通信業界が直面するリスクトップ10(2024年版)

通信業界が直面するリスクトップ10(2024年版)


通信業界を取り巻く世界情勢は複雑で常に変化しています。その中で通信事業者はどのようなリスク、課題に直面しているのか、そのトップ10を詳しく見ていきます。


要点

  • データ保護、倫理、ガバナンスは通信業界におけるリスクの最重要課題だが、サイバーセキュリティの脅威と生成AIを巡るガバナンスの必要性により、さらにその重要性が増している。
  • 顧客の49%が料金変更を受け入れ難いと訴える中、家計を圧迫する生活費高騰に苦しむ顧客にうまく対応することが通信事業者には不可欠である。
  • 組織におけるスキルやサステナビリティ、ビジネスモデル、ネットワーク品質、職場文化に関するリスクも、通信業界の優先事項の上位にランクされている。


EY Japanの視点

日本の通信事業者にとって、生成AIの台頭は自らのデジタル化と顧客のデジタル化という面で大きなビジネスチャンスと捉えられています。欧米と異なり、日本の通信事業者はITサービスの領域をグループ内に含めており、テクノロジー企業と競合しています。また、海外でもITサービス企業のM&Aを利用して急拡大を続けています。この新しいテクノロジーである生成AIが持つ負の側面を回避しつつ、自社のビジネス拡大にどう結び付けていくかが非常に重要です。


EY Japanの窓口

斎藤 武彦
EY Japan テレコムセクターリーダー EY Japan株式会社 ディレクター

通信業界は、技術変革や地政学的緊張、経済の変化、社会の発展の中で、ユニークな立ち位置にあります。そのため、他のどの分野よりも複雑で変化の激しいリスクを抱えています。

生活費高騰をはじめ、いまだ続くサプライチェーンの混乱など、マクロ経済の逆風は今もなお財政面のレジリエンスと安定性における脅威となっています。生成AIやスタンドアロン5Gといった新しいテクノロジーは、ビジネスレジリエンスとサービスイノベーションに新たな問いを投げかけています。一方、企業のトランスフォーメーションに向けた取り組みは規模および範囲を拡大しています。サステナビリティは、いまやボードレベルの主要な検討事項となり、ダイバーシティ、エクイティ&インクルーシブネス(DE&I)の取り組みやハイブリッドなワークモデルによる働き方改革も進んでいます。また、インフラのカーブアウトや統合によって通信業界の再編が進み、業界のバリューチェーンも変化しています。

EYはこの目まぐるしい変化の中で、既にこの先の1年に焦点を当てています。本レポートでは、2024年に通信業界が直面するリスクのトップ10を特定し、それらを軽減するための戦略を探ります。


通信業界が直面するリスクトップ10(2024年版)

レポートの全文はこちらから。困難な時期にレジリエンスを維持するのに役立つ知見を提供しています。


1. プライバシー、セキュリティ、信頼面における喫緊の課題の変化を軽視している

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通信事業者にとって、サイバーセキュリティ関連の課題は山積みです。2023年版のEY Global Cybersecurity Leadership Insights Studyによると、サイバーセキュリティ侵害が組織にもたらすコストについて、通信事業者の53%が、2023年には300万米ドルを超えると想定しています(2022年は40%)生成AIの台頭もデータガバナンスの面で大きな負担をかけています。最新の EY CEO Outlook Pulse によると、通信事業者の5社中4社はAIが社会を良くする力であると思う一方で、7割以上の企業は、AIの悪用対策により力を入れ、AIのもたらす倫理的影響にさらに注視する必要があると考えています。


2. 生活費高騰の危機にあえぐ顧客への対応が不十分

最新の EY Decoding the Digital Home(デジタルホームを解き明かす) 調査によると、生活費高騰の危機に際し通信事業者は協力的だったと回答した世帯は、わずか3分の1でした。回答者の4分の3は、ブロードバンドプロバイダーは、より多くの定額保証プランを提供すべきだと考えており、ほぼ半数(49%)が料金変更の説明が分かりにくいと感じています。こうした不満は、ユーザーが乗り換えを検討するきっかけとなり、通信事業者が購入への影響力を失う結果となっています。価格比較サイトを見たり、友人や身内のアドバイスを受ける世帯の割合は、2022年の19%から2023年には30%に増加しました。

