2023年7月7日
欧州サステナビリティ・デューデリジェンスの義務化に関する立法プロセスの進展 日本企業は何に留意するべきか

欧州サステナビリティ・デューデリジェンスの義務化に関する立法プロセスの進展 日本企業は何に留意するべきか

執筆者 名越 正貴

EY Japan Climate Change and Sustainability Services Global CCaSS Human Rights Solution Leader

人権、サステナビリティの分野で、ルール形成と実務に従事。人を尊重し、環境に配慮した社会発展にコミットする。

2023年7月7日

2023年6月1日、欧州議会は、企業のサステナビリティ・デューデリジェンス指令案のドラフトテキストを採択しました。今後、EUの関連機関間で最終化に向けた協議が進展していきます。この法律は欧州域内の企業だけではなく、日本企業にも影響があるため、本記事ではその概要を説明します。

要点
  • 2023年6月1日、欧州議会は、コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令案に関する最終報告書を採択し、欧州議会としてのドラフト案を採択した。
  • 今後、2023年の下半期にかけて、EUの共同立法者である、欧州議会と欧州理事会によって、指令案の最終合意に向けてレビューおよび議論が行われ進行することとなる。
  • 2023年末までに採択された場合、2026年から2027年にかけて、企業に適用が開始される可能性がある。

欧州コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令案の議論の行方は?

2023年6月1日に、欧州議会は、コーポレート・サステナビリティ・デューデリジェンス指令(Corporate Sustainability Due Diligence Directive/CS3D)(以下「本DD指令」という。)のドラフト案を採択しました。本ドラフト案は、欧州委員会が、2022年2月23日に公開した本DD指令のドラフト案の内容を一部修正する形で、欧州議会のドラフト案として採択したものです。

今後、2023年の下半期にかけて、ドラフト案を巡り、EUの共同立法者である欧州委員会、欧州議会、欧州理事会間での 「三者協議(trialogue)」を含む各機関によるレビューや検討が実施されます。本記事の執筆時点(2023年6月25日)で、すでに第1回の三者協議(2023年6月8日)が開催済みです。今後、EUの関連機関間で最終合意が形成され、仮に、本年年末までにEU指令として採択された場合、適用開始時期の最終合意内容に応じて、2026年~2027年にかけて、企業への適用が開始される可能性があります(適用開始時期は関係者間の主要な議論ポイントの一つとなっている)。

背景

本DD指令は、従業員数や売上高などについて一定規模以上の事業者に、人権や環境に関するデューデリジェンス(Due Diligence/DD)の実施を義務付けるものです。事業者のDD義務の対象となる人権および環境への悪影響は、事業者およびその子会社の操業が発生させているものにとどまらず、事業者の供給網などを含むバリューチェーン上で発生する悪影響を含みます。ここでいう「デューデリジェンス(Due Diligence/DD)」とは、一般の語感と異なり、事業者による事業者の供給網などを含むバリューチェーン上の人権や環境に関する継続的なリスクの軽減および悪影響の是正活動を意味します。

適用対象となる事業者

適用対象事業者は2つのグループに分けられており、EU域内および域外での適用条件に該当する場合に本DD指令が適用されます(表1参照)。本DD指令のドラフト案ではEU域内の事業者だけではなく、EU域外の事業者に対しても適用されることとなっており、本DD指令が正式に発効された際には日本の事業者にも影響が出る可能性があります。また、適用を受ける事業者のサプライチェーンに組み込まれている日本の事業者が、適用対象事業者によって実施されるDD活動の一環として、類似のリスク対応が求められる可能性があります。

重要議論領域

2023年6月1日に欧州議会が採択した本DD指令のドラフト案は、2022年2月23日に欧州委員会が公表した本DD指令のドラフト案の合計381カ所を修正しています。こうした修正箇所を分析すると、関係者間での主な議論のポイントや対立点が浮かび上がります。以下はその一例です(表1も参照)。

  • 適用範囲:欧州議会採択ドラフトは、一定規模の事業者の場合には、高リスク業種該当事業者のみに適用することを定める欧州委員会公表ドラフト中の適用限定規定を削除している(=欧州議会採択ドラフトの方が、適用対象事業者数が増加する)。

  • 適用開始時期:欧州議会採択ドラフトは、最初に適用開始になる時期に関し、本DD指令の効力発生後2年後としていた欧州委員会公表のドラフト案を修正し、3年後となっている。

