欧州は外国投資家の期待に応えられるか
欧州は外国投資家の期待に応えられるか

欧州は外国投資家の期待に応えられるか

新型コロナウイルス(COVID-19)禍のために、欧州への直接投資(Foreign Direct Investment 、以下「FDI」)は13% 減少しました。欧州が魅⼒的な⻑期投資先としての地位を維持するためには、迅速な⾏動が必要です。


要点

  • コロナ禍による投資計画の中断や、不確実性の高まりを受け、欧州へのFDIは、2020年に13%減少した。
  • 2020年に中断したプロジェクトの再開により、2021年の投資は回復する見込み。調査対象者の40%は、来年に欧州での事業の展開または拡大を目指している。2020年初頭に同様に回答したのは、わずか27%だった。
  • 投資先としての欧州の魅力を将来にわたり維持していくために、政策立案者は、スキル、サステナビリティ、景気刺激策、簡素化に注力する必要がある。


EY Japanの視点

2020年の日本の対外直接投資は、全世界総計で18兆3714億円。前年と比べ約35%減少しました。その中でも対EU直接投資は1兆9,751億円で、過去最高を記録した2019年の8兆5,528億円から激減。対英直接投資も同様に、2019年の1兆394億円から2020年には3,633億円と大きく落ち込みました。世界でも最も早くコロナ禍が広がった欧州に対し、日本企業が極めて慎重な経営判断をしたことがうかがえます。

一方、ワクチン接種が進むにつれ、2021年の欧州の経済状況は回復・拡大基調にあります。1年余りにわたって「様子見」をしてきた日本企業にとっては、欧州において既存の事業構造をいかに見直すか、事業機会を創出するか、日EU包括的経済提携協定(EPA)や日英包括的経済提携協定といった“インフラ”をいかに活用するか等々、欧州戦略の見直しが問われることとなりそうです。

出典:財務省「対外・対内直接投資の推移」(https://www.mof.go.jp/policy/international_policy/reference/balance_of_payments/bpfdi.htm、2021年7月2日アクセス)


EY Japanの窓口

切手 崇博
EY Italy EMEIA ジャパン・ビジネス・サービス・ストラテジー・アンド・トランザクションリーダー パートナー

2020年は、欧州内外を問わず、ショック、ボラティリティ、変化の年でした。世界的なパンデミック、米国の新大統領、EUと英国間の貿易交渉、2桁のGDP低下、1,200万人を超える欧州内の失業、欧州経済を回復への軌道に乗せるための大規模で前例のない景気刺激策など、枚挙にいとまがありません。

これは、投資家が求めている安定した状況とは⾔えません。しかし、このような前例のない状況にあるにもかかわらず、欧州へのFDIは2020年にわずか13%減少しただけで、急速な回復が⾒込まれています。また、投資は全体的に落ち込みましたが、実際には⾮常に好調だったセクターもありました。例えば、ライフサイエンスセクターへの投資は 62% 増加し、ロジスティクスプロジェクトの件数は 11% 増加しました。

ボラティリティが高まる中、欧州は投資家が必要とするファンダメンタルズ(豊富な熟練労働者、堅固なインフラ、政治的安定、大規模で対応可能な市場など)を持つ安定した環境であると認識されているため、欧州への投資には比較的回復力があります。

しかし、欧州は現状に甘んじることはできません。新型コロナウイルス感染症のために、事業を運営する場所を決定する際に影響する、いくつかの要因の重要性が高まっています。例えば、スキルです。企業は、常にスキルを有する労働者が多い地域で事業を展開してきました。しかし、コロナ禍を背景に企業がデジタル戦略を加速させたため、デジタルコンピテンシーの必要性が増しました。さらに、 2021年の「欧州アトラクティブネス(魅力度)」調査のデータによると、企業の10社中9社が、投資戦略を決定する上で環境の持続可能性が重要な要因あると考えています。

