず、ソリューションごとに2つの算定アプローチのうちいずれかを選択します。ソリューションの販売後、顧客による使用状況をモニタリングしていない場合は基本的にアプローチAを選択し、ソリューションの耐用年数にわたるGHG排出量をソリューションの販売年に一括算定します。一方、ソリューションが企業によって運用される、もしくはリースされる等、ソリューションの使用状況をモニタリングできる場合はアプローチBを選択し、契約期間中毎年、1年分の排出量の算定を行います。
次に、ソリューションごとにリファレンスシナリオを定義します。リファレンスシナリオは、ソリューションが販売および使用される市場の状況に大きく依存するため、ソリューションへの需要の新規性(新規需要か既存需要か)や既存需要への対応(改良か置換か)、関連規制の有無等を考慮して、客観的に妥当とされる仮定に基づいて設定する必要があります。
本ステップでは、ソリューションおよびリファレンスシナリオにおけるライフサイクル全体(原材料調達から廃棄まで)の排出量を算定します。ステップ1でアプローチAを選択した場合、将来の排出分も加味するため、今後発生しうる動的効果(電力の排出係数の推移や製品の性能劣化等)やリバウンド効果(人々の行動変容により、結果的に当初意図されていた削減効果の一部/全部が帳消しになること)を考慮した算定が求められます。
最後に、ステップ3で算定したソリューションおよびリファレンスシナリオでのライフサイクル排出量の差分をとり、ソリューションごとの削減貢献量を算定します。必要な場合、ステップ5にて複数のソリューションの削減貢献量を合計し、企業としての削減貢献量を算定します。また、ソリューションおよびリファレンスシナリオのライフサイクル排出量の算定にどのようなデータを使用したか(企業独自の実験データや市場データ等)に基づき、削減貢献量の精度を評価することも求められています。
削減貢献量を算定後、外部に報告・開示する際は下記の要件が定義されています(図5)。特に、削減貢献量をGHG排出量や炭素吸収量等他の指標と合算して開示することは絶対に避ける必要があります。また、本ガイダンス作成当初、ソリューションによる他のSDGsへの悪影響がないことを適格性に含めることも検討されていた背景をふまえ、ソリューションをより全体的な観点から評価することが推奨されます。
図5 削減貢献量の報告時要件
出所:WBCSDのガイダンスを基にEY作成
本稿執筆時点において把握された本ガイダンスに沿った算定事例は、英国のエンジニアリング企業Weir Group PLC 4のみです。本ガイダンスは、ソリューションの選定やリファレンスシナリオの設定等について、算定者による判断が求められる部分も多く、実務的な観点で課題が残っていると考えられます。実際に本ガイダンスのアドバイザリーグループも本ガイダンスの更新の必要性を認識しており、今後の発展が期待されます。
また、本ガイダンスとは別に、金融機関を中心として削減貢献量の算定・開示の標準化に向けた動きが少しずつ出てきています。例えば、金融機関のGHG算定や開示を目的とした国際イニシアティブPCAF(Partnership for Carbon Accounting Financials)5にて削減貢献量の算定や開示について議論されている他、グリーンボンドに関する国際的なガイダンスを発行しているICMA(International Capital Market Association)6も、削減貢献量を考慮した「グリーンイネーブル活動」の定義や削減貢献量の算定に関するガイダンスの策定等について検討するワーキンググループを2024年初めに立ち上げました。また、資産運用会社のMirova社7とRobeco社は、各低炭素ソリューションについて、リファレンスシナリオやその他の前提条件を考慮した、削減貢献量を算定するための排出係数データベースの構築を開始したことを1月に発表しました。
金融機関以外では、IEC(International Electrotechnical Commission)8も2024年中に削減貢献量に関する国際基準を導入する想定です。また、GHGプロトコル9が2024年3月に発表した基準に関するアンケート調査結果のサマリードラフトにおいても、(削減貢献量などを含む)パフォーマンスベースの排出量算定と報告のためのガイダンスの策定を提言する回答も含まれております。
冒頭の繰り返しとなりますが、自社の削減貢献量を機会として評価してほしい企業およびそれを評価したい金融機関は増加しています。今後、本ガイダンスの更新をはじめ、いくつかのガイダンスが策定される予定であり、算定を予定される企業は混乱するかもしれません。リファレンスシナリオという推定が含まれる削減貢献量の算定に正解はありませんが、本質的に気候変動の緩和に資するソリューションである限り、適切なガイダンスを活用し、透明性をもった開示を行いさえすれば、市場からの相応の評価は十分に期待できます。
削減貢献量は古くからある考えではありますが前述の課題などもあり指標としては定着しませんでした。本ガイダンスなどに沿った優良開示例が増えることで気候変動に係る機会を捉える重要指標の一つとして認識されることを願っています。
EYの気候変動・サステナビリティサービスユニット(CCaSS)では、気候変動・脱炭素分野での多岐にわたるアドバイザリー支援に基づく知見を生かし、社会全体のGHG削減貢献に尽くしてまいります。
参考文献
【共同執筆者】
※所属・役職は記事公開当時のものです。
近年、企業によるソリューションを通じた社会の脱炭素化への影響を定量化した削減貢献量に関心が高まっています。2023年に発行されたWBCSDのガイダンスをはじめ、削減貢献量の算定・開示の方法論の標準化に向けた動きが増えてきており、今後脱炭素化を促す指標として普及することが期待されます。