金融商品 第4回:ヘッジ会計の概要

EY新日本有限責任監査法人 公認会計士 山岸聡
EY新日本有限責任監査法人 公認会計士 湯本純久
EY新日本有限責任監査法人 公認会計士 中村崇
EY新日本有限責任監査法人 公認会計士 水野貴允

13. ヘッジ会計の基本的考え方

(1) ヘッジ会計の定義

ヘッジ取引は、「ヘッジ対象の資産又は負債に係る変動相場を相殺するか、ヘッジ対象の資産又は負債に係るキャッシュ・フローを固定してその変動を回避することにより、ヘッジ対象である資産又は負債の価格変動、金利変動及び為替変動といった相場変動等による損失の可能性を減殺することを目的として、デリバティブ取引をヘッジ手段として用いる取引」と定義されます(金融商品会計基準第96項)。

(2) 会計処理の対象

会計処理としては原則として、次の二つの方法があります(金融商品会計基準第32項)。

①時価評価されているヘッジ手段に係る損益又は評価差額をヘッジ対象に係る損益が認識されるまで純資産の部で繰り延べる繰延ヘッジ

②ヘッジ対象である資産又は負債に係る相場変動などを損益に反映させることにより、その損益とヘッジ手段に係る損益とを同一の会計期間に認識する時価ヘッジ

企業会計では、これらの企業のリスクヘッジ行動のうち、時価変動やキャッシュ・フロー変動額が合理的に測定可能な金利変動リスク、為替変動リスク、価格変動リスク、信用リスクについて、また、これらのリスクを回避する企業活動のうち、

  • 相場変動リスク

  • キャッシュ・フロー変動リスク

に対し、ヘッジの効果を認識しますが、このヘッジの効果を認識する会計手法を、ヘッジ会計をいいます(金融商品会計基準第29項 注解11)。

(3) ヘッジ対象及びヘッジ手段

具体的なヘッジ対象(金融商品会計基準第30項)

  1. 相場変動による損失の可能性がある資産又は負債のうち、相場変動が評価に反映されていないもの

  2. 評価には反映されているが評価差額が当期の損益として処理されていないもの

  3. 資産又は負債に係るキャッシュ・フローが固定されその変動が回避されるもの

ヘッジ手段となるのは原則としてデリバティブ取引のみで、現物資産はヘッジ手段とはなりません。これは、原則としてデリバティブについては時価評価が原則であるのに対して、現物資産の評価基準は一様ではなく、多くの例外処理ができる可能性があるため、ヘッジ手段を限定したことによります(実務指針第334項)。

(4) 個別ヘッジと包括ヘッジ

a. 包括ヘッジ

包括ヘッジとは、個々の資産又は負債が共通の相場変動などによる共通のリスク要因(金利リスク、為替リスクなど)の損失の可能性にさらされており、かつ、そのリスクに対する反応が同一グループ内の個々の資産又は負債との間でほぼ同様である場合、ヘッジ対象(リスクの共通する資産又は負債をグルーピングしたもの)とヘッジ手段との間に包括的な対応関係を認識するものです(実務指針第152項)。

b. 個別ヘッジ

ヘッジ対象とヘッジ手段が一対一の関係にあるものは個別ヘッジといいます。ヘッジ取引開始時において、包括ヘッジを採用するか、個別ヘッジを採用するかを決定することが必要となります。

c. 包括ヘッジを用いた場合の評価差額の配分の方法(実務指針第173項)

