EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
日本のテレコム業界は、高度に発達した通信インフラを背景に、5Gや次世代ネットワーク技術の普及が進んでいます。しかし諸外国と同様に2030年以降を見据えた持続的な成長に向けては、通信ビジネスにとどまらず、DXやスマートシティの推進、データセンター事業など、新領域での事業拡大が求められています。
現在、移動体通信事業者は5Gの展開を加速し、NTTはIOWN構想を掲げ次世代光ネットワークへの移行も進めています。一方で、政府の携帯料金値下げ政策や、楽天モバイルの参入による価格競争の激化等により通信料金の引き下げが進行しており*、多様な収益確保が必要となっています。例えば、ローカル5GやB2B向けIoTビジネスが拡大するなか、製造業や物流、医療など多様な業界と連携しエコシステム形成を進めつつ、新たなサービスを提供することなどです。将来に向けては、宇宙通信や量子通信の実用化、データ活用型ビジネスの拡大、AIを活用したネットワーク最適化などが注目されており、通信を基盤とした総合ICTサービスの提供が業界の競争力を左右すると考えられます。
*下記の調査によると、スマートフォン利用者の平均月額利用料金は2020年12月の5,334円から2024年7月は4,363円になりました。
MM総研「携帯電話の月額利用料金とサービス利用実態(2020年12月時点)」、https://www.m2ri.jp/release/detail.html?id=472(2021年2月9日リリース)、
「同調査(2024年7月時点)」、https://www.m2ri.jp/release/detail.html?id=638
(2024年8月8日リリース)
テレコム事業者は、その進化の過程で転換点を迎えています。中核である接続サービスにこれまで以上に力を入れ、最新テクノロジーの力を借りて組織効率化の新たな波を次々に起こしています。しかし、業界のエコシステムや、ステークホルダーからの期待、従業員ニーズは、急速に新しい方向へと動き出しています。よって、ネットワークの品質とコスト最適化に頼った守りの戦略では、テレコム事業者が実現すべき大きな変革を成し遂げられないかもしれません。
EYは、世界各国の50社を超えるテレコム事業者の経営幹部60人以上を対象にインタビューを実施し、組織の優先課題および業界の現状や今後についての考えを探りました。この記事では、調査から浮かび上がった実態を掘り下げ、防御主体の短期戦略と、今後の業界の大きな動きとの間に広がる大きな隔たりを示した上で、テレコム事業者が将来も発展し続けるためにできることを提案します。
業界の成長については、調査の回答者はおおむね前向きな見方をしており、半数以上は今後3年間で業界の収益およびEBITDA共に3%以上の成長を見込んでいます。また、同業他社と比較しての業績については自信があり、4分の3以上の企業が今後3年間、市場を上回る業績を達成できると予想しています。EYの Decoding the digital home study(デジタルホームを解き明かす調査)で示されたように、一部の市場では、消費者のサブスクリプションに組み込まれているインフレに連動した価格引き上げが後押しとなり、生活費が高騰する中でも、顧客の支出は堅調に推移しており、レジリエンスの幅広さを示しています。
今後を展望すると、経営陣が挙げた収益成長の2つの重要なドライバーは、中核である接続サービスの成長(67%)と、さらなるコスト削減と効率化による利益率の向上(60%)です。この2つは、隣接市場サービスや革新的ビジネスモデルを大きく引き離しており、中核である接続サービス以外での成長や、プラットフォーム、エコシステム、「as-a-service」事業の成長を重視する回答者はわずか3人に1人の割合でした。とはいえ、地域差もあります。アジア太平洋地域のテレコム事業者は、プラットフォームやエコシステムによる成長をより積極的に受け入れており、同地域のテレコム業界リーダー6人中4人がこれを成長ドライバーに挙げています。
