ガラス窓の前のビジネスウーマン

世界のビジネスリーダーが生成AIの力を生かすには

⽣成AIは、ビジネスリーダーが停滞する経済環境下で勝ち筋を見いだして次の準備をし、さまざまな課題が山積する中でもイノベーションを推進し、⽣産性を向上させる⽀えになります。


要点

  • 世界経済のデジタル化が進む中、変⾰をもたらす成⻑と競争⼒の維持を⽬指す企業にとって、⽣成AIの導⼊は不可⽋である。
  • AIの導⼊ペースは⼀様ではなく、⽶国と中国が先⾏しており、雇用創出と経済成⻑への影響も異なる。
  • ⽣成AIへの高まる期待は、格差が増⼤するリスクによって抑制されている。⽣成AIの恩恵が公平に⾏き渡るようにするには、変化を先取りする戦略をとるべきである。

EY Japanの視点

2022年11月にChatGPTが生成AIという名のもとに世に登場し、一定の年月が経過しました。さまざまな企業がいかに生成AIを用いて新しい価値を見いだすか問い、活動を進めていますが、本業の価値を抜本的に変革、または大きな新規ビジネスの柱に昇華できたケースはごくわずかです。生成AIはイノベーティブな技術であるものの、多くは即物的かつ分かりやすい課題に終始し、斬新な価値創出に行きついていない状況です。生成AIの機能面に執着せず、本質に着目することが重要です。生成AIの本質は、世の中を読み解き、さまざまな物事を掛け合わせることにあるとEYは考えます。オーストリアの経済学者シュンペーターは、「イノベーションは既存の知と、また別の既存の知の組み合わせで成り立つ」と説いています。生成AIの本質を捉え、大胆に活用するアプローチにより、企業、ひいては日本社会におけるイノベーション創出、新価値創出をEYは支援してまいります。


EY Japanの窓口
山本 直人
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 デジタル・イノベーション AI&データ パートナー

今日の世界情勢は、⽣産性の成長鈍化、⼈⼝の⾼齢化、パンデミック後のサプライチェーンの脆弱化、地政学上の緊張の⾼まりなどに特徴づけられます。こうした多様なグローバル課題に対処しなければならないビジネスリーダーにとって、生成AIが重要なツールとして注⽬を集めています。

⽣成AIは、前例のない速度で業務を効率化し、イノベーションを促進する⾰新的ソリューションをもたらします。反復作業を生成AIで⾃動化し、新しいアイデア、製品、プロセスを作り出すことが可能です。その結果、⽣産性が⼤幅に向上し、企業はこれまでより少ないリソースで多くのことを達成できるようになります。

また、地政学的対立から⽣じる混乱など、種々の有事を想定してサプライチェーンを強化し、レジリエンス(回復⼒)を⾼めるために⽣成AIを⽤いることができ、⽣成AIが非常に重要な役割を果たす可能性を秘めています。企業が⽣成AIを使って需要予測、サプライチェーン管理、ロジスティクスを改善し、より適切な需給バランスを調整できれば、物価の安定とインフレ圧⼒の緩和につながります。サプライヤーが脆弱性リスクにさらされ、インフレが長引く時期には、供給ショックに迅速に適応する企業⼒が問われます。

パンデミック後の労働市場では、スキルをもつ⼈材の採⽤競争が激化し、教育やリテンションの難しさから⼈件費が高止まりし、企業による⼈材の囲い込みが引き起こされています。また、労働⼈⼝の成長減速が顕著となり、⽣成AIによる⽣産性向上の余地がますます重視されています。生成AIを活用した反復作業の⾃動化により⼈的リソースを解放できれば、より複雑で⾰新的なプロセスに人手をかけられます。こうしたリソースの転換は、経済効率と成⻑を促すのみならず、リテンション費用の削減につながります。「AIは、重⼤なグローバル課題に取り組む企業に未曽有の機会をもたらしています。企業がただ傍観するという選択肢はありません。⽣成AIを使いこなしてビジネスモデルを変⾰する企業こそ、⾰新性とレジリエンスで他社を凌駕できるでしょう」と、EY Americas Strategy and Transactions AI Leader、Khalid Khan博⼠は述べています。

