EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EY新日本有限責任監査法人 建設セクター
公認会計士 今村 裕宇矢/川井田 直人/竹俣 勝透/橋之口 晋
第1回で説明したとおり、建設業の業務の流れは主に以下のようになります。第5回では管理上、重要と考えられる以下①から④の四つの時点におけるリスクと内部統制、及び決算上、留意すべき事項について解説します。
営業活動の成果として工事を受注した際には、発注者と契約を締結することになります。契約は金額のみならず、工期、仕様及び支払条件等、さまざまな内容が含まれます。受注・契約に関しては、以下のようなリスクが考えられます。
建設工事は通常、契約金額が多額であり、受注から竣工・引渡しまでに長期間を有することになります。このため、発注先の信用状況によっては工事代金が回収不能になるリスクがあります。
このようなリスクを軽減するためには、適時適切に発注者の信用情報を入手するような体制づくりが重要となります。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。
前述のように建設工事は契約金額が多額であり、長期間になります。工事では一般的に、外注先への支払いが先行し、発注者からの入金が後になることが多いため、資金繰りの悪化についても留意する必要があります。
このようなリスクを低減するためには、契約書の内容を検討する際に、金額以外の事項についても考慮することが重要です。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。
工事受注に際しては、その工事を施工するのに必要な原価(積算原価)を見積り、受注金額と比較して採算を検討することにより、受注すべきか否かの意思決定が行われます。ここで積算原価の見積りを誤った場合には、受注可否に関して間違った意思決定がなされ、不採算工事を受注してしまうリスクがあります。
工事によっては、特殊な工法や技術が必要になる場合があります。また、施工現場が狭く十分な作業スペースが確保できなかったり、近隣住民と騒音等でトラブルになったりする可能性がある等、施工上の環境面が整っていない場合があります。施工に必要な工法や技術、施工環境に対する検討が不十分な状態で受注してしまった場合には、自社での対応が困難な範囲について企業外部へ依頼する必要が生じたり、現場環境により想定どおりに工事が進まなかったりすることで、思わぬコスト増につながるリスクがあります。さらに、施工が困難になり、工事契約自体が破棄されるようなことになれば、損害賠償の負担や、自社への信頼の失墜といったリスクもあります。
このようなリスクを低減するためには、受注に関する意思決定を行う際に、工事の採算以外に、工事の特殊性についても検討することが重要です。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。
前述のように工事受注に際しては、その工事を施工するのに必要な原価(積算原価)を見積った上で、受注可否の意思決定が行われますが、見積時点で想定していた材料・労務費等の単価と、発注時点の実際単価に大幅な乖離が生じた場合、工事の採算が悪化するリスクがあります。特に物価上昇局面や、見積から着工までの期間が長いあるいは工期が長い工事の場合は、このようなリスクによる影響も大きくなることが想定されます。
このようなリスクを低減するためには、積算に用いる単価の妥当性の検討や、契約内容を検討することが重要です。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。
海外において施工する工事を受注する場合、日本との文化・商慣習の違いや各国固有のカントリーリスク、現地における労務管理、為替変動の影響といった様々な要因によるリスクを考慮する必要があります。具体的には、契約の不備による支払不履行、治安状況による工事の停止、要求水準に対する労働者のレベル不足、為替相場の変動による現地通貨払の場合における為替差損の発生や、為替相場の変動を含めた工事損失引当金計上要否の検討、インフレーションによる影響等が考えられます。
このようなリスクを低減するためには、海外工事の受注に関する意思決定を行う際に、受注を予定している工事について、専門的な知識を有した部署又は担当者が多面的に検討することが重要です。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。
受注時に見積総原価が工事収益総額を超過することが見込まれている場合には、受注損失引当金(工事損失引当金)の計上が必要です。計上漏れが生じないよう、赤字工事を網羅的に抽出する体制となっていることが重要です。
