EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
移転価格と関税評価は本来は表裏の関係にあり、それぞれ両面から最適な対応を検討すべき課題です。
日本企業においては、移転価格の観点からのみ関係者間取引の最適化を図る取り組みに注力しているものの、これまで関税の観点を考慮した事例はあまり見られませんでした。
他方、遡及的な移転価格調整に対しては、日本をはじめ、各国税関が遡及的な移転価格調整について焦点を当てており、世界的にも運用に大きなばらつきがあるのが実態です。
このような環境下、国際的に展開する企業では、移転価格の対応検討時に関税評価の観点からも取り入れて、関係者間取引における取引価格・ロイヤルティ等の最適化を図る戦略的な取り組みが増えてきています。
今後もこの分野における関税観点でのリスクは増大する傾向にあることから、企業にとっても戦略的に移転価格と関税評価への対応を検討する重要性が増しています。
移転価格と関税評価の相互関係は、世界中、とりわけアジア太平洋(APAC)地域では、難しい問題になる場合があります。世界貿易機関(WTO)で定める関税評価協定の運用は、欧州連合(EU)とは異なり、APAC地域の各国・地域が独立した関税区域であるため、各国・地域の間で調和が取れていません。加えて、APAC地域の関税率は一般的に高いため、関税評価に関連する事項が企業や税関当局に与える財務的影響は、いずれも重大なものになる可能性があります。このため、APAC地域の税関当局にとって、関連者間取引や移転価格調整の見直しは重要な優先事項となっています。本稿は、APAC地域における移転価格と関税評価の相互関係に関する洞察を提供することを目的としています。また、税関当局との見解の相違を緩和するための戦略について、一部の地域の事例を交えてご紹介します。
移転価格と関税評価のいずれについても、関連者間の価格の妥当性に関する規則が定められています。その目的は、関連者が、非関連者と同じく互いに取引し、その結果、独立企業間原則を順守するようにすることです。しかし、これらの規則の間には、特にその実施方法において違いが存在します。移転価格は一般的に法人全体の収益性に焦点を当てますが、関税評価では個々の製品および輸入取引について、その価格が妥当であるかに焦点を当てます。世界税関機構(WCO)は、このような相違を抱えているにもかかわらず、移転価格文書は関税評価のための貴重な情報源となり得ると述べています¹。複数の税関当局が移転価格文書の有用性をある程度認めている一方で、APAC地域における実際のルールの運用状況は大きく異なる場合があります。さらに、多国籍企業(MNE)は、移転価格文書が関税評価を念頭に置いて作成されることはまずないことを認識する必要があります。
このことは、税関の関税評価上の指摘に対して十分な防御ができない可能性があるばかりか、最悪のケースでは、移転価格文書が契機となって関税評価額の適切性を説明するために税関当局に追加資料を提供しなければならないなど、意図しない結果につながる可能性があります。
関税の観点からは、当事者はその関係が取引価格に影響を与えていないことを証明する必要があります。ほとんどのMNEは、独立したサービスプロバイダーによって検証された移転価格ベンチマークに沿った収益を輸入者が得ている場合、この要件を満たすと主張しています。しかし、このような状況を説明するためには、しばしば税関当局が指摘するように、単に移転価格文書を提出するだけでは十分ではありません。実務上、輸入者は関連者間の取引価格が関税評価の観点から妥当であることを証明する責任を負っています。
APAC地域の税関当局は、定期的に輸入申告価格データベースを使用して、輸入価格が平均より低すぎるとして異議を唱えています。単に税関当局の指摘(輸入価格の引き上げ)に従うことは、その結果、税務当局によるさらなる精査を受けることになりかねません(つまり、輸入価格の引き上げは、輸入市場における法人所得税の課税標準を引き下げることになります)。WCOによれば、税関当局は、輸入貨物の価額を決める代替的な方法として、または最低価額を設定するための手段として、輸入貨物の関税評価額を決定するために関税評価データベースを使用することを認めていません²。しかしながら、これが税関当局に対する有効な論拠となることはないでしょう。このような指摘を受けた場合の最初のステップは、データベースにある輸入価格が同一または十分に類似した製品に関するものかどうかを判断することです。これには、製品自体だけでなく、販売のその他の詳細(取引段階、数量、取引時期など)も含まれます。あるいは、輸入者は、関連者間の取引価格が輸入価格データベースの価格よりも低いとしても、それらが関税評価の観点からは妥当であることを証明する必要があります。これに対処する方法に関する提案については、後述の「関税評価ディフェンスファイル」のセクションを参照してください。
