EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYアドバイザリー・アンド・コンサルティング(株)
公認会計士 システム監査技術者 鈴木淳二
新日本有限責任監査法人入所後、外資系企業の会計監査、国内金融機関のコンピュータ利用監査(CAAT)、IT内部統制の有効性評価、外資系企業の会計プロセス合理化支援などに従事。現在、データアナリティクス等IT面での会計監査支援を行っている。著書(共著)に『リスクベースで進めるIT内部統制の実務』『クラウドを活用した業務改善と会計実務』(いずれも中央経済社)などがある。
日本では昨今、労働力不足を背景とする「業務の効率化」、そして「働き方改革」が声高に提唱されています。それらの変化を実現する一つの方策として、Robotic Process Automation(RPA)が多くの企業から注目されています。
本稿では、新日本有限責任監査法人(以下、当法人)内での導入の一例を紹介しつつ、RPA導入に当たっての留意点、業務効率化におけるRPAの位置付けについて解説します。
RPAとは、ソフトウエア・ロボットを活用して、企業におけるホワイトカラー業務を自動化することを意味します。RPAとして用いられるロボットは、「ロボット」という言葉から通常イメージされる、工場などでモノを生産・加工・運搬するロボットではなく、コンピュータ上での情報処理を行うソフトウエアを意味します。
これまでのロボットが活躍する場面は「モノ」に関わる領域でしたが、データの取得、加工、分析など、これまで人間が担当してきたコンピュータ処理を機械としてのロボットが行うようになる、すなわちロボットが「情報・データ」の領域にも進出してきたことになります。
もっとも、自動化・機械化は、コンピュータシステムの領域ではこれまでもシステム開発などとして高度に行われてきました。RPAはこれまでと何が異なるのか、以下に整理します(<表1>参照)。
現行業務プロセスや既存システムの変更が必要となるシステム開発と比較して、RPAは業務やシステムを現状のまま生かしつつ、比較的小規模な単位での自動化を実現するところに価値があるといえます。
なお、<図1>のとおり、RPAには三つの発展段階があるといわれていますが、本稿では第一段階を想定していることをお断りしておきます。
より明確にRPAのイメージを持っていただくために、当法人で実際に進めているRPAの事例を紹介します。
現在、当法人では先端技術を活用した未来の監査「Smart Audit」を実現するためにさまざまな取り組みを行っていますが、その基礎となる重要な作業が「仕訳データの加工」です。この作業自体はこれまでも継続的に実施されてきたものであり新味はありませんが、「仕訳データ分析」そのものが高度化されるのに伴い、その前段となる「加工」作業も高度化が必要になります。
仕訳データ加工の業務はおおむね<図2>のフローのように処理されます。
当業務にはⅢ1.に記載した高度化のニーズがあるものの、以下のような課題がありました。
①クライアントの会計システムの多様性と、それに基づく仕訳データ形式の多様性
②データ加工内容の多様性
③データ編集ツールおよびデータ分析ツールの多様性
④決算期などにおける業務の集中
これらの課題に対して、これまでも各種ツールを用いた自動化を進めていたものの、複数ツールを横断するデータ加工作業については手作業が避けられず、また業務の集中については要員の適正配分で対応していましたが、この対応では限界がありました。
当法人は、「Smart Audit」の実現を目標とし、これらの課題を解消する一つの策として、多様なデータを加工するロジックをRPAツールに搭載し、自動化を図ることとしました。
RPA導入によるメリットを以下のように整理することができます。
<表2>1.のデータ加工業務の生産性の向上において、複数ツールにまたがった作業の自動化に焦点を当て、メリットを紹介します。
例えば、ツールAで加工したデータをツールBにインポートする作業においては、オペレーターはツールAでの加工終了を待つことが要求されますが、その間に他の業務を行うとタイムリーな確認ができず、ツールBへのインポート作業の開始が遅れることがありました。
