自宅の庭でAIとリモートワークするアジア人女性

生成AIは税務部門の課題解決にどのように役立つのか


生成AIは業務を自動化し、情報を要約し知見を提供することができますが、その技術の最適化を図るには、依然として人の関与が必要です。


要点

  • 生成AIは、さまざまな文脈の中で言葉がどのように使用されているかを学習し、税務チームが所有する大量の非構造化データの解読を進める。
  • 生成AIはデータを使用して情報の要約、新しい知見の創出、推奨されるアクションの提案を行う。
  • このソリューションは、税務・財務プロセスの定型業務の自動化および税務部門の役割の高度化を進めることに活用ができる。



EY Japanの視点

生成AIは、その圧倒的な文脈依存の判断能力によって従来のAI・機械学習とは一線を画しています。従来、税務調整作業や社内で無数に交わされる税務相談への対応などは多くの企業が自動化を進めてきた領域ですが、大規模言語モデルを活用した生成AIは、税務機能の変革をさらに数歩、大きく前進させる可能性を秘めています。

例えば、企業レベルの税務戦略の策定について、生成AIの導入は新たな可能性を投げ掛けているのではないでしょうか。これまで税務担当者の不足などから日系企業では取り組みが遅れていた業務領域ですが、生成AIが戦略策定のサポートをすることにより、総工数の大幅削減が可能でしょう。そのためには、生成AIに利用させるデータの集約や更新、データ管理体制が重要となります。

北米での調査では、生成AIの活用によりホワイトカラー業務の生産性に大きな差異が生じることが明らかにされています。このことからも、生成AIが一時的なツールを超えて、知識産業を中心に変革の一端を担い得ることが見て取れます。今後、CEOは生成AIとその利用に向けた投資を企業変革の鍵となる積極的な投資対象と捉えるべきです。


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税務部門では、多方面にわたる多くの課題への対応を迫られています。最新の 「EYタックス・アンド・ファイナンス・オペレート(TFO)調査」 によると、税務・財務チームはデータ収集やデータクレンジング、納税申告関連のコンプライアンス対応、税務調整などの定型業務に、依然として4分の3近く(72%)の業務時間を割いていることが明らかになりました。

また、規制強化、複雑性の増大、リアルタイムの報告に対応しながら、予算縮小の圧力や「より少ないリソースでより多くを実現する」という全般的なニーズとのバランスを図る必要もあります。TFO調査 によると、税務部門責任者の91%が今後2年の間に平均で4.4%の人員を凍結または縮小することを計画しています。しかし、新規採用が必要になれば、スキルギャップが拡大する状況下で採用活動を進めなければなりません。

このような状況の中で、税務部門は企業内のあらゆる部門の戦略的パートナーとしての存在感を増していますが、この変化に対応するには、税務プロフェッショナルを定型業務から解放し、価値ある仕事に集中できるようにする必要があります。最新の調査によると、ほとんど(96%)の企業が税務および財務の予算を、税務コンプライアンスのような定型的な活動から、立法・企画・論争などの戦略的活動に再配分しています。

生成AIは、税務プロフェッショナルの定型業務からの解放を支援します。現在、税務プロフェッショナルと協働する生成AI税務アシスタントの設計と試験運用が進められ、定型的なコンプライアンス業務の自動・加速化と、組織のサイロ化により埋もれている大量の構造化・非構造化データの掘り起こしが進んでいます。 


生成AIとは何か

簡単に言うと、生成AIは人工知能(AI)アルゴリズムのカテゴリーの1つで、学習データに基づいてテキスト、画像、動画、音声、コンピューターコード、合成データなどの新しいコンテンツを生成するものを言います。

生成AIは、適切な学習データに基づけば、問い合わせに対して人間のような回答を生成できます。2022年に、質問に答えるだけでなく記事やSNS投稿、コンピューターコード、電子メールなどの自然言語コンテンツも作成できる生成AIチャットボットが公表されてから、生成AIは広く普及しました。

一般消費者向けの生成AIプラットフォームは、インターネット上の情報を学習していますが、企業はERPシステム内に保存されている情報などの社内データを分析させることで大きな価値が生み出せることの重要性に着目しています。

従来の人工知能(AI)とは異なり、生成AIは膨大な量の非構造化データ(レポート、メール、補足書類、請求書、領収書など)を取り込んで分析し、それを構造化データと組み合わせることで、税務チームにより幅広い豊かな知見と分析を提供することができます。企業では、生成AIを利用して以下を実現し、価値を創出しています。

  • データの自動的な収集・クレンジング・操作など、定型業務を簡素化・自動化。
  • 大量の情報の要約、大規模な文書やデータセットにおける最重要情報の特定と抽出を実現。
  • 異なる事業分野にわたる収益の前年度との比較がより容易に。
  • 新しいコンテンツや知見を創出。これにより精錬された情報がメモ、レポートおよび発注書や収益性分析などの補足書類の作成に使用される。
  • 最適な策の提案。生成AIは、これらの豊富な情報に基づいて次に何をすべきかを提案する。