APACのすべての国・地域において、関税上、遡及(そきゅう)的な移転価格調整には一定の対応が求められます。移転価格調整金の報告を怠ると、税関当局による調査で発覚した時点で、追徴課税やその他の輸入税、多額の罰金、延滞税が課される可能性があります。税関手続きにおいては、一定の例外を除き、まず輸入申告が税関当局に受理された時点で、関税評価額が確定します。遡及的な移転価格調整は、その定義によれば、輸入後に行われるものであるため、関税評価の観点から課題が生じます。APACの国・地域の中には、その税関手続きが明確に定義されているところもあり、ガイダンスまで用意されているところもあります。しかし、ほとんどの国・地域では、遡及的な移転価格調整の取り扱いは不明瞭なグレーゾーンにあり、ケース・バイ・ケースの対応が必要です。
APAC地域の税関当局が一般的に同意していることの1つは、移転価格調整により輸入貨物の価格が引き上げられた場合には、その調整によって生じる追徴課税やその他の輸入税(該当する場合)を支払わなければならないということです。しかし、多くの管轄区域では、移転価格調整による価格引き下げの場合には、還付を受けることは実務上不可能です。とはいえ、APACの一部の国・地域(オーストラリア、日本、ニュージーランド、シンガポール、韓国など)では、一定の手続きに従えば還付を受けることができます。多くの場合、還付を受ける要件を満たすためには、税関当局と積極的に調整を図る必要があります。
特定の国・地域では、企業は、遡及的な移転価格調整またはその他の関税評価に関連する事項の取り扱いを明確にするための事前教示を申請することができます。これには通常、移転価格調整の基礎となる移転価格モデルを説明し、法的な契約書やその他の関連文書など多くの書類を提出する必要があります。この事前教示における焦点は事実上、潜在的な移転価格調整金を関税評価上どのように取り扱うべきかに関する当事者間の合意にあります。この手続きを踏むことにより、輸入企業にとっては手続き安定性が増し、調査や罰金を回避することができます。
遡及的な移転価格調整は、オーストラリア税関に対して自主的に報告する必要があります。オーストラリア税関は、価格変更が通知されない場合には、輸入貨物に関連する関税の支払いの有無にかかわらず、虚偽や誤解を招く説明であることに対して加算税を課す可能性があります。自主的な開示を行うことにより、加算税を回避することができる場合があります。さらに、輸入貨物の価額を引き上げる移転価格調整の場合、輸入者は、一括修正に基づく追徴課税および輸入税を一括して追加納付することが認められる場合があります。一方で、還付を受けるためには、関連するすべての輸入申告を修正する必要があります。自主的な開示の場合の不確実な結果を回避し、行政手続きを容易にするために、輸入者は「評価指針(Valuation Advice)」を申請することができます。これは、遡及的な移転価格調整を含む、あらゆる関税評価事項に関して、オーストラリア税関との非公開かつ拘束力のある合意です。これにより、オーストラリアの輸入者にとって、関税評価事項に関する確実性と予測可能性が高まります。
近年、中国本土の税務では、関税の観点からの遡及的な移転価格調整の管理がますます困難になっています。これには、輸入貨物の価額を引き上げる移転価格調整に対する外貨支払いを認められるための中国税関との合意形成も含まれます。