もとよりツール間のデータ転送は必須ではあるものの、高付加価値業務とはいえない作業です。これに人手がかかり、かつ時間がかかることは無駄以外の何ものでもありません。
RPAによって当データ転送を自動化することで、トータルでのデータ処理時間の短縮をもたらしただけでなく、オペレーターの関与時間を大幅に削減することにつながりました。これらが既存システムの改修を一切行わずに実現できたことも、大きなメリットといえます。
以上、当法人におけるRPA導入事例の一つを紹介しましたが、ここからは一般的な業務を想定したRPA導入における留意点を解説します。
一般的にRPAは以下の特性のある業務プロセスに適しています。
最も典型的なRPAの導入事例が前記の複数に該当する「単純作業のロボット化」になります。単純ではあるものの件数が多く、変更が困難な複数システムを横断する業務の自動化です。
以下のような具体例が挙げられます。
逆に以下のような業務はRPAには適さない例となります。
RPA導入の計画において、自動化対象とする業務プロセスを選定する際に、これらの視点に基づく検討を行うことが推奨されます。
RPAの処理ステップを定義付けする際に気付くのは、人間が通例行っている処理の複雑性です。特に難しく感じていない業務であっても、例外やエラーへの対応までを含めると多岐にわたる業務フローになることも多く見受けられます。
これら業務フローを全て満たすRPAの開発は不可能ではないにしても、困難もしくは投資効果が低くなります。
RPAは既存プロセスを変更せずに導入できることがメリットではあるものの、一定程度の業務を標準化して業務フローの単純化を行った方が、高い投資効果が期待できます。
RPA導入時にクローズアップされる現実的な課題の一つがロボット用IDです。
ロボットが各種システムにアクセスして作業を行うために、ロボットへの権限付与が必要になりますが、人でもなく通常のシステム用IDでもない、中間的な動作をするIDをどのように運用・管理するのか、場合によっては人事システムの運用ルールの更新などを含め、幅広い検討が必要となります。
以下のような観点での検討を行います。
多種のRPAツールが開発されていますので、目的に適したツールを選択する必要があります。
この際に留意すべきはRPAツールのタイプです。自動化する業務の特性により、フロントオフィス型とバックオフィス型のいずれのタイプが適しているかを選択します。
これらのタイプにより整備すべきハードウエア環境が異なってくることは言うまでもありません。
(<表3>参照)
RPA導入時に考慮すべきリスクの例を紹介します。
当法人が目指す「Smart Audit」における最重要コンセプトは「AI」に代表される分析の高度化です。
AIに比べるとRPAは単に業務の自動化であり、単純作業の効率化に資するのみという印象があるかもしれません。
しかし当法人では、AIとRPAは「データ」を介して密接に関係しており、切り離せないテクノロジー群であると位置付けています(<図3>参照)。
AIによる分析をディープラーニングによって高性能化するためには、大量のデータのインプットが必要となります。会計監査においては企業の財務データ、物流データ、人事データなどをタイムリーに入手し、スピーディーに加工、分析する必要があります。不正など発生頻度の低いデータを収集するためには、過年度にさかのぼらなければならないかもしれません。
これら大量のデータをインプットするための前提となるテクノロジーがRPAです。人手では不可能なほどの大量のデータをRPAによって加工し、AIでの学習のソースとするプロセスがあってこそ、AIの強みが発揮されます。RPAはAI実現のための必須テクノロジーなのです。
1990年代に登場し、企業業務を変革したのはERP(統合業務パッケージ)のテクノロジーでした。ERPは、企業内業務を一つのシステムに統合することにより業務を効率化することを、その狙いの一つとしました。
2000年代以降には、シェアードサービスやアウトソーシングが盛んになります。ERP導入などにより標準化された業務を内外の専門の組織に集約させ、業務効率化を図ることを狙いとしました。システムではなく組織論で業務効率を実現する動きといえます。
そして今、RPAという新しいテクノロジーを利用した業務効率化がトレンドとなりつつあります。再びテクノロジーにより業務効率化を図るこのトレンドには注目する価値がありそうです。