2023年7月31日
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オーストラリアの製造業―ポストコロナ時代の展望と課題

執筆者 EY 新日本有限責任監査法人

グローバルな経済社会の円滑な発展に貢献する監査法人

Ernst & Young ShinNihon LLC.

2023年7月31日

本稿では、オーストラリアにおける重要な産業である製造業のリスクと機会を把握する参考になるよう、当該産業分野の動向、主要なメガトレンド、オーストラリア政府の政策、貿易環境について紹介します。

本稿の執筆者

EYオーストラリア JBS(ジャパン・ビジネス・サービス) 須藤 卓馬

EYオーストラリアにて、サプライチェーンマネジメント分野において、最新の業務・テクノロジー知見を基に、業務改革および能力開発に従事している。

要点
  • オーストラリア経済はサービス主導という強い印象がありますが、製造業全体としては毎年成長しており、特に食品、機械・プラント設備、金属・金属製品などの部門が好調で、健全な成長を遂げている産業部門です。
  • オーストラリア政府は、雇用確保における製造業の重要性を認識し、製造業への投資を積極的に支援・拡大しています。特に、コストプッシュ型インフレ下においては効率的な供給能力の拡大は喫緊の課題と認識されています。
  • 日本はオーストラリア政府が頻繁に貿易会議を行う特別な国で、緊密な貿易関係にあります。強固な二国間関係と製造業の豊富な経験を基に、日本企業は厳しくも意義の大きい産業部門をリードする機会があります。

Ⅰ はじめに

オーストラリアは、厳しい環境と第三国へのアウトソーシングという選択肢があるにもかかわらず、日本にとって第3位の原材料輸入元です※1。オーストラリアの製造業は、食品、機械・プラント設備、金属・金属製品などの分野が非常に好調な一方で、低迷している分野もあります。

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックは世界経済に大きな影響を与えましたが、製造業も例外ではありませんでした。この間、オーストラリアの製造業も大きな困難に直面し、ロックダウンや国境閉鎖によってサプライチェーンが寸断され、消費者の需要が激減しました。しかし、規制が緩和され、ビジネスが再開されたことで、製造業は着実に回復の兆しを見せています。

回復の兆しがある一方で、幾つかの課題も顕在化しています。大きな課題としては、原材料やその他の経営資源に影響を及ぼす高インフレの問題があります。また、供給不足に対応するための金融政策もこの課題にさらに影響を及ぼしています。これらの課題は、メーカーや投資家にとって、機会とリスクの両方を生み出しています。

本稿では、オーストラリアにおける重要な産業である製造業のリスクと機会を把握する参考になるよう、当該産業分野の動向、主要なメガトレンド、オーストラリア政府の政策、貿易環境についてご紹介します。

Ⅱ オーストラリアの製造業の主な傾向

過去数十年にわたり、オーストラリアの製造業は大きな変革と試練に直面し、多くの人にオーストラリアの製造業は衰退しているという印象を抱かれています。2017年には国内自動車組立工場が全て閉鎖され※2、自動車部品製造部門が撤退したことなどが、このような印象を強くしています。

しかし、こうした状況にもかかわらず、新型コロナウイルス感染症によるパンデミック以前は、オーストラリアの製造業は平均5%の成長を遂げていました。しかし、パンデミックによりロックダウンや国境閉鎖が行われ、サプライチェーンが分断され、消費者行動も変化しました。その結果、2020~21年の製造業の成長率は0.4%に停滞しました(<図1>参照)※3。ロックダウン政策の停止後、人とモノの流れが回復するにつれ、多くの現地製造企業は需要の急増を実感していますが、コストプッシュ型インフレなどの課題にも直面しています。

図1 製造業サブセクターの売上高2020~21年、および3年間の成長率

出典:オーストラリア統計局データより筆者作成。
Australian Industry, Australian Bureau of Statistics, www.abs.gov.au/statistics/industry/industry-overview/
australian-industry/2020-21/81550DO003_202021.xlsx

このような課題に直面しているにもかかわらず、食品、金属・金属製品、機械分野などは依然として好調です。これらの部門は、オーストラリアの強力な第一次産業と第二次産業の基盤を十分に活用し、大きなベースライン収益を上げ、堅調で順調な成長を遂げています。逆に、印刷や石油・石炭製品などの部門は、紙から電子媒体へと移行する消費者行動の変化や、脱炭素に向けた国際的な公的努力などを反映して、縮小しつつあります※4

Ⅲ 製造業におけるメガトレンド

1. ESG

気候変動の影響が続く中、経済のあらゆる分野で持続可能な活動の必要性が高まっています。このことは、環境負荷を削減しながら、持続可能な製品やサービスを生み出すことができる企業にビジネスチャンスをもたらします。

オーストラリア政府は、2050年までに温室効果ガスの排出量ゼロを目指す「長期排出量削減計画」を発表しました※4。この計画の一環として、政府は、水素や二酸化炭素の回収・貯蔵などの新技術を支援し、再生可能エネルギーへの投資を行う予定です。石炭や石油製品など、一部の部門はこの計画のもとでの現在の成長に苦戦していますが多くのメーカーがネットゼロの未来に向けて積極的に取り組みを進めています。