2022年5月、中国の深センで初の試験的スキームが導入され、深センの税関当局と国税当局が関連者の輸入価格について連携を図ることになりました。その目的は、両方の当局が積極的に関与することで、法人税務上の移転価格の観点と関税の観点からのそれぞれ別個の指摘の可能性を減らすことです。両局が合意に達すれば、覚書(関連者輸入貨物の移転価格の協同管理に関する覚書)が署名されます。この試験的スキームは現在初期段階にあり、いくつかの点についてはまだ不確実な点があります。例えば、移転価格調整から生じる外貨支払いが覚書によって認められるかどうかは今のところ不明です。また、試験的スキームが中国の他の地域に拡大されるかどうかも明らかにされていません。MNEはこのプログラムに関心を持っていますが、詳細が確定するまでは試験的スキームへの登録を見合わせています。当面の間、企業は中国における遡及的な移転価格調整をケース・バイ・ケースで検討する必要があります。
日本税関は、関税評価上における遡及的な移転価格調整の関連性をますます重視するようになっています。税関当局はこの問題を積極的に調査し、輸入者に対して移転価格に的を絞った質問を行っています。遡及的な移転価格調整は、その申告漏れに対する加算税を回避するため、日本税関に自主的に報告する必要があります。このような場合の通常のアプローチは、影響を受けるそれぞれの輸入申告書を個別に修正することです。ただし、同じ条件(輸入地、関税率、課税年度など)が共通する輸入申告を1つの修正申告にまとめるという簡略化した方法について税関と交渉できる場合もあります。確固とした書類があること、および/または日本税関との事前の合意があることを条件として、還付を受けることが可能な場合があります。
韓国に輸入する企業は、遡及的な移転価格調整を韓国税関に通知する自主的な開示を行うことができます。ただし、税関当局にはそのような開示を受け入れない裁量権があります。これが直ちに調査につながるとは限りませんが、税関当局がさらに調査を行う可能性は高いです。
調査の一環として、韓国税関は移転価格調整を厳しく審査する傾向があります。追徴課税、輸入税、加算税の支払いに加えて、輸入者は、調査で査定された追加のVATに対して輸入付加価値税(VAT)を控除する権利を失う可能性があり、その結果、追加費用が発生します。VATの標準税率は10%です。
税関事後調査で指摘されたVATの回収に関する制限は、2023年のVAT法改正により緩和されたようです。しかし、当局は、移転価格調整に係る輸入VATをどのような場合に損金算入できるかを判断する上で、依然として規則を厳格に適用しています。このリスクに対処するため、輸入者は関税評価事前合意(Advance Customs Valuation Arrangement:ACVA)を申請することができます。これにより、追加調査や加算税を免れることができ、輸入VATの損金算入が容易になります。
ニュージーランドの輸入者は、暫定価額制度(Provisional Value Scheme:PVS)を利用して、遡及的な移転価格調整に対処することができます。PVSの下では、輸入者は輸入時に貨物の暫定価額を申告し、事後で最終確定価額を申告することができます。これにより、(それぞれのコンプライアンス義務を順守していることを前提に)加算税やその他の課徴金の対象となることがなくなります。輸入後の調整の開示は、会計年度末から12カ月以内にニュージーランド税関に提出される調整申告書によって行われます。PVSを申請するためには、輸入者は移転価格文書およびその他の関連情報をニュージーランド税関に提出する必要があります。
一部の税関官署では、関税評価の事前教示を取得することが必ずしも解決策にならない場合があります。例えば、タイでは、法的拘束力のある関税評価の事前教示を取得する行政手続きがありますが、多くの場合、これは有効な解決策になり得ません。タイ税関は一般的に、拘束力のない「協議書(consultation letter)」の発行を検討する傾向があります。実務上、これは通常、納税者の評価の立場を支持し、港湾レベルまたは税関事後調査の際の異議申し立てを裏付けるために依拠することができます。
遡及的な移転価格調整の場合、その調整により関税が不足する場合には、自主的な開示が可能です。自主的な開示は、タイ税関に対して、価格調整に関して脱税の意図がないことを示し、加算税が課税されないように解決することを可能にします。それでもなお、延滞税は適用されます。
