複数の会計上の論点において「事業計画」を使用する場合の留意事項
情報センサー2023年8月・9月合併号 Topics
EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 監査監理部 公認会計士 秋川 僚平
監査部門において国内事業会社の監査業務および上場準備業務等に従事するとともに、品質管理本部 監査監理部において監査手法および監査手続等に関する品質管理業務に従事している。主な著書(共著)に『業種別会計シリーズ 電力業(三訂版)』(第一法規)、『企業への影響からみる 収益認識基準 実務対応Q&A(新版)』(清文社)がある。
Ⅰ はじめに
本稿では、業績悪化時に想定される主な会計上の論点及び各論点に関連する会計基準の概要について「事業計画」にフォーカスして説明した上で、複数の論点を同時並行で検討する際の留意事項について解説します。
なお、文中意見に係る部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。
Ⅱ 業績悪化時に想定される主な会計上の論点
業績悪化時に想定される主な会計上の論点は<表1>のとおりです。
これらの論点は相互に関連しており、いずれの検討においても「事業計画」に基づく見積りが重要となります。
論点の検討においては、将来キャッシュ・フローの見積り、中長期の事業計画等(再建計画)、一時差異等加減算前課税所得の見積り、資金調達計画等が課題となることが考えられます。これらは別々の資料ではありますが、基本的には同一の「事業計画」を基礎として見積もられているはずであり、複数の論点を同時並行で検討する際には、各論点間で矛盾がないように整理されている必要があります。
Ⅲ 各論点に関連する会計基準の概要
1. 固定資産の減損
「固定資産の減損に係る会計基準」(以下、減損会計基準)二1において、減損の兆候として次のような事象が例示されています。
- 資産又は資産グループが使用されている営業活動から生ずる損益又はキャッシュ・フローが、継続してマイナスとなっているか、あるいは、継続してマイナスとなる見込みであること
- 資産又は資産グループが使用されている範囲又は方法について、当該資産又は資産グループの回収可能価額を著しく低下させる変化が生じたか、あるいは、生ずる見込みであること
- 資産又は資産グループが使用されている事業に関連して、経営環境が著しく悪化したか、あるいは、悪化する見込みであること
- 資産又は資産グループの市場価格が著しく下落したこと
上記はあくまで例示ですが、減損の兆候に該当する場合には、資産又は資産グループから得られる割引前将来キャッシュ・フローの総額と帳簿価額を比較することによって、減損損失の認識の判定を行います。その際に、資産又は資産グループから得られる割引前将来キャッシュ・フローの総額が帳簿価額を下回る場合には、減損損失を認識します。
なお、割引前将来キャッシュ・フローの総額は、主要な資産の経済的残存使用年数までの期間にわたって見積もります。
当該将来キャッシュ・フローは、企業に固有の事情を反映した合理的で説明可能な仮定及び予測に基づいて見積もるとされており(減損会計基準二4)、通常は、取締役会等で正式に承認された「事業計画」の前提となった数値を基に見積もることが考えられます。
2. 有価証券(子会社株式等)の減損
ここでは、市場価格のない株式について解説します。
企業会計基準第10号「金融商品に関する会計基準」(以下、金融商品会計基準)第19項において、市場価格のない株式は取得原価をもって貸借対照表価額とすることとされていますが、金融商品会計基準第21項にあるとおり、発行会社の財政状態の悪化により実質価額が著しく低下したときは、相当の減額を行い、評価差額は当期の損失として処理することが求められています。
また、会計制度委員会報告第14号「金融商品会計に関する実務指針」(以下、金融商品会計実務指針)第92項において、「財政状態の悪化」とは1株当たりの純資産額が当該株式を取得したときのそれと比較して相当程度下回る場合をいい、「実質価額が著しく低下したとき」とは少なくとも株式の実質価額が取得原価に比べて50%程度以上低下した場合とされています。
したがって、1株当たりの純資産額が1株当たりの取得原価に比べて50%程度以上低下した場合には、減損処理を行うこととなります。
ただし、子会社や関連会社等の株式については、実質価額が著しく低下したとしても、事業計画等を入手して回復可能性を判定できることもあるため、回復可能性が十分な証拠によって裏付けられる場合には、期末において相当の減額をしないことも認められるとされています。その際の回復可能性の判定は、おおむね5年以内に回復すると見込まれる金額を上限として行うこととなります(金融商品会計実務指針第285項)。