  • 確立した取引関係/リスクベースアプローチ:欧州委員会公表ドラフトでは、DD対象範囲となるバリューチェーンは「確立した取引関係(established business relationships)」に限定されていた。他方で、欧州議会採択ドラフトでは、「確立した(established)」を削除し、DD対象範囲とする「取引関係」をバリューチェーン全体を含む定義に修正するとともに、リスクベースアプローチのDDの実施(画一的ではなく、リスクに応じた対応の優先順位付けを伴うリスク低減・課題是正対応を行うこと)を規定している。

  • 取締役の義務:欧州議会採択ドラフトは、欧州委員会公表ドラフトで規定されていた適用事業者によるDDに関する取締役の義務規定の一部を削除しており、義務内容を縮減させている。

  • 気候変動への対応:欧州議会採択ドラフトは、1.5℃目標に整合的な気候変動対応計画の採択義務を課す対象事業者の範囲を限定していた欧州委員会公表ドラフトを修正し、全適用事業者に同義務を課す内容となっている。また、同計画の実施は、DD対象となる気候変動の緩和に関する環境への悪影響を防止するための適切な手段とみなされる。

なお、欧州議会が採択した本DD指令ドラフト案が採用した、上述の、DDにおける「リスクベースアプローチ」は、同ドラフト中にも言及されている「国連ビジネスと人権に関する指導原則(2011年)」および「OECDの責任ある企業行動に関するデューデリジェンスガイダンス(2018年)」などの国際規範文書の中で提唱されている考え方です。

表1:本DD指令における重要議論領域を巡るEUの関連機関の立場
重要議論領域
欧州委員会公表ドラフト(2022年2月)
欧州議会採択ドラフト(2023年6月)
対象事業者(EU企業)

グループ1:

  • 従業員数平均500人超、かつ、グローバルでの前年度売上高1億5,000万ユーロ超

グループ2:

  • 従業員数250人超で、かつ、グローバルで前年度売上高4,000万ユーロ超、かつ、グローバルで売り上げの50%超が、悪影響の懸念が大きいとされる業種(※1)

単体基準:

  • 従業員数平均250人超、かつ、前年度純売上高4,000万ユーロ超

連結基準:

  • 企業グループの最終親会社で、グループ内従業員数平均500人(超)、かつ、前年度純売上高1.5億ユーロ超

対象事業者(第3国企業)

※域外適用

グループ1:

  • EU域内での前年度売上高1億5,000万ユーロ超

グループ2:

  • EU域内での前年度売上高4,000万ユーロ超~1億5,000万ユーロ未満、かつ、グローバルで売り上げの50%超が、悪影響の懸念が大きいとされる業種(※1)

単体基準:

  • 前年度純売上高1.5億ユーロ超であって、そのうちEU域内純売上高4,000万ユーロ超

連結基準:

  • 企業グループの最終親会社で、グループ内従業員数平均500人(超)、かつ、前年度純売上高1.5億ユーロ超であって、そのうちEU域内純売上高4,000万ユーロ超
適用開始時期

グループ1:
指令案の効力発生後2年後

グループ2:
指令案の効力発生後4年後


以下に該当する事業者: 3年後

(EU企業)従業員数平均1000人超、かつ、グローバルでの前年度純売上高1億5,000万ユーロ超(企業グループの最終親会社がグループとして当該基準に該当する場合を含む)
(第3国企業)EU域内での前年度純売上高1億5,000万ユーロ超(企業グループの最終親会社がグループとして当該基準に該当する場合を含む)


以下に該当する事業者:4年後

(EU企業①)従業員数平均500人超、かつ、グローバルでの前年度純売上高1億5,000万ユーロ超(企業グループの最終親会社がグループとして当該基準に該当する場合を含む)
(EU企業②)従業員数平均250人超、かつ、グローバルでの前年度純売上高4,000万ユーロ超(※EU企業②は、5年後とすることも可能)
(第3国企業)グローバルでの前年度純売上高1億5,000万ユーロ超、かつ、そのうちEU域内純売上高4,000万ユーロ超(企業グループの最終親会社がグループとして当該基準に該当する場合を含む)

DDの対象

自社子会社およびバリューチェーンを対象

バリューチェーンは「確立した取引関係」から生じる悪影響に限定

自社子会社およびバリューチェーンを対象

「確立した取引関係」という概念を削除し、「取引関係」をバリューチェーン全体を含む定義に変更

DDのアプロ―チ リスクベースアプローチへの言及無し リスクベースアプローチ
気候変動対策 グループ1企業に対して気候変動対応計画の採択義務(DD義務とは別個の異なる義務)

全ての企業に対して気候変動対応計画の採択義務

(DD義務の構成要素として気候変動の緩和に関する環境への悪影響の適切な防止手段と位置づけ)

