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人材のモビリティ(海外赴任)は、第2の柱のコンプライアンスにどのような影響を与えているのでしょうか。

リモートワークは、BEPS2.0に取り組む企業に対し、リモート特有の課題を提起しています。 


要点

  • リモートワークおよびハイブリッドワークという働き方は、第2の柱における税務コンプライアンス違反を増大させるリスクがある。
  • リモートワークへの移行は、従来のタックスプランニングにおける前提に疑問を投げかけている。 
  • 企業は、従業員のモビリティについての懸念を、BEPS(税源浸食と利益移転)の影響を受ける幅広い税務問題と合わせて総合的に検討する必要がある。

EY Japanの視点

最近は新聞報道などでも海外リモートワークを取り入れる日本企業が実名で紹介されるなど、リモートワークは「やむを得ず発生する事象に対する一時しのぎの対応策」から、「新しい働き方や有能なタレントの確保・定着のために検討すべき人事施策」と位置付けられるようになっています。

一方で、「リスクがあるから認めない」企業も一定数存在します。確かに税務面をはじめ、リスクある働き方であり、避けられるなら避けたいというのはその通りと思います。しかし、リモートワークを認めるライバル企業に人材が流出したり、業務上認めざるを得ない場合もあります。その結果、検討が避けられない事態に陥る可能性もあります。事例が発生してからでは、十分な検討時間をとれず見切り発車せざるを得なくなります。現時点では導入の予定がない企業においても、今後、経営サイドの方針転換や他社情勢を見据えた情報収集や初期的検討はされておくことをお勧めします 。


EY Japanの窓口
藤井 恵
EY Japan ピープル・アドバイザリー・サービス/グローバルモビリティリーダー EY税理士法人 パートナー

「ネクストノーマル」としての国境を越えた働き方は、ハイブリッドワークやリモートワークなどの柔軟性が求められる複雑なトレンドがますます顕著となり、グローバル企業に潜在的な税務リスクをもたらしています。

EY 2023 Work Reimagined Survey(EY働き方再考に関するグローバル意識調査2023)によると、ナレッジワーカー(知識労働者)の50%がオフィスでの勤務を週1日以下にしたいと考えています。一方で、EY 2024 Mobility Reimagined Survey(英語版のみ)によると、ほぼ全ての企業(98%)は、従業員の国内外における働き方動向を追跡していることが明らかになりました(昨年はわずか49%)。

柔軟な働き⽅が拡⼤し、従業員が働く場所を企業側で監視する必要性が増加するにつれ、経済協⼒開発機構(OECD)が主導する、第2の柱のグローバル・ミニマム課税を世界各地の政府が導⼊することで新たなリスクが⽰されています。こうした中で最も重要なリスクは、従業員の給与計算を行う企業の所在地ではなく、従業員が居住または勤務地での課税ルールに基づいて所得の税控除が行われていることです。そのため、従業員の給与計算を行う場所は、その従業員が実際に居住している場所や、実際の勤務先の場所とは必ずしも一致しないのです。仮に企業が把握していない国・地域に従業員が拠点を置いた場合、企業は現地での第2の柱に基づいた税を課せられる可能性があり、結果として、税務上の恒久的施設(PE)を設立したと見なされたり、その他のリスクが生じたりすることがあります。柔軟な働き方の増加や国境を越えた人材の獲得競争により、人材モビリティは海外赴任という枠を越え人材戦略の重要な要素として拡大しています。その結果、人材モビリティはこれまで以上に重要な税務上の課題となっています。

国境を越えた人材モビリティは、税務部門に二重の影響をもたらす可能性があります。恒久的施設などの潜在的な税務リスクやコンプライアンス要件を生じさせることがある一方で、人材モビリティによってオペレーティングモデルやサプライチェーンの再調整が進み、企業は税務上の優遇措置を受けられる可能性もあります。従業員の所在地を正確に追跡することは、第2の柱のコンプライアンスや、国・地域を越えたその他の税務規制に対応するために、ますます重要となっています。

