バッテリーEV(BEV)市場の2030年に向けた展望と日本の戦略

バッテリーEV(BEV)市場の2030年に向けた展望と日本の戦略


近年、バッテリーEV(以下BEV)の現実的な課題と戦略が問われています。

2030年に向けた市場予測と、日本の自動車業界が直面する状況や対応策を詳しく解説します。


要点

  • 2030年に向けたBEVの販売台数を、EY Japanでは25万台にとどまると考えている。
  • 日本の自動車メーカーは、BEVだけでなく、ハイブリッドや燃料電池車、他の技術も開発し、多様な戦略で市場の変化に対応している。
  • BEVは、インフラの負担や地域での最適な使われ方、リサイクル・リユースなどを考慮しながら、持続可能な方法で活用することが求められる。

2030年、BEV販売台数の予測と課題

IoTの進展は、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によるパンデミックによって後押しされ、私たちの生活様式は家を中心とするものに変わりました。その結果、自家用車の必要性が薄れ、それに取って代わるものとして2030年には国内では相当規模の自動運転サービスやライドシェアサービスが形成される見通しです。

試算前提
図1

このような生活様式の変化は、BEVの需要にも影響を与えています。

コンサルティングやシンクタンクなどさまざまな業界が、BEVの2030年に向けた国内販売台数を予測しています。

これまで欧州自動車OEMを中心としたBEVの加速度的な潮流を受け、最もアグレッシブな予測としては2030年に100万台まで伸びるという数字が出ています。しかしながら、トヨタ自動車プリウスなどのストロングHVでさえ、2009年にエコカー減税による優遇策の追い風があったのにもかかわらず、2004年の国内ストロングHVの販売台数(約6万9千台)¹を基準として、現在に至るまで最大でも15.9倍の市場成長にとどまっています。BEVの2022年時点の販売台数が5.4万台であることを考えると、残りの8年間で約19倍に伸びるという予測は難しいでしょう。

これに対し、EY Japanは2030年に向けたBEVの販売台数をより現実的に予測しています。国内では電力インフラによる電力供給力が限界となり、25万台程度までしか伸びないと見込んでいます。

2030年に向けたBEV販売台数予測

図2 2030年に向けたBEV販売台数予測
BEV販売台数を決める主要素は、「全需」、「BEVの経済合理性」、「インフラ・エネマネシステム能⼒」。これらを踏まえ、2030年におけるBEV販売台数は25万台程度と予測
※2030年におけるZ世代の価値観変化、モビリティサービスの多様化、電⼒フラクチュエーションを考慮した充電マネジメントによる影響は含んでいないため、さらに下がる⾒込み

BEVの販売台数に影響を与える要因として、次の3点が挙げられます。

(1)BEVの所有モチベーション(経済合理性)
(2)BEVが地域に与えるインパクト(国内の電力供給力の限界)
(3)国の政策の方針(部品供給能力)

まず、日本の国内自動車販売台数は2024年現在で約400万台ですが、2030年は383万台になるとこれまでは予測されていました(図2)。

しかしながら、冒頭で述べた通り、生活様式の変化に伴い、国内8割のドライバーの年間走行距離は10,000km未満となっています(図1)。さらに、モビリティ市場では、タクシーやレンタカー、ライドシェアなど自動車を活用したさまざまなサービスが存在し、経済合理性の観点から自家用車そのものの所有を見送る人が増えることが予想されることから、2030年の国内自動車販売台数は226万台になると予測しています。

その中で、BEVの購入を検討するドライバーは29%、すなわちBEVの購入検討台数は65万台になると予測しています(図2)。

加えて、これまでBEVはガソリン車よりも経済合理性が高いと考えられてきましたが、実際にはバッテリーを搭載している関係で新車価格は値上がりし、経年劣化したバッテリーの性能が中古市場では敬遠されてしまい、買取価格は値下がりする傾向にあるため、BEVはガソリン車よりも経済合理性が低いということを市場が理解し始めてきました。そうした観点からBEV所有に係る経済合理性が成立する年間の移動距離を算出すると14,000kmとなります(図1)。そのため、前述したような中古市場まで考慮した経済合理性観点での買い控えや、車を活用したモビリティサービスの利活用への移行などにより、BEVの需要は60万台程度に減少します(図2)。

また、電力インフラの電力供給力(総発電電力量と送電網の電力供給力)の問題もあります。一部の試算では、例えば東京都民の数%程度がBEVを購入・利用すると関東圏に停電が発生するという予測があるように、電力供給力を超えてBEVの国内保有台数を増やしてしまうと、地域の停電が起きないように電力インフラによる充電スケジュールの管理が必要となります。

今後、国内の人口は現在の約1億2千万人をピークに減少すると考えると、現在の電力供給力が現状維持される見込みであると仮定した場合、電力インフラにより充電スケジュールの制限を受けないBEVの国内の保有台数は限定されてしまいます。それ以上の保有台数となると、充電スケジュールの制限によりBEV所有者は自由に車を走らせることに一定の制約を受けることになります。そのため、自家用車としてのBEVという観点で見ると、そうした制約に嫌気しBEV所有を断念する利用者が出てくることになると考えます。