長期的には、企業は投資先として、欧州について楽観的な見通しを持っています。

これは、欧州の政策立案者に対し重要な課題を提起しています。企業の優先課題の出現や変化に対応しつつ、適切なファンダメンタルズを維持することができるでしょうか。コロナ禍を変化のための契機とし、より良い欧州を構築することができるでしょうか。

本稿では、2020年の投資の推進要因と今後数年間の投資見通しに加え、最も重要だと考えられる事項として、欧州が魅力的な長期投資先としての地位を維持していくために各国政府が何をすべきかについて考察します。

丘の上で日没を待つ女性
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第1章

2020年の欧州へのFDI︓減少したものの落ち込みは⼩さい

外国企業は依然としてスキルを備えた、安定かつ洗練された地域を見いだし、長期的に投資していくことを熱望しています。

世界各地の企業が2020年に公表した欧州へのFDIプロジェクトの総数は、5,578件でした。これは、2019年と比較すると13%の減少です。これは、世界金融危機のために対外投資が対前年比11%減少した2009年以降初めてとなる2桁台の減少です。2020年の減少については、説明の必要ありません。年初に新型コロナウイルス感染症のパンデミックが始まっていたため、予定されていた投資計画が中断され、多大な経済的不確実性が生じました。

欧州へのFDI
2020年における、欧州へのFDIの減少-過去10年超で初の2桁減

ドイツは2020年に新型コロナウイルス感染症を比較的うまく抑制できたため、フランスと英国に比べ投資額の減少が緩やかでした。この3カ国は欧州の投資先トップとして事実上不動の地位にあります。フランスでのプロジェクト件数は985件、英国は975件、ドイツは930件でした。

セクター別にみると、ライフサイエンスは海外投資が増加した唯一の主要産業となりました。これは、新型コロナウイルス感染症のワクチン、治療、個人用保護具に対する需要の急増に対応するために企業が急速に動いた結果です。

なぜ投資は、これほどまでに回復力があったのでしょうか。前例のない状況にもかかわらず、外国企業は依然として、欧州を長期投資先として基本的に世界で最も魅力的な地域の1つと見ています。それは、欧州には比較的安定した政治・規制制度、高度に熟練した労働力、そして比較的堅固な輸送、エネルギー、電気通信インフラが存在しているからです。

技術革新とグリーンイノベーションが、投資家が投資検討先として欧州に注目する要因になっています。

したがって、企業は早ければ当初は2017年に策定していた可能性もある計画を進めています。この根拠として、41%が2021年の投資計画に新型コロナウイルス感染症を理由とする変更はないと回答し、17%は実際には投資計画を増やしています。投資計画を減少させたのは30%に過ぎず、投資計画を遅らせたのは11%でした(図2参照)。

つまり、一部の企業は投資を抑制しましたが、この前例のない状況を踏まえると、投資水準は依然として底堅いと言えます。


製造業のFDIの落ち込みが最も激しい

残念ながら、サプライチェーンの混乱、移動制限、全国的なロックダウン、需要の不確実性のため、製造業のFDIは、2020年のプロジェクト件数がわずか1,320件となり、22%減少しました。対照的に、ロジスティクスのFDIプロジェクトは 11% 増加しました(図3参照)。これは、オンライン小売業者が需要の急増に応えるためにFDIに向けて動いたためです。

図3: 欧州の注目すべき海外投資カテゴリー

投資対象

2019年

2020年

増減率

製造施設

1684

1320

-22%

ロジスティクス

534

595

+11%

研究開発センター

552

574

+4%

出典:EY欧州投資モニター 2021年


サプライチェーンの移転が、欧州へのFDIに⼤きな影響を及ぼした可能性もあります。パンデミックが到来した当初、サプライチェーンの深刻な混乱により、多くの企業(2020年4⽉のEYの調査では企業の83%)がニアショアまたは⾃国市場へのリショアを検討するに⾄りました。国際企業が欧州から事業を移転する可能性があった⼀⽅で、⼀部の欧州企業が欧州に戻る可能性がありました。これが現実になっていれば、欧州へのFDIに⼤きな影響が及んだことでしょう。しかし1年後、調査データから企業の⼤半がこのような計画を進めなかったことが明らかになりました。事業の⾃国市場へのリショアを計画している企業は20%に過ぎず、顧客に近い市場へのニアショアを計画している企業もわずか23%です(図4参照)。