「新型コロナウイルス感染症(COVID-19)によってサプライチェーンの脆弱性が浮き彫りになり、その冗⻑性と回復⼒の重要性が強調され、業務構造にも変化がもたらされました。現在の抜本的な問題は、変化する市場の動きやテクノロジーの活⽤、労働者の権限強化などを踏まえれば、既存のオペレーティングモデルが今も⽬的に合っているかどうかでしょう」と、International Tax and Transaction Services(ITTS)のAmericas Markets LeaderであるJonny Lindroosは述べています。さらに、第2の柱によってグローバル・ミニマム課税が導⼊されることで、⾃社の主要拠点のメリットを再評価する企業も出てきていることを付け加えています。「第2の柱によって税率が均等化されることによって、⼈材の確保や顧客の所在地、⽣活の質などといった、他の要素により重点が置かれるようになっています」

優先事項の再検討

技術上の複雑さを考慮するにしても、第2の柱の戦略を成功させるには、人材が果たす中心的な役割を認識することが不可欠です。

「第2の柱に関する議論には、『人による影響』という重要な要素が欠けています」とErnst & Young LLP People Advisory Services部門のSenior ManagerであるAndrea Filippelliは述べています。「真の課題は、税務コンプライアンスの域を越え、より複雑で重要な人材管理を効果的に行うことですが、より包括的で効果的な税務戦略を策定するためには、このギャップを埋める必要があります」

BEPS2.0に関する議論には、『人による影響』という重要な要素が欠けています。

これまでも従業員がどこで就業しているかを把握することは重要でしたが、現地の⼈材だけの構成が以前は⼀般的であり、今よりもシンプルであったため、給与計算を通じて、現地従業員が現地企業のために提供する業務のコストを正確に把握することができました。しかし、リモートワークやハイブリッドワークが普及し、多くの国境を容易に越えられるようになったことに加え、適切な追跡メカニズムが⽋如している状況によって、従来の慣行は覆されています。

 

理想の形としては、新たな税制が求める即時要件へのコンプライアンスに注力するよりも、税務上の潜在的な影響を考えれば、より重要なモビリティなどを含めた人材に関するポリシーをより繊細に検討するフェーズへと移行するべきでしょう。税務チームは、人事チームと協力しながら、従業員がどこにいて何をしているかなどの情報を考慮した上で、彼らが適切な勤務先に労働を提供しているかどうかを確認する必要があります。また、これらのチームでは、第2の柱のコンプライアンスをサポートするだけでなく、企業の恒久的施設に対するリスクを論理的に検討するためにも、従業員と企業との関係が適切で実体を伴っているかを確認しなければなりません。

 

企業は、第2の柱に関連して、知的財産の移転やサプライチェーンの変更について、慎重に検討する必要があります。コンプライアンスを確保するためには、そうした再構築に対し⼈材の合意形成が取られていることを確かめるのが不可⽋であり、⼈事や法務、IT、給与計算部⾨、そして従業員といった幅広い関係者が関与すべきです。企業にとっては、法⼈税、給与税、個⼈所得税の整合性を確保することが肝⼼です。異なる国・地域で⼀貫性を保ちながら、全体的な税務ポジションのコンプライアンスを促進することが求められる状況があり、このような複雑さが浮き彫りになりました。

「第2の柱により税率が均等化されることによって、人材の確保や顧客の所在地、生活の質などといった他の要因により重点が置かれるようになっています」

従来の従業員に対する前提はもはや適切でない

税務上の検討を行う際の前提は、経験的証拠によって検証されていることが必要です。企業は従業員が勤務する場所と職務を推測することがよくありますが、裏付けのない場合は税務係争につながる恐れがあります。EYが実施した税務リスクと税務係争に関する最新の調査によれば、税務当局は税務執行活動を強化しており、従業員の事実上の居住地や活動内容を厳格に調査しています。税務当局は、より高度なデータ分析ツールを使用することによって、企業の従業員が申告している勤務部門やその所在地に照らして、その実際の所在を確認することができます。

