わかりやすい解説シリーズ「ヘッジ会計」 第4回:ヘッジ会計の適用要件

公認会計士 照沼 景子
公認会計士 武澤 玲子


1. 適用要件の必要性

ヘッジ取引の効果を適切に会計に反映させることができるヘッジ会計ですが、その会計処理は原則的な方法とは異なります。また、ある取引がヘッジ取引に該当するか否かは、企業によって、ないし、個々の状況によって異なります。すなわち、同一の取引であっても、ある企業にとってはヘッジ取引に該当し、他の企業にとってはヘッジ取引に該当しないことがあります。また、同一の企業で行われる同一の取引であっても、ある場合にはヘッジ取引で、他の場合には非ヘッジ取引であることがあります。

そのため、事後的にヘッジ会計を選択・非選択することによる利益操作を防止する観点から、ヘッジ会計は、事前に一定の要件を満たした場合にのみ、適用が認められています。また、ヘッジ会計の濫用(損益認識時点等を自由に操作すること)を防止するため、ヘッジ会計は、継続的にヘッジの高い有効性が保たれている場合にのみ、継続して適用することが認められています。

 

2. ヘッジ取引開始時の適用要件(事前テスト)

ヘッジ取引開始時の適用要件として、ヘッジ取引が企業のリスク管理方針に従ったものであることが、次のいずれかによって客観的に認められることが求められています。

①当該ヘッジ取引が企業のリスク管理方針に従ったものであることが文書により確認できる。

②企業のリスク管理方針について明確な内部規定および内部統制組織が存在する。そして、当該ヘッジ取引が、内部規定・内部統制に従って処理されることが期待される。

①は、企業が比較的単純な形でヘッジ取引を行っている場合を想定しています。一方②は、企業が多数のヘッジ取引を行っており、個別のヘッジ取引とリスク管理方針との関係を具体的に文書化することが困難な場合を想定しています。
上記の要件を適用するにあたっては、以下の事前テストを実施することになります。

ⅰヘッジ手段とヘッジ対象の明確化
企業はその活動を営む上で様々な相場変動リスクにさらされています。そのため、ヘッジ会計を適用するためには、ヘッジ対象のリスクを明確にし、そのリスクに対していかなるヘッジ手段を用いるかを明確にする必要があります。また、ヘッジ対象とヘッジ手段の対応関係について正式な文書によって明確にしなければなりません。さらに、ヘッジ手段については、その有効性について事前に予測しておく必要があります。

ⅱヘッジ有効性の評価方法の明確化
ヘッジ有効性の評価が適切であるかどうかは、リスクの内容、ヘッジ対象およびヘッジ手段の性質に依存します。そのため、企業はヘッジ開始時点で相場変動またはキャッシュ・フロー変動が有効に相殺されていることを評価するための方法を明確にしなければなりません。また、ヘッジ期間を通して一貫して当初決めた有効性の評価方法を用いてそのヘッジ関係が高い有効性をもって相殺が行われていることを確認しなければなりません。

ヘッジ対象の識別は、原則として、資産または負債等について取引単位で行いますが(個別ヘッジ)、一定の要件(※)を満たした場合には、企業内の部門ごと、または、その企業において、リスクの共通する資産または負債等をグルーピングした上で、ヘッジ対象を識別する方法(包括ヘッジ)も認められます。企業は個別ヘッジによるか包括ヘッジによるかを事前に明示する必要があります。

個別ヘッジ

1つのヘッジ対象に対し、1つのヘッジ手段を対応させる(1対1で対応させる)

包括ヘッジ

複数のヘッジ対象に対し、1つのヘッジ手段を対応させる。

<個別ヘッジのイメージ>

<個別ヘッジのイメージ>

<包括ヘッジのイメージ>

<包括ヘッジのイメージ>

※包括ヘッジの要件:
ヘッジ対象となる資産または負債について、リスク要因(例:金利変動リスク、為替変動リスク)が共通しており、かつ、リスクに対する反応がほぼ同じである場合(満期日が同じ場合など)に、認められる。


3. ヘッジ取引開始時以降の適用要件(事後テスト)

(1) ヘッジ有効性の継続的な評価

企業は指定したヘッジ対象とヘッジ手段の関係について、ヘッジ取引以後も継続して、高い有効性が保たれていることを確かめなければなりません。すなわち、ヘッジ対象の相場変動またはキャッシュ・フロー変動が、ヘッジ手段によって、高い水準で相殺されているかどうかをテストしなければなりません。ヘッジの有効性の評価は、決算日に加え、少なくとも6か月に1回程度は行う必要があります。

(2) ヘッジ有効性の判定基準

ヘッジ有効性の判定は、原則として、ヘッジ開始時からヘッジ有効性判定時点までの期間において、ヘッジ対象の相場変動額(またはキャッシュ・フロー変動額)の累計とヘッジ手段の相場変動額(またはキャッシュ・フロー変動)の累計とを比較し、両者の変動額の比率がおおむね80%から125%までの範囲内にあれば、ヘッジ対象とヘッジ手段の間に高い相関関係があると認められます。

[設例]

  • 前提条件
    • 保有している商品(1,000kg、帳簿単価2,100円/kg、販売予定日10月31日)の値下がりが予想されるため、3月1日に商品先物売契約を締結した(1,000kg、単価2,000円/kg、決済日10月31日)。
    • 3月決算である。

    なお、簡略化のため、証拠金、手数料、税金は考慮しないものとする。

  • 価格の推移 (単位:円)
価格の推移 (単位:円)

  • ヘッジ有効性の判定

① 3月31日時点
ヘッジを開始した日は3月1日であるので、この時点からヘッジ対象とヘッジ手段の時価変動の累計額を比較して有効性判定(事後テスト)を行う。
ヘッジ取引開始後の現物時価変動額に対する先物時価変動額の比率は60/50=120%
有効性の判定:80%~125%の範囲内であり、ヘッジに高い有効性があると判断できる。

② 9月30日時点
ヘッジ開始時から判定時までの現物時価変動額に対する先物時価変動額の比率は110/100=110%
有効性の判定:80%~125%の範囲内であり、ヘッジに高い有効性があると判断できる。

ヘッジ有効性の評価基準を満たさなくなった場合は、ヘッジ会計の適用を中止しなければなりません。ヘッジ会計の中止については第5回で解説します。



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