EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYパルテノンは、EYにおけるブランドの一つであり、このブランドのもとで世界中の多くのEYメンバーファームが戦略コンサルティングサービスを提供しています。
要点
生成AIの進展は、日本市場においても大きな変革をもたらす可能性を秘めています。日本企業の技術力と、生成AIの導入による生産性の向上は、既存のビジネスモデルを大きく変えることが予想されます。特に、製造業を中心とした産業においては、AIによる自動化と効率化が一層進むことで、国際競争力のさらなる強化が期待されます。
しかし、技術革新には必ずしも一律のポジティブな影響のみならず、労働市場への混乱や既存スキルの陳腐化といった課題も伴います。日本企業は、これらの変化に対応するために、従業員のリスキリングやアップスキリングに投資し、新たなビジネスチャンスを捉えるための柔軟な戦略を立てる必要があります。
また、日本独自の社会的課題、例えば高齢化社会に伴う労働力不足などに対しても、生成AIは解決策の1つとして期待されています。AIが単純作業を代替することで、人間はより創造的で価値の高い仕事に集中できるようになり、社会全体の生産性向上に寄与することができるでしょう。
経営者は、これらの技術的な進歩を理解し、企業の長期的な成長戦略に組み込むことが求められます。生成AIの潜在能力を最大限に活用し、新たなビジネスモデルの構築や市場での競争優位性を確立するためには、戦略的な思考と迅速な行動が不可欠です。
近年、生成AIほど期待が高まっているテクノロジーはありませんが、経営者、政策立案者を始めとする利害関係者の中に生じている疑念や懸念がその盛り上がりに水を差しています。
生成AIシステムは極めて複雑であり、あまりに急激な進歩を見せているため、組織、経済、社会に及ぶ影響を予測することは確かに困難です。シリーズの最初の記事である本稿では、歴史上の事例を手掛かりに、生成AIが将来もたらす可能性のある影響と、経済面での機会と課題を明らかにします。
歴史を通して、テクノロジーは仕事の性質と組織を変容させ、ビジネスの効率と生産性を高め、新たな形態の仕事を生み出し、それによって経済を容赦ないまでに根本から変革してきました。
また、新たなテクノロジーのイノベーションは労働者の失業増加にもつながるため、大きな混乱を引き起こしてきました。その導入当初には、多くの場合、導入することへのためらい、経済発展の鈍化、不平等の拡大が生じています。
そうした過去の急激な技術変革の経緯から、AIが経済にどのような影響を与え得るかを理解する上で鍵となる3つの洞察を引き出すことができます。
これらの洞察から、経済と社会に生成AIの恩恵を享受するにはまだ時間がかかりそうですが、歴史に照らせば、AIを活用した生産性向上の加速がその先にあると期待できそうです。労働者が新しいスキルを習得し、セクターや職種を超えた再配置に適応していけるかどうかが、生成AIが存在する未来への移行の成否を決する重要な要素になるでしょう。
第1章
生成AIの実力は、導入、生産性加速、技術向上という「好循環」をもたらす可能性があります。
近年でもっとも重要な技術革命の1つとして登場した生成AIは、1992年にTimothy Bresnahan氏とManuel Trajtenberg氏が最初に考え出した概念である、汎用技術(general-purpose technology:GPT)の1つとみなされています。
GPTは、幅広い分野や職種に適用することが可能で、その能力は次第に改善されていき、後の補完的なイノベーションの流れの源となる重要なテクノロジーを指します。例えば、蒸気機関、電気、コンピューターはこの基準に合致しており、技術力と経済力を互いに伸ばし合う好循環に支えられた重要なGPTでした1。
「GPTが契機となって生まれるイノベーションの好循環が、経済に多大な影響を及ぼす可能性があります」と、Ernst & Young LLP、Strategy and Transactions、EY-Parthenon Senior EconomistのLydia Boussourは述べています。
実際、David Byrne、Stephen Oliner、Daniel Sichelらの推定によると、情報技術(IT)セクターが米国経済に占める割合はわずかであるにもかかわらず(1990年代後半には5%未満)、1974年から2004年までの非農業セクターの労働生産性上昇の半分までもがITセクターが生み出したものでした2。
GPTが契機となって生まれるイノベーションの好循環が、経済に多大な影響を及ぼす可能性があります