現状、企業の多くは混乱を招く可能性のある、コストのかかる再編成を回避することを選択するでしょう。アジアは確実に回復の兆候を示しており、多国籍企業は今のところ存在感を維持しています。

12カ月前に比べ、事業のリショアやニアショアに向けた企業の意欲は低下していますが、1カ国または主な国での調達の軽減と、より地域に根差した供給モデルでの事業運営に向けた企業の意欲が高まっています。


氷の洞窟を登るクライマー
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第2章

注目すべきセクター

サプライチェーンの混乱、社会的距離、需要の不確実性のために、大半のセクターでFDIが減少しました。

2020年にはライフサイエンス以外の主要セクター全てで外国投資が減少しました。しかし、一部のセクターの受けた打撃は、他のセクターよりずっと厳しいものでした。

医薬品セクターへの対外投資
2019年にFDIの堅調な増加を発表したライフサイエンスセクターに属する企業の割合

ソフトウエアとITサービスは、引き続き他のセクターを少し引き離して、欧州で対外投資を引き入れている最大のセクター(2020年のプロジェクト件数は1,046件)ですが、2019年には14%減少しています。このセクターへの投資は、英国 (-30%) とフランス (-29%) で大きく減少しましたが、ドイツでは増加しました (+13%)。

しかし、全体的な見通しは依然として明るいものです。今後数年間ではどのセクターが欧州の成長をけん引するかという質問に対して、最も多く挙げられたのはデジタルセクターでした。

当社の業界では、5G、エッジクラウド、ネットワーク機能の仮想化、ネットワーク API が、刺激的な新しいビジネスモデルをもたらしています。ネットワーク機能は「サービスとして(as a service)」、容量、速度、待ち時間、サービス品質の点で、ダイナミックに、ローカルに、オンデマンドで利用可能になります。

ビジネスおよびプロフェッショナルサービスでは、2020年のプロジェクト件数は691件で、対前年比11%の減少でした。このセクターへのFDIの見通しについて経営層は強気ではなく、将来の成長をけん引する可能性に関して6位 にランクされたに過ぎません。これは、困難な状況にあるセクターの企業がアウトソーシング契約を削減したためだと見られます。

当然のことながら、2020年のライフサイエンスのFDIは堅調でした。このセクターの企業が公表したFDIプロジェクトは265件で、2019年と比較して62%増加しました。新型コロナウイルス感染症との闘いに不可欠なワクチン、治療、個人用保護具の需要の増加により、英国、フランス、ドイツ、ベルギーなどの多くの国で、医薬品セクターのプロジェクト件数が倍増しました。  

未来を見据えて:慎重な楽観主義

欧州へのFDIは将来、どのようになるのでしょうか長期的な見通しについては期待が持てそうです。新型コロナウイルス感染症のパンデミックを乗り越えた後に事業を展開する場合に最も魅力的な地域を問う質問では、西欧が第1位、中欧・東欧と北米の両者が第2位になりました。また、63% の投資家は、今後3年間に欧州がさらに魅力的な投資先となると考えています。投資先としての魅力が減退すると考えているのはわずか5%です (図 5 を参照)。

この調査では、企業のプロジェクト実行能力が制約されていた1年が過ぎ、投資意欲が増していることが示唆されています。
欧州についての見通し
今後12カ月以内に欧州で事業の立ち上げまたは拡大する計画を持つ外国投資家の割合