さらに、2031年以降はレアメタルの供給が逼迫(ひっぱく)し、生産可能台数が減るリスクもあります。リサイクル・リユースや原料の代替を検討する必要があるでしょう。部品供給能力の懸念から、2030年時点でのBEVの販売台数は、25万台程度にとどまるとの結論に至りました(図2)。

 

なぜ、世界はBEVを作らないといけないのか

BEVの開発と普及が世界的に求められている背景には、“日本の自動車業界や今後の新たな産業に対するけん制”があると考えています。その理由は主に2点あります。

(1)ハイブリッドを中心とした次世代パワートレイン技術の玉成度
(2)内燃機関開発に係る膨大なノウハウの蓄積と巨大なサプライチェーンの他業界(宇宙業界など)への転用

ハイブリッドなど次世代パワートレイン技術で劣勢のEU(欧州連合)では、2014年よりEURO6(自動車排ガス規制)を施行し、欧州圏ではBEV優位として、日本の自動車業界をけん制する傾向にあります。

また、今後成長が期待される産業の一つに宇宙産業があります。同産業は今後民間主導で安価かつ高品質のロケット開発が求められており、ジェットエンジンを含む各部品の低コスト化には内燃機関開発で培ったさまざまなノウハウやサプライチェーンの利活用が注目されています。

EUを中心としたBEV化の潮流は、欧米各国の現在そして今後の基幹産業の衰退を防ぐ意味合いも含まれており、そのために日本の自動車産業を今からけん制しておきたいという思惑があると考えます。

一方で国内の自動車業界は、2028年をめどに全固体電池をリリースすると発表しており、BEVの市場においても日本の自動車業界が欧米をリードする可能性があります。また、全固体電池によって、従来の充電インフラに係るビジネスモデルは大きく変わる可能性も秘めています。

今後、EUでは前述した状況変化を加味して、国益の観点からSDGs(持続可能な開発目標)やESG(環境・社会・ガバナンス)などのBEVに直接的・間接的に結びつくさまざまな目標値を書き換えてくる可能性があります。

日本勢としては、そうした対応に振り回されることなく、日本独自の官民連携した持続可能な取り組みを世界に向けて発信していく必要があると考えます。また、そうした持続可能な取り組みの理念は、古来日本が取り組んできたものであると考えます(ジャパニーズモダンな社会とは?)。

 

BEV市場における日本の戦略とは

これまで述べてきたようにBEVは、中古市場まで含めバッテリーの経年劣化を考慮したアセットマネジメントという点と、国内の電力インフラの電力供給力を見据えた充電スケジュールマネジメントという点を考慮し、適正な市場のサイズ感を意識した戦略が必要となります。

そのため、自動車業界が引き続きBEVを市場に投入する場合には、さまざまな他業界のステークホルダーとの連携が必須となります。例えば、アセットマネジメントのリスクを最小化するためにはバッテリーの残価保証を担ってくれる保険業界などとの連携が必要となるでしょう。また、充電スケジュールの管理を行うためには地域のエネルギーマネジメントを担っている電力業界などとの連携が必要となるでしょう。

このようにBEVは、「車を製造して販売するだけ。発生した事象にはその都度対応する」というフロー型のビジネスから、「販売後には想定される発生事象に対してフォローアップをどのように他業界や地域と連携して進めるか」というストック型のビジネスへの転換が求められます。

国内の自動車メーカーもこうした背景を受けて、BEV一択とならないように着々と準備を進めています。今後は官民連携して、持続可能な目標や環境・社会・ガバナンスに係る本質的なルールを世界に向けて世界に発信していくことも重要な戦略テーマの一つです。

 

BEV導入には、地域の生活に根差した慎重な検討を

近年、「環境問題への対応≒BEVの導入」という安易な考え方から、カーシェア用のBEVや充電スタンドを積極的に導入する地域は少なくありません。しかし、その一方で過度な供給側の導入に対して需要が追い付かず、利用頻度の低い充電スタンドやBEVが散見されるという状況も発生しています。

また、今後順調にBEVが販売台数を伸ばしていくと、どこかで電力インフラによる充電スケジュールの管理が必要となり、新たな充電インフラの整備やエネルギーマネジメントなどの新機能の追加が必要となるなど、BEVのインフラ依存度が高まる可能性も考えられます。

加えて、自転車やキックボード、オープンエアモビリティ²などのマイクロモビリティ³の電動化も進んでおり、さらなる電力インフラへの負担や、仕様の異なるバッテリーやそれに対応した充電器が世の中にあふれ返るなど、社会インフラへの負担が高まることも考えておく必要があります。

したがって、地域にBEVや充電器を導入する際には、環境問題だけでなく、その地域に住まう人々の暮らし方を十分に理解した上で、賑わい広場の利活用に伴う地域の省エネ対策、防災などさまざまな観点を考慮しながら、地域に適したBEVや充電スタンドの利活用について考えておくことが大切だと考えています。

脚注

  1. マークラインズ「モデル別 年次自動車販売実績」www.marklines.com/ja/vehicle_sales(2024年7月3日)
  2. 空中移動手段を示すことばで、人や物資を空中で自由に移動できる技術、あるいはサービス
  3. 通常の自動車よりもサイズが小さく、短い距離の移動に適した乗り物

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サマリー 

BEVには多くの課題があります。日本の自動車業界は、利用者の経済合理性や地域や社会の使われ方を踏まえた戦略で、持続可能な市場の構築が求められています。


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