また、生産性の伸びはここ数十年間鈍化しているものの、その間もITセクターは米国の生産性の伸びに大きく寄与しており、2004年から2012年にかけての労働生産性の伸びの3分の1超がITセクターによるものです。
振り返ってみれば、コンピューター時代の幕が開けたときに登場したのは、適応性に欠け、軍事など特定の利用目的のために設計された高価な大型電子計算機でした。世界初の汎用電子コンピューターであるENIAC(Electronic Numerical Integrator and Computer)は、1940年代半ば、米陸軍の弾道研究所(Ballistic Research Laboratory)の依頼により、火砲のための射表の計算目的で開発されました。
しかし、コンピューターの処理能力が次第に向上し、コストも低減したため、コンピューターを導入できる業界が増えたことが新たなイノベーションへとつながっていきました。そしてその結果、コンピューターの普及はさらに拡大していきます。こうしたITのイノベーションと開発、そして需要の増大が継続するプロセスの後には、生産性と生活水準が長期間向上し続ける時代が到来したのです。
EYでは、ITがけん引した1990年代における生産性上昇の加速を検証した結果を踏まえ、生成AIは今後10年間で生産性上昇を50~100%押し上げる可能性があると推定しています。しかし、産業革命や電力が普及した時代のような、生産性の2倍増、3倍増には及ばないとみられます。
第2章
生成AIの採用に必要な時間、スキル開発、そしてアプリケーションの適正規模化により、生成AIの経済的利益の普及にタイムラグが生じるためです。
重大な技術⾰新が発生する際、その早期段階には、⽣産性と経済成⻑に限定的な影響しか⽣じない傾向があります。過去の技術進歩を見ると、概して画期的な技術が出現してから経済や社会に影響が波及するまでには、⻑期間のタイムラグが⽣じました。
18世紀半ばに英国で始まった第⼀次産業⾰命は、ジェームズ・ワットが開発した蒸気機関の誕⽣に象徴される⽐類のない進歩の時代であり、鉱業と輸送を変⾰しただけではなく、数多くの産業を刷新した技術⾰新の波(紡績機のローラー、紡績機、織機、蒸気機関⾞などと続く)を引き起こしました。
蒸気機関は技術的に画期的な重要発明でしたが、総⽣産性を⾼め、経済的繁栄をもたらしたのは、約80年も後の19世紀後半になってからでした3。蒸気機関に関する技術が改良され、⽣産性向上につながる技術として広く普及して初めて、このような成果が⽣まれたのです。
英国の⽣活⽔準の成⻑率は、英国で産業⾰命が始まってからしばらくは低迷していました。1⼈あたりの実質GDPは、1750年から1800年の間、年率換算で0.4%の成⻑でしかありません。とはいえ、ついには第一次産業⾰命は⽣活⽔準の⼤幅な向上をもたらします。1870年に入るまでには1⼈あたりGDPは倍増し、1800年から1900年の間は年率換算で約0.75%と、約2倍の速度で成⻑するようになりました。
EYパルテノンができること
EYとEYパルテノンは、貴社の志の実現に向けた戦略策定を支援します。テクノロジーを活用し、ポートフォリオに合わせて、変革により実現します。
続きを読む同様のタイムラグは電気の場合にも、⽣産性が上昇するまでに⽣じましたが、その程度は蒸気機関のときよりも短期間で済みました。電気の時代は⽶国では1880年代に始まりましたが、電化が本格的に進み、⽣産性が⼤幅に向上したのは1920年代になってからのことでした4。
急速な技術進歩と⽣産性の不振とが同時発生するというパラドックスは、1970年代にパソコンやインターネットの登場とともに始まったIT⾰命でも存在しました。1987年、ノーベル経済学賞のロバート・ソロー教授が、「至るところでコンピューターの時代を目にするが、生産性の統計ではお目にかかれない」と述べたことは有名です。
当時、技術が⼤きく進歩していたにもかかわらず、時間あたりの実質⽣産量で測定した労働⽣産性の伸び率は、年0.5%という嘆かわしいペースで停滞したままでした。IT技術の経済全体への普及に伴い、1998年から2005年にかけて労働⽣産性が継続的に年率2%超で上昇したことでようやくこのパラドックスは解消しましたが、それはIT⾰命から20年後の1990年代後半から2000年代初めになってからのことでした5。
EY CEO Outlook Pulse調査によると、CEOの43%が既にAIへの投資を開始しており、さらに45%が来年に投資を計画しています。このように企業はAIへの投資を進めていますが、⼀⽅で、多くの企業において、AIの成⻑の潜在的可能性を最⼤限発揮させるような抜本的な変⾰ではなく、目の前の効率性向上を追求していることも明らかになりました。また、AI導⼊の成熟度がまだ初期段階にある企業の割合は90%に上ります。
