EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
IoTの進展やZ世代の台頭により、今後ますます「自動車離れ」が加速すると考えられています。国内における自動車での移動は「ちょっとそこまで」といった短距離移動が多いため、無人運転サービスの市場は、最大で2万台を超える規模に成長する可能性があります。しかし、現在、国内を走行している無人運転の車両プロバイダーは海外メーカーが多く、国内メーカーへの転換が求められています。そこで重要となってくるのが、日本の自動車メーカーにおける収益構造の変革と新たなビジネスモデルの創出です。
日本の自動車メーカー、そして基幹産業として自動車産業を支える国や地方公共団体は、このような変革が求められる時代において、どのようなかじ取りを行うべきなのでしょうか。
自動車の販売台数が伸び悩みを見せる中、安全基準の強化や環境問題などへの対応が求められ、車両価格の上昇が避けられない状況です。さらに、IoTの進展やZ世代によるライフスタイルの変化により、ますます自動車離れが加速する恐れがあります。
こうした中、EY Japanは2023年、年間走行距離と年間移動コストを基に「自動車を活用した移動手段別の経済合理性」を試算しました。前提として、自家用車だけでなく、カーシェア、レンタカー、タクシーといった代替手段も含めて試算しています。その結果、自家用車の損益分岐点は年間1万キロ、バッテリーEV(BEV)の場合は年間1万4千キロという数値が示されました。これは、自家用車全般では81%、自家用BEV単体では98%と、ほとんどの自家用車で経済合理性が成立していないことを意味します(図1)(バッテリーEV(BEV)市場の2030年に向けた展望と日本の戦略 )。
図1
自家用車の保有が経済的に見合わない場合、自家用車を保有するよりも魅力的で安いモビリティサービスに流れてしまうことが予測されます。現代文化研究所の試算によると2030年までに自家用車を手放すユーザーが88万人おり、そのうち年間走行距離が5千キロ程度、1日に換算すると大体14キロ、つまり、片道7キロ圏内で通勤、家族の送迎、買い物を済ませるような「ちょっとそこまで」の移動をメインとする自家用車を手放すユーザーは、約56万人います。(図2)
図2
出所:ソニー損害保険株式会社「2020年 全国カーライフ実態調査」、
https://from.sonysonpo.co.jp/topics/pr/2020/12/20201214_01.html(2024年10月24日アクセス)
※1:現代文化研究所 黒岩 祥太「現在は乗用車保有の転換点 日本の地域別中長期乗用車保有台数予測」(運輸と経済2024年4月号)
現在、「ちょっとそこまで」の短距離移動に自家用車を利用してきたユーザーの領域を満たす自動車を活用した最適なモビリティサービスはありません。そこで注目されるのが、「無人運転サービスやライドシェアなどの次世代モビリティサービス」です。
その中でも、地方創生の実現に向けたキーデバイスである「無人運転サービス」について、具体的にどの程度のポテンシャルがあるのか─ EY Japanは、2030年までの無人運転バスの普及台数のポテンシャルについて独自に試算を行いました(図3)。
図3
図3では、自動運転サービスを使うユーザーを利用意向アンケートから想定した場合、2030年に必要となる無人運転バスの台数は最もポジティブなケースで2万6千台になると想定しています。
また前述の通り、日本国内には、「ちょっとそこまで」の短距離移動を行う自家用車ユーザーが約56万人います。では、この約56万人を支えるためには、どれくらいの台数の無人運転バスが必要となるのでしょうか。既存のタクシーの実車率や無人運転バスの乗車人数などを基に算出すると、約3.9万台が必要(モビリティニーズ)と考えられます。(図4)
図4
出所:
※1:国土交通省自動車局旅客課「運輸審議会ご説明資料」 令和4年4月7日、https://www.mlit.go.jp/common/001480909.pdf(2024年10月24日アクセス)
※2:経済産業省「電動者等省エネ化のための車載コンピューティング・シミュレーション技術の開発」「スマートモビリティ社会の構築」プロジェクトに関する研究開発・社会実装の方向性、https://www.meti.go.jp/shingikai/sankoshin/green_innovation/industrial_restructuring/pdf/005_05_00.pdf(2024年10月24日アクセス)
日本国内に、2030年で2万台以上の無人運転サービス市場のポテンシャルがあるにもかかわらず、2024年時点で国内を走行している無人運転サービスの車両プロバイダーは、中国やフランスといった海外企業がほとんどです。日本の自動車メーカーも無人運転サービスに取り組んではいるものの、いまだ本格的なサービス展開には至っていません。
その最も大きな原因の1つに、日本の自動車メーカーのKPIが、依然として「販売台数」に設定していることが挙げられるのではないでしょうか。車両の販売のみならず、無人運転サービスやライドシェアといった新たなモビリティサービスを収益源とするのであれば、KPIを見直してビジネス構造を大きく変革していく必要があります。