⽣成AIの⼒を生かし、単なる存続ではなく成功に向けて⾃社を導くことに熱意を注ぐ世界のビジネスリーダーが学ぶべき5つの戦略的教訓が本シリーズを通じて明らかになりました。

 

1. ⽣産性向上を加速するために⽣成AIを活⽤する
未来志向の企業は、すぐに実現できる効率改善を求めるだけではなく、先陣を切って⾰新的な進歩を遂げるために、⽣成AIテクノロジーを導⼊するべきです。デジタル化が進み続ける世界が競争力を維持するには、⽣成AIの導⼊があたり前のこととなるでしょう。

 

2. ⽣成AIがもたらす経済成長の波に乗る
⽣成AIや関連技術が経済に及ぼす影響の全容は計り知れません。企業がかつて経験したことのない成⻑軌道に乗るには、戦略的に⽣成AI導⼊の最前線に⽴ち、態勢を整えるべきです。

 

3. ⼈⼯知能(AI)の包括的な統合を推進する
AIの影響は業務の⾃動化にとどまらず、意思決定や戦略策定にまで及んでいます。こうした中で、⽣成AIを業務全体に統合することが前提となるでしょう。つまり、組織内の各プロセスにAIを組み込むことで、⽣産性を劇的に向上させ、あらゆる分野でイノベーションを巻き起こす機会を創出できます。

 

4. 労働力のダイナミクスを再構築する
AIによって業務をなくすことではなく、業務を変⾰し、価値を向上することに視点を移すことが肝心です。リスキリングを実施し、人間とAIの協働体制を築くことで、⼈間の可能性とAIの能⼒を掛け合わせ、仕事の質と満⾜度の向上につなげることができます。

 

5. AIフレンドリーな企業⽂化を醸成する
技術を実装するだけでなく、⽣成AIを活用しやすい環境に企業文化を変えることも重要です。そのためには、継続学習を動機づける仕組みを整備し、社内のAIリテラシーを向上させ、従業員が進化する⽣成AIの機能に慣れ、活⽤できる環境を整えるべきです。⽣成AI⾰命の恩恵を最⼤限に享受するには、こうした企業⽂化の変⾰が不可⽋です。

AIは、重⼤なグローバル課題に取り組む企業に未曽有の機会をもたらしています。企業がただ傍観するという選択肢はありません。⽣成AIを使いこなしてビジネスモデルを変⾰する企業こそ、⾰新性とレジリエンスで他社を凌駕できるでしょう。
ガラスの壁越しに見える、カジュアルなオフィスでコンピューターを使って働く若いクリエイターのチーム
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第1章

今得られる小さな利益を危惧せず、将来の革新的な成果を追い求める

新たな技術の導入効果の発揮と普及には時間が必要です。生成AIの導入価値の実現は、従来のイノベーションよりも早期化できるでしょう。

EY CEO Outlook Pulse調査によると、CEOの43%が既にAIへの投資を開始しており、さらに45%が今後の投資を計画しています。⼀⽅で、多くの企業が、⽣成AIを生かした成⻑機会を飛躍させるような抜本的な変⾰ではなく、⽬の前の効率改善にとどまっていることも明らかになりました。

このような漸進的なアプローチは、過去に起こった技術⾰命にもあてはまり、驚くべきことではありません。実際、以下のような複数の要因から、技術⾰命が経済成⻑をもたらすまでにタイムラグが⽣じます。