生成AI活用の取り組みは、税務部門に限られた話ではありません。人事部門では人材獲得に生成AIを活用して、スキル・ファーストな組織の構築を目指しており、財務チームでも、データ分析の自動化、レポート作成の迅速化と正確性の向上を含む幅広い業務で、生成AIを使用しています。


生成AIは、実際にはどのように活用されているのか


Microsoft社のVP Transformation を務めるLyn Bird氏は、生成AIが英語という言語を地球上で最も強力なプログラミング言語に変えたと言ってもいいと表現しています。適切な生成AIツールさえあれば、税務プロフェッショナルが自身で企業データを調べ、操作することができるのです。


Bird氏は「例えば、税務チームは近い将来、日常的な簡単な言葉を使いAIボットに対して、問題のある請求書を検索し、見つけて警告するよう依頼できるようになり、警告があった時点から人が引き継ぎ、状況を確認することができるようになります」と言います。


EY Global Strategy and Transactionsの最高技術責任者(CTO)であるKen Priyadarshiは、高度な生成AIボットは「ファジー理論」を用いて、請求書内のデータが正しくても、下流で問題を起こす可能性がある請求書を見つけることが既に可能だと言います。


大手ソフトウエア企業では、生成AIをExcelやPowerPointなどの既存デスクトップツールに埋め込み、税務プロフェッショナルがチャットウィンドウでスプレッドシートに関する問い合わせをし、改善ができるようにしています。ローコード/ノーコード機能によって、税務プロフェッショナルが自身で独自の生成AIアルゴリズムを作成し、タスクを自動化し、知見を創出することもできます。


また、税務チームによく見られる問題を解消する専用の生成AIソリューションの開発も進められています。例えばEY Tax.Tech 2023では、EYが売上税に関するバーチャルアシスタントの試験運用を進めていることを発表しました。バーチャルアシスタントは税務チームと共に構造化・非構造化データを分析し、取引の税区分の分類に関するアドバイスとガイダンスを提供します。この試験使用では、既に監査サイクルを4年から1カ月に短縮することに成功しており、現在さらなる短縮を目指しています。


Tax.Tech 2023で取り上げられたもう1つのEYの試験運用が、何千ページもの製品データを解析して研究開発上の税制優遇の立証をする生成AIソリューションです。このソリューションでは、過去の税制優遇申請の成功例で用いられた単語のパターンを特定します。


税法分野もまた、生成AIにとって格好の活躍の場になり得ることは明らかです。EYでは、テンプレートの一連の質問への回答に基づいてM&Aの詳細なデューデリジェンスレポートを作成する生成AIソリューションを開発しています。


人のポテンシャルを増強する

Bird氏は、生成AIのポテンシャルは大きくとも、生成AIの成功の中心は人であり続けるだろうと言います。どのようなシナリオにおいても、人と機械が別個に取り組むより、互いに連携した方がはるかに大きな成果が得られると主張します。

Bird氏は次のように述べています。「生成AIへのアプローチにおいて、『人を中心に据える』という意識を持つべきです。特に人の技術的なノウハウと深い知識を持つ税務部門では、人と機械のコンビネーションはとても強力です。その中心に倫理的でコンプライアンスを重視する、人を据えることで、生成AIが行う作業の特定ポイントで、その進行を確認することができます」

生成AIへのアプローチにおいて「人を中心に据える」という意識を持つべきです。

このような人と機械の関係は、既に日常生活の中に多く見られるとBird氏は言います。例えば、運転する際に、何の疑問も持たず、確認をすることもなく、カーナビの指示に従うドライバーはほとんどいません。生成AIチャットボットを使用したことがある人は、明瞭なプロンプトを入力し、コマンドを繰り返し改良し、回答を徐々に改善させていく工程にも慣れているでしょう。Bird氏は、生成AIが税務分野に組み込まれつつある今こそ、人を中心に据えたアプローチを強化していくべきであると強調しました。 
 

税務プロフェッショナルのエンパワーメントとスキルギャップへの対応

生成AIは税務実務者の代わりになるものではなく、実務者の力となってその価値を高めるものとして、実務者のスキルと専門知識を可能な限り最も効果的な方法で活用できるよう支援します。

EY Global Microsoft Alliance Leader for TaxであるSuzi Russell-Gilfordは、生成AIが自動化できるプロセスを特定することで、税務チームの効率性と生産性を向上させることができると述べます。また、税務実務者のパソコン上のバーチャルアシスタントが、定期的に繰り返される作業を見つけては、その自動化を提案する未来が近く実現すると思い描いています。自動化の対象として考えられるのは、ERPデータの特定、抽出、クレンジングなどです。