業界の成長予測を語る際、戦略的「北極星(指針)」を伴いますが、そこではネットワーク品質が好まれる傾向にあります。どの戦略的役割が、自社の長期的ポジショニングを最も正確に表しているかという問いでは、ネットワーク品質のリーダーを選んだ人が最も多く(48%)、それにフルデジタルサービス・プロバイダー(37%)が続きました。どちらも、基本はプレミアムな接続サービスです。両者の最大の違いは、サービスポートフォリオの幅にあります。それ以外の「北極星」、すなわち、価値主導のベーシックな接続サービスに重点を置くデータユーティリティ、接続サービスを卸売りするデジタルインフラ企業の順位は、かなり下の方です。
ネットワーク品質リーダーというポジションが好まれていますが、このポジションはただし書きを伴います。上級管理職の多くが指摘したのは、市場内のインフラのサービスエリアやスピードレベルが均一化するにつれ、競合他社とのネットワークパフォーマンスの差が小さくなっているという点です。あるCEOは次のように語りました。「今はどのネットワークも同じです。どの企業も口をそろえてうちのネットワークが最高だと言いますが、良いネットワークと悪いネットワークのカスタマーエクスペリエンスの差は、エンドユーザーにとってはささいで知覚できません」
ネットワーク品質を優先する理由として、過去に新しいデジタルサービスを収益につなげられなかったことを挙げて、防御主体の戦略におけるネットワーク品質の役割を強調する人もいました。興味深いことに、ネットワークの近代化自体は、9つの短期的な戦略的優先課題の中で5位にランクアップされているに過ぎず、ネットワークのアップグレードが競争優位性を得る手段として、実際には最優先課題ではないことを示唆します。
業界のリーダーは品質のネットワークインフラを前提とした守りの戦略を好む一方で、業界の事業環境は急速に変化しています。マクロ経済の逆風の中、財務実績は堅調ですが、それ以外にも考慮すべき要素があります。収益成長を実現する上で最大の課題として経営陣が挙げたのは、破壊的な競争(56%)と規制や政策の不確実性(52%)で、こうした難しい課題には、不安定で複雑という認識がつきものです。
今後、業界の外からの破壊的な動きは大きな脅威となっていき、自社の業績は競合他社よりも勝っているというテレコム事業者が持っている自信は打ち砕かれるでしょう。現在は、昔からの大手通信事業者とモバイルネットワーク事業者(MNO)が競争相手として大きな存在感を示していますが、調査に参加した回答者は、5年後にはハイパースケーラー(大規模なデータセンターを運営し、クラウドコンピューティングやストレージ、ネットワークサービスを提供する企業のこと。代表的な企業としては、 Amazon Web Services〈AWS〉、Microsoft〈Azure〉、Google〈Google Cloud Platform〉など)が最大の脅威になり、また、衛星会社が仮想モバイル事業者を追い抜くだろうと考えています。ネットワークの品質の強化は、既存のテレコム事業者が衛星プロバイダーの参入に対抗するときには有効かもしれませんが、ハイパースケーラーが持つ革新力や破壊力に対抗できる可能性は低いとみられます。あるCEOはこう語っています。「ハイパースケーラーは弊社のB2Bビジネスを侵食しつつあります。ハイパースケーラーにとって、仲介者として顧客に接続サービスを提供し主導権を握ることは簡単なことでしょう」
一方、人工知能(AI)やデジタル市場、ネットワークサプライヤーに関する規制は、いずれも今後3年間にテレコム業界に大きな影響を与える、と経営幹部の3分の1以上が回答しています。従って、コンプライアンスの負担にうまく対応するには、従来の通信バリューチェーン外の業界エコシステムに対する理解を深める必要が出てくるでしょう。
今後3年間の優先課題に関しては、カスタマーエクスペリエンスの向上がトップで、そのカギとして、継続的な製品簡素化の重要性を強調する回答者が多数です。2位は組織のスキルや人材力の向上で、多くの回答者が、組織のDNAを見直して、新しい考え方を持つ若い人材を獲得したいと考えています。トップ5には、デジタル化、コスト管理、ネットワークの近代化が入っています。