取締役の義務(EU企業のみ)
  • 経営上の決定の際に、その決定によるサステナビリティ課題にもたらす結果についての考慮義務(25条)
  • DDプロセスと措置の実施と監督義務(26条)
「DDプロセスと措置の実施と監督義務(26条)」を削除(25条は維持)
民事責任 DD義務を怠った結果、防止・停止するべきであった悪影響によって、第三者に損害が生じた場合 DD義務を怠った結果、防止・停止・是正・最小化するべきであった悪影響を引き起こし、または助長したことによって、第三者に損害が生じた場合

出典(これらを基に記事内容を作成):
P9_TA(2023)0209, Due Diligence and amending Directive (EU) 2019/1937(COM(2022)0071 – C9-0050/2022 – 2022/0051(COD))1, European Parliament, 2022, www.europarl.europa.eu/doceo/document/TA-9-2023-0209_EN.pdf(2023年6月26日アクセス)

(※1)テキスタイルや農林水産業、鉱物資源など、欧州委員会が公表した本DD指令ドラフト案において指定された業種

日本企業に求められる対応

本DD指令はEU域外の事業者にも適用されることが見込まれるため、日本企業にも大きな影響を与える可能性があります。そして、DDの体制を整えるのには時間がかかるため、早めの取組みが不可欠です。欧州にバリューチェーンを有する事業者は、本DD指令についての議論の最新動向をフォローアップして頂くことを前提に、以下の対応を実施することを推奨します。

  • 自社が本DD指令において適用事業者となる可能性があるか確認を行う。
  • 適用事業者となる可能性がある場合には、自社の現在の運用と本DD指令の要求事項のギャップ分析を行い、必要に応じて対応計画を策定する。
  • 自社が取るべきDDのアプローチに関し、関連する国・地域の政策動向や、関連する国際ガイダンス(国連やOECDの関連ガイダンス)等についての理解を深める。

EYにできる対応

EYは、人権領域における国連でのルール形成の時点から、日本政府代表としてのルール交渉への関与や日本政府のガイドライン策定の検討委員を務めているメンバーを擁し、日本においては、2015年から人権リスク対応支援サービスの提供を開始し、本領域におけるアドバイザリーをリードしてきました。

EYは、業界特性を踏まえた多様な支援実績に加え、EYのグローバルネットワークを生かした人権リスク対応支援など、各事業者の状況に合わせた対応を可能とする豊富な経験を有しています。EYは、国内外の関連ルールについての正確な理解に基づき、事業者の皆さまにおける人権デューデリジェンス体制の構築支援が可能です。

参考資料:

1 OECD Due Diligence Guidance for Responsible Business Conduct
www.oecd.org/investment/due-diligence-guidance-for-responsible-business-conduct.htm(2023年6月26日アクセス)

2 Guiding Principles on Business and Human Rights
www.ohchr.org/sites/default/files/documents/publications/guidingprinciplesbusinesshr_en.pdf(2023年6月26日アクセス)

3「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」、ビジネスと1つのファーム単一のファーム権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議(2022年9月)www.meti.go.jp/press/2022/09/20220913003/20220913003-a.pdf(2023年4月4日アクセス)

4 経済産業省「ビジネスと人権~責任あるバリューチェーンに向けて~」
www.meti.go.jp/policy/economy/business-jinken/index.html(2023年4月4日アクセス)

サマリー

上記欧州の規制案はEU域外の事業者にも適用されるため、EU域内に製品・サービスを提供している事業者はその該当性を確認し、必要な場合には早めに準備を進めることが強く推奨されます。

サプライチェーン上のサステナビリティ管理は社会的な関心も高まっており、事業者への要求は今後も強まることが想定されています。

関連コンテンツのご紹介

人権に関するアドバイザリー・サービス

人権に関するアドバイザリー・サービス

EYでは、人権方針案の策定から本格的な人権デューデリジェンスの実施支援まで、貴社のご要望に合わせた各種支援を提供しております。

詳細ページへ

サステナビリティ/サプライチェーン・アドバイザリー

サステナビリティ/サプライチェーン・アドバイザリー

人権問題、労働安全衛生、資源の制約、気候変動、脆弱なガバナンスなど、サプライチェーン上のリスクの把握を支援します。

詳細ページへ

この記事について

執筆者 名越 正貴

EY Japan Climate Change and Sustainability Services Global CCaSS Human Rights Solution Leader

人権、サステナビリティの分野で、ルール形成と実務に従事。人を尊重し、環境に配慮した社会発展にコミットする。