台湾には、1会計年度につき1回の遡及的な移転価格調整を認める、いわゆる1回限りの移転価格調整制度があります。輸入時に、特定の事項を輸入申告書に含める必要があります。これには、例えば、関税評価額が遡及的な移転価格調整の対象となる可能性があることを示す情報が含まれます。関税、物品税、その他の輸入税は、当初輸入時の関税評価額に基づいて支払われます。年度末から1カ月以内に、移転価格調整の詳細を記載した書類一式を台湾税関に提出する必要があります。また、輸入者が1カ月以内に必要な情報を提供できない場合は、台湾税関に積極的に輸入者に連絡し、今後の手続きについて協議する必要があります。移転価格調整の種類に応じて、追加納付が必要となる場合もあれば、関連する基準を満たすことを条件に還付を請求できる場合もあります。
APAC地域における関連者間の価格と遡及的な移転価格調整を巡る課題を考慮し、多くのMNEは「関税評価ディフェンスファイル」を導入し始めています。税関による調査が行われた場合、関連するすべての検討事項やデータソースを考慮して、質の高い一貫性のある回答を税関に迅速に提供することは困難な場合が多々あります。前述の通り、単に移転価格文書を提出するだけでは、それらは関税評価の観点からの輸入価格の妥当性に具体的に言及していないため、通常は不十分です。関税評価ディフェンスファイルは、関税評価の観点から関連者間の価格設定、移転価格調整、ロイヤルティ、付加価値サービスの対価など、さまざまな取引上の事項に対して適切な説明を提供することができます。これにより、輸入者は税関当局に対してタイムリーで一貫性のある質の高い回答を提供することができます。また、同時期に文書(関税特有のベンチマークなど)を作成・維持することも可能になります。特に、関連する輸入取引から何年も経過した後の事後調査で係争が生じた場合など、事後での対応では解決が不可能になることがよくありますが、これにより、税関当局との見解の相違に適切に対処し、不必要な追徴課税や罰金の回避、港湾での貨物の物流の遅延を抑えることができる可能性があります。さらに、関税評価の立場を精緻に検討することにより、企業は潜在的なリスクやビジネスチャンスを特定することができます。
MNEは、遡及的な移転価格調整を理由とするさまざまな関税評価に関連する当局のチャレンジを回避するため、意図的な移転価格調整の管理を検討するようになってきています。MNEが移転価格調整を実施する場合、輸入企業の収益性を常にモニタリングする必要があります。収益がベンチマークに収まらない場合、事後に遡及して輸入貨物の価格を調整することになります。
意図的な移転価格調整の管理を行う目的は、年度末の遡及的な移転価格調整を避けるか、少なくとも調整額を減らすことです。一見すると、これは移転価格と関税評価の両方の観点から良い解決策のように思えます。しかし、このような移転価格調整に(関税上の)課題がないわけではありません。
APAC地域の税関当局は、輸入貨物の価格を、他の輸入者の価格および輸入者自身の過去の価格の両方と積極的に比較しています。取引価格の大幅な変動は、上方であれ下方であれ、税関に対してレッドフラグを発する可能性があります。どの程度が重大な事態とみなされるかは各国・地域の税関によって異なり、通常は公表されません。
輸入貨物の価格が引き下げられた場合、税関当局は単に以前の(より高い)価格に基づいて関税評価額を決定することを主張でき、それによって支払われるべき関税の減額を防ぐことができます。しかし、輸入貨物の価格が大幅に引き上げられた場合、税関当局は、以前の輸入貨物の関税評価額が低すぎたという立場を取る可能性があります。その結果、過去に輸入された製品(場合によっては複数年の輸入が対象)の価格が遡及的に引き上げられ、追加の関税が課される可能性があります。さらに、以前の輸入申告が不正確であったと主張され、追加の罰金や利息が課される可能性もあります。従って、APAC地域では、意図的な移転価格調整の管理については慎重に実施することが非常に重要です。
移転価格と関税評価の相互関係は、APAC地域で貨物を輸入しているほとんどのMNEにとって大きなジレンマです。その本質的な複雑さに加え、各国税関当局におけるさまざまな慣行があるため、慎重に対応する必要があります。ある国で有効な解決策が、別の国では通用しない可能性もあります。コンプライアンスに違反し、追徴課税やその他の輸入税、罰金、延滞税などが発生するのを回避するため、積極的な関税プランニングに取り組む必要があります。検討すべき解決策としては、事前教示、自主的な開示、関税評価ディフェンスファイルなどの積極的な対応が考えられます。
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