  • 技術習得と調整期間:新たな技術を導⼊する際、多くの場合、まず経営陣が新技術の潜在価値について理解を深め、従業員や管理職がその効果的な使⽤⽅法を習得することが最初の重要なプロセスです。これには、先行ユーザーのトライ・アンド・エラー、一般ユーザーのトレーニング、リーディングプラクティスの確⽴が含まれます。
  • 導⼊と普及:新たな技術が導⼊されても、経済全体に影響が波及するまでには時間がかかります。たとえ技術が導⼊され始めたとしても、⾼額な初期費⽤や⾃社に導⼊するメリットに確信がもてないことを理由に、または、さらに優れた技術が登場するかを確認するためだけに、企業が導⼊をためらう可能性があります。
  • 補完的なイノベーション:新技術を余すところなく効果的に活⽤できるようになるには、その技術を補完するイノベーションやインフラが必要になる場合があります。例えば、蒸気機関が発明されたのは1700年代初頭でしたが、蒸気技術が進歩し、広く普及したのは約80年後のことでした。同様に、電気の時代が⽶国では1880年代に始まりましたが、電力網の向上によって電化が本格的に進んだのは1920年代に入ってからのことでした。また、パソコンのメリット拡⼤の背景にはインターネットの普及がありました。

例えば携帯電話に搭載された仮想アシスタントのように、10年前に商品化された製品が、新たに出現したAIツールの注⽬すべき機能と性能によって⼤幅に改良された事例も既に⾒られます。広範な⽣産性の向上にはタイムラグが伴う可能性が⾼いものの、技術の導⼊と普及のスピードは速まっています。要する時間は、1800年代には数⼗年かかったものが、コンピューター時代には約10年間に短縮しています。新技術の普及と導⼊のスピードが速まっていることを考慮するならば、⽣成AIでは今後3年から5年で経済活動を押し上げる効果が現れる可能性があります。

オフィスで働く成功したビジネスマンやデザイナーのグループ
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第2章

米国が先行し、多くの国に成功の兆しが見える

AIに関連する研究開発、企業数、雇用統計を見ると、中国、インドなどが米国に次ぐ生成AI先行国の有力候補であることが示唆されています。

AIに関連する研究開発、商業化、⼈材面では⽶国が現在先⾏していますが、他の国・地域についても、有望な成⻑の⾒通しがあります。本稿では、さまざまな国を3つの基準(AI企業数、AI特許数、AI専⾨人員数)によって分類し、その分析結果を明らかにします。

EYパルテノンの分析によると、⽶国は先⾏者であることとその規模で優位に立っています。下のグラフのとおり、⽶国のAI企業数(17,700社)と特許数(41,400件)は他の⼤半の国の約10倍であり、AI専⾨人員数(22,500⼈)も最多です。一方で中国は興味深い位置にあります。中国のAI企業数は⽶国よりはるかに少ないのですが(1,900社)、世界第2位の研究開発パイプラインの恩恵を受けて、AI特許数は⽶国の約75%(29,400件)です。

インドは、AI特許数(2,900件)や企業数(2,700社)が先進国に匹敵している点は注⽬に値しますが、⽶国(22,500⼈)に次いで世界第2位のAI専⾨人員数の多さ(13,600⼈)が、明らかに有利に働いている⾯もあります。鍵となるのは、このスキルをもつ⼈材プールがインド国内にとどまり、能⼒を発揮するかどうかです。


企業のオフィスでラップトップを使う多忙な若いアジア系女性ビジネスエグゼクティブ。
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第3章

今後10年間に12〜14年分の経済成長を実現する

生成AIへの投資が、今後10年間に、世界の経済活動とGDPを1兆7,000億~3兆4,000億⽶ドルまで大幅に押し上げる可能性があると推測しています。

⽣成AIへの投資の急増と⽣産性向上の加速による寄与を合算すると、⽣成AIが今後10年間に世界の経済活動を⼤幅に拡⼤する可能性がよくわかります。

EYは、⽣成AI⾰命は、2033年の世界のGDPを1兆7,000億~3兆4,000億⽶ドルの範囲で押し上げる(1.5~3%増に相当)と推計しています。⽶国経済の場合、2033年までにGDPを押し上げる効果は9,000億~1兆7,000億⽶ドルの範囲(3.5~7%増に相当)になるとみられます。

