仮想日本企業グループのCbCR開示に際しての影響度分析 ~日本企業がCbCRを開示すると、ステークホルダーからどのように評価され得るのか~

仮想日本企業グループのCbCR開示に際しての影響度分析 ~日本企業がCbCRを開示すると、ステークホルダーからどのように評価され得るのか~


2024年7月11日、OECDは、最新の法人税統計データベースと共に、法人税統計の年次刊行物(「法人税統計報告書」)の第6版を公表しました。

本法人税統計データベースの第6版には、国別報告書(CbCR)から集計した匿名化され集約された統計に2021年度が追加されました。


要点

  • OECDは、法人税統計データベース第6版において、2021年度の国別報告書(CbCR)を追加した。
  • 本統計における日本企業全体のCbCRをその国に進出している企業グループ数で除することにより、日本企業の進出している136カ国における平均的な日本企業グループの傾向を示す仮想日本企業グループのCbCRを作成した。
  • 仮想日本企業グループの数量分析により、ステークホルダーの質問を受けやすい事項を検出した。
  • 検出された事例の一部として、次の通りCbCR指標の分析結果を紹介する。
    1. 仮想日本企業グループのグローバル・フットプリント
    2. 収益率10%以上を稼得し、実効税率15%未満の低税率の国・地域
    3. 当期が損失であり、累計においても損失が継続している国・地域
    4. 収益率10%以上を稼得し、実効税率15%未満の低税率の国・地域


2021年には101の国・地域でCbCRの提出が義務付けられましたが、納税者の機密性を確保しながら集約した統計を提供できるほど、十分な数の報告書を受け取ったと考えられるのは52の国・地域のみであり、さらにCbCRを一切受け取っていないと報告された国・地域が5つありました。2021年のCbCRの集約データは、約8,000の多国籍企業を対象としています。

日本からは、米国の1791に次ぐ885ものCbCRが提出され、136カ国おいて経済活動があることが分かります。日本企業全体を匿名化し集約された上で、その国別の指標が、CbCRのデータベースの中で開示され、まさに日本企業全体が一つの多国籍企業であった場合のCbCRを開示情報として確認することができます。

本日本企業全体のCbCRでは、国別に企業グループ数が分かるため、国別に集約された指標をその国に進出している企業グループ数で除することにより、日本企業が進出している136カ国のそれぞれにおいての日本企業の平均的なCbCRを計上している日本企業グループを仮想することができます。

この仮想日本企業グループのCbCR指標を分析することにより検出された結果は、いずれかのもしくは複数の日本企業グループから提出されたCbCRによるものであり、日本企業がCbCRを開示するに際してステークホルダーに着目されやすい論点を浮き彫りにしているとも考えられます。

仮想日本企業グループのグローバル・フットプリント(日本および事業を展開する国・地域)は次の通りです。

図表1 仮想日本企業グループのグローバル・フットプリント

図表1 仮想日本企業グループのグローバル・フットプリント

仮想日本企業グループの主なCbCR指標は次の一覧表をご参照ください。

「仮想日本企業グループのグローバル・フットプリント」をダウンロードする(印刷不可)

仮想日本企業グループのCbCRについての影響度分析では、さまざまな観点から検出がなされましたが、主な検出事例と分析結果について、次の様に紹介させていただきます。

 

収益率10%以上を稼得し、実効税率15%未満の低税率の国・地域

仮想日本企業グループにおいて、収入金額に対する税引前利益率(収益率)を10%以上稼得し、国別の実効税率が15%を下回る国・地域1は次の通りとなります。

図表2 収益率10%以上を稼得し、実効税率15%未満の低税率の国・地域

図表2 収益率10%以上を稼得し、実効税率15%未満の低税率の国・地域

グローバル・ミニマム課税における15%のミニマム税率がステークホルダーにも広く認識されているため、15%を下回る実効税率の国・地域については、低税率国への所得移転が発生していないか等の過度な租税回避の観点、CFCの合算課税、ならびにグローバル・ミニマム課税が発生していないか等の税務リスクの観点において、ステークホルダーから指摘を受ける可能性が想定されます。

 

CbCRの発生税額は対象会計年度の帳簿上の所得に関する発生税額とされることから、確定申告額、納税額、(確定申告差額、繰延税金、不確実な税務ポジション等の要因による)財務会計における実効税率、グローバル・ミニマム課税における実効税率等とは一致しないため、その差異理由を検証しておくことが重要と考えられます。

 

BEPS2.0第1の柱の内、利益Aについては、発効した場合の適用対象企業は全世界で約100企業グループ、日本において適用対象となる企業グループは、10企業グループに満たないと想定されていますが、収入金額に対する税引前利益の収益率が10%を超える企業グループについて、収益の再配分を求める制度の概要については認知されているところです。

 

10%以上の高収益率、ならびに実効税率15%未満の国・地域については、低税率国に超過収益を移転させていないか、BEPS(税源浸食および所得移転)ならびに過度な租税回避行為を防止する観点において、ステークホルダーから指摘を受ける可能性が想定されます。

 