この場合の事業計画等は、実行可能で合理的なものでなければならないとされており(金融商品会計実務指針第285項)、通常は、子会社や関連会社等の取締役会等で正式に承認された「中長期の事業計画等(再建計画)」を用いて回復可能性を判定することが考えられます。
3. 繰延税金資産の回収可能性
繰延税金資産の回収可能性とは、繰延税金資産が将来の税金負担を軽減する効果を有するかどうかをいい、将来の課税所得が見込めない場合には、繰延税金資産を計上することはできません。
企業会計基準適用指針第26号「繰延税金資産の回収可能性に関する適用指針」(以下、回収可能性適用指針)第11項に記載のあるとおり、繰延税金資産の回収可能性の判断においては、期末における将来減算一時差異及び将来加算一時差異の解消見込年度のスケジューリングを行い、将来の一時差異等加減算前課税所得を見積もる必要があります。
当該一時差異等加減算前課税所得の見積りは、通常は、取締役会等で正式に承認された「事業計画」を基に見積もることが考えられます(回収可能性適用指針第32項)。
なお、回収可能性適用指針において、課税所得の発生状況や企業環境の変化により企業を5つに分類しており、当該分類に応じて、見積可能期間に相違があります。
4. 継続企業の前提の注記
財務諸表等規則第8条の27において、貸借対照表日において継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在する場合であって、当該事象又は状況を解消又は改善するための対応を行ってもなお継続企業の前提に重要な不確実性が認められる場合には、継続企業の前提に関する注記を行うことが求められています。
継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況の例示としては、監査・保証実務委員会報告第74号「継続企業の前提に関する開示について」(以下、GC開示について)第4項において、売上高の著しい減少、継続的な営業損失の発生又は営業キャッシュ・フローのマイナス、営業債務の返済の困難性、借入金の返済条項の不履行又は履行の困難性等が挙げられています。当該事象に対する具体的な対応策としては、資産の処分に関する計画、資金調達計画、市場又は得意先の開拓といった業績の回復あるいはキャッシュ・フロー改善のための計画が考えられます。また、当該評価は、合理的な期間(少なくとも貸借対照表日の翌日から1年間)にわたり行うことが求められています。
当該対応策は、財務諸表作成時現在計画されており、効果的で実行可能であるかどうかについて留意しなければならないとされており(GC開示について第5項)、通常は、取締役会等で正式に承認された「事業計画」を基に見積もることが考えられます。
5. 各論点における相違点
各論点における相違点をまとめると<表2>のようになります。特に、同一の「事業計画」を基礎として見積もられる対象の違いが重要となります。
Ⅳ 複数の論点を同時並行で検討する際の留意事項
1. 想定される矛盾・不整合
いずれの論点においても、取締役会等で正式に承認された「事業計画」を基礎とするという共通点があるものの、見積もられる対象や単位、期間に相違があります。また、大企業の場合、各論点を異なる部署や担当者が検討することも少なくないと考えられます。
例えば、固定資産の減損と繰延税金資産の回収可能性であれば、同じ経理部門内でも担当者が異なることが考えられます。また、継続企業の前提の注記であれば、経理部門ではなく財務部門が検討することも考えられます。
そのような場合、各論点間で矛盾や不整合が生じる可能性があります。次に、想定される矛盾や不整合について、例示を記載します。
(1) 各論点間での見積りの相違
固定資産の減損の検討においては、経済的残存使用年数を用いて算定された割引前将来キャッシュ・フローの総額が帳簿価額を上回ることを確かめるため、比較的長期の計画を使用することが多いものと考えられます。場合によっては、翌期の損益を赤字と見込み、その後に徐々に業績が回復する計画を策定することも考えられます。ここでは、「事業計画」における営業利益や営業キャッシュ・フローを基に将来キャッシュ・フローを見積もり、固定資産に減損の事実があるか否かを検討します。
他方、繰延税金資産の回収可能性において分類4に該当する企業の場合は、翌期の一時差異等加減算前課税所得の見積額に基づいて繰延税金資産の回収可能性を判定します。ここでは、「事業計画」における営業利益等を基に一時差異等加減算前課税所得を見積もり、将来の支払税金を減額する効果があるか否かを検討します。
