シリーズ:金融商品会計基準改正-減損- 第3回 金融資産のステージ判定及び実務への影響について

シリーズ:金融商品会計基準改正-減損-

第3回 金融資産のステージ判定及び実務への影響について


ステージ判定は財務数値だけでなく、ITシステムを含む内部統制の構築など幅広い影響を及ぼします。


要点

  • (ステップ2)IFRS第9号と同等の内容を定める方針で議論されており、原則的な判定方法である「相対的アプローチ」 が提案されている。
  • (ステップ4)現行実務を生かしつつ、適切な引当水準を確保する取り扱いを定める方針で議論されており、債務者単位の絶対的アプローチを最大限活用した方法が提案されている。
  • (ステップ2、4共通)ステージ判定の考え方が導入されることで、SICR閾値の設定や正常先の下位格付を判断するプロセス等、新たな規定及び検証プロセスの整備、ガバナンス体制の構築等が必要となる。

改正における主な論点について複数回にわたり解説を行います。

今回は第3回として金融資産の「ステージ判定」について、現行日本基準との差異や改正日本基準での取り扱いの方向性、実務上の影響について解説します。なお、改正日本基準は執筆時点で開発中であるため、今後変更の可能性があることにご留意ください。

エグゼクティブサマリー

(文中の意見にわたる部分は筆者らの私見であることをあらかじめ申し添えます)


金融商品の予想信用損失の認識に関する一般的なアプローチ(ステージ判定)

現行日本基準とIFRS第9号による原則的アプローチの差異

現行日本基準における銀行業の実務においては、基本的には債務者区分や内部格付に応じた貸倒実績等によって貸倒引当金が計上されており、引当額については旧金融検査マニュアルで定められていた正常先、要注意先は1年分、要管理先、破綻懸念先は3年分の予想損失額を計上する実務が広く定着しています。

一方、IFRS第9号による原則では、当初認識以降の信用リスクの著しい増大(Significant Increase in Credit Risk:以下「SICR」と記載する場合がある)の評価に基づき、12 カ月の予想信用損失と全期間の予想実績率信用損失を切り分けるアプローチ(一般的に3ステージ・アプローチと呼ばれる)が採られています。当該アプローチでは原則、債務者単位ではなく債権単位で、金融資産ごとにSICR評価を行い、SICRが生じていないと判断された金融資産についてはステージ1に区分した上で12 カ月の予想信用損失を見積もり、SICRが生じていると判断された金融資産については全期間の予想信用損失を見積もることを要求しています。

また金融資産の将来キャッシュ・フローの見積りに不利な影響を及ぼす事象が1つ以上発生している場合を「信用減損」と定義し、ステージ3に区分することを要求しています。ステージ2と3では、予想信用損失の見積期間に相違はないものの、金利収益の認識方法が異なります。ステージ2では、ステージ1と同様に、金利収益と減損の認識は完全に切り離された上で、金利収益は総額での帳簿価額に実効金利を適用することで計算される一方、ステージ3では償却原価(貸倒引当金を控除後の帳簿価格)に実効金利を適用することで計算されます。

現行日本基準とIFRS第9号による原則的アプローチの差異

(ステップ2)改正日本基準での方向性

IFRS第9号と同等の内容を定める方針で議論されています。わが国における現行の信用リスク管理の実務と親和的な適用イメージを補足文書で示すことも併せて提案されています。

(ステップ4)改正日本基準での方向性

ステップ4採用行では現行実務を生かしつつ、適切な引当水準を確保する取り扱いを定める方針で議論されています。具体的にはわが国のこれまでの信用リスク管理 の実務と親和的な債務者区分を活用した方法が提案されています。

(ステップ2)SICR評価の具体的な手法

IFRS第9号では、信用リスクの変動を評価するための具体的または機械的なアプローチは定めず、適切なアプローチは企業の洗練度の相違や、金融商品、データの利用可能性によって異なることとしており、金融機関ごとに異なる手法を認めています〔IFRS第9号BC5.157 項〕。以下では、ステップ2採用行を対象としたSICR評価の原則的なアプローチ等について解説します。

 原則的な判定方法(相対的アプローチ)

IFRS第9号では、各報告日において、企業は、金融商品に係る信用リスクが当初認識以降に著しく増大したかどうかを評価しなければならないとされています〔IFRS第 9号5.5.9 項〕。下記のSICR評価の例示では報告日時点のPDの水準は同水準であるものの、変化の程度という観点では、当初認識時PDが低い場合(上段のケース)の方が当初認識時PDが高い場合(下段のケース)の方よりも大きいため、当事例では上段のケースのみがSICRが生じていると判定しています。

第532回企業会計基準委員会審議資料

信用リスクの変化の要因と実務上の簡便法

IFRS第9号では、SICR評価をする際に、過大なコスト又は労力を掛けずに入手でき、個々の金融商品、ポートフォリオ、ポートフォリオの一部及びポートフォリオのグループに関係する合理的かつ裏付け可能なすべての情報を考慮することを要求しています[IFRS第9号.B5.5.15,B5.5.16項]。またSICR評価の際に考慮すべき要因の例が示されています[IFRS第9号. B5.5.17項]。

相対的アプローチ

一方で、合理的かつ裏付け可能な将来予測情報を過度のコスト又は労力を掛けずに入手可能ではない場合には、期日経過に関する情報に依拠することができるとされています。例えば、期日経過が 30日超である場合にはSICRが生じているという反証可能な推定が適用されます[IFRS第9号. B5.5.11項]。下図の通り、期日経過の情報に関する情報はSICR評価においては遅行指標であると考えられており、あくまでも先行指標が使用できない場合のバックストップ条項として認められている簡便法であることに留意する必要があります。