短期的にも、この調査では急激な回復が明らかになっています。調査対象企業の40%が、今後12カ月間に欧州で事業を立ち上げまたは拡大する計画を持っており、2020年と2019年の27%と比較して大幅に増加しています。欧州への投資意欲は、実際、金融危機以降で最高水準にあります。

幸いなことに、考えていたよりもはるかに早くワクチン接種が始まったので、私たちが期待していたのよりも早く、また誰もが想定していたのよりも早く、コロナ禍が収束するだろうと慎重に楽観しています。
ボート上で双眼鏡を使う女性
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第3章

長期的な魅力度を向上させる4つの方法

スキル、サステナビリティ、景気刺激政策、簡素化が、将来のために重要です。

欧州へのFDIの回復については、慎重ながらも楽観的な見方がありますが、政策立案者や企業が安心できる状況ではありません。事業運営に関わる場所の決定に影響する要因は変化しているため、欧州大陸が魅力的な長期投資先としての地位を維持していくためには、官民両セクターが共に、4つの主要分野に注力する必要があります。

1. 欧州のデジタルスキル基盤の向上

デジタルスキルは長い間、国際投資の誘致を目指す各国政府にとっての優先事項とされてきました。新型コロナウイルス感染症を契機としてテクノロジーが新たな役割(デジタル顧客体験、「フィジタルな(phygital:フィジカル(既存の物的資産)とデジタルが融合した造語)」労働環境、より高度な生産ラインとバックオフィスの自動化など)を果たすようになったため、デジタルスキルは必要不可欠になっています。事実として、国際投資家の92%が、テクノロジースキルを備えた労働力の利用可能性は、投資先決定の重要な要因であると回答しています。

企業が必要とするデジタルスキルの種類は、クラウドコンピューティング、データ分析、リモートセンサー、人工知能のいずれであっても、事業の種類と開発・展開しているテクノロジーに大きく依存します。新しいテクノロジーが急速に台頭していることを踏まえると、企業自体でさえ、5年後、10年後に、どのようなデジタルスキルが必要になるのかわからないかもしれません。したがって、企業の多くは、例えば、ある地域で人工知能やセンサーの専門家を何人雇用できるかを評価するのではなく、どの大学の卒業生がより広範なテクノロジースキルを備えているかを分析し、事業運営に関わる場所の決定の際に考慮するでしょう。

欧州の政策立案者は、デジタルスキルの向上と再教育の重要性を理解しており、これをコロナ禍からの景気回復のための計画の柱にしています。欧州委員会は、加盟国が注力すべき7つの中核領域の1つとしています。また、一部の国では、成長に向けての景気刺激策に、スキル向上に向けた一連の措置を含めています。

各国政府がスキルを重視していることは明らかです。これは、事業運営に関わる場所の決定の際の最重要事項であることを考えると、投資家にとって歓迎すべきことでしょう。とはいえ、業界が将来必要とする能力を活用するためには、政府が業界と共に取り組むことが不可欠です。この点に関しては、欧州の各国政府は、必ずしもアジアや米国の政府に比肩できるわけではありません。
 

2. 欧州の「グリーンリーダー」としての地位を確固たるものにする

環境の持続可能性が投資家の場所の決定に与える影響は増大する一方です。調査対象企業の10社中9社が、サステナビリティが投資戦略にとって重要であると回答しています(図7参照)。心強い点として、85%の企業がすでに欧州はグリーンリーダーであると考えています。

グリーンリーダーとして欧州
欧州のサステナビリティに対する取り組みからプラスの影響を受けている外国投資家の割合

なぜサステナビリティは重要なのでしょうか。顧客、従業員、投資家、あるいは直接的な規制要件からのものであるかどうかを問わず、大部分のセクターで、企業は、よりサステナブルな行動をとるよう求める、多数のステークホルダーからの圧力を受けています。事業運営の拠点となる場所などの重要なビジネス上の意思決定を評価する際に、多くの企業が環境のサステナビリティを考慮しています。これには、一部の国のエネルギーミックスにおける再生可能エネルギーの割合、リサイクルに関する規定、公共交通機関が利用可能な地域(従業員が通勤に車を使う必要がないように)などが含まれます。