また、収益認識会計基準に準拠した会計処理を行う観点からは、従来の工事契約会計基準を前提として構築された内部統制の見直しが必要となる場合も考えられます。収益認識会計基準のもとでは、契約の結合、変動対価の有無、重要な金融要素の有無といった会計上の検討事項が想定されるためです。したがって、受注した工事の情報が、適切な経験や専門的な知識を有した部署又は担当者に適時に伝達され、検討を行う体制を整備することが必要となります。
工事契約の締結後、詳細設計が行われ、これに基づき実行予算が作成されます。実行予算は、施工中の工事損益管理、及び決算期における一定の期間にわたり収益を認識する方法の採用の羅針盤となることから、非常に重要なものです。実行予算の作成及び承認、並びにその見直しに当たっては、以下のようなリスクが考えられます。
実行予算の作成には主観的な判断や、立証が困難な不確実性が含まれるため、不合理な実行予算が作成されてしまう可能性があります。不合理な実行予算が作成された場合、それを基礎として工事損益管理が行われることになるため、有効な工事損益管理が行えないというリスクがあります。
主観的な判断や不確実性の排除には困難な面がありますが、経験豊富な担当者が関与することや、作成過程において、一定金額以上は協力業者から見積りを入手するといった規定を設けることで、リスクは軽減できると考えられます。また、実行予算の事後的な検証を定期的に行うことで、不適切な実行予算が作成されることに対して、一定の牽制が働くことが期待できます。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。
実行予算は工事の規模や難易度により、その決定までに時間を要することがあります。しかし、実行予算は、その後の損益管理の基礎となるものであるため、適時に作成・承認されない場合には、その間、有効な損益管理が行えなくなるというリスクがあります。
各工事には個別の特性があるため、実行予算の作成期間に画一的な期限を定めることはできませんが、合理的な範囲で期限を設け、期限超過の際の理由を明確にするような体制になっている場合には、不合理な理由で実行予算が適時に作成されないことについて、一定の牽制が働くことが期待できます。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。
実行予算では工事原価総額が見積られます。精度が低い工事原価総額に基づいて一定の期間にわたり収益を認識する方法を適用した場合、計算される各期の損益が不正確なものとなってしまいます。このため、実行予算の工事原価総額が信頼性をもって見積られているか否かという点が、決算上、実行予算作成時に留意すべき事項で最も重要なポイントとなります。
また、実行予算承認時に一定の期間にわたり収益を認識する方法が適用されることが多いため、実行予算の承認時期には留意する必要があります。特に、低採算の工事等、赤字となる可能性が高い工事については、実行予算の承認を先送りしていないか留意が必要と考えられます。すなわち、進行基準を適用すべき工事に漏れがないか、赤字工事について漏れなく工事損失引当金が計上されているか、という点において注意が必要であるため、そのようなリスクを回避できる体制になっているかということも重要なポイントになります。
工事の施工中は、工程通りに工事が進捗しているか、工事損益が大きく変動する要素が発生していないか、といった視点で管理が行われます。工事施工中の主なリスクとしては、以下のようなものが考えられます。
施工に先立って作成された工程表に基づき工事が施工されますが、事故や天災、周囲の住民とのトラブルといった想定外の事象の発生により、工事が当初想定した工程通りに進捗しないリスクがあります。この結果として、実行予算通りの施工ができず、実行予算の見直しが必要になります。
施工中の事故や天災、トラブル等が発生した場合には、それらが工程に与える影響を適時に把握して適切な対応を行い、必要に応じて工程の変更を検討することが重要となります。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。
前述のとおり、実行予算は施工管理目的、会計目的のいずれにおいても非常に重要であるため、工事の状況変化を適時に反映するよう見直しが行われない場合、実際の工事の状況と、実行予算を通じて管理者が把握している工事の状況及び会計数値について、実態との乖離が生じるリスクがあります。
実行予算の見直しが必要となる状況が生じた都度、実行予算を見直す体制が必要ですが、あわせて見直しが必要とされていない工事について、その判断が合理的であるかを検討する体制が必要です。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。
