EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
半導体は現代社会の基盤技術であり、スマートフォン、コンピューター、自動車、医療機器など、あらゆる先進的な製品に不可欠です。この小さなコンポーネントは、情報時代の進展を牽引し、経済成長とイノベーションの加速に寄与しています。しかし、コロナ禍や地政学的緊張の高まりは、半導体サプライチェーンの脆弱性を露呈しました。供給の遅延は、自動車産業からコンシューマーエレクトロニクスまで、幅広い領域に影響を及ぼし、経済的な混乱を引き起こしました。最近、半導体不足が緩和され、自動車産業の納期が徐々に短くなっている動きが確認されています。これがサプライチェーン(SCM)の改善によるものなのか、それとも市場の需給バランスが調整局面に入った結果なのか、注意深く見守る必要があります。もしSCMの改善が影響しているのであれば、それは業界が直面する課題に対処し始めている良い兆候かもしれません。
このように、市場が絶えず変わる今、企業が成長し続けて競争に強いままでいるためには、半導体の供給網を見直すことがとても大切です。半導体は、スマートフォンから自動車、医療機器まで、あらゆる最新技術に使われる心臓部のようなものです。だからこそ、スムーズで信頼できる半導体の供給網を築くことが、企業が市場で成功するための鍵となります。われわれの生活の安全を確保する点で、これらのシステムが確実に機能することが不可欠であり、そのためには確実な半導体サプライチェーンの確立が求められます。近年、特定の国や地域に半導体生産が集中していることが、供給網のリスクとして認識されています。地政学的な緊張や自然災害が生産停止を引き起こす可能性があり、これが世界的な半導体の供給不足を招く可能性があります。そのため、サプライチェーンの多様化と国内生産能力の強化が、経済安全保障を高めるための鍵となります。
また、半導体技術の進歩は、企業の市場での競争力に大きな影響を及ぼします。最新の半導体を開発し生産できる企業は、新しい市場を切り開き、より高い付加価値を持つ経済活動を展開することができます。このため、研究開発への投資と技術者の育成は、企業の持続的な成長と成功に不可欠です。
さらに、サイバーセキュリティの観点からも、半導体サプライチェーンの重要性は増しています。セキュアなチップは、データの保護とプライバシーの確保に不可欠であり、国家のセキュリティに直結する問題です。そのため、信頼できるパートナーからの安定した供給が求められるのです。
このように、半導体サプライチェーンは、企業の安定と成長を支える基盤であるため、その強化と保護は半導体サプライチェーンの再定義において、中心的な焦点となっています。本稿では、半導体業界の現状を分析し、持続的な成長を支えるための実践的な方法を提案します。さらに、世界的な視野で、業界のリーダーや消費者にとっての価値を明らかにし、半導体が将来にわたって社会の進歩に欠かせない要素であり続けるための方向性を示します。
これらの脆弱性は、経済安全保障に直接的な影響を及ぼす可能性があります。
まず、半導体製造には高度な技術と専門知識が必要であり、その生産設備は巨額の投資を要します。このため、生産拠点は限られた数の国に集中しており、特に台湾、韓国、中国が世界市場の大部分を占めています。この地理的集中は、自然災害、政治的緊張、貿易摩擦などのリスクに対してサプライチェーンを脆弱にしています。
例えば、台湾が最先端の半導体生産の大部分を担っているため、台湾海峡の地政学的緊張は世界的な供給不安を引き起こす可能性があります。また、コロナ禍のようなグローバルな危機は、供給網の中断を招き、自動車産業やエレクトロニクス産業など、多くのセクターに深刻な影響を与えました。
現在の半導体サプライチェーンの主要な脆弱性について、東京理科大大学院経営学研究科技術経営専攻 教授 若林 秀樹氏は、地政学リスクについて下記のように述べられています。「40-50年ほど前の垂直統合モデル時代には、比較的日本国内に閉じていたが、現在はロジック半導体を中心に水平分業モデルになっており、特に台湾に大きく依存しているほか、中国、フィリピン、インドネシアなどの国々との関わりも強くなっている。その結果、製造プロセスが複雑化し、昔はタクトタイムが1カ月半~2カ月程度だったのが、現在は半年程度に延びている。プロセスが複雑化している具体例として、TSMCの最先端商品は、1,000工程近くあり、マスク枚数もどんどん増えている。国内で製造されるパワー半導体は、裏面研磨という工程が必要で、工場から裏面研磨を行う場所に半導体を送り、研磨が終わったら再び工場に戻すというプロセスがあります。この工程は国内だけでなく、海外でも行われることもある」。
このように、半導体の製造プロセスは、原材料の確保から最終製品の組み立てに至るまで、多数の国々をまたぐ複数のステップを含んでいます。このプロセスの各段階で発生する問題は、最終製品の供給遅延や品質の低下につながります。