これらの数字は⼀⾒すると⼤した意味はないように思えるかもしれません。しかし、⽶国経済の⻑期成⻑率が約1.8~2.0%であると想定すると、これは10年間で12〜14年分の成⻑を達成することに相当します。

世界全体の⻑期GDP成⻑率が2.5~3.0%に近いことを踏まえると、これは今後10年間に最⼤1年分の成⻑が追加されることを意味します。⾔い換えれば、10年間でインドの経済規模に匹敵する成⻑が上乗せされることになります。


設備投資の影響

設備投資の観点から生成AIの潜在的な経済的影響を評価するにあたり、ソフトウェア、半導体その他の電⼦部品製造における研究開発、その他のコンピューターおよび電⼦製品製造、科学サービスとソフトウェア提供事業者、コンピューターおよび周辺機器、通信機器への投資の増加による短期的な経済成⻑効果について試算しました。

1980~2000年のIT⾰命と⽐較した結果、企業の⽣成AIへの投資ペースは、2017~22年の年間平均成⻑率8.8%を25%上回る可能性が⾼いことがわかりました。これにより、今後10年間で実質GDPが1%(2,500億⽶ドル超)押し上げられることになります。より楽観的なシナリオでは、企業投資の伸びが50%増加し、実質GDPが2%押し上げられ、2033年までの累積増加額が5,000億⽶ドルに達する可能性があります。

他の主要国でも、⽣成AIへの投資の拡⼤が経済成⻑に⼤きく貢献する可能性があります。⽶国が引き続き⽣成AI技術への投資で先⾏し、中国、欧州、インドが僅差で追随する可能性が考えられます。EYは、今後10年間で、世界のGDPが合計5,000億~1兆⽶ドルの範囲で押し上げられると推計しています。

生産性向上の加速

1980年代から1990年代の情報通信技術(ICT)⾰命期に、⽣産性の増加率は2倍になりました。生成AIによる生産性向上の活性化は、このICT⾰命期に⾒られた⽣産性の増加率の半分に過ぎないと控えめに想定した場合では、今後10年間でGDP成⻑が6,500億⽶ドル上乗せされる(2033年までに2.5%相当が追加される)ことになります。

また、⽣産性が2017~22年までの平均増加率の2倍のペースで向上する(コンピューター時代と同じペース)と想定した、より楽観的なシナリオでは、⽣成AIによる⽣産性向上により、今後10年間でGDPが1兆2,000億⽶ドル、つまり5%押し上げられることになります。

主要国の状況を全体的に見ると、⽣成AIが牽引する⽣産性向上が、世界経済にも⼤きく寄与する可能性があります。EYでは、⽣産性の向上により、世界のGDPが今後10年間で合計1兆2,000億~2兆4,000⽶億ドルの範囲で押し上げられると推計しています。

多様な人種の従業員が輪になって座り、現代的な機器を使って集中してカジュアルなミーティングをしている。
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第4章

あらゆる領域で労働力を拡張する

生成AIは、役割、スキルレベル、人との交流レベルによって領域ごとに程度の差はあっても、ほぼすべての職業に影響を与えるでしょう。

生成AIが促す労働市場の変革が、今後10年にわたりほぼすべての職業に影響するとみられています。EYはこの変⾰は普遍的なものだと考えています。しかし、個々の職業がどの程度影響を受けるかは、職種、セクター、地域によって⼤きく異なるでしょう。⽶国では、⽣成AIからの影響度が「高または中」である雇⽤は、66%(1億400万件の職業に相当)に上ります。残りの34%については、AIから受ける影響は少ないものの、ニ次的に派生する業務を通じてAIの影響を受ける可能性が考えられます。EYの調査によると、影響度が「高または中」である職業は、世界全体では59%、先進国では67%、新興国では57%です。