当期が損失であり、累計においても損失が継続している国・地域

図表3 当期が損失であり、累計においても損失が継続している国・地域2

図表3 当期が損失であり、累計においても損失が継続している国・地域

損失が継続している国・地域について、移転価格上のリスクがないか検証し、そのリスクに応じて、移転価格文書化、事前確認(APA: Advance Pricing Agreement)、国際コンプライアンス保証プログラム(ICAP: International Compliance Assurance Programme)等の移転価格税制上の対応の必要性について検討する必要があります。

税務上の欠損金の有無およびその使用の状況、ならびに繰延税金資産の回収可能性について確認する必要があります。

当該国における業績回復に向けたビジネスプラン、事業継続および構造改革に関する判断、ならびにビジネスプランおよび構造改革の実行に関するモニタリングなど、税務以外の観点からの説明が求められることが想定されます。

買収した対象会社の統括会社が所在する国・地域で損失が継続する場合、買収計画やステークホルダーに説明していた内容との整合性を図る必要があります。

マーシャル諸島、英領ヴァージン諸島等の軽課税国において損失が発生している事実は、グループ全体の課税ポジションの観点では実効税率を悪化させることから、株主から説明と実効税率の改善を求められる可能性があります。

イスラエルについては、経済安全保障の観点からも、企業グループのスタンスに関する説明が求められると考えられます。

EUブラックリスト国・地域

図表4 収益率10%以上を稼得し、実効税率15%未満の低税率の国・地域

図表4 収益率10%以上を稼得し、実効税率15%未満の低税率の国・地域

ブラックリストの国・地域は、EUとの情報交換が不充分との観点からのブラックリストに選定されていることから、事業の実体性と、その実体に沿った適切な納税を実施していることについて、透明性のある説明をすることが重要と考えられます。

経済安全保障の観点からは、企業グループの方針として表明した内容と平仄があっているか、例えば撤退を表明した年度内に処分できずに、翌年度も事業が継続し、資産を保有していると受け止められるリスクはないか、処分の進展およびCbCRにおける指標について、継続してモニタリングすることが重要になります。

また、一部のステークホルダーは納税を国・地域の公的機関への企業の貢献と捉えているため、経済安全保障の観点からは、一部の国・地域への納税による貢献の是非について、レピュテーションリスクを受ける可能性があります。

本CbCRは2021年度のため直接の影響はありませんが、ロシア・ウクライナ情勢に関する企業グループの方針と、ロシアに関するCbCRの指標(収入金額、税引前利益、納税額、従業員数、有形資産等)について、開示における整合性のある説明や想定問答集の具備が求められると考えられます。

 

CbCR開示に際して、日本企業に求められる対応

日本企業におけるCbCR開示の担当部署は税務部門であることから、事業部門等にこのような開示内容が情報共有されておらず、企業価値を大きく毀損する恐れのあるリスクが全社的に共有されていないガバナンス上の課題があげられます。

日本企業の場合、事業部門ごとに海外子会社を設立して、事業部門別のセグメント管理はされているのですが、海外子会社を所在地別に横断的に集約して、複数の子会社で構成される国別の管理は実施されていない状況にあります。

欧米企業は、日本企業と異なり、海外子会社は国別には複数存在しない場合が多く、国別に容易に管理できる状況にあります。

そのため、欧米企業はCbCRで開示される国別の損益および実効税率管理は、経営上の課題として早急に対応されることになるのですが、日本企業はCbCRで開示される国別の損益および実効税率管理は、事業部門別セグメント管理の中では国別に横断的に検討するには至らず、経営上の課題として認識されていない状況にあります。

外国人投資家から見た企業価値の評価において、日本企業の国別の損益および実効税率の管理とガバナンスの欠如は致命的であり、CbCRの開示を通じてステークホルダーから国別の損益および実効税率管理という経営上の基本課題への対応不備を指摘されることは、日本企業の企業価値が毀損する経営上の課題につながりかねません。

日本企業においても、CbCRの開示は経営上の非財務開示に関する課題と認識し、ステークホルダーからの税務を超えた質問にプロアクティブに応えるために、国別の損益および実効税率管理を策定し、コンテクスト(文脈)に基づいた一定のストーリーのある補足説明や想定問答集などを準備することが推奨されます。

巻末注

  1. 収入金額1,000万米ドル未満、かつ税引前当期利益(損失)の額100万米ドル未満の国・地域については、重要性の観点から検出事項から除いていますが、CbCRの開示に際しては、閾値基準により開示の対象外とするルールはないことにご留意ください。
  2. 収入金額1,000万米ドル未満、かつ税引前当期利益(損失)の額100万米ドル未満の国・地域については、重要性の観点から検出事項から除いていますが、CbCRの開示に際しては、閾値基準により開示の対象外とするルールはないことにご留意ください。

【執筆者】

EY税理士法人

パートナー 味田 貴志
ディレクター 大堀 秀樹



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    サマリー 

    仮想日本企業グループの影響度分析において検出された事例を参考に、貴社グループのCbCRにあてはめて同様の事象が検出されないかを分析し、CbCRの開示に際してステークホルダーからの質問にプロアクティブに説明責任を持って応じるために、事前にコンテクストに基づいた補足説明や想定問答集などを準備することが重要となります。


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