田岡が呼びかけたアクションのうち、物流ネットワーク最適化に取り組んでいる企業の1つが株式会社山善です。同社で社会課題解決型の物流の実現に取り組んでいる営業本部 物流企画部長の秋山知彦氏が「山善が目指す物流CROSSINGとは」と題して講演を行いました。
「人づくりの経営」を掲げ、創業者の波瀾万丈の人生がテレビドラマのモデルにもなっている山善ですが、どんな起業家かを一言で言い表すのは難しいかもしれません。日本のもの作りを支える町工場・工場向けの工作機械やドリル、産業機器、機械工具といった「生産財」と、家電量販店やECサイトでも購入できる家庭機器、さらにキッチン、バス、トイレといった住宅設備機器などの「消費財」、両方を取り扱う専門商社だからです。
このダブルウイング経営は、経営のリスク分散という面では大きな強みとなり、5,200億円を超える売り上げを支えています。しかし、物流の最適化に関してはチャレンジとなりました。生産財と消費財では、まったく質・量の異なる物流網が求められたからです。
山善は現在、顧客密着戦略、トランスフォーム戦略、デジタル融合戦略、人材マネジメント戦略の4つを柱とする中期経営計画「CROSSING YAMAZEN 2024」を掲げて成長を目指しています。さらに「世界のものづくりと豊かなくらしをリードする」という2030年ビジョンを立て、新たな価値作りに取り組んでいます。
このうち、トランスフォーム戦略において重要な役割を果たすのが物流体制です。「今後の大きな成長を支えるために必要不可欠なものであり、物流体制の強化が必要と認識しています」と秋山氏は述べました。
こうした意識の下、国内の主要12カ所の物流拠点において順次統合物流管理システムを導入し、共通の倉庫管理システムを稼働させながら物流の効率化と最適化を図っています。また、2023年1月には東日本エリアにおける最重要拠点「ロジス新東京」の本格稼働を開始し、同年5月には「新ロジス大阪」を新設する方針を発表。2025年1月からの本格稼働を目指しています。
こうした歩みを見ると非常に先進的な取り組みに思えますが、秋山氏は、「むしろ山善は物流後進企業だと考えています」と述べ、これまでの歩みについて説明しました。
山善の物流に関する取り組みが転換点を迎えたのは、商品管理部から独立する形で、消費財の流通を担うヤマゼンロジスティクス株式会社が設立された1993年にさかのぼります。その後、ロジス中部に始まり、順次ロジス関東、ロジス関西といった拠点の稼働を開始し、外部委託を進めていったそうです。その後、生産財についても物流の外部委託が始まり、多くの倉庫が別々の会社に委託されていく状態が続いていました。
「業務の効率化と物流波動への人的対応がスムーズにいくといったメリットがありましたが、半面、物流システムがバラバラとなり、事業部間、倉庫間で一貫性を欠く結果になりました。また、会社の中に物流のノウハウがたまらない結果にもつながりました」(秋山氏)
こうした状況を踏まえ、また、1つ前の中期経営計画「CROSSING YAMAZEN 2021」で打ち出した連結売上高6,000億円という目標を達成するには「物流体制の再構築」が必要だと捉えました。そして経営企画本部内に「物流部」を発足させ、「物流グランドデザイン」を立案。統合物流管理システムの構築、最適な拠点配置の設計、輸配送ネットワークの設計、自動化・省人化の推進などに取り組んでいきました。なお、現在実行中のCROSSING YAMAZEN 2024では、環境問題や2024年問題、自然災害の増加といった外的要因についても掘り下げ、取り組み始めています。
この物流グランドデザインで掲げた物流拠点の再構築に当たって論点となったのは、「倉庫を集約するのか、分散するのか、それとも現状維持か」という問題でした。
前述の通りダブルウイング経営を進める山善の場合、生産財ではオーダーに合わせて当日納品に対応するため、15分間隔でまとめ配送を行う一方、システムキッチンやシステムバスといった大型納品が多い住建ではツーマン配送が必要です。かたや家庭機器では全国各地への大量の宅配対応が必要になる、といった具合に、各事業部の商材、商売特性に合わせた配送や作業フローが構築されており、基幹システムもそれに合わせた仕組みとなっていました。さらに、前述のさまざまな外的要因に対応するため、最適な物流拠点の配置をどうすべきか検討し、「住建の配送拠点を他事業部にクロッシングする」という選択肢を取ることに決定しました。
山善の住建事業部は全国に約90カ所近くの物流拠点(デポ)を展開しています。このリソースを家庭機器や生産財の配送拠点としても相互利用することで、まとめ配送を行ってCO2排出量を削減し、運賃の削減にもつなげられるといった効果が期待できたのです。
ただ、事業部横断で入荷・出荷対応を行うには、統合物流システムという「道具」が不可欠となります。こうした判断から統合物流システムを開発し、まさに今、全国各地の倉庫に順次導入を進めている段階です。
配送拠点のクロッシングを実行するに当たり、山善では、システム統合によって機能別の物流体制がどのように実現できるか、仮説を立てて検討を試みました。ですが、その仮説が正しいかどうかを検証するには、取引データやさまざまな要因を分析し、整理する必要があります。
そこで頼ったのがEYストラテジー・アンド・コンサルティングでした。「事業部単位で最適なネットワークを実現しつつ、相乗り可能な範囲でクロッシングさせる」「各事業部のネットワークのいいところ取りをして山善全体での最適化を目指す」という2つの基本方針に沿って、シミュレーターを用い、さまざまな条件をインプットして最適な拠点配置はどうあるべきかの分析を依頼しました。
分析に当たっては、事業部間でデータの精度が異なる点や、特に家庭機器事業部についてはあまりにデータ量が膨大であるといった苦労もあったそうです。しかし丁寧に分析を進めた結果「生産財では、現有ロジスのほか全国6カ所にデポを設置し、住建や家庭機器でも相乗りする」といった最適なシミュレーション結果を得ることができました。
次のチャレンジとして、2030年ビジョンに基づいて物流ネットワークのモデリングを行い、CO2の排出量をどれだけ削減できるかも試算しました。長距離輸送の是正などにより、計画に沿って売り上げが大きく増えたとしても、CO2排出量は現在と同等程度に抑えられるとの試算結果が得られています。
山善は今後も「物流戦略2030年ビジョン」に沿って、事業部間のクロッシングに始まり、ヤマゼンロジスティクスのプロフィット化、さらに特定業界向け共同輸配送のスキーム確立などに取り組んでいく計画です。「今は社内での事業部間クロッシングですが、取引先とのクロッシング、最終的には社会とのクロッシングを実現することで、『ともに、未来を切拓く』というわれわれのパーパスを実現できるのではないかと考えています」(秋山氏)