情報センサー

保険契約に関する新基準(IFRS第17号)


情報センサー2017年8月・9月合併号 IFRS実務講座


金融部/IFRSデスク 公認会計士 牧野崇博

金融部所属(IFRSデスク兼務)。日系大手生命保険会社等の会計監査及びJ-SOX導入支援業務やIFRSの基準解釈及び実務適用に関するコンサルテーション業務に従事。2015年から16年までロンドンにてIFRS専門部隊に出向。IFRS第1号や保険契約などに関するEYグループメンバー。主な著書(共著)に『International GAAP 2017』(WILEY)、『完全比較 国際会計基準と日本基準』(清文社)などがある。

IFRSデスク 公認会計士 山岸正典

金融部にて上場保険会社、リース会社等の会計監査に携わるとともに、金融機関のIFRS導入支援業務、J-SOX導入支援業務、損害保険会社の設立支援業務などの各種アドバイザリー業務に従事。16年よりIFRSデスクに所属し、IFRS導入支援業務、IFRS関連の研修講師、執筆活動などに従事している。


Ⅰ  はじめに

国際会計基準審議会(以下、IASB)は、2017年5月18日にIFRS第17号「保険契約」(以下、IFRS第17号)を公表しました。「保険契約」という名前から、IFRS第17号は保険会社のみに影響する印象を与えますが、製品保証や金融保証等の一部の例外を除き、IFRS第17号が定める保険契約の定義に該当する契約に対して適用が求められます。そのため、保険会社以外の会社であっても、不確実な将来事象によって発生する損失に対して補償を与える契約がある場合には、当該契約がIFRS第17号の適用対象になる可能性がある点に留意が必要です。また、IFRSの適用を視野に入れている保険会社にとっては、IFRS第17号の適用により保険契約の会計処理が抜本的に変わることが想定されるため、その影響を分析する必要があると思われます。そこで、本稿では、IFRS第17号の測定モデルを中心に、その概要について解説します。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをお断りします。
 

Ⅱ   背景

IFRS第17号が適用されると、05年に公表されたIFRS第4号「保険契約」(以下、IFRS第4号)は廃止となります。IFRS第4号は、暫定的な会計基準としての位置付けで、各国の既存の会計処理を基本的に容認しているため、保険契約の会計処理にバラつきがありました。長年の議論の末、公表されたIFRS第17号によって、世界的に単一の保険会計の基準が誕生したことになります。
 

Ⅲ 適用範囲と保険契約の定義

IFRS第17号は全てのタイプの保険契約(生命保険、損害保険、元受保険及び再保険)に適用され、それらを発行する企業の種類は問いません。また、一定の保証や裁量権のある有配当性を有する金融商品にも適用される可能性があります。
保険契約は、「一方の当事者(発行者)が、他方の当事者(保険契約者)から、所定の不確実な将来事象(保険事故)が保険契約者に不利な影響を与えた場合に保険契約者に補償することを同意することにより、重要な保険リスクを引き受ける契約」と定義されています。具体的には、保険契約者の死亡や火災等の損害の発生、契約相手が契約上の義務を履行できなかった場合といった不確実な将来事象によって発生する損失を補償することに同意する契約を指します。
 

Ⅳ IFRS第17号のモデルの概観

IFRS第17号では、保険負債をビルディング・ブロック・アプローチ(以下、BBA)、変動手数料アプローチ(以下、VFA)、保険料配分アプローチ(以下、PAA)のいずれかの測定モデルにより測定することが求められます(<表1><図1>参照)。


表1 IFRS第17号の測定アプローチ
図1 IFRS第17号のモデルの概観

Ⅴ ビルディング・ブロック・アプローチ(BBA)

BBAは、IFRS第17号の一般モデルと位置付けられており、<表2>の四つのビルディング・ブロックに基づいて、保険負債を測定します。また、<図2>の通り、契約上のサービス・マージン(以下、CSM)は他の三つのビルディング・ブロックの差額として算定されます。


表2 ビルディング・ブロック
図2 ビルディング・ブロック・アプローチ(BBA)の概観(一時払保険契約の場合)