考慮すべき要因

(ステップ4)SICR評価の具体的な手法

上述した通り、ステップ 4 では、現行実務を生かしつつ、適切な引当水準を確保する取り扱いを定める方針で議論されており、債務者単位の絶対的アプローチを最大限活用した方法が提案されています。
ステップ2では、ステージ判定にあたって会計基準上のオプションは設けられない方向で議論されているため、同じ債務者に対する金融資産であっても別々にステージ判定を行う必要があります。これに対して、ステップ4では、現行の債務者区分に基づいてステージ判定を行えるようにみなし規定を取り入れるアプローチが検討されています。
例えば、要管理先以下の金融資産については一律にSICRが生じているとみなし、また要管理先以外の要注意先についても反証しない限りにおいてはSICRが生じているとみなします。正常先の取り扱いについては、海外及び国内の実務も考慮すると、正常先上位についてSICRが生じていないとみなしてもIFRS第9号を適用した場合と同等の結果となり得ると考えられるものの、正常先下位についてはSICRが生じていると判定すべき金融資産が含まれる可能性があります。
そのため、正常先を一律にSICRが生じていないとみなしてしまうと、IFRS第9号を適用した場合に比べて引当金が過少になる可能性があります。企業会計基準委員会(ASBJ)では、それは適切な引当を確保するというステップ4の目的を超えてしまうことからステップ4においては原則として、金融機関が自らの内部格付等に基づき、正常先のうち上位の優良格付と、SICRが生じていると見なす下位の格付を識別した上で、残りを中間的な格付として3つに区分し、上位と中間についてはSICRが生じていない、下位については、SICRが生じていると見なすアプローチを提案しています。
さらに、企業の判断によっては中間的な格付がなく2区分となるケースや、SICRありと見なす区分が存在しないことがある点にも言及される方向です。

バックストップ条約

実務上の影響

信用格付付与

予想信用損失の見積期間はステージ1が12カ月であり、ステージ2が全期間(予想存続期間)であることは上述した通りです。この見積期間の違いにより、予想信用損失の増加のインパクトは特に貸出期間の長い債権ほど大きくなります。したがって、ステージ1とステージ2では、これらに属する債権または債務者の信用リスクに大きな隔たりがあることが前提となっています。
一方で、現状の債務者の信用リスクの評価目線は典型的な金融機関においては、正常先から破綻先までの自己査定における債務者区分によって詳細に定義されており、実務としても長年にわたり広く定着しているといえます。下図では、旧金融検査マニュアルにおける正常先と要注意先を抜粋していますが、正常先が「業況が良好」であり「財務内容にも特段の問題がない」と認められる債務者とされている一方で、要注意先は「事実上延滞している」または「業況が低調ないしは不安定」な債務者と、明確に違いが定義されています。

バックストップ条約

ステップ2またはステップ4のいずれを志向した場合であっても、SICR評価の閾値として、正常先の信用格付のうち中位以上と下位を明示的に区別する定義付けは必ずしも容易ではないものと推察されます。絶対的評価としては、正常先であればいずれの信用格付でも業況が良好で財務内容にも問題がない状態であるため、相対的評価としての「信用リスクの著しい増大」をどのように定義して取り入れるかは今後の共通的な課題となり得ます。さらに、現行の自己査定の手続の中に、債務者区分のみならず正常先の下位格付を判断するプロセスを追加する必要性が生じる可能性もあります。

適切な信用格付を確保するためのプロセスやガバナンスの整備

SICRと判定されると予想信用損失が大幅に増加するため、例として以下のようなインセンティブが働くケースについて考えてみます。

バックストップ条約

① 業況の悪化により正常先の上位格付から下位格付に遷移するべき債務者を、SICRとならないように1つ手前の信用格付までの下落にとどめること
② 新規貸出の実行時において、将来SICRとならないよう最初から正常先の下位格付を付与すること

仮に、上記①及び②のようなインセンティブが発生し顕在化すると、正常先の信用格付のうち、SICRとなる信用格付の1つ上の信用格付には業況の悪い債務者が多く集まることにより実績デフォルト率が高くなり、一方で、SICRとなる格付には比較的業況の良い債務者が集まることにより実績デフォルト率が小さくなります。この場合には結果として、事後的にSICRの閾値となる2つの信用格付で実績デフォルト率が逆転する可能性もあります。

したがって制度設計面においては、SICRの判定を定義するための新しい規定を設けることだけではなく、上記のような事態が起きないようけん制するための検証に関する規定類及び検証プロセスの整備、ガバナンス体制の構築等も重要となります。

出典:企業会計基準委員会審議資料 第485回、第532回、第535回



【共同執筆者】

中村 辰也
EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 パートナー

八ツ井 博樹
EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 アソシエートパートナー

田中 謙介
EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 シニアマネージャー

和田 賢門
EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 マネージャー

飯田 竜輝
EY新日本有限責任監査法人 金融事業部 シニア

※所属・役職は記事公開当時のものです。


サマリー

ステージ判定は、財務数値に重要な影響を与えるだけでなく、債務者区分判定の実務等、現行実務に幅広い影響を及ぼす重要なテーマとなるため、影響度を早めに確認することが有益です。


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    2024年10月8日 | 現地時間

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