このようにして監視が強化されている理由から、企業は税務ポジションを裏付けるために従業員の役割や責任を追跡し、確実に記録しなくてはなりません。また、目的や期待に沿ったガバナンス対策を構築する必要があります。

多くの企業にとって、人材運用に対する前提と現実の差が課題となっています。企業は、従業員の所在地や役割、業務内容を正確に反映したダイナミックなアプローチで人材管理を実施しなければなりません。それができない場合には、所得の再分類やペナルティーなど、意図しない税務上の影響を受ける可能性があります。

このことを受け、企業は、国境を越えた⼈材を適切に管理・監視していることを確認し、潜在的な調査に備えて事前に対処する必要があります。これらの多⾯的な課題に対応するためには、税務部⾨が企業全体と協働する、部⾨の枠を超えたアプローチがカギとなります。

「従業員の所在を追跡し、管理するためにテクノロジーを活用することは、コンプライアンスの促進にますます重要になっています」とFilippelliは述べています。

恒久的施設や利益の帰属に関する税務リスクを管理するためには、従業員が誰のために、どこで何をどのくらいの期間続けているかを立証することが欠かせないでしょう。多くの国・地域において、広範な戦略目的の概要を示すだけではもはや十分ではありません。企業は、自社各部門で従業員が具体的にどのような貢献を行い、結果としてどのような利益を創出しているかを詳細に示さなければなりません。より複雑化したオペレーティングモデルと分散した人材を融合させながら、変化するグローバルモビリティに対し、並行して税務分析やガバナンスも発展させる必要があります。

複雑なコンプライアンス環境に対応するには

ビジネスと人材の要件を満たしながら税務コンプライアンスを遵守することは、これまで以上に複雑になっています。従業員の国境を越えた承認要求に対する圧力が史上最高レベルに高まる中、税務チームはしばしば大きな反対に直面して却下せざるを得ない立場に立たされています。従業員が課税権を有する複数の国・地域にまたがって業務を行っている場合、企業はバランスを取って慎重に対応しなければなりません。そのためには、納税義務とコンプライアンスリスクを管理しながら業務上の要求に応える戦略が必要です。

税務上の影響により人材に関するポリシーを変更せざるを得ない場合、従業員の意見や企業文化も考慮しなければなりません。従業員が新しい役割や勤務地を受け入れ、それらに従うことが変化を成功させるカギであるため、変更について従業員の理解を得ることが重要となります。

こうした対応によって、税務チームには、さらに積極的で戦略的な役割を担うユニークな機会がもたらされます。そのためには、風通しの良いコミュニケーションを取り、ポリシーやテクノロジーに関してはチームワークを発揮して取り組み、税務・人事・IT・給与部門が連携することが欠かせないでしょう。

「第2の柱におけるコンプライアンスの複雑さにより、企業は、多様な企業セグメントでのデータポイントの増加に対処するだけでなく、グローバル・ミニマム課税の規則が⾃社にどのような影響を与えるかを⼗分に理解し、基本的なコンプライアンスに必要な関係者を特定することが求められています。税務部⾨は、その戦略をビジネスの成⻑路線に沿ったものとするために、企業の商業的な⽅向性を理解しなければなりません」とLindroosは述べています。

税務分析とコンプライアンスがうまくいくかどうかは、税務規制とその理解の整合性だけでなく、人材の戦略的な関与にも左右されます。したがって、強固な税務戦略は、従業員のモビリティと関与の複雑さを最初に予測してその対応を組み込むものであり、第2の柱のコンプライアンスに関する包括的かつ先見的なアプローチを取ることで、企業は戦略的な利益を最大限活用できます。

サマリー

第2の柱のコンプライアンスは、特にリモートワークとハイブリッドワークという働き方が登場したことで、人材管理についての税務会計上の課題をもたらしています。企業は従業員のモビリティの進化する状況について、部門を超えたアプローチを用いて検討する必要があり、税務部門が企業全体の部門と積極的に協働することが成功のカギとなります。 

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