EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EY新日本有限責任監査法人 西日本事業部 大阪事務所 公認会計士 成松 邦浩
主に国内事業会社の監査業務に従事。業種は、鉄道業、鉄鋼業、システム開発業、歯科材料製造業、不動産業、ホテル業、工事業等。TCFDやLTVなどの非財務情報に係る業務にも従事。
要点
サステナビリティ関連情報は、財務諸表利用者が投資意思決定に当たり利用する情報として定着してきており、その開示が企業価値に与える影響度は加速度的に高まってきています。グローバルレベルでは2023年6月にISSB(国際サステナビリティ基準審議会)が最初のIFRSサステナビリティ開示基準を公表しました。日本においても23年3月期より有価証券報告書における開示が求められ、さらにサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が日本における開示基準の検討を進めています。このように情報開示制度が充実し重要性が高まっていくにつれ、現在・将来の財務情報と結合する非財務情報として、その信頼性の確保についても議論がなされています。
サステナビリティ関連情報の保証とは、企業が算定・開示するサステナビリティ・パフォーマンス情報に関して信頼性を高めるため、監査法人等の第三者が審査・保証することです。サステナビリティ関連情報の信頼性の確保に関する投資家等からの要請が高まっており、その信頼性を担保するための手段の1つとなります。
第三者保証は、その保証対象、集計範囲、クライテリア、保証の基準等によって、さまざまです。EYが実施する第三者保証は、国際監査・保証基準審議会が発行する保証業務基準(ISAE3000、ISAE3410)に準拠し第三者保証業務を行うことを前提としており、世の中において信頼性の高い保証であると言えます※1。
また、保証の種類として合理的保証と限定的保証の2種類があります。積極的形式の合理的保証に比べ、限定的保証は消極的形式であり、保証の水準が異なります。非財務情報は、欧州において2024年度から順に限定的保証を求められる一方、23年11月時点において日本では、保証を得ることについて義務化されていません。ただし、欧州同様に、保証が今後義務化される可能性は十分にあり、また、実際に非財務情報に係る限定的保証を獲得する企業が増えてきている状況となっています。
※1 なお、サステナビリティ保証のグローバルベースの包括的な基準として、国際サステナビリティ保証基準(ISSA)5000の開発も進められており、今後の動向に留意が必要。
鉄道業におけるサステナビリティ関連情報としては、現状ではGHG排出量が重要な情報となっています。以下、鉄道業におけるサステナビリティ関連情報の保証における実務上のポイントを、主にGHG排出量を念頭におきながら解説します。
鉄道業における主なGHGの排出源は、列車の主要な動力源である電力の使用です。これは自社のGHG排出量が他社である電力会社の発電方法によって影響を受けることを意味します。このため、自社のGHG排出量を削減するためには、クリーンエネルギーを相対的に多く利用する電力会社との契約を増やすなどの対応が考えられますが、インフラを支える鉄道業においては、使用電力が非常に多いことからも、自社のGHG排出量の多寡が電力会社の発電方法に大きく依存する形となっており、削減に向けた困難な課題を有していると言えます。
一方で、日本における移動手段としてのGHG排出量の観点からは、国土交通省が公表している2021年度の「輸送量当たりの二酸化炭素の排出量」(<図1>参照)によれば、自家用乗用車が132g-CO2/人㎞、航空が124g-CO2/人㎞に対して、鉄道は25 g-CO2/人㎞となっており、乗用車や航空の約1/5程度となっています。このためGHG排出量の削減という観点から、鉄道を利用することは他の移動手段に比して相当程度の優位性を有していると言えます。すなわち、日本国全体がカーボンゼロを目指すに当たって、移動手段として自動車や航空機より鉄道を利用すること、また、特に人口密度が高い地域において鉄道の利用を促進することは、GHG排出量の削減につながるという点で優位性があると言え、鉄道事業は大きな機会を有していると考えられます。
www.mlit.go.jp/sogoseisaku/environment/sosei_environment_tk_000007.html
(2023年12月12日アクセス)
限定的保証を前提とした場合、保証業務実施者に求められる手続として、保証対象の集計に関する企業の内部統制の理解、保証対象の各種数値に係る分析的手続及び質問が主な手続となります。また、企業のサステナビリティ担当役員等とのディスカッションの実施が要求されます。これらの手続の中で、保証業務を実施する場合に想定される実務上の主な留意点を以下に記載します。
保証対象(主題情報)は、日本においては保証が義務化・制度化されていないことから、現時点では企業の開示の内容を踏まえ、企業との協議に基づいて決定されることになります。GHG排出量はその代表的な例となりますが、鉄道業においては、GHG排出量の主要な算定要素の1つに電力使用量が考えられます。このため、電力を始めとしたエネルギー使用量とこれに付随するGHG排出量を保証対象に含める可能性は高いと考えられます。
また、鉄道業は、鉄道沿線や駅の周りでショッピングセンターや不動産業を営む場合も多く、これらに関連した、エネルギー使用量、産業廃棄物排出量、または水使用量も対象となる可能性があります。
鉄道業において、電力使用がGHG排出量の主な原因であることは、前述の通りですが、自社の路線区間に他社の列車が乗り入れている場合、もしくは、逆に、他社の区間に自社の列車が乗り入れている場合においては、他社が自社区間の電気を使用、または、自社が他社区間の電気を使用していることになるため、当該電力使用量の精算を行う実務が存在します。