  • ヘッジ取引開始時又は終了時における各ヘッジ対象の時価を基礎とする方法

  • ヘッジ取引終了時における各ヘッジ対象の帳簿価額を基礎とする方法

  • ヘッジ取引開始時からヘッジ取引終了時までの間における各ヘッジ対象の相場変動幅を基礎とする方法
     

14.ヘッジ会計の適用要件

(1) ヘッジ取引開始時の事前テスト

ヘッジ行動は、企業を取り巻くリスクに対してどのようなヘッジ行動を取るかということについて経営者の主観的要素が介在します。同一の取引であっても、ヘッジ取引であったりヘッジ取引でなかったりする場合が考えられます。
例えば、利付金融資産を有している場合、将来の金利変動に対して、変動金利はキャッシュ・フローが変動するリスクがあり、固定金利は時価(割引現在価値)が変動するリスクがありますが、どちらのリスクをヘッジすべきであるかということは、各企業のリスク管理方針によると思われます。
つまり、経営者の主観が介在するため、明確にどれをヘッジ取引であるか定めなければ、過去にさかのぼってヘッジ指定が行われたり、逆に取り消したりする場合が考えられます。このため、ヘッジ取引を開始する企業は、取締役会等で承認されたリスク管理方針に従い、客観的に第三者に理解できる正式な文書によりヘッジ取引を明確化することが求められています(実務指針第143項、313項)。

適用要件

  1. ヘッジ対象のリスクを明確にし、それに対するどのようなヘッジ手段を用いるかを明確にすること

  2. ヘッジ有効性の評価方法を正式な文書に明示すること

  3. ヘッジ手段に関しては、その有効性について事前に予測しておくこと

(2) リスク管理方針への準拠性

企業がさらされているリスクに対して、ヘッジ対象のリスクを明確にし、どのようなヘッジ手段を用いるかを明確にし、ヘッジの有効性を管理する企業の基本的な方針のことをリスク管理方針といいます。
リスク管理方針には、少なくとも管理の対象となるリスクの種類と内容、ヘッジ方針、ヘッジ手段の有効性の検証方法などのリスク管理の基本的な枠組みを文書化し、企業の環境変化等に対応して見直しを行うことが必要です。
また、ヘッジ手段の有効性の検証方法には、ヘッジ対象とするリスク・カテゴリーとの価格変動の相関関係の測定方法のほか、当該ヘッジ手段に十分な流動性が期待できるかどうかの検討も含めることが望ましいとされます(実務指針第147項)。
これらのリスク管理方針については、取締役会承認など経営意思決定に関する社内の適切な承認手続を経ることが必要となります(実務指針第315項)。

例示(実務指針第145項)

  • 比較的単純な形でヘッジ取引を行っている場合
    個々の取引ごとに企業の適切な社内承認手続が行われ、それが文書化されていることが必要

  • 金融機関など多数のヘッジ取引を行っている場合
    企業のリスク管理方針に関して明確な内部規程、及びヘッジのためのデリバティブ取引を実行する部門とリスク管理部門が独立に設置され、リスク状況をモニタリングするといった、適切な内部統制組織の構築が求められます。

(3) ヘッジ指定

ヘッジ取引を行うには、リスクを有する資産又は負債のうち、ヘッジの意図する期間、ヘッジ対象を明確にし、識別したヘッジ対象とヘッジ手段をひも付の関係にして、文書化すること(ヘッジ指定)が求められています(実務指針第150項)。
ヘッジ指定では、ヘッジ取引日、識別したヘッジ対象とリスクの種類、選択したヘッジ手段、ヘッジ割合、ヘッジの期間などを文書化し、社内の適切な承認を得ることが必要となります(実務指針第145項、150項)。

例示 一定割合のみを対象とした場合

ヘッジ指定については、ヘッジ対象の金額の一定割合のみを対象とすることもできますし、ヘッジ対象の保有期間全体に対する一部の期間のみを対象として行うことができます。この場合の会計処理も、ヘッジ対象の一定割合だけ、又は一定期間だけが対象になります(実務指針第150項)。