従来の車両販売ビジネスモデルは、車両の信頼性が最も重視されてきました。バッテリーの電圧、車速、エンジンの回転数、安全性など、物理的な性能を高めることが、顧客に対する価値提供と見なされてきたのです。しかし、自動運転サービスという公共性の高い領域では、車両やサービスが社会にどれだけ貢献しているか、その機能の拡張と社会的評価が求められます。例えば、環境への影響を評価し、エネルギーの税収をフィードバックしてもらうなどを想定すると、新たなKPIとしては、「稼働時間」「移動積載重量」「実車率」などが考えられます。
販売台数が停滞し、自家用車を手放すユーザーの増加が見込まれる今後において、KPIを見直したビジネス構造の模索は、自動車メーカーの持続的な成長に必要不可欠な要素となるでしょう。
日本の自動車メーカーが無人運転サービスをはじめとする新しいモビリティサービスを確立できない原因として、もう一つ別の側面で「人材の育成と確保」という課題があると考えています。日本の自動車メーカーは、これまで自動車の製造や技術力において世界で優位性を保ってきたことは間違いありませんが、新たなビジネスモデルや収益構造を考える人材が不足しているのが現状ではないでしょうか。
この課題は、自動車業界全体としての魅力が低下していることにも起因しています。企業がどれほど優れた新たな経営戦略を描いたとしても、それを実現するための人材が集めるのが難しい状況だと考えています。今後、自動車業界全体で新たな次世代サービスを考え、それを担う人材を獲得するための戦略を、真剣に模索する必要があります。
物理的に機能を集約化する「工業化時代」、ITを駆使して小さな企業や都市でも大企業や大都市と競争できるようになった「情報化時代」、そしてこれからは、社会アジェンダをベースに、志(VISION)を共にする人が巨大なアライアンスを組んで動いていく「自己組織化の時代」へと移行していきます(新たな時代(Society 5.0)を支える社会とは何か?ー「自己組織化」という新しい社会の在り方と、変わりゆく私たちの暮らし )。
無人運転サービスの確立は、単にデジタル技術を導入するだけではなく、デジタルにより社会全体がつながり、新たなビジネスモデルやお金の流れを創造するものです。したがってDXとは、デジタルのトランスフォーメーションではなく、私たちの生活そのものを変えるものであり、こうした発想や変革を実現できる人材を正しく評価し、活用していくことが、日本の未来において非常に重要です。企業においても、正規・非正規を問わず、能力を正しく評価し、柔軟に活用していく人材評価制度の仕組み作りが急務となっています。
自動運転技術の研究は、1980年頃から始まり、当初は安全運転支援システムを研究していました。現在の自動運転レベルにおける分け方のベースとなっているSAEの自動運転レベル0から5の思想は、当初の安全運転支援システムの延長線上に完全自動運転を伴った考え方です。ドライバーがいることを前提に、ドライバー機能を運転システムが担う発想で、道路インフラなどに頼らない「自律型自動運転」技術が生まれました。
約40年の研究を重ねてきましたが、2024年時点で自律型自動運転の自動車が走行できるのは、日本の公道でたったの約1%、米国で約4%、欧州で約6%に過ぎません。米国サンフランシスコや中国では、自律型自動運転の自動車がたくさん走っていると報じられていますが、道路の総延長と比べると極めて限定された地域の中を走っているだけなのです。
他方、自立型自動運転の進展の障害となるのは、テクノロジーに関する課題以上に社会受容性の確立であるという側面があります。そのため、イノベーションに寛容な米国、共産主義で政府主導の中国の方が、日本よりも自立型自動運転に対する社会受容性を作りやすく、結果として自立型自動運転に係るデータ量やナレッジでは、すでに米国や中国に10年以上の差をつけられていると言われています。また、街の中を民間サービスとして勝手に走る自律型自動運転は、社会全体での普及には限界があり、やがて孤立し頭打ちすると考えています。
日本が強みを発揮できる自動運転の形は、自律型自動運転ではなく、その先にあり地域活性化政策に直結する「インフラ協調型自動運転(無人運転サービス)」だと考えています。
“地域に移動の自由を”、“世界中の人に移動の自由を”などのメッセージを掲げて、省人・省力のテクノロジーで地域を支える―地域の道路インフラや交通システム、さらには社会全体と連携し、移動の自由を提供する世界観です。地域の移動需要に対応しつつ、データに基づいた効率的な運行を実現します( Society5.0を前提とした地方における暮らしと移動の新しい形)。
日本の市場で「インフラ協調型自動運転(無人運転サービス)」の規格をしっかり作ることで、他国からの参入障壁を作ることもできます。さらに、政策や社会インフラ、車両、システム、サービスなどをトータルで提供できれば、日本の大手ゼネコンが海外に橋や鉄道を作っているのと同じように、日本の自動運転技術を海外市場に展開し、世界の暮らしを豊かにしていけるでしょう。
EY Japanは、自動車業界や自動運転サービスをはじめとする次世代モビリティ市場、日本の地域社会における現状と課題を踏まえた上で、新たな社会やビジネスモデルの全体像を描くことが可能です。日本が世界に誇る技術力とイノベーションを実現するためのオーケストレーションを担っていきたいと考えています。
日本の自動車産業は変革の時期を迎えています。無人運転やDXを中心に、ビジネスモデルと人材戦略の再構築が今後の成長を左右するでしょう。
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