「広域的・包括的・複合的なインフラ管理」による官民連携の新しいカタチ(後編)

「広域的・包括的・複合的なインフラ管理」による官民連携の新しいカタチ(後編)


苦境に立たされた社会インフラの維持・運用はもはや個々の自治体だけの問題ではなく、広域的な官民の強みを生かした柔軟な事業スキームの実現により、一刻も早く解決に向かうことが急務です。

そのためには、民間企業も業種や守備範囲の壁を越えて手を結び、設備計画から運営・管理、料金徴収までのインフラ事業運営全体を担う存在へと変容する必要がありそうです。
その観点から、セミナーの開催レポート後編をお届けします。

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要点

  • 地域の社会インフラ運営に参画する民間企業が増加中。従来の事業領域を超えた異業種展開や企業間連携によってノウハウを獲得している
  • インフラ領域での企業間連携は「武器」×「フィールド」×「領域横断」がポイントに。分野を超えて互いの強みを持ち寄り、インフラ事業運営に乗り出すべき

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企業のインフラ運営を支える「武器×フィールド×領域横断」

社会インフラ運営にまつわる官民連携市場は確実に広がりつつあります。その機会を捉え、領域拡大、異業種参入、ドメイン転換、アライアンス構築など、民間企業によるさまざまな取り組みが加速しています。

これからの社会インフラ運営のあり方について自治体の取り組みや国の方策、海外の事例などを交えて考察したセミナー第1に続き、第2部では「社会インフラ関連企業の取り組み紹介/パネルディスカッション」をテーマに民間企業3社を招いて議論を交わしました。司会を務めた藤山賢(EYSC/EYパルテノン ストラテジー)はまず冒頭で、事業運営や複数インフラの一体管理において民間企業への期待値が上昇しているとした上で、従来の事業ドメインを超えた企業間の連携・チームづくりが求められていると指摘しました。

すでにその動きは進んでおり、例えば、水道領域など同業種の企業間で事業統合の動きが見られるほか、複数インフラを横断する企業間での買収・出資や、スタートアップ企業と連携する事例も増加中。SPCを構成する企業間でも異業種のコラボレーションが常態化しています。

今後、インフラ領域での企業間連携は「武器」×「フィールド」×「領域横断」をキーワードに加速すると藤山は予測。「武器については自動化技術による運営コストの最適化などが考えられますが、こうした強みも、設備計画から運営・管理、料金徴収までをカバーするインフラ事業運営そのものを担うフィールドがあって初めて生きてきます。また、特定地域で複数のインフラを束ねる領域横断のアプローチにより、相乗効果が高まるものと考えられます」と述べました。


では実際、セミナーに登壇した3社ではどのように対応しているのでしょう。各社による講演内容のポイントを以下に抜粋します。

では実際、セミナーに登壇した3社ではどのように対応しているのでしょう。各社による講演内容のポイントを以下に抜粋します。
 

インフロニア・ホールディングス株式会社
大塚 淳 氏/総合インフラサービス戦略部長

人口減少などによる社会構造の変化を受け、従来型の請負工事の市場が縮小する半面、官民連携市場が拡大傾向にあることに着目し、インフラ運営事業への本格的な参入を決意。約10年をかけて取り組みを進め、ホールディングス化によるグループ経営基盤の強化を機に「総合インフラサービス企業」としての将来像を標榜。あらゆるインフラを上流から下流までワンストップでマネジメントする体制を整えた。

同社では、インフラ運営の持続可能性を高める上での課題として「ビジョン・戦略」「組織」「業務」「資産」「財務・会計」「人材管理」「IT・DX」の7つを設定。それぞれに対する民間企業の強みを整理し、「自治体が方針を示し、その具体化を民が担う」形での官民連携を提案している。また、上下水道と再エネの一体化など複数分野の横断、複数の自治体をまたぐ広域化も視野に入れている。
 

中部電力株式会社
神谷泰範 氏
/常務執行役員 アライアンス推進室長兼地域インフラ事業推進室長

2021年11月に発表した経営ビジョンに基づき、脱炭素化された安心・安全な循環型社会への変革に向け、電気・ガス事業で培われたノウハウ・リソースを活用し、地域インフラを対象に基盤領域を拡大する方針。マルチユーティリティ化を推進することで地域や顧客との接点を増やし、そこから得られるデータを生かして付加価値サービスの提供につなげていく。拡大する基盤領域の対象となるのは、地域・自治体のパートナーとして住民の暮らしに寄り添うサービスや、脱炭素化・循環型社会の実現に貢献できる分野、すなわち①資源循環、②上下水道、③森林経営、④地域交通を想定している。

電力システムは今後、これまでのような広域基幹系統と並んで地域に根ざしたローカルグリッドの両方向に拡大していく。そうした環境下で地域の電力会社がエネルギーを起点に複数の公共インフラ事業に関われば、DXを駆使した統合運営による効率化が実現する。それを目指し、中部電力では2022年に地域インフラ事業推進室を発足させた。
 

メタウォーター株式会社
酒井雅史 氏/取締役 PPP本部長

メタウォーターは日本ガイシと富士電機の水環境部門が合併して2008年に誕生した機電一体型の企業。PPP事業への取り組みは合併前の2002年から始動。愛知県田原市におけるリサイクルセンター整備事業を皮切りに、浄水場全体を対象とする日本初のPFI事業(横浜市)や、水事業として初の独立採算型PFI事業(宮城県女川市)など、20年にわたってPPP/PFIの実績を積み重ねてきた。事業受託実績は全国に及び、PFI 15件、DBO 31件、コンセッション2件を数える。