また、継続企業の前提に重要な疑義を生じさせるような事象又は状況が存在する場合には、少なくとも貸借対照表日の翌日から1年間にわたり、業績の回復あるいはキャッシュ・フローの改善のための計画を評価することが求められています。ここでは、「事業計画」を基に資産の処分や資金調達等の計画を見積もり、業績が回復するか否か、キャッシュ・フローが改善するか否かを検討します。
このように、同じ「事業計画」を基礎とした見積りであっても、着眼点や使用する期間に違いがあります。
これらの論点を同時並行で検討する際には、対象の資産グループにおける翌期の営業損益が赤字ではあるものの、全社的な一時差異等加減算前課税所得は十分に生じ、また、例えば大型の資金調達が決定していることからキャッシュ・フローは改善するということを矛盾なく説明する必要があります。
なお、各論点間で矛盾や不整合がないことが原則的な考え方ではありますが、不確実性の織り込み方が異なるケースもあるものと考えられます。例えば、固定資産の減損においては、減損の存在が相当程度に確実である場合に減損損失を認識することとされており(企業会計基準適用指針第6号「固定資産の減損に係る会計基準の適用指針」96項)、すでに計上されている資産の減額に対する確実性に着目します。一方で、繰延税金資産の回収可能性においては、一時差異等加減算前課税所得が生じる可能性が高いと見込まれる場合に回収可能性があるものとされており(回収可能性適用指針第59項)、回収が確実と認められるものについてのみ繰延税金資産を計上するものと考えられ、資産をゼロから計上することに対する確実性に着目します。このため、場合によっては、繰延税金資産の回収可能性の検討において、固定資産の減損の検討よりも厳しめに不確実性を織り込むようなケースも想定されます。
(2) 親子会社間での見積りの相違
子会社の業績が悪化している場合、親会社において子会社株式の減損を検討するとともに、子会社において固定資産の減損を検討することが考えられます。
子会社株式の減損の検討においては、親会社が子会社の事業計画等(再建計画)を用いて検討を行い、実質価額が当初低下時からおおむね5年以内に取得原価まで回復することを確かめます。ここでは、「事業計画」を基に見積もった純資産額を用いて、株式の実質価額が著しく低下しているか否かを検討します。
他方、固定資産の減損の検討においては、子会社が自社の将来キャッシュ・フローを用いて検討を行い、経済的残存使用年数を用いて算定された割引前将来キャッシュ・フローの総額が帳簿価額を上回ることを確かめます。ここでは、前述のとおり、「事業計画」における営業利益や営業キャッシュ・フローを基に将来キャッシュ・フローを見積もり、固定資産に減損の事実があるか否かを検討します。
その際、例えば子会社株式の実質価額が5年以内に回復するシナリオがギリギリであっても、子会社の保有する固定資産の経済的残存使用年数が比較的長い場合には、固定資産の減損の検討に当たって、「事業計画」の前提となった数値(例えば販売数量や成長率など)がマイナス方向に変動する可能性が一定程度あるという仮定を置いてもなお割引前将来キャッシュ・フローが帳簿価額を上回るようなケースが考えられます。このような場合には、固定資産の減損の検討に際して想定した仮定を子会社株式の減損の検討に当てはめたとしても子会社株式の実質価額が5年以内に回復するか否かということも、念のために確認しておきたい点と考えられます。
2. 対応策
このような矛盾や不整合を防止する対応策として、次の2点が考えられます。
(1) 社内横断的なコミュニケーション
経理部門内の担当者間だけでなく、財務部門や事業部門、子会社の経理部門とも密なコミュニケーションを取ることが重要です。また、財務部門や事業部門といった経理部門以外の人員が会計を意識して業務を遂行できるように、経理部門が普段から周知活動を行うことや必要な情報が各部門から漏れなく経理部門に集まってくる仕組みを構築することも有用と考えられます。
(2) 監査人との事前協議
期末を前に、論点の検討が十分にできているか、監査人との事前協議を行うことが有用と考えられます。
また、期末監査で必要となる資料や具体的な監査手続の内容を事前に擦り合わせることで、双方にとって手戻りを減らすことが可能となります。
(注)この記事は「週刊 経営財務」(税務研究会)2023年4月17日号に掲載された「経理実務最前線! Q&A 監査の現場から」を一部編集し、掲載しております。