⽣成AIには複雑な認知的業務を実⾏する能⼒があることを踏まえると、AIが低スキル業務を代替して⾏い、陳腐化させるという予想はおそらく誤った通念だと判明するでしょう。むしろ初めのうちは、先進国においてAIが労働力を拡張する可能性が⼤きいかもしれません。⽣成AIから受ける影響度のスコアがもっとも⾼いスキルは数学とプログラミングで、もっとも低いのは、⼈との複雑な交流、創造性、感情の理解を要するアクティブリスニング(積極的傾聴)とアクティブラーニング(能動的学習)です。

AI増強スコアの上位10の職業には、プラント/システム・オペレーター、物理学者、農業従事者、製図技師、プログラマー、エンジニア、建築家などの専⾨職が挙がっています。これらの専⾨職には、AIによる⾃動化が可能な、反復的でデータを多⽤する作業が多く含まれます。このような作業には、データの分析と監視、運⽤計画作成、⽂書の確認、設計作業、安全検査プロセスなどがあります。

これらの職業はAIから⼤きな影響を受けますが、プロセスの管理、戦略的意思決定、微妙な判断を要する業務には、これまで同様、⼈間の関与が⽋かせないため、完全な⾃動化は不可能でしょう。実際、上位10の職業においてAI増強スコアのレンジが広いことからも、⼈間による関与の重要性は明らかです。

AI増強スコアが低い10の職業には、その職務に必要な、⼈間固有の要素がもっとも多く含まれています。例えば、⾼等教育機関の教員などの職務には、⼈的な交流と個々の学⽣に適した教育を⾏う能⼒が必要です。医療従事者などの職務には個別化されたケアや重大な意思決定が求められますが、これは現在AIでは提供できません。調理⼈や消防⼠などの場合は、正確な⾝体的動作(ロボット化による補完が必要な場合があります)と、予測不能な状況下で重⼤な意思決定が必要です。つまり、⼈的な交流、意思決定、⾝体的動作、個別化を必要とする職務が⽣成AIの増強によって負うリスクは、当初は低くなります。

それでも、AIから受ける影響度のスコアが⾼い職業の多くの場合と同様に、AIから受ける影響が少ない職業にも広いレンジがみられます。⼈的な交流が必要な職業であっても、⽣成AIによって増強可能な副次的業務がいくつかあります。例えば、教員であれば採点や教材の準備、消防⼠では予防、監視、早期リスク検出が考えられます。


ロビーで議論するビジネスパーソン
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第5章

AI格差のリスクに対処する

生成AIの格差問題に取り組むには、多面的なアプローチが必要になるでしょう。

⽣成AIの導入には、課題とリスクも伴い、所得格差の増⼤、市場寡占化の進⾏、世界的な格差の拡⼤など、いくつかの形で顕在化する可能性が考えられます。⽣成AIの⼒を、世界中の人々、企業、国・地域のすべての利益になるように広く使いこなしていくには、これらの問題に効力のある方法で対処することが不可⽋です。

「⽣成AIの経済的影響は計り知れません。⼈間中⼼で責任あるアプローチを取るビジネスリーダーは、ガバナンスを効かせた導⼊手法を通じて、格差の問題に取り組み、株主や経済全体で得られる利益を拡⼤できるでしょう」とKhan博⼠は⾔及しています。


AIによる所得増加は、すべての世帯に平等に分配されることはないでしょう。⽶国の場合、⽣成AIによる経済的利益は、今後10年間で6,750億~1兆3,000億⽶ドルの範囲で家計所得を増加させるとEYは推計しています。増加分の50%超が家計所得の最上位層(所得⽔準の上位20%)に集中し、下位20%に配分されるのは5%未満です。世界的にも、AIによる経済的利益の受益者が偏る傾向があり、特に社会的格差と所得⽔準の⼆極化が深刻な国ほど、⾼所得者が受ける利益配分も⼤きくなりがちです。