化学業界は自らの在り方を考え直す必要があります。EUのグリーンディールは、私たちの業界や他の業界がグリーンな回復に取り組む上で、大きな機会になります。

環境のサステナビリティ以外にも、所得格差に始まり人工知能などの新技術に伴う倫理上の問題に至るまで、企業はさまざまな社会問題への対処を求める圧力に直面しています。このような問題に対処し、従業員、顧客、社会全般などの幅広いステークホルダーのために利益を生み出すことで、企業は長期的価値を生み出すことができます。

コロナ禍のために、長期的価値の重要性が増しています。ビジネスリーダーの66%が、「新型コロナウイルス感染症によって、社会的影響力の向上、持続可能な環境の実現、インクルーシブな成長を促進するよう求めるテークホルダーの期待が高まった」と回答しています。同時に、79%が、「パンデミック後の社会では、長期的価値を重視する企業が力を増す」と考えています。1

今後のステークホルダーの期待
欧州企業が新型コロナウイルス感染症後に成功するためには、長期的価値の創造に注力すべきだと考える投資家の割合

長期的価値を提供するために不可欠な要因が事業運営に関わる場所の決定にどのように影響するのかは、個々の企業によって大きく異なります。 例えば、製造企業がサプライチェーンの場所を検討する際に、人権や所得格差の大きさに関して問題がある地域を避ける傾向が強まる可能性があります。あるいは、テクノロジー企業は、人工知能などの技術に伴う倫理的な問題にどのように対処するかについて、政府と企業の間に意見交換が可能な強固な関係がある地域を選択し始めるかもしれません。

これは、海外投資誘致に取り組む公的機関にとって、どのような意味を持つのでしょうか。海外投資誘致には、基本的なことを正しく理解するだけでは足りません。従業員、投資家、顧客、社会全般のために持続可能な長期的価値を生み出すという意欲を高めている企業にとって、その地域がどのように適しているのかを示す必要があります。
 

3. 短期刺激政策と長期の変革プログラムを同時に展開する

欧州の復興・強靭化ファシリティ(RRF)は、EUがコロナ禍から復興するための政策パッケージです。EU加盟国の持続可能な復興のために、RRFにより、融資(3,600億ユーロ)および助成金(3,125億ユーロ)として合計6,725億ユーロの支援が実施される予定です。世界金融危機の際の復興計画では、景気拡大のための投資よりも慎重な財政政策が優先されたのですが、EUはRRFの資金を利用可能にするために、金融危機当時とは根本的に異なるアプローチを取りました。

コロナ禍からの復興計画による受益者
経済活動の復活を支援する融資と助成金

EUおよび各国の復興計画は、投資家の意思決定に大きな影響を及ぼすでしょうか。調査回答の当初の分析は、そうでないことを示しているように見えます。外国投資家は、各国の景気刺激策パッケージとその潜在的な影響の重要性は、投資先を決定する上で重要な要素ではないと回答しています。

しかし、調査データが収集された当時、EU加盟国の大半は、まだ景気刺激策パッケージを発表していませんでした。そのため、投資家はその重要性を軽視したのかもしれません。また、投資家は、EUや各国の景気刺激策パッケージは、経済と社会の長期的かつ根本的な変革を目的としていると見ている可能性があります。そうした目的は、生き残るために切迫した状況にある企業のニーズにはそぐわないかもしれません。

しかし、たとえ個々の投資家がその重要性を理解していなくても、RRFは必ず投資先としての欧州の魅力を長期的に向上させると見られます。大規模なインフラプロジェクトに関連して、複数の対外投資の機会があるでしょう。しかし、さらに重要だと考えられるのは、基金の相当部分が改革推進のために配分されることです。これは間違いなく、欧州の魅力を長期的に向上させるでしょう。

