EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
人口縮小や高齢化に伴い、特に地方部においては、自家用車に依存していることから、免許返納による移動の維持が困難になるなど、社会課題が深刻になりつつあります。
AM&M(Advanced Manufacturing and Mobility︓製造・化学・モビリティ)セクターでは、そうした社会課題を、具体的な地域フィールドに⼊り込み、課題の深層理解に努めながら、地域と共に解決していこうと、昨年より三重県多気町役場の皆さまにご協⼒いただきながら、調査・分析を進めてきました。
調査の一環として、多気町の役場に紹介いただいた自治会との座談会を通して私たちが見たのは、コミュニティが色濃く残り、住民同士が助け合いながら密な情報連携を行い、笑顔で暮らしている温かな光景でした。ちょうどその一カ月前に訪れた郊外都市の自治会を訪問した際に、機能が充実していることから住民が自立化して暮らす一方、住民同士のつながりが希薄化している印象とは対照的でした。
多気町では、地域の言葉で「出合」と呼ばれる草刈りや農地の用水路の清掃といったコミュニティの保全活動に参加することが当たり前とされており、松阪などの市街地に出掛けた際には、隣近所にお裾分けを配る、といった習慣も文化として実施されています。こうした色濃い住民のつながりで支えられた生活習慣によって、例えば新しい生活・移動サービスが導入されなくても、助け合いながら暮らせており、生活パターンが固定化していることも特徴として挙げられます。これは多気町に限らず、中山間地には共通して見られる特徴であり、新たな生活サービス、モビリティサービスが導入されたとしても、多くの住民はこれまでの助け合いの暮らしに対する信頼感から、生活パターンを変えてまで利用をする、といったことはほとんどありません。これまで地方部において公共交通やデマンドバスといった移動手段を単体、単発の実証などで導入したとしても、利用が伸び悩む理由の本質は、そうした地域の慣習が背景にあると私たちは捉えています。
なぜ、⽣活パターンが固定化されるのか。⾃治会経由で地域の代表的なペルソナである⼦育て世代、シニア層へのインタビューや⾏動記録表などで、⽣活の実態を深掘りしてみると、⼦育て世代は放射状に分散化された施設(スーパー、学校、児童館、病院など)を、1⼈1台の⾃家⽤⾞を乗りこなし、家族の送迎と⾃⾝の移動で、多忙な暮らしを送っている実態が分かってきました。また、シニア層においては、自家用車の運転が面倒、不安であるとの意見が多く、外出する際は、複数の用事を一度にまとめて行い、なるべく外出頻度を極端に減らした暮らしをしていることも判明しました。
インタビューでは、課題だけではなく、暮らしのWill「〜がしたい」といった点も質問しましたが、⼦育て世代では、もっと⼦どもに多様な体験をさせたい、また地域のシニア層も、表⾯的には今の外出頻度で⼗分で、これ以上出掛けたいと思っていないと⾔いつつ、よくよく聞いていくと、本当は⼦どもや地域の他世代との会話をしたいというコメントも多数ありました。
このように、潜在的な我慢や、満たされていない需要が存在することがインタビューを通して分かってきました。
地域の⽂化慣習や既存アセットを無意識的に前提としてしまっている中では、結果的に“間に合っている”という返答になりがちなことも⼗分に理解し、どのように新しい暮らしに橋渡ししていくかを含めて⽣活サービス、移動サービスを検討する必要があります。
地方では「車を持っていないと人間として扱われない」という話も聞こえています。移動において、自家用車の分担が極端に高く、インタビューで住民から反射的に返ってくる“間に合っている暮らし”は、実は一家に1台ではなく、1人1台の車が支えています。
こうした⾞が⽀える構図が、⾼齢化による免許返納、⼈⼝減で進むさらなる施設の集約化、利⽤者減により公共交通の維持困難、といった背景により住み続けることが徐々に困難になっていき、温かな⽥園⾵景での暮らしを続けることが難しくなっていくでしょう。
地方の移動課題は、供給者不足といった視点に偏っているが、実は担い手が不足しているから移動サービスが枯れているのではなく、実際のところは利用者が減っているから担い手が減っていると考えます。結果的に今の間に合っている暮らしは、地域を将来的に苦しめる要因となりうることも考えていくべきでしょう。
地域の住民が潜在的に我慢していること、「もっと○○したい」と思っていることを、新しい暮らしとして橋渡し、顕在化させていくことが地域のQOLの向上、さらに需要が創発されることにより、移動を含めたサービスの供給維持につながっていくと考えます。新しい行動パターンを取りにくい中山間地域においては、本来そうした新しい暮らしへの行動変容の障壁が何に起因しているか、氷山モデルと呼ばれる顕在化している価値、行動のパターン、思考のパターン、地域アセットや文化的慣習といった深掘りによって分析され、打ち手が検討されるべきだと考えます。
例えば、「もっと買い物などに外出したい」、「近所の日帰り温泉に隣人を誘って行きたい」、そこに向かう隣人に「一緒に行かないか」、と誘おうと考えたとしても、「タイミングとして迷惑なのでは」、「何かあった時、向こうが気を遣うのでは」、といったことを気にしてしまう傾向にあるのではないでしょうか。あるいはそうした思考は車の移動が前提となっているため、地域のアセットが分散化、あるいは人口密度の高い場所に集約化し、自宅から遠いという制約条件を無意識にイメージし、いつも頼る家族や親戚以外は、いかに地域の助け合いが浸透していても、さすがに頼りにくい、といった思考を生んでしまいます。
自家用車での個別移動が習慣化し“間に合っている暮らし”が前提では、頼る方、頼られる方、双方にとっていつもの習慣を崩してしまうと考えてしまうため、そうした行動に移せない実態があるのではないでしょうか。
公共交通やデマンドバス、自動運転といった移動単体でのサービスを導入したとしても、利用者が増えずにPOC段階で需要が“無い”、と判断されてしまいがちなのは、こうした氷山モデルの深層部分を掘り起こすところまでに活動が及んでいないからだと考えており、今後、さまざまな切り口の活動を重ねながら、具体的な地域の行動変容を引き続き支援していきたいと考えます。
また多世代が集まる、にぎわいを形成する広場などが存在すれば、外出は促進され、それをきっかけとして、共助の移動や、買い物を依頼するといった助け合いを有機的、⾃発的に起こし、結果として移動サービスの需要が創発されていく。そうした地域の暮らし、実態を理解したアプローチが、今後は求められていくと考えています。
【共同執筆者】
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
自動車・モビリティ・運輸・航空宇宙・製造・化学セクター
ディレクター 加藤 雄貴
※所属・役職は記事公開当時のものです。
中山間地域の典型例として、三重県多気町に協力いただきながら、生活と移動のグランドデザインを、需要を深掘りしながら分析してきました。自治会での座談会、住民へのインタビューを通して、地域においていかに行動変容のハードルが高いかを実感しました。氷山モデルなどに現れるような顕在化した需要は、行動、思考のパターンや、地域のアセット・文化慣習によって決定づけられると考え、今後は新しい暮らしへの行動変容を、どのように橋渡しするか、そのための活動を重ね掛けしていきます。
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