プライベートエクイティ・ファンドを活用した企業変革

プライベートエクイティ・ファンドを活用した企業変革

日本企業にとって事業ポートフォリオの変革は喫緊の課題です。プライベートエクイティ(PE)・ファンドは企業の変革を促進する資金の出し手として存在感を高めています。今後も日本において、PEファンドをパートナーとして変革を行い、成長を実現される企業が増えることが期待されます。


本稿の執筆者

EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) ストラテジー・アンド・トランザクション
プライベートエクイティーリーダー 富永 能安

ストラテジー・アンド・トランザクションにおけるプライベートエクイティのセクターリーダーとして、M&Aを活用した経営資源の最適化や企業のサステナビリティなどの広範なアジェンダを基にクライアントと議論を重ね、変革を支援。EY入社前は、米系投資銀行、大手会計系アドバイザリーファームにて、製造業、総合商社、プライベートエクイティ・ファンドに対する多くの国内外M&Aおよび資金調達案件に従事。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) アソシエートパートナー。



要点

  • 直近のPEファンドの活動と歴史を説明する。
  • PEファンドを活用し事業ポートフォリオの変革に成功した事例を紹介。
  • 日本におけるPEファンド活動の今後の見通しについて説明する。

Ⅰ はじめに

近年、日本企業を対象としたM&Aにおいて、プライベートエクイティ(PE)・ファンドの存在感が増しています。2022年1~9月期の総額は約2.8兆円、案件数は1,127件に達しています(<図1>参照)。同じ期の日本企業関連M&A案件の中で金額ベース上位2件の案件はいずれもPEファンドによる買収案件です(<表1>参照)。

図1 PEファンドが関与するM&A(国内)

表1 日本企業が関与するM&A案件ランキング

この10年間でPEファンドは日本市場において確固たる存在を確立し、企業側も売却先の候補の1つとしてPEファンドを確実に認識するようになったといえます。

Ⅱ PEファンドの歴史

プライベートエクイティ(PE)とは、未公開企業または事業に対する投資のことであり、幾つかのタイプに分けることができます。具体的には、主に次に挙げる4つのタイプがあります。

① 創業期の企業へ投資する「ベンチャーキャピタル」
② 成熟期以降の企業や事業に投資する「バイアウト投資」
③ 経営不振企業に投資する「企業再生投資」
④ 破綻企業に投資する「ディストレス投資」

これらのうち近年大型案件で存在感を増しているのがバイアウト投資です。主に、レバレッジド・バイアウト(LBO)と呼ばれる投資対象の資産、キャッシュ・フローを担保とした借入を用いて資金調達し、投資するスキームが活用されます。米国では40年以上の歴史があり、1980年代には「Barbarians at the Gate」という本にも描かれたPEファンド、Kohlberg Kravis Roberts(KKR)による大手食品企業RJR Nabiscoの大型LBOが行われ、PEファンドの存在が世に知れ渡りました。その後2000年代に入ると欧州においてコングロマリット企業による事業売却、カーブアウトが行われ、PEファンドが売却先になるケースが多く見られました。日本においては1990年代から2000年代初めにかけてバブル崩壊後の金融危機の影響を受けた破綻企業や不良債権への投資、いわゆる企業再生投資やディストレス投資が盛んに行われました。ファンドというとハゲタカ、乗っ取り屋などというイメージが先行してきましたが、PEファンドは本来中長期(多くは5~10年)での投資を前提に、投資先企業に対して成長資金や経営者派遣を含むさまざまな経営リソースを供給し、経営改善、成長戦略実行を支援しています。2010年代から日本を代表するコングロマリット企業がPEファンドへ事業を売却し、売却された子会社・事業がPEファンドによる支援を受けて独立した会社として上場を果たすなどのケースが増加したため、日本においてもPEファンドの社会的評価が高まってきています。

Ⅲ PEファンドをパートナーとした企業変革

米国では1980年代頃から、欧州でも2000年代初め頃からM&Aを活用した事業ポートフォリオ転換によって企業変革を成し遂げる事例が見られるようになりました。

代表的な事例は、欧州を代表するコングロマリット企業Siemensです。Siemensは総合重機メーカーとして家電、情報通信機器、インフラ、医療機器まで多くの事業を展開していましたが、彼らは事業戦略・経営判断を行う上で指針とする世界的なトレンド(グローバル化、都市化、人口動態、気候変動、デジタル化)に基づき事業ポートフォリオの変革を積極的に行ってきました。その一連の企業変革の一端を担ったのがPEファンドでした。2000年にMannessmannのAutomotive & Engineering部門であるAtecs Mannessmannの 買収をきっかけに、2002年に7つのノンコア事業をKKRに売却しました。その後、携帯電話端末事業や家電事業などを売却し、主要部門であったガス・電力部門を分離・上場させるなど、果断に集中と選択を進めています。この大胆な事業売却により得られたキャッシュを活用し、成長領域であるデジタル化関連、ソフトウェア分野に1兆円以上の投資を行っています。