ただし、例えば満期までの期間が5年間の固定金利の債券を対象として、最初の2年間について保有期間の一部をヘッジし、固定支払・変動受取の金利スワップにより受取金利を実質的に変動化するというヘッジ取引の場合、ヘッジ期間2年間におけるヘッジ対象の時価変動とヘッジ手段の時価変動を比較して、有効性が確認されない限り、ヘッジ会計の対象にできません。
識別したヘッジ手段とヘッジ対象については、ヘッジ指定により、有効性評価とヘッジ損益の会計処理のため、ヘッジ会計終了時まで区分管理されることになります(実務指針第153項)。
なお、資産と負債のリスクが互いに相殺されるような場合のネット・ポジションをヘッジ対象とすることは認められていません。これは、ヘッジ対象の売却などがあった場合、具体的にヘッジ対象が特定されていないので、ヘッジ手段から生じた損益又は評価差額をどのように対応させるか、という点において恣意性が介入するという問題が発生するためです(実務指針第320項)。

(4) ヘッジ有効性の継続的評価

ヘッジ指定を行った以後、ヘッジ指定期間中において、指定したヘッジ関係がヘッジ取引時以降も高い有効性が保たれていることを継続的に確かめなければなりません。企業は決算日には必ずヘッジ有効性の評価を行い、少なくとも6カ月に1回程度、有効性の評価を行わなければなりません(実務指針第146項)。事後的にテストを行い、有効性が失われたと判定された場合、ヘッジ会計の適用が中止されることになり、後述するヘッジ会計の中止の処理を行わなければなりません(実務指針第180項)。

(5) 有効性評価の省略が可能なケース

ヘッジ手段とヘッジ対象の資産、負債又は予定取引に関する重要な条件が同一である場合には、ヘッジ開始時以降、変動相場又はキャッシュ・フローの変動を完全に相殺することが可能になると想定されます。この場合ヘッジの有効性評価を省略できる場合があります(実務指針第158項)。具体的には以下の取引があります。

  1. 先渡契約がヘッジ対象となるべき予定購入と同一商品、同量、同時期、同一場所である場合

  2. ヘッジ開始時の先渡契約の時価がゼロである場合

  3. 先渡契約のディスカウント又はプレミアムの変動がヘッジの有効性評価から除かれている場合、又は予定取引のキャッシュ・フロー変動がその商品の先物価格に依存している場合

  4. ヘッジの特例処理が認められる金利スワップの場合

(6) ヘッジの有効性の評価方法

a. 有効性の評価方法

ヘッジ有効性の評価方法の判定は、原則としてヘッジ開始時から有効性判定時点までの期間において、ヘッジ対象の相場変動又はキャッシュ・フロー変動の累計とヘッジ手段の相場変動又はキャッシュ・フロー変動の累計を比較し、両者の変動額の比率が、おおむね80%~125%の範囲にあれば、ヘッジ対象とヘッジ手段との間に高い相関関係があると判断されます(実務指針第156項)。
ポイントは、会計期間の期首から期末までにおける変動を比較するのではなく、あくまでヘッジ開始時からヘッジ評価時点までの変動を比較するということです。
例えば、ヘッジ手段の損失額が80でヘッジ対象の利益額が100であれば、相殺は、80%と測定され、ヘッジ手段の利益額が100で、ヘッジ対象の損失額が80であれば、相殺は125%となり、この場合は高い相関関係があるとされます。

相場変動のヘッジ

b. キャッシュ・フローを固定化するヘッジ有効性の評価方法(金融商品会計に関するQ&A Q53)

キャッシュ・フローを固定化するヘッジ有効性の判定については、(A法)すでに経過した期間についての変動額の累計を比較する方法、(B法)未経過の期間も含めたヘッジ期間全体の変動額の累計を比較する方法があります。

A法
ヘッジ取引開始時の予定キャッシュ・フローと判定時点までの実績について、ヘッジ手段とヘッジ対象のおのおのの変動額を求めて比較する。

B法
ヘッジ期間全体のキャッシュ・フロー総額と、各有効性判定時点で既経過分キャッシュ・フローに未経過の将来キャッシュ・フロー見込額を加算して、総額を算定し、ヘッジ対象とヘッジ手段のおのおのの変動額を比較します。

キャッシュ・フロー変動のヘッジ

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