二酸化炭素排出量の削減は、経営陣・取締役会の優先事項となっており、企業は二酸化炭素排出量のモニタリングと削減に投資しています。


2. デジタルトランスフォーメーション

デジタル経済は急速に成長しており、デジタル技術は私たちの働き方、生活、ビジネスの在り方を変えています。この傾向は、多くの産業でイノベーションと生産性を促進しますが、同時に企業・労働者には新しいスキルや職務に適応しなければならない挑戦となります。例えば、新型コロナウイルス感染症によるパンデミックによって、製造業では自動化、人工知能、産業用モノのインターネット(IIoT)などのデジタル技術の導入が加速しています。この傾向は今後も続くと予想され、製造業者は効率性の向上、コスト削減、変化に対処する能力向上を図る方法を模索しています。このようなニーズには、包括的な計画ツールや製造実行システム(MES)の導入などの計画や実行の可視化・システム化を通して取り組みが進んでいます。

また前述のESGのネットゼロ計画要件は、デジタル化の必要性をさらに高めています。スコープ1、2、3※5による包括的な炭素排出量を追跡する必要性から、製造業者はセンシング・ブロックチェーン技術を導入し、それぞれの製造工程からの排出を測定、監視、報告をする一貫した枠組みが必要となりつつあります。


3. リショアリング

新型コロナウイルス感染症によるパンデミックは、国際的なサプライチェーンに依存することの危険性を浮き彫りにしました。この経験から製造工程を国内回帰させる動きが出てくることが予想されます。この傾向は、国内生産能力の向上と新しいサプライチェーンモデルの構築をもたらす可能性があります。サプライチェーンの安定性、適応力、柔軟性の高さが重要であることがパンデミックにより明確になりました。この動きには、モジュール式製造システムの採用、柔軟なサプライチェーンの開発、そしてこれらを可能にする意思決定を高めるデータ分析の活用が含まれます。


4. 政策と貿易環境

オーストラリア政府は、製造業を雇用の維持と経済の付加価値を高めるための重要な産業分野と認識しています。2020年、オーストラリア連邦政府は、13億豪ドルの補助金を投入し、次の6つの優先分野を支援する「近代製造イニシアチブ(Modern Manufacturing Initiative※6:MMI)」を発表しました。

① 宇宙(スペース)
② 医療用製品
③ 資源技術や重要鉱物の加工
④ 食品・飲料
⑤ 防衛
⑥ リサイクルとクリーンエネルギー

2022年、連邦選挙が行われ、自由党から労働党への政権交代が起きました。政権交代と新政府の前政権に対する厳しい査定にもかかわらず、MMIは事業仕分けを乗り切り、新政権の下でも継続しています※7

さらに、オーストラリアと日本は強固な二国間および多国間の貿易協定を結んでいます。2015年1月15日から発効した日豪経済連携協定(JAEPA)により、オーストラリアの輸出業者は商品とサービスの市場参入を大幅に拡大し、投資保護を大幅に向上させました。オーストラリアと日本は「環太平洋パートナーシップに関する包括的および先進的な協定(CPTPP)」の加盟国であり、「地域包括的経済連携(RCEP)」の締約国でもあります。日本は、オーストラリア政府が頻繁に貿易交渉に参加し、貿易協定の運用の見直しを行う数少ない特別な国の1つであり、堅調な貿易・投資関係を下支えしています※8

Ⅳ おわりに

日本企業にとってオーストラリアの製造業は有望な提携・投資先としての可能性を有しています。さらに、世界的に先行き不透明な状況と新しいメガトレンドは、企業が新たな機会を探るのに適切な時期であることを示唆しています。

オーストラリアの製造業は、高インフレや消費者行動の変化などの課題に直面しながらも、食品、金属・金属製品、機械部門などが好調であり、「肺の強さ」を見せています。また、ESG、デジタルトランスフォーメーション、リショアリングなどのメガトレンドが、製造業のイノベーションと生産性を後押しする要因になっています。さらに、オーストラリア政府は製造業を価値創造・雇用維持に不可欠な産業と位置付け、さまざまなプログラムや財政支援を提供しています。このような背景と、日豪間の強力な二国間および多国間関係は、日本企業がオーストラリアにおける豊富なビジネスチャンスを検討する時期であることを意味するでしょう。

※1 Japan country brief, Australian Government Department of Foreign Affairs and Trade, dfat.gov.au/geo/japan/japan-country-brief#:~:text=Australia%20and%20Japan%20held%20the,cooperation%20and%20annual%20leaders'%20meetings.(2023年6月1日アクセス)

※2 The end of Australian auto manufacturing, Australian Automotive Dealer Association, aada.asn.au/news/october-the-end-of-australian-auto-manufacturing/(2023年6月1日アクセス)

※3 Australian Industry, Australian Bureau of Statistics, abs.gov.au/statistics/industry/industry-overview/australian-industry(2023年6月1日アクセス日)

※4 Australia’s Long-Term Emissions Reduction Plan, Australian Government Department of Climate Change, Energy,the Environment and Water, dcceew.gov.au/climate-change/publications/australias-long-term-emissionsreduction-plan (2023年6月1日アクセス)

※5 Greenhouse gases and energy , Australian Government The Clean Energy Regulator , cleanenergyregulator.gov.au/NGER/About-the-National-Greenhouse-and-Energy-Reporting-scheme/Greenhouse-gases-and-energy(2023年6月1日アクセス)

※6 Modern Manufacturing Initiative and National Manufacturing Priorities announced , Australian Government
Department of Industry, Science and Resources , industry.gov.au/news/modern-manufacturing-initiative-andnational-manufacturing-priorities-announced (2023年6月1日アクセス)

※7 Morrison government industry grants approved by Labor review, giving a green light to proceed , ABC NEWS, abc.net.au/news/2022-08-26/morrison-government-industry-grants-approved-after-laborreview/101374144(2023年6月1日アクセス)

※8 Economic diplomacy、Australian Embassy Tokyo, japan.embassy.gov.au/tkyo/economic-diplomacy.html(23年6月1日アクセス)

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