寄稿記事
掲載誌:2023年12月5日、日経産業新聞「戦略フォーサイト」
執筆者:EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 パートナー 小林 元
深層学習や生成AI(人工知能)に代表される技術の発達により、AIは一過性のブームを超えて実践的な応用の段階に入った。
AIは従来、データの予測や識別タスクをこなす領域で活用されてきたが、2023年以降、データの構造を学習し、それを基に新しいデータを生成する能力を持つ生成AIが注目を集めるようになった。
22年には複数の画像生成AIが、11月には大規模言語モデル(LLM)をベースとした会話型AIが公開され、史上最速で1億人を超えるユーザーを獲得した。
多くの企業はAI導入の初期段階にあるが、文書のドラフト作成や要約などの言語処理タスクに広く活用されつつある。先進的な企業では、生成AIをIT(情報技術)システムに統合し、文書検索の効率化、問い合わせ対応の自動化、デジタル広告のコピー作成など、業務プロセスの効率化に取り組んでいる。
現代の大規模言語モデルは、米国の弁護士試験や公認会計士試験で高い成績を収めるなど、専門分野でもその可能性を示している。これまで人にしかできないとされてきた高度な知的作業も将来はAIが担う可能性を示している。
米コーネル大学などの調査によると、労働者の80%は少なくとも10%のタスクが大規模言語モデルの影響を受ける職業に就いており、19%の労働者は半分以上のタスクが影響を受けると試算する。
現在、生成AIはプログラミングなどの分野で卓越した能力を示し、IT人材不足の解消に貢献する可能性が高まっている。会計、税務や法律などの高度な専門知識が必要な分野でもAIの適用は不可避である。AI技術の理解と適切な活用が今後重要なスキルセットとなる。こうした領域ではAIを利用して処理を自動化することで、より戦略的な業務に集中できるようになる。生成AIは多岐にわたる専門分野での生産性向上に貢献すると期待されている。
企業は、こうした技術変化に対応するため、人材ポートフォリオの再定義、人材の再配置、採用戦略の見直しやリスキリングの推進が求められるだろう。
ただし、生成AIの普及にはリスクも伴う。事実と異なる情報を生成するハルシネーション(幻覚)と呼ばれる現象や、本物と見分けることが難しいディープフェイクなどフェイクニュースの生成と拡散は、懸念される主要な問題である。
AIの学習データと生成データに関する著作権やプライバシーの保護、バイアス(偏見)に関する倫理的な問題も重要である。国際的な規制の議論が盛んになる中、リスクの管理と責任ある運用が不可欠である。
AI活用はまだ始まったばかりであり、まだ手つかずの広大な領域が残されている。AIのリスク管理と規制を認識しながらも、過度な懸念にとらわれることなく、その潜在能力を生かした適用を積極的に推進していく姿勢が求められている。
(出典:2023年12月5日 日経産業新聞)