2022年7月29日
製造業企業における気候変動に関する開示動向

製造業企業における気候変動に関する開示動向

執筆者 EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

2022年7月29日

コーポレートガバナンス・コードの改訂により、プライム市場の上場企業は、気候変動におけるリスク及び機会による影響について、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)または同等の開示が求められています。製造業は、CO2排出量の多い産業の1つであり、気候変動にどのように対応するのか注目されています。本稿では、製造業企業における気候変動に関する開示動向について解説します。

本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 製造業セクター 公認会計士 中川 寛将

主に製造業の監査業務に従事する。当法人の製造業セクターに所属し、LTV(Long-term value:長期的価値)担当として企業の長期的価値向上に関する取組みを推進し、気候変動関連サービス業務に取り組んでいる。

要点
  • 製造業企業にとって気候変動は経営課題であり、その対応に社会からの注目が集まっている。
  • 気候変動に関する開示基準の整備が着々と進められている。開示が推奨されている気候変動に係るリスク及び機会を、経営戦略に結び付けて説明することが、有用な開示を行うための重要なポイントである。

Ⅰ はじめに

2021年改訂コーポレートガバナンス・コードでは、プライム市場の上場企業は、東証の新市場区分移行日(22年4月4日)以降、最初に到来する定時株主総会後に遅滞なく提出するガバナンス報告書において、気候変動に係るリスク及び収益機会が自社の事業活動や収益等に与える影響について、必要なデータの収集と分析を行い、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)またはそれと同等の枠組みに基づく開示の質と量の充実を進めるよう求められています。本稿の執筆時点では、製造業企業を含む多くの日本企業がガバナンス報告書における開示対応を進めている状況です。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

Ⅱ 製造業企業における気候変動対応

1. TCFD提言の概要

TCFD提言は、15年9月、金融安定理事会議長が、気候変動リスクがリーマンショックのサブプライムローンのようにいつか爆発する可能性があり金融機関の脅威になり得るとスピーチしたことから始まり、企業に気候変動リスクに耐え得るかどうかを開示させることが目的とされています。TCFDでは、金融機関や投資家が、対象企業が気候変動リスクに耐え得るかどうかの判断に資するために、ガバナンス、戦略、リスク管理、指標と目標の4点を柱とした11項目を開示するように推奨しています※1

求められていることは開示ですが、気候変動はビジネスにおけるリスクでもあり、収益獲得の機会でもありますので、経営層が経営課題として気候変動に対応していくことが重要と考えます。

2. 製造業企業における気候関連のリスク及び機会の特徴

TCFD提言における開示項目のうち「戦略」において、リスク及び機会を開示することが推奨されています。リスクについては、低炭素社会に移行していく過程での政策や市場の変化によって生じるリスク(移行リスク)と気候変動による自然環境の変化によって生じるリスク(物理リスク)に大別されます。TCFD提言の整理に沿って、①移行リスク(<表1>参照)②物理リスク(<表2>参照)③機会(<表3>参照)における製造業の特徴を示します※2

表1 ①移行リスク
表2 ②物理リスク
表3 ③機会

各表に示した気候変動に係るリスクや機会の多くは、事業に直接または間接的に影響を及ぼすものであり、経営層が経営課題として認識し、戦略をもって対応すべき事項であると考えます。開示においては、識別したリスクや機会を経営戦略においてどのように対応したかを結び付けて記載することで、TCFDが企業に求める気候変動リスクに耐え得るかどうかの判断に資する有用な情報になると考えます。

3. 気候関連の開示動向

本稿執筆時点において、TCFD提言の開示推奨項目における開示媒体は、統合報告書が多数を占めますが、サステナビリティレポートや有価証券報告書等で開示している企業もあり、開示媒体にばらつきがあります。

また、サステナビリティの開示内容について、各種団体から基準やガイドラインが公表されていますが、それぞれの主要な利用者のニーズを踏まえた基準であることから、開示の一貫性や比較可能性が担保されていないという問題点が指摘されていました。そこで、サステナビリティ開示基準等の主要な設定主体である5団体(IIRC※3、SASB※4、CDSB※5、CDP、GRI※6)が協調し、20年12月に表示基準のプロトタイプを公表しています。さらに、IFRS財団は21年11月にISSB(国際サステナビリティ基準審議会)の設立を発表し、企業価値を理解することに関心がある利用者向けに、企業価値に重要な影響を与えるサステナビリティ関連の課題に焦点を当てた基本構造を公表しています。当該基本構造は、全般的要求事項、テーマ別(気候変動問題など)要求事項及び産業別要求事項により構成され、要求事項は、ガバナンス・戦略・リスク管理・指標及び目標の観点から設定されており、TCFD提言を踏まえた内容となっています。産業別要求事項について、プロトタイプが公表されていますので、属する産業または業種における開示項目について確認しておくことが有用です。

そして、日本においては財務会計基準機構(FASF)によりサステナビリティ基準委員会(SSBJ)が設立され、国際的なサステナビリティ開示基準の開発に対して意見発信を行うことや、国内基準の開発を行うための体制整備が進められています。

Ⅲ おわりに

気候変動に関する開示について、製造業における開示内容に一般的な傾向はあるものの、個々の項目についてどのくらいの深度で開示するかはばらつきがあります。すでにTCFD開示を行っている先行企業であっても、多くは初年度ではシナリオ分析の対象範囲や深度は限定的であり、複数年かけてその範囲や深度を高めています。

今年初めてTCFD提言に沿った開示を行う企業も多いと思われますが、開示基準の整備も着々と進められており、経営課題として捉えたリスク及び機会を経営戦略に結び付けて説明することが、有用な開示を行うための重要なポイントになります。

※1 TCFD提言に関するさらなる詳細は、本誌2021年12月号「求められるTCFDへの対応」をご参照ください。

※2 <表1>から<表3>は、本稿執筆時点における国内製造業各社の統合報告書・ウェブサイトなどの開示情報を元に筆者が整理して作成。

※3 International Integrated Reporting Council

※4 Sustainability Accounting Standards Board

※5 Climate Disclosure Standards Board

※6 Global Reporting Initiative

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サマリー

コーポレートガバナンス・コードの改訂により、プライム市場の上場企業は、気候変動におけるリスク及び機会による影響について、TCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)または同等の開示が求められています。製造業は、CO2排出量の多い産業の1つであり、気候変動にどのように対応するのか注目されています。本稿では、製造業企業における気候変動に関する開示動向について解説します。

情報センサー2022年8月・9月合併号

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