3. 人材およびスキル管理が不十分

財政面の圧力により、通信事業者は採用を控えています。 EY 2023 Work Reimagined Survey(EY働き方再考に関するグローバル意識調査2023)では、通信事業者の55%が採用を凍結すると回答しており、全セクター(28%)のほぼ倍の割合です。給与や福利厚生の削減へとつながるコスト抑制策を行っているのは、全企業では44%だったのに対し、通信事業者では61%でした。実際に、通信事業者は人材管理を人材関連リスクとして挙げることが圧倒的に多く、人材の定着、新しい人材の獲得、次世代の人材育成はいずれもトップ5に入っています。


4. サステナビリティへの取り組みの管理がずさんである

 EY Global Climate Risk Disclosure Barometer(グローバル気候変動リスクバロメーター) によると、通信事業者による気候関連財務情報開示において、開示範囲は大幅に拡大しているものの、その品質について過去2年間で大きな改善は見られません。通信・テクノロジー企業の43%は、具体的なネットゼロ戦略や移行戦略、脱炭素化戦略をいまだに開示していません。開示が進まない理由として、サステナビリティが優先事項として十分に取り上げられていないことが挙げられます。 CEO Outlook Pulseによると、通信事業者の46%が資本配分に際してサステナビリティを考慮してはいるものの、優先度は高くありません。また、複雑な社内事情も足を引っ張っています。 EY Sustainable Value Study によると、通信業界の経営幹部の半数以上が、自社の気候変動戦略は複数の競合する取り組みの寄せ集めで、統一されたアプローチがないと回答しています。


5. 新たなビジネスモデルを活用する能力が欠如している

エンタープライズ市場での成長機会を狙う通信事業者は少なくありませんが、モノのインターネット(IoT)やセキュリティなどのB2Bサービスが収益に占める割合は、まだほんの一部に過ぎません。また、B2Bセグメントの重要業績評価指標(KPI)は、B2Cに比べ過小報告される傾向にあり、通信事業者の戦略がどれほど進んでいるのかを見定めるのは困難です。 EY Reimagining Industry Futures(産業の未来図を再構築するための調査) によると、通信事業者はデジタルアドバイザーとしての信頼性が低く、それがB2Bの成功を阻む障壁になっていることが分かりました。大企業の53%が通信事業者をIoTの専門家と見なしている一方で、デジタルトランスフォーメーションの専門家と認識しているのはわずか22%です。こうした先入観により、通信事業者が企業にコンサルティングサービスやソフトウェア関連サービスを拡大展開できていません。
 

6. ネットワーク品質と価値提案が不十分

最新の EY Decoding the Digital Home によると、26%の世帯が自宅のブロードバンド接続は「頻繁に」または「非常に頻繁に」不安定になると感じており、自宅のモバイルデータ通信についても29%が同様に回答しています。 通信事業者はサービス速度と品質向上のための対策を講じてはいるものの、顧客は依然として懐疑的であり、43%がWi-Fiの性能保証は誤解を招く、あるいは不正確だと考えています。3人に1人は「速度とパフォーマンスが見合っていない」、また半数は「高速プランの速度が高い料金に見合っていない」と考えていることから、企業は価値提案を再考する必要があると思われます。


7. 職場文化と働き方の改善に難航している

2023年の  EY Work Reimagined Studyでは、通信業界の従業員の30%が、完全なリモート(必要時のみ出社)を希望すると回答したのに対し、全セクターでは23%でした。リモートワークの傾向が高いことは、スキル開発に影響を与えており、通信業界の従業員はリモートまたはハイブリッド環境で成功するための1番の要因として、学習やスキル開発の機会を挙げています(47%)。また、従業員の43%が、自社はリモートワークのためにテクノロジーを強化したと回答していますが、34%は、さらに大きな変化が必要だと考えています。
 