また、全ての履行キャッシュ・フローに関する仮定は、各報告期間でアップデートされます。<図3>では、見積りの事後的な変更をどのように扱うかを要約しています。


図3 見積りの事後的な変更

Ⅵ 変動手数料アプローチ(VFA)

VFAは、直接連動型の有配当契約(例えば、変額年金)に適用される測定アプローチです。保険契約が次の三つの全ての要件を充足した場合、直接連動していると見なされます。


  • 契約条項において、保険契約者が基礎となる項目の明確に特定されたプールの持分に参加する旨が規定されている。

  • 基礎となる項目から生じる公正価値リターンの重要な持分と等しい金額を保険契約者に支払うことが予想される。

  • 保険契約者に支払われる金額の変動のうち、重要な部分が、基礎となる項目の公正価値の変動と連動することが予想される。

BBAにおけるCSMでは、前記の要件を満たす直接連動型の有配当契約が生み出す経済的実態が適切に反映されないことから、BBAとは異なるアプローチであるVFAが適用されます。すなわち、基礎となる項目(保険料を原資とした金融商品等)の公正価値と保険契約者に支払う義務のある金額との差額は、基礎となる項目を管理する対価と見なされ、当該対価は変動手数料と呼ばれます。VFAにおいては、この変動手数料がCSMを表すということになります。
<図4>は、どのタイプの保険契約にいずれの測定モデルが適用されるかを示しており、併せてBBAとVFAとの間の測定上の差異を要約しています。


図4 測定モデルの適用と差異

Ⅶ 保険料配分アプローチ(PAA)

PAAは、BBAの簡便的なモデルであり、受領した保険料を基礎として残存カバーに係る保険負債(未経過保険料に基づく保険負債)を測定するアプローチです。契約グループが以下の適格性要件のいずれかを充足する場合に適用することができます。


  • IFRS第17号が定義する契約の境界線に従って算定されたカバー期間が1年以内

  • PAAを用いて測定された残存カバーに係る負債の額が、一般モデル(BBA)を適用した結果と大きく異ならない(すなわち、合理的な近似値となる)場合

保険事故発生後には、保険金が実際に支払われるまで発生保険金に係る負債も計上する必要がありますが、当該負債は履行キャッシュ・フロー(保険金支払額の期待割引現在価値、リスク調整を含む)に基づくことになります。残存カバーに係る負債に加えて、発生保険金に係る負債を計上する全般的な会計上のコンセプトは、損害保険契約に係る今日の会計モデル(通常、未経過保険料及び発生保険金に基づく)と非常に類似したものと思われますが、保険金の割引や明示的なリスク調整、不利な契約の判定といった幾つかの側面は、今日の損害保険契約に係る会計処理からの変更になると思われます。 (<図5>参照)


図5 保険料配分アプローチ(PAA)の概観

Ⅷ 表示・開示

包括利益計算書上、全てのタイプの保険契約について、保険収益(稼得保険料の概念に基づく)及び保険サービス費用(発生保険金の概念に基づく)が表示されますが、基本的に現金の収支に基づき保険収益・費用が表示される日本の保険会計とは大きく変わることになります。また、IFRS第17号では、保険契約に起因して認識された金額や保険契約に起因するリスクの性質及び程度に関する情報を提供すべく、広範な開示規定が設けられています。
 

Ⅸ おわりに

IFRS第17号を適用した場合、保険契約の会計処理が抜本的に変わることが想定されるだけではなく、財務報告を作成する際に利用するデータ、システム及びプロセスに重大な影響が予想されます。この点はIASBも認識しており、IFRS第17号の公表から発効日までおおよそ3年半の導入期間が設けられています。IFRS第17号の複雑性を鑑みれば、特に保険会社は早急に導入準備を開始する必要があると思われます。IASBは、新基準の導入期間中の継続的なサポートを予定しており、その一環として、IFRS第17号の移行リソースグループ(以下、TRG)を設立する予定です。TRGでの議論も含めて、今後IASBから提供される情報にも注意を払う必要があると思われます。


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2017年8月・9月合併号
 

※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

 

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