これらの優先課題は、掲げる戦略に合致してはいますが、野心としては十分なレベルでしょうか。各領域の重要な方策について尋ねたところ、驚くほど反応が鈍い側面がいくつかありました。製品の簡素化を重要だとする回答は、顧客対応における問題解決の迅速化の2倍です。ピープルアジェンダ(人的課題)のトップは新たな人材の獲得ですが、それを可能にする従業員パーパスの再定義を挙げたのはわずか10%で、新たなサイロが生じる危険性は根強く残ったままです。あるCFOは次のように強調します。「最適な人材の確保は容易ではありません。古い世代とは考え方も仕事に対する姿勢も違うのです」
一方、人工知能(AI)は、重要な最新テクノロジーとしてソフトウェアベースのネットワークに次ぐ順位です。ただし、経営幹部は、今後5年間でAIの重要性が増すと予想する一方で、デジタルインフラの共有とクラウド移行については、業務効率向上の原動力としてのけん引力に欠けると考えています。ネットワーク戦略のトップはインフラのアップグレードや廃止で、ネットワークのエネルギー効率化やネットワークアプリケーションプログラミングインターフェイス(API)の導入はさほど重要視されていません。
現在のテレコム事業者は短期的な成長見通しには自信があり、差別化要因としてのネットワーク品質に信頼を置いています。同時に、掲げている変革アジェンダの一環として、スキルやシステム、プロセスの見直しも図っています。しかし、こうした目先にとらわれた考え方は、業界のリーダーたちが描く5年後の革新的な業界未来図、すなわち、ステークホルダーの期待、創造的破壊の根源や差別化要因、市場構造やエコシステムのポジション、それらすべてが大きく様変わりしているとする業界の未来図と合致しません。この見方は、継続的なコスト最適化とともに主力製品を優先する、現在の戦略と一致しています。
5年後、テレコム事業にとってハイパースケーラーが最大の破壊的脅威になると認識していながら、ビジネスモデルの見直しを現在の戦略的優先課題と考えているのは、わずか37%です。5年後もネットワーク品質が最も重要な差別化要因だと考える人は半数しかおらず、収益成長ドライバーとしての接続サービスへの信頼に疑問を投げかけています。59%の人が、現在の従業員の大半は大幅にアップスキルする、または入れ替わると考えていますが、現在のピープルアジェンダ(人的課題)の中で、従業員への価値提供やパーパスを重視している人はあまりいません。
ほとんどの人が、将来テレコム事業者が業界の枠を超えたエコシステムでリーダー的役割を果たしていると回答している一方、エコシステムでのポジション構築は、戦略的優先課題のトップ5に入っていません。そこがアキレス腱(けん)だと認識している人もいます。あるCTOは「貧弱なエコシステム連携は、以前に増して難しい問題です。パートナーシップ構築の中で、トレードオフを受容できる人がいることが重要です」と語っています。さらに、業界リーダーの43%は、テレコム事業者はネットワーク事業者(NetCos)とサービス事業者(ServCos)に分かれていくと考えていますが、短期的な優先課題の中で、M&Aによるデジタルインフラは当面の優先課題として最下位です。
75%がハイパースケーラーは5年後の破壊的脅威とみている |
ビジネスモデルの見直しを戦略的優先課題と考えているのは37%にすぎない |
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67%が中核である接続サービスを将来の主要な収益成長ドライバーとして挙げている |
53%が5年後もネットワーク品質が最も重要な差別化要因になると考えている |
58%が現在の従業員の大半は、大幅にアップスキルする、または入れ替わると考えている |
従業員への価値提供やパーパスを人材に関する優先課題として見直しているのはわずか10% |
69%がテレコム事業者は5年後、業界の枠を超えたエコシステムでリーダーの役割を果たすとみている |