工事の施工中に、発注者から追加工事を要請される場合があります。追加工事では、仕様変更の内容や、本工事と追加工事の範囲の違いに関する対価を、発注者と書面で合意できていない場合、対価を請求できないリスクがあります。
工事ごとのさまざまな事情により、やむを得ず詳細が未定のまま着工しなければならない場合もありますが、どのような場合であれば追加工事を受けるべきかについて一定の基準を設けることにより、リスクを軽減することが重要になります。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。
建設業では協力会社利用することが多く、外注費の計上が多額になることから、外注工事の管理が重要となります。大規模現場では多くの外注業者及び作業員がいるため、管理には多大な労力を要し、日々の協力業者の作業を管理できない場合には、適切な損益管理や工程管理ができなくなるリスクがあります。また、工事担当者には、外注費を通してのキックバックや、複数の工事を担当している場合には、業績を達成するために、採算の悪い工事で発生した原価を採算の良い工事で発生した原価として会計上処理するといった原価の付替え等のインセンティブがあります。
このようなリスクを軽減するためには、発注時の検証・承認体制の確立、人事ローテーションの徹底、発注システムによる制約、事後的に検証できる等の体制を整備することにより、一定の牽制を設けることが重要です。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。
工事の施工中に、何らかの事象の発生等により当初の見積りから変化があれば、会計上、適切に反映する必要があります。
例として、工事契約金額の増額や一部減額があった場合には、工事収益総額に反映されているか留意が必要です。また、事故や天災、トラブル等により工事に遅れが生じ、作業手順の見直しや、追加人員の投入、工期の延長といった対応が取られることが合理的に見込まれる場合には、当該事項による原価への影響を検証し、実行予算の見直しを通じて会計に反映させることが必要となります。
また、工事契約における物価変動条項、遅延損害金、インセンティブなどのように、顧客と約束した対価のうち変動する可能性のある部分については、「変動対価」として取引価格の見積りを行う必要がありますが、変動対価の見積りを変更する必要がある事象が生じた場合は、見積りの見直しを通じて適時に会計に反映させることが必要となります。
さらに、「2(1)①発注者の信用不安によるリスク」に関して、工事の施工中に発注者の信用状況に変化があり、工事代金の回収が懸念されるような状況になった場合には、計上した完成工事未収入金の回収可能性を判断し、貸倒引当金の計上を検討する必要があります。
建設業者は発注者に対して、工事を完成させ、物件を引き渡す責任を負っています。工事の引渡しにより、この義務が消滅し、発注者に対する請負代金の請求権が生じることとなります。この権利・義務関係の明確化のため、完成・引渡時期の管理が重要となります。工事完成・引渡時のリスクとしては、以下のようなものが考えられます。
建設業者が請負人としての責任を履行したことが客観的に検証できる手段として、発注者が物件を受領したことを証明する証憑(以下、物件受領証等)を入手することが考えられますが、発注者の事情により物件受領証等が発行されないケースもあります。物件受領証等が入手できず、物件の引渡し、言い換えれば請負人としての責任の履行が証明できない状態で、訴訟等のトラブルになった場合には、請負代金を請求できないリスクや、不利な条件で追加・補修工事を実施しなければならないリスクが生じる可能性があります。
発注者からの物件受領証等が入手できない場合には、物件を引き渡したことを明らかにした文書(以下、工事引渡書等)により残しておくことや、社内検査を実施し、その記録を保存する等によって、完成・引渡しの事実が不明確になることにより生じるリスクを軽減する必要があります。具体的には、以下のような内部統制が考えられます。
期間がごく短い等の理由により、収益認識適用指針における代替的な取扱いを適用している一時点で収益を認識する工事(収益認識適用指針第95項) では、工事の完成・引渡しが行われた時点で工事収益が認識されるため、一定の期間にわたり収益を認識する方法を適用している場合と比較して、どの時点で引渡しが行われたかが、より重要になります。このため、工事の引渡しの認識漏れによる工事収益の計上漏れ、引渡時期の操作による工事収益の先行計上、又は繰延べ計上に留意する必要があります。
建設業