この点、企業が保証対象となる電力使用量の報告値について、自社の電気使用量から前述の「自社区間における他社の電気使用量」及び「他社区間における自社の電気使用量」の加減を行っている場合には、内部統制の観点から留意が必要となります。
同じ区間で発生した電力使用量について、電力会社が自社分と他社分を区別して計算及び請求することは考えにくいことから、通常は、自社が自社区間の電気使用量を電力会社と精算した後、他社との契約に基づいて、電力使用量とその費用を直接精算していることが考えられます。
他の鉄道会社との間で電力精算がなされていない企業は、電力会社から示される外部証憑から電力使用量をもとにGHG排出量等の各指標を計算することから比較的単純であると言えますが、上記のような精算を行っている場合は計算が複雑となる他、他の鉄道会社からの情報の入手可否も検討する必要があり、その正確性や網羅性について、内部統制の観点から問題がないか留意する必要があります。
集計範囲(バウンダリ)について、一般的には、GHGプロトコルで規定された出資比率基準、経営支配力基準、財務支配力基準のいずれかのアプローチに基づいて決定されることが多いと考えられます。この点、会計上の連結範囲との整合性の観点から、以下のような留意点が挙げられます。
GHGプロトコルにおけるバウンダリは、必ずしも会計上の連結範囲とは一致しません。また、財務情報と非財務情報とで重要性の観点が異なるため、会計上の連結範囲とサステナビリティ情報のバウンダリが異なる可能性があります。鉄道業に限らず、会計上で重要性の判断を用いて非連結子会社が存在する場合は留意が必要です。例えば、自家発電している会社を子会社に有する場合で、会計上の重要性がないことをもって非連結子会社となっている場合は、保証対象となる数値の重要性が高い可能性が高く、非財務保証における集計範囲に含める必要があると考えられます。
保証する側が実施する分析的手続については、保証基準である国際保証業務基準(ISAE3000改訂、ISAE3410)から、いわゆる推定値を用いた分析が要求されています。
【国際保証業務基準3000(改訂)(ISAE3000改訂)のA102項(抜粋)】
業務実施者は、業務の全体を通じ、例えば以下のような場合に、職業的専門家としての判断を行使する場合に参照すべきフレームを持つことになる。
(中略)
<参考情報>
監査・保証実務委員会研究報告30号保証業務実務指針3000「監査及びレビュー業務以外の保証業務に関する実務指針」に係る Q&A Q11(抜粋)
合理的保証業務において実施される分析的手続は、重要な虚偽表示を識別できるような、十分に正確な推定値の設定を含んでいる。一方、限定的保証業務の場合は、合理的保証業務で期待される精度で虚偽表示を識別するというよりも、趨勢、関係及び比率に関する推定を裏付けられるような分析的手続を実施することがある。
保証対象に関して推定値を設定するに当たっては、保証対象となる各数値と相関関係のある指標をもとに推定値を算出することになります。
当該指標は、鉄道業においては、例えば、電力使用量については、列車の輸送キロ情報などがふさわしい場合が考えられます。これは、電力使用量は、列車の運行本数等に比例すると考えられるためです。
また、鉄道業では鉄道沿線において不動産業も営むことが多く、連結財務諸表において不動産業が主な売上を占める場合などは、保証対象となる各数値の関連指標として、対象不動産の専有面積などが適切な関連指標となることも考えられます。
第三者保証は、①に記載の通り、企業との協議に基づいて保証対象が定められます。すなわち、開示している全ての数値が保証対象とはならない可能性があるため、何が保証対象であるかを明示する必要があります。実務上は開示書類内の保証対象となる数値の横にチェックマークを付すなどして、保証対象であることを示す等の対応が取られています。
この点、保証業務実施者が発行する保証報告書において、当該チェックマークを記載して保証対象を明示する旨が記載されます。このため、保証報告書を発行するまでに、当該チェックマークの形や色等の細部まで決定しておくことが必要となります。
定型的な文言が多い財務諸表監査における監査報告書と異なるため、事前に企業と保証業務実施者が細部にわたるまで協議しておく必要があることが留意点となります。
日本は、パリ協定に署名し、GHG排出量の削減のための具体的な目標を示しています。鉄道業を営む企業は、日本社会のインフラを担う企業であり、GHG排出量の削減課題について無視することができない業種であると言えます。そのため、今後のサステナビリティ情報開示に関する社会からの期待は大きいと考えられます。
一方で、サステナビリティ情報と財務情報との結合性から、財務諸表監査を通じて企業のビジネス内容等の知見を多く持つ監査法人は、企業が開示する非財務情報に係る第三者保証の担い手となると考えられています※2。監査法人がサステナビリティ情報保証業務を通して、財務情報に関する知見も踏まえながら、企業と共にサステナビリティ情報の信頼性を高めていくことが、サステナブルな経済社会の健全な発展に結びつくものと考えられます。
※2 金融庁「ディスクロージャーワーキング・グループ報告 2022年12月27日」、www.fsa.go.jp/singi/singi_kinyu/tosin/20221227.html(2023年12月12日アクセス)より参照。
昨今急速にサステナビリティ関連情報が注目される中、非財務保証の重要性が高まっています。このような状況下で新規に非財務保証業務を受嘱するに当たって、鉄道業における非財務保証の留意事項について考察します。
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