現在の戦略的優先課題としてエコシステム関係の構築を進めているのはわずか32% |
44%がテレコム事業者は今後、ネットワーク事業会社(NetCos)とサービス事業会社(ServCos)に分かれると考えている |
現在の戦略的優先課題としてデジタルインフラのM&Aを模索しているのはわずか16% |
変革アジェンダを進めるにあたり、テレコム事業者は計画の基本要素を再考する必要があります。確かに、ネットワーク品質やカスタマーエクスペリエンス、社内スキルの向上、デジタル化の推進を徐々に進めていくことには大きな意義があります。しかし、もっと包括的で大胆なマインドが不可欠です。新たな差別化ポイントがないか、組織のパーパスをもっと明確にできないか、インフラやソフトウェアに近接する領域を考慮しながらバリューチェーン内のポジションを進化させられないか。長期的機会を最大限に生かし、価値を創造し高めていきたいのならば、そうしたことを考える必要があります。重要なステップをいくつか挙げます。
製品の簡素化は、効率性向上には有効な手段ですが、それ自体は戦略の終着点ではありません。ビジネスモデルを全面的に見直すことで、ソリューションのポートフォリオを広げすぎることなく、対象市場の拡大を図ったり、業界の外側からの破壊的脅威に対抗したりできるようになるでしょう。生成AIなどの最新テクノロジーを活用しながら、ネットワーク・アズ・ア・サービス(NaaS )などのホールセール型のコンセプトを模索することが、今後は重要になってきます。
市場での競合他社とのネットワーク品質の差が小さくなり、インフラのアップグレードによるユーザー平均単価(ARPU)の向上が難しくなっていることを多くの事業者は認識していながら、差別化ポイントとなると、依然としてネットワーク品質に頼りきっています。長期的な成長を確かなものにし、新たなネットワークアップグレードサイクルへの依存を解消するためには、AIやESG(環境・社会・ガバナンス)の実績など、新しい差別化ポイントを見つけることが不可欠です。
デジタルスキルやソフトウェアベースのスキルを持つ若手人材を求める声は、今回の調査で特に強く感じられました。しかし、組織のパーパスや従業員へ提供する価値を大幅に変革し、持続的な人材パイプラインを構築しない限り、新たなスキルの獲得や再教育は短期的な効果しかもたらしません。新しい考え方を組織に取り入れる際には特に、社内連携の促進に継続的に取り組む必要があります。
パートナーシップやエコシステム戦略の優先度を上げる必要があります。ハイパースケーラーは、新たな成長機会と破壊的リスクを同時にもたらす「味方にも敵にもなり得る」例として存在感を増しています。レガシー市場や隣接市場における革新的なオーナーという立場を生かしつつ、バリューチェーンの中で新しいポジションを模索すれば、テレコム業界の成長展望を描き直すことができるでしょう。開発者コミュニティや特定業界に特化した企業などとの緊密な連携を通じて、新たな需要シナリオを開拓できるかもしれません。
業界の構造は今後5年で劇的に変化し、ネットワーク事業(NetCo)とサービス事業(ServCo)に分かれていくと思う、と答えた人はそう思わないと答えた人を上回っています。新しいオペレーティングモデルや組織構造を模索することで、スキルを組み合わせる新たな方法を見いだしたり、短期的な利益追求ではなくビジネスロジックに基づいた急進的な「売却・譲渡・セパレーション」に備えられるようになるでしょう。これと並行して、規制に関する見通しが変化して新たな「規模拡大」の機会が出現したときは、新しい統合シナリオを検討することも不可欠です。
テレコム企業の経営陣は、現在の戦略と5年後の業界予想とが同一線上にあるようにしなければなりません。今のこの戦略で、今後の業界環境の中で事業展開し戦っていけるのか、自問しなければならないのです。
CxOを対象にしたテレコムの未来に関する調査からは、現在重視している課題と、未来の業界予想との間にはズレがあることが明らかになっています。
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