近年では事業計画策定支援、資産管理、料金徴収などを含む包括的な官民連携プロジェクトを推進。宮城県と進める「上工下水一体官民連携運営事業」はその象徴で、国内では前例のない水道・工業用水道・下水道の3事業における一体的コンセッションを推進中。事業主体となるSPCは、出資元の代表企業を通じて業務を委託する通常のパススルー型と異なり、必要に応じて株主以外の企業にも委託可能な「実体保有型」を実現している。

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自治体・企業に求められる「互いの強みを生かした連携」

複数の分野や設備、地域をまたいで多種多様なプレーヤーが手を結ぶ官民連携によるインフラ運営。「互いの強み」に目を向け、新しい価値創出に向けてノウハウを学びとる姿勢が求められています。

セミナーはその後、3社を交えたパネルディスカッションへと展開。官民連携を進めるにあたり、従来の業態からの変容あるいは領域拡大を伴うとき、不足するケイパビリティをどう補うかの話題から意見を交わしました。


左からEY 藤山、インフロニア・ホールディングス株式会社 大塚 氏、中部電力株式会社 神谷 氏、メタウォーター株式会社 酒井 氏

左からEY 藤山、インフロニア・ホールディングス株式会社 大塚 氏、中部電力株式会社 神谷 氏、メタウォーター株式会社 酒井 氏

インフロニアでは、金融やデジタル、水事業といった各分野におけるトップ企業とのアライアンスを通じてインフラ運営のノウハウを獲得。自社の強みであるゼネコンとしての技術力、維持・管理能力では及ばない部分を補完しているとのこと。「デジタルを活用したアセットマネジメントには特に力を入れていて、AIを活用した設備の余寿命診断を取り入れるなど新しい分野にも挑戦しています」(大塚氏)。

中部電力も同様に、アライアンスを通じて不足するノウハウを補強。例えば資源循環の分野では、20年以上前から関東圏を中心にプラスチックリサイクルなどの事業を先駆的に展開してきたテラレムグループ(旧 市川環境ホールディングス)に資本参加。「エリアを問わずさまざまな機会を模索している」(神谷氏)と言います。

一方、自社の経験を通じて少しずつノウハウを積み上げてきたのはメタウォーターです。「機電プラントメーカーとして事業を受託するうち、事業運営に関わる提案をさせていただく、あるいはお客さまのニーズに合わせて業務の幅を広げていくことで、結果的にオペレーターとしての能力が磨かれていきました」(酒井氏)。

では逆に、官民連携を持続的なものにするために自治体側で心掛けるべき姿勢とは――秋田県の高橋氏から出されたこの問いに、酒井氏は「フレキシビリティ」だと即答。仮に20年間のSPCという限られた契約関係であったとしても、必要以上にそれに縛られず、事業範囲の拡大などについて柔軟に話し合える機会を与えていただきたいと語りました。
 

これを受けて大塚氏は、地域の担い手を育てる観点から地元企業と大手企業による連携の必要性に言及。その際、民間同士の調整が往々にして難航することを挙げ、自治体が企業に望むことや連携の重要性を明確に意思表示することで、関係構築がスムーズに運ぶケースもあると指摘しました。
 

矢巾町の吉岡氏からは、「官民の間で技術やノウハウをうまく活用するコツは何か」との質問。大塚氏はこれに、「管路の維持・管理に関するノウハウなど自治体に備わる経験や知見をシェアする一方、企業が持つデータの収集・分析などに関するノウハウを生かすこと、例えばドローンやドライブレコーダーを道路の劣化状況調査に活用するなど、互いの強みを生かした連携が大切」と答えています。
 

さらに吉岡氏から、SPCを運営する上での「本音の苦労」を問われた酒井氏は、メタウォーターが宮城県で実践する実体保有型SPCを例に取り、次のように答えました。「業種も価値観も異なる種々多様な人たちが集まる組織ですが、みな自社の利益だけを考えているわけではありません。事業会社として利益を上げ、配当として還元する。その経営目的に向かうベクトルが同じである限り、あまり心配する必要はありません」。
 

最後に、視聴者から「シュタットベルケに対する民間企業の受け止め方」に関する質問があり、中部電力の神谷氏が「収益の上がる事業が赤字領域の損失を補う仕組みの利点」を挙げ、「民間企業は赤字部門に対してネガティブな印象を持ちがちですが、そこから生まれる新たな価値にこそ目を向けるべき」と指摘。「複数の領域をパッケージで事業化することで地域経済を活性化するビジネスモデル」の日本での進展に期待を寄せました。
 

「折しも1月の能登半島地震で注目されましたように、社会インフラをいかに効率よく維持・管理し、持続的に運営していくかが日本全国の自治体で問われています。そのための官民連携の役割、関係者の新たな協力のあり方が本日の議論からも見えてきたように感じます。EYとしてもこうした動きをご支援し、社会課題の解決に挑むプロフェッショナルファームとしての役割を果たしたいと思います」。EYSCの福田がそう述べて、今回のセミナーは幕を下ろしました。

左からEY 関、福田、藤山、インフロニア・ホールディングス株式会社 大塚 氏、中部電力株式会社 神谷 氏、メタウォーター株式会社 酒井 氏

左からEY 関、福田、藤山、インフロニア・ホールディングス株式会社 大塚 氏、中部電力株式会社 神谷 氏、メタウォーター株式会社 酒井 氏


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    サマリー

    これからの社会インフラ(自治体インフラ)を持続可能なものにするためには、「広域的・包括的・複合的なインフラ管理」をいかに実現するかが鍵を握ります。自治体だけでなく企業もその主役になる時代。これまでの事業ドメインを組み換えるような新たな戦略と連携が求められています。

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