Russell-Gilfordは、生成AIが税務チームのリソース配分向上と全体的なリスク低減にも役立つと考えています。「税務部門は膨大な量のデータを整理・処理する必要があるため、通常の取引とハイリスクな活動をすぐに判別することができません。より高度な技術がなければ、大量にある日常的な問題の対処にかなりの時間が取られてしまうため、提出期限が迫ったレビューの後半で出現する異常な取引に、十分な時間を割くことができないのです」

適切な生成AIソリューションがあれば、低リスクの問題は自動的に処理され、ハイリスク取引に対しては初期チェックを行うことが可能です。その後、プロフェッショナルである人がAIに指示と修正を行い、必要に応じてさらに対処することができます。Russell-Gilfordは次のように述べています。「税務実務者がリスクレベルを事前に評価し、ケース・バイ・ケースで適切なリソースを配分できるような知見を創出することが重要です」

税務実務者がリスクレベルを事前に評価し、ケース・バイ・ケースで適切なリソースを配分できるような知見を創出することが重要です。

テクノロジーの民主化と知識所有に対するディスラプション

従来、経営知識は企業トップからから下へと伝わっていくものでしたが、下位の職階でも経営幹部より卓越した知見と豊富なデータに基づいた提案にアクセスできる日は近いでしょう。

生成AIは、誰でも基礎データへアクセスできるようにし、税務部門だけでなく、グローバル経済全体にわたって、企業データへの直接アクセス、データの民主化を可能にします。また、ローコードおよびノーコード技術は、税務プロフェッショナルを、従来のIT部門の支援を得ずに、自らデータ課題を解決できるシチズンデベロッパーへと変えることができます。

生成AIのチャット機能は、税務チームにまったく新しい、刺激的なデータ活用法を生み出し、革新的で今まで想像もできなかったような役割、製品、バリューストリームを創出するでしょう。ソースの段階からデータを精査し、結果予測ができる機能は、スプレッドシートの使用方法をも大きく変えると考えられます。税務部門責任者は、このような変化に対して戸惑っているわけではなく、意欲的であり、草の根イノベーションの新時代を活用していく用意ができていると、Russell-Gilfordは聞いています。 

ただし、企業のあらゆる職階の税務実務者がその技術を習得する必要があります。生成AIに期待できるメリットは、ユーザーがAIとの対話方法を学んで初めて実現できます。例えば、プロンプトエンジニアリングは基本的なスキルとして要求されるでしょう。 


CFOの基礎データの管理人となる税務部門


生成AIには、データの民主化を実現して税務部門を強化する一面もありますが、税務部門に最高財務責任者(CFO)の基礎データの管理人としての役割を与え、部門全体の位置付けを引き上げる可能性もあります。


税務部門は日常的に膨大な量の取引データを収集しますが、法的な監査要件を満たすために、これを長年にわたり保持する義務があります。この点に着目した技術者により、現在、この情報をビジネス全般における生成AIで活用する動きが活発に進められています。最終的には、各部門のデータレイクを、環境・社会・ガバナンス(ESG)に関する年次報告、税源浸食と利益移転(BEPS)コンプライアンス、サプライチェーン分析、CFOインサイトなどのさまざまな要件に対応できる、1つの一元化されたデータファブリックに変換することが到達点です。


Russell-Gilfordは次のように述べています。「最近まで、税務部門にはこの大量のデータを複数の事業部門に活用する技術も、その可能性に対する認識もありませんでした。税務実務者はサイロ化された組織の中で、手元にこれだけのデータがありながら、それを生かす方法を誰にも知らない状況に、いら立ちを感じていました。生成AIは、今そのすべてを変えようとしています」


生成AIによって、どれほどのディスラプションが起こるのかはまだ分かりません。Priyadarshiは、税務チームと業界アナリストの期待の間には驚くほどの乖離があると指摘します。TFO回答者の85%が、今後3年の間にAIが税務業界に大きな影響を与えることはないと回答する一方で、IT調査コンサルティング会社のGartner社では、2025年までに財務職の40%以上が新しい任務を担う、または大きく変わるような「自律型財務金融」の時代がすぐそこまで迫っていると予測しています。


Priyadarshiは、現実的には、この二極中間のどこかに落ち着くだろうとみています。それは、税務プロフェッショナルである人を明確に中心に据えた上で、ボット・チームによるデータのカスタマイズと管理、知見の創出と推奨の提供に基づく、新しい業務モデルとなるでしょう。 


サマリー

生成AIは、税務部門がデータ処理に関連して直面する課題の多くを軽減する可能性を秘めています。

税務部門での生成AIの活用を奨励する税務部門責任者は、煩雑な業務や予算・人員に対する圧力への対応において有利な立場に立てるだけでなく、税務部門をトランスフォーメーションと戦略的知見を担う存在に昇格させる機会をも得ることができます。

生成AIによって、人員が削減されるのではなく、むしろ税務部門内における税務プロフェッショナルの能力を増強し、新たにAIによって強化された役割を生み出し、税務実務者がより早く正確に成果を出すことにつながります。 


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