さらに、欧州のサステナビリティとデジタルトランスフォーメーションを具体的に推進することで、RRFは、投資の決定を考慮する上で企業が最も重視する2つの分野に取り組んでいます。支出の少なくとも37%が気候関連の投資と改革に配分され、20% がデジタルトランスフォーメーションの促進に充てられる必要があるのです。このように、RRFには、投資先としての欧州の魅力を長期的に高めていく大きな可能性があります。

4. 課税制度の調和と透明性に向けて困難な道を歩み続ける

顧客と協働してきた私たちの経験を踏まえると、近年、企業が欧州で事業展開する場所を決定する要因の中で、課税制度の優先度が下がっています。これは、一部には、EUおよび経済協力開発機構 ( OECD) などの多国間組織による、課税の調和を推進する取り組みによるものだと考えられます。バイデン米大統領が目標としている、世界的な最低法人税率の採用が実現すれば、欧州だけではなく世界全体で、課税制度の調和がさらに進むでしょう。

統一税率が導入されたとしても、課税制度が国の魅力を決定する要因ではなくなるとは限りません。代わりに、間接税率や環境税といった新しいタイプの税の課税範囲など、競争力を維持するために、他の方法を見いだす国が出てくるかもしれないからです。また、課税制度の運用方法や、税務コンプライアンスに関する大企業向けの支援の程度により、競争力を作り出そうとするかもしれません。

間接税率の引き下げや課税制度の運用の緩和を望まない、あるいは、実施できない政府もあるでしょう。各国政府の財政刺激策は、世界全体で30兆米ドルに上ります。何らかの方法で、この資金を手当てする必要があります。68の法域に所在するEYの税務専門家からの報告によると、この景気刺激策の費用は、既存の課税執行の強化と政府による他の優先課題からのリソース移転により賄われる可能性が最も高いと見られます。2

景気刺激政策を永遠に続けることはできません。ですから、増税の有無ではなく、いつ増税されるかが問題なのです。

デジタル課税も、現在注目を集めています。OECDは、デジタル企業に課税するため、新しいルール策定に向けて世界的な取り組みを主導しています。一方、一部の国では、独自のデジタル税が導入されています。これにより、さまざまな付加価値税、関税、課徴金、その他のハイブリッドデジタル取引税が課されることになり、コンプライアンスを確保する上で膨大なコストと複雑な問題が生じています。

欧州へのFDIにとって、これは何を意味しているのでしょうか。全体像が極めて複雑なので非常に難しい問題ですが、OECDがデジタル企業への課税方法に関する合意形成の取り組みを進めており、その一環として努力を継続することが不可欠です。考え得る結果の1つは、税制上の優遇措置を享受できなくなった場合、米国のデジタル企業が、欧州の低税率法域での拠点設立を抑制する可能性があることです。米国が欧州への最大の投資国であり、2020年に公表されたプロジェクト全体の21%を占めていることを考慮すると、米国の投資意欲がいくらかでも低下すると、全体的な投資水準に大きな影響が及ぶ可能性があります。

本レポートの知見が、欧州経済の将来についての活発な対話の契機となることを願っています。より良い社会の構築を目指すためにコミットメントの一環として、EYのメンバーは、企業、セクター、国々の復興、変革、繁栄に向けた支援に貢献しています。この取り組みにおける海外投資の役割は極めて重要であると確信しています。

本稿にある第三者の見解は、必ずしもEYまたはEYのメンバーファームの見解ではありません。また、これらの見解は、表明された時点の文脈にて解釈してください。

  1. EY、目先の視点にとらわれた企業経営で長期的価値は生み出せるか? 2021年
  2. EY、世界が安定化を目指す2021年に、税が果たす役割とは 2021年


サマリー

欧州へのFDIは、過去10年超で初の2桁減となりましたが、回復が見込まれています。しかし、公的機関は、企業の新たな立地要件に対応し、欧州の長期投資先としての魅力を維持していくために、迅速に行動する必要があります。