8. 外部エコシステムとの関わり方が効果的ではない

企業は年々、エコシステムの重要性を認識し、それを構築している通信事業者と取引するようになっています。最新の EY Reimagining Industry Futures Study では、71%の企業が、エコシステムを持つ5Gサプライヤーを優先していることが分かりました。大半の通信事業者が現在、パートナーシップやビジネスエコシステムを通じてサービスを提供している一方で、 EY Tech Horizon Study を見ると、さまざまな要因がその効果を妨げていることが分かります。エコシステムに懐疑的な最大の要因は、投資リターンの不確実性で、次に従来の事業拡大戦略への固執、サイバーセキュリティへの懸念が続きます。


9. 規制環境の変化に適応する能力が欠如している

最新の CEO Outlook Pulseによると、通信業界の経営幹部の61%は、規制リスクは今後1年間の自社の業績に大きな影響を及ぼすと考えており、コンプライアンスに関する負担への深い懸念が明確に示されています。規制当局における最近の合併審査は、一部の市場で議論の的となっており、当局の企業統合に対する考え方は、依然として予測不可能です。本年度からBEPS 2.0のルールが施行されることも踏まえ、税制の枠組みも流動的です。また、新たな悩みの種になりそうなのが、AIに対する規制の整備です。既に国レベルで、ガイドラインと法律策定のバランスにおいて一部相違が生じています。
 

10. インフラ資産の価値を最大化できない

インフラの価値を引き出そうとする通信事業者の動きが拡大し、勢いを増しています。 CEO Outlook Pulse によると、通信業界CEOの41%が今後1年以内にダイベストメント、スピンオフ、IPOを進めると回答し、また61%が合弁事業や戦略的提携を模索しており、引き続きインフラのカーブアウトが重視されていることが分かります。しかし、アセットライト(資産圧縮)アプローチがどう変化するかを予測することは依然として困難です。EYの別の調査1 を見ると、ネットワーク事業会社とサービス事業会社への分離が業界構造の主流になるかどうかに関して、業界リーダーの間で意見が分かれています。


リスク緩和のために通信事業者がとるべき戦略

1. 組織全体のガバナンスを向上

生成AIなどの新技術が通信事業者のテクノロジーポートフォリオの一部となる中、ガバナンスの向上は、さまざまな脅威を軽減するために不可欠です。既存のデータガバナンスの枠組みの見直しが必須であると同時に、データ倫理やサステナビリティ、パートナーシップ、新しい働き方など、急速に変化する事柄に関する意思決定には新たなアプローチが求められます。また、サプライヤーや規制当局といった外部のステークホルダーとの定期的な対話も重要です。

2. 従業員と共に新しい働き方に取り組む

通信業界の従業員の30%がリモートワークを希望している現状を踏まえると、企業が新しいテクノロジーやデータセキュリティのニーズを無視することは、レジリエンスやイノベーションを損なうことにつながる可能性があります。通信事業者は、リモートワークに対応した学習やリスキリングに一層注力するとともに、自社のパーパスの定義を明確化する必要があります。従業員エンゲージメントの向上は、リスクを軽減するだけでなく、社内の連係向上や外部ステークホルダーとの関係性向上にもつながります。

3. 顧客への価値提案を再度明確化する

近年、生活費高騰の危機、サプライチェーンの混乱、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックなどさまざまな影響が重なり、顧客のニーズや期待が根本的に変化しましたが、そうした変化は、消費者と企業の双方に新たな需要を生むだけでなく、顧客に混乱や不満を生むリスクも高めています。顧客との約束を再度明確化し、価値提案を分かりやすくすることは、通信事業者の存在意義や長期的価値の維持につながると思われます。

  1. EY, ‘The telco of tomorrow’ (survey of telecommunications executives), October 2023

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サマリー

通信事業者は、年々変化し、進化し続けるさまざまなリスクに直面しています。生成AIも含め、データ関連の脅威が一段と厳しくなる中、通信事業者は引き続き、生活費高騰に苦しむ顧客の支援をはじめ、サステナビリティのパフォーマンスとレポートの品質の向上、スキルや職場文化の効果的な管理などに注力する必要があります。今後、通信事業者は、社内全体のガバナンス向上や従業員エンゲージメント強化策の実施、顧客への価値約束の再構築に取り組むことで、数々のリスクに対して万全の態勢で臨むことができるようになります。


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