日本においても、総合電機メーカーを中心に事業ポートフォリオの再構築が積極的に行われてきました。代表例の1つは、日立製作所です(<表2>参照)。日立製作所は日本を代表するコングロマリット企業でしたが、IT×OT×プロダクトを組み合わせて社会課題を解決する「社会イノベーション事業」に集中するため、過去10年間で「社会イノベーション事業」から外れる子会社は売却してきました。

表2 日立製作所による主な子会社売却案件(太字はPEファンド)

ここで特筆すべきは、大半の案件でKKR、Bain Capital、日本産業パートナーズといったPEファンドを売却先/パートナーとして選んでいる点です。日本を代表する企業の1社である日立製作所が売却先/パートナーとしてPEファンドを選んだこともあり、この10年で日本においてもPEファンドの社会的地位は大きく変化したといえます。日立製作所は、売却から得られたキャッシュも活用し、スイスABBの電力システム事業買収、米国IT企業であるGlobalLogicの買収など注力分野への積極的な投資を行い、事業ポートフォリオ変革を推し進めています。

Ⅳ 日本における今後の見通し

2022年になり地政学的な不安定、インフレ、欧米での金利上昇など世界的にマクロ環境が激変する中、グローバルではPEファンドの活動は落ち着きを見せています(<図2>参照)。

図2 PEファンドが関与するM&A案件数(グローバル)

しかし、日本におけるPEファンドの活動は引き続き活発になるのではないかと想定しています。背景として、まず、日本にはコングロマリット企業が多く、事業売却、カーブアウトを行う長期的トレンドがあるということです。前述した企業の他に複数事業を有する大企業は枚挙にいとまがありません。また、日本国内での上場会社数約3,900社のうち、200社を超える会社が上場子会社です。上場子会社は、親会社と少数株主の利益相反、子会社利益のグループ外流出などの問題点が指摘されています。改訂コーポレートガバナンス・コードによるグループ内の利益相反を避けるためにガバナンスの在り方の基準が厳しくなり、東京証券取引所の市場区分の再編により設けられたガバナンス項目(流動株式比率要件)も上場子会社見直しの機運を高めています。

また、日本においてもアクティビスト活動が活発化しつつあり、アクティビストから企業に対して事業ポートフォリオの見直しに関する提案を行う事例が増えています。経済産業省が2019年に実施した上場企業へのアンケートでは、過去3年間にアクティビストからアプローチのあった企業数は回答数の3割を超えていました。取締役は会社に対して善管注意義務を負っていますので、アクティビストからの合理的な提案に対しては真摯(し)に対応することが求められています。直近でもセブン&アイ・ホールディングスがそごう・西武をフォートレス・インベストメント・グループに売却することを発表しましたが、背景の1つにはアクティビストの提案があったといわれています。また、オリンパスによるデジタルカメラなどを手掛ける映像事業の日本産業パートナーズへの売却や今年8月に発表された祖業である科学事業のBain Capitalへの売却は、アクティビストが株主および取締役として関与してからの事業ポートフォリオ変革の動きです。

さらに、日本固有の足許の要因として、低金利と大幅な円安を挙げることができます。特に外資系PEファンドからすると新規投資の際のコストが下がっていると考えることができます。

Ⅴ おわりに

日本経済を支える柱の1つであるコングロマリット企業にとって、事業ポートフォリオ変革は積年かつ喫緊の課題です。ノンコアとなった事業を売却し、注力分野、成長分野へ投資を行う必要に迫られています。ただし、2018年の経済産業省の分析によると、日本の上場企業1社あたりの事業切り出し数は欧米企業の3分の1程度にとどまっています。

事業ポートフォリオ変革を進めようとする大企業にとって、資金の出し手という意味でPEファンドは有力なパートナー候補になり得ますが、加えて、売却、カーブアウトされる事業・子会社にとっても、PEファンドのさまざまなリソースを活用して独立企業として成長戦略を描くことができるというメリットもあります。

今後さらに、日本においてPEファンドをパートナーとして事業ポートフォリオ変革を行い、競争力を高める企業が増えることを期待しています。

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サマリー

日本企業にとって事業ポートフォリオの変革は喫緊の課題です。プライベートエクイティ(PE)・ファンドは企業の変革を促進する資金の出し手として存在感を高めています。今後も日本において、PEファンドをパートナーとして変革を行い、成長を実現される企業が増えることが期待されます。

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※ 情報センサーはEY新日本有限責任監査法人が毎月発行している社外報です。

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