技術⾰命が⽣産性向上をもたらすまでにタイムラグが⽣じる原因にはさまざまなものが考えられますが、中でも重要なのは次の3つです。
例えば携帯電話に搭載された仮想アシスタントなど、10年前に導⼊された製品にも、新たに出現したAIツールの注⽬すべき機能と性能による⼤きな改善が既にみられます。
広範な⽣産性の向上にはタイムラグが伴う可能性が⾼いものの、技術の導⼊と普及のスピードは速まっています。要する時間は、1800年代には数⼗年掛かったものが、コンピューター時代には約10年間に短縮しています。
新技術の普及と導⼊のスピードが速まっていることを考慮するならば、⽣成AIでは今後3年から5年で経済活動を押し上げる効果が現れる可能性があります。
第3章
⽣成AIは、職種や職業を消し去るのではなく、特定の業務を消滅させるとともに、新たに仕事を⽣み出す可能性があります。
テクノロジーは何世紀にもわたって仕事の性質や組織を変容させてきました。その過程で消滅した仕事もあれば、新たに⽣み出された仕事もあります。しかし、テクノロジーによって⼤量失業が引き起こされるのではないかという懸念が現実になったことはありません。
技術進歩のために機械が⼈間の労働に取って代わるのではないかという懸念が⽣じたのは、今に限ったことではありません。16世紀後半、エリザベス1世は、多くの労働者が職を失うことを懸念して、英国の発明家、ウィリアム・リーに機械式編み機の特許を与えませんでした。
最近では、⽣成AIの急速な進歩と多くの業界で業務や仕事が⾃動化される可能性を背景に、これと同様の懸念が世論や政策議論の支持を得ています。こうした懸念は長年存在してきているものの、新たな技術によって失われた雇⽤よりも多くの雇⽤が創出されてきたため、過去100年間にわたって雇⽤⽔準は持続的に上昇してきました。
技術⾰新は、主に次の3つの点で労働に影響を与える可能性があります。
20世紀初頭に⽶国で急速に進んだ農業の機械化は、近代の雇⽤における最⼤の構造転換の1つに拍⾞をかけました。新しい農具や機械の導⼊により、農業の⽣産性が劇的に向上し、農業労働⼒の需要が減少しました。多数の失業者が、⼯場勤務などの他の職種での就業に向け、新たなスキルの習得を余儀なくされました。こうした労働移動は、産業⾰命が必要とした労働⼒の需要に応えることになります。また、⽶国では、農業部⾨から⾮農業部⾨への就業者の⼤規模な再配置につながり、雇⽤全体に対して農業の占める割合は、1850年の55%から1900年には41%に、さらに1950年にはわずか10%にまで縮小しました。
最近では、デジタル化の波と⾃動化に伴い、かつては⼈が⾏っていた定型業務(主に低・中等スキルの職)が消え、多くの作業が変容しています。しかし、情報化時代には、データサイエンティスト、ソフトウエアエンジニア、ウェブ開発者など、過去に存在しなかった新しい職種が数多く⽣まれ、IT関連の雇⽤が急速に拡⼤しました。
1990年から2001年の間に、⽶国の製造業の雇⽤は12%減少しましたが、⼀⽅でコンピューターシステム設計や関連サービスの雇⽤は3倍に増加しました。また、IT業界の就業者の給与は、⺠間部⾨の平均的な労働者よりも⾼くなっています。コンピューターシステム設計者の平均時給は、1990年には平均的就業者の1.8倍でしたが、2000年代末には約2倍になっています7。
⽣成AI技術は、⾮定型的な認知的業務にも利⽤できるため、特にホワイトカラー労働者の仕事の性質と内容を⼤きく変化させる可能性があります。しかし、⽣成AIが代替するのは、特定の作業であって仕事そのもの全体ではない可能性が⾼く、他⽅で⽣成AIの普及は、AIのトレーナー、倫理⾯の担当者、開発者などの新しい職種の創出につながるでしょう。
⽣成AIが及ぼすマクロ経済への影響は、ビジネスリーダーにとって解きほぐすには複雑で精緻な織りのタペストリーのようなものです。ここでもっとも重要なのは、より広範な経済的影響を理解しながら、企業戦略と倫理の整合を図ることです。ビジネスリーダーは、以下に挙げる質問の答えを解き明かすことで、技術⾰新とマクロ経済的レジリエンスとが交わる中に⾃社を戦略的に位置づけ、⽣成AIの影響がさらに増⼤する世界にあっても持続可能な成⻑を確保することができます。
本稿は、EYパルテノンによるAIの経済的影響に関するマクロ経済連載シリーズ記事の第1弾です。この連載シリーズでは、⽣成AIの経済的可能性に関する知⾒を、新たな動向や実⽤的な洞察と共に提供し、企業の意思決定者の⼀助となることを⽬的としています。本連載シリーズ第1弾では、3度にわたる急激な技術⾰新の歴史的経緯から何を学び、現在のAIの経済的影響の予測にどう⽣かすかについて考察しています。第2弾以降の記事は、今後数カ⽉内に公開予定です。