⾼賃金の職種への所得増加分が多額になるほど、賃⾦格差も増⼤するでしょう。⽣成AIは、低賃⾦の職種よりも⾼賃⾦の職種を補完する(代替するのではなく)潜在的な傾向があることから、⾼所得者の収入が極端に増加し、それがさらに格差を拡⼤させる恐れがあります。

⽣成AIの開発は、市場の寡占化を進行させ、勝者総取りのビジネス環境を⽣み出す可能性も懸念されます。⽣成AIテクノロジーには先⾏者利益と多⼤な規模の経済性が伴うため、AIの先⾏者と後発者の差が拡⼤し、AIがもたらす恩恵の⼤半を享受する「スーパースター企業」の台頭につながる可能性があります。寡占と垂直統合が発⽣するリスクから、規制当局が潜在的な負の外部性の是正を求める動きも活発化しています。

AIによる世界経済の促進効果は、AI開発の先頭に⽴つ国と、テクノロジーを積極活⽤する準備が十分できている国に集中する可能性があります。⽶国や中国などのAI開発の先駆者や、英国、カナダ、⽇本、韓国、インドなどの先行ユーザー(アーリーアダプター)が、AIによる経済効果の恩恵を集中的に受ける可能性が⾮常に⾼い⼀⽅で、サハラ以南のアフリカ、ラテンアメリカ、南アジアなど、AI導⼊の準備が遅れている発展途上国は取り残されるリスクがあります。

このようなAI格差に対処するには、多⾯的なアプローチが必要になるでしょう。労働者のレベルでは、配置転換や、新しいテクノロジーを使いこなせるようにするためのトレーニングやスキルアップを⽀援するなど、労働者に及ぶAIの望ましくない影響の軽減に役⽴てる施策が不可⽋です。

国家レベルでは、中⼩企業への新技術の普及を促進し、市場での競争拡⼤を促す事業戦略と政策を実施することが、AIの導入メリットを経済全体へ波及させることにつながるでしょう。

⽣成AIが及ぼす経済的影響は計り知れません。⼈間中⼼で責任あるアプローチを取るビジネスリーダーは、ガバナンスを効かせた導⼊手法を通じて、格差の問題に取り組み、株主や経済全体で得られる利益を拡⼤できるでしょう。

世界レベルでは、AIテクノロジーとインフラへのアクセス拡⼤とデジタルスキル習得による技術格差の軽減に向けて、ステークホルダー間の協⼒関係を強化して取り組むことが、AI格差の解消につながるでしょう。

最後に

⽣産性の成長鈍化、⼈⼝の⾼齢化、脆弱なサプライチェーン、地政学的な緊張の⾼まりを特徴とする、今⽇の変化が激しい複雑な世界情勢において、⽣成AIの⼒を生かすことが、ビジネスリーダーにとって有効な指針となります。⽣成AIは、業務効率の向上やかつてないイノベーションの促進を通じて、数々の課題を克服するための⾰新的な⼿段になるでしょう。

しかし、⽣成AIの導⼊には障壁や隠れたリスクが伴います。過去の技術⾰命の経緯から明らかなことは、新たなテクノロジーから⽣産性向上のメリットを⼗分に引き出すためは、補完的なイノベーション、インフラ、スキル、企業⽂化を包含したエコシステムを構築することが重要です。

⽣成AIが企業や社会の構造に統合されていくと、所得格差の増⼤、少数企業による市場寡占化の進行、世界的な格差の拡⼤がさらに進む可能性があります。⽣成AIのメリットが公平に行き渡り、世界中の⼈々、企業、国・地域のすべてが恩恵を受けるためには、これらの課題に正⾯から取り組まなければなりません。

サマリー

本稿は、EYパルテノンによるAIの経済的影響に関するマクロ経済連載シリーズ記事の第6弾です。この連載シリーズでは、⽣成AIの経済的可能性に関する知⾒を、新たな動向や実⽤的な洞察と共に提供し、企業の意思決定者の⼀助となることを⽬的としています。第6弾となる今回の記事では、グローバルなビジネスリーダーが生成AIの力をどのように活用できるかについて考察しています。

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