SEMI Japan代表 浜島 雅彦氏によると「コロナ禍や米中対立を経て、半導体が経済安全保障上の重要なアイテムになるまでは、設計は米国、ファウンドリがTSMCに代表される台湾、製造装置は日本と米国とオランダ、部材やパーツは日本、人材輩出はシリコンバレーといったように、もともと半導体のサプライチェーンがグローバルで役割分担が明確な状態で成長してきた。半導体の材料が取れる場所が限られており、能力がある人や製造装置の製造能力もどの国にもいるわけではなく、グローバルで技術の最先端を集めなければ最先端の半導体を製造することができない。経済安保・二極化によりグローバル化に逆行することで、課題が複数同時並行で出てくる」と述べられています。
さらに、半導体産業は急速な技術革新のサイクルに直面しており、企業は常に最新の技術を追い求めなければなりません。このため、研究開発への持続的な投資が必要であり、技術の陳腐化によるリスクも存在します。
図表1のデータは、EYが2024年4月に全世界の70名のCEOに対して行ったサーベイのデータになります。日本のTMT(テクノロジー、メディア・エンターテインメント、テレコム)セクターのCEOが示す相対的に楽観的な見通しは、短期的な市場の安定に基づくものかもしれませんが、グローバルな視点から見ると、地政学的リスクの見通しは依然として高いままです。特に、半導体産業は、国際的な緊張関係や貿易摩擦、サプライチェーンの集中化による脆弱性など、多くの不確実性に直面しています。半導体サプライチェーン戦略の策定にあたっては、楽観的な見通しに依存するのではなく、リスクを緩和するための具体的な措置を講じることが重要です。
SEMI Japan代表 浜島 雅彦氏は「リスク対応により、シリコンサイクルが変わります。なぜなら、半導体産業は設備投資に非常に重きを置いている産業であり、その額も巨大です。また、他の産業に比べ歩留まりに関する考え方が違います、半導体工場の立ち上げ時の歩留まりは2-3割程度です。それをいかに9割程度まで持ち上げるかという部分で競争がある。同じ装置・投資をしてもアウトプットがかなり異なります。新しい生産装置を導入するリスクは、リージョンで囲うことで倍加されるでしょう。世界全体で最適化されていたものを自リージョンで完結しないといけないとなると、そのサイクルにも影響があります」と述べられています。
半導体サプライチェーンの脆弱性に対処するためには、以下のような対応が考えられます。
(ア)米国:米国政府は、半導体製造の国内拠点を強化するため、半導体製造のインセンティブとして、数百億ドルの投資を行っています。また、IntelやTSMCなどの大手半導体企業も、米国内での生産拠点の拡大に取り組んでいます。
(イ) インド:インド政府は、半導体製造の国内拠点を強化するため、外国企業へのインセンティブや税制優遇などの施策を講じています。また、インド国内においても、半導体製造に関する研究開発が活発化しています。東京理科大大学院経営学研究科技術経営専攻 教授 若林 秀樹氏は、「インドに関しては、どの製造工程を移転するかが重要。Foxconnは既に中国からの移転を考え、インドに工場を建設している。人材面でも、インドが次の大きな生産拠点になるだろう。しかし、インドは電力網や道路網、物流網に現在は課題がある。また、インドに過度に依存すると、後工程や汎用チップのサプライチェーンが現在よりも長くなる可能性があり、インドから製品を輸送する際には空輸もリスクがあるが、船の場合はマラッカ海峡などを通過する必要が出てくる等、地政学リスクが増す可能性がある」と述べられています。
(ウ) 日本政府も国内での半導体生産体制を強化するために、2023年度の補正予算で約1兆9,800億円を盛り込みました。※
一般社団法人 日本電子デバイス産業協会 代表理事・会長 齋藤 昇三氏は「地政学的な観点から見ると、今の半導体サプライチェーンは国境をまたぎすぎている。国際的な依存性を低める方が今は良いのではないか。安全保障がしっかり確立されていれば、グローバル化は問題ない。例えば、アメリカで製品を作り、どんな状況でもその製品が確実に手に入るという保証があるなら良いが、現実にはその保証がないため、国際的な依存性を強めない方が良いと考えています」と述べられています。
データ分析、人工知能(AI)、機械学習を駆使したモデルは、市場の動向、政治的な発言、社会的な不安などの指標を分析し、将来の供給網の中断を予測するのに役立ちます。これにより、企業はリスクを回避するための戦略的な意思決定を行うことができ、サプライチェーンのレジリエンスを向上させることが可能です。
一般社団法人 日本電子デバイス産業協会 代表理事・会長 齋藤 昇三氏は「分散化したサプライチェーンを再びIDMが主導する形に戻すことは不可能だが、近づける解決策として、企業間の連携やコンソーシアムの形成、あるいは企業間の合併が考えられます。当然一社では解決できないため、経済産業省などが中心となって業界の再編が進んでいると認識しています。こうした取り組みが半導体サプライチェーン、半導体製品、半導体を使った製品など半導体を取り巻く環境の多様化の課題に対する有効的な手段であると考えています」と述べられています。
一般社団法人 日本電子デバイス産業協会 代表理事・会長 齋藤 昇三氏は半導体産業の技術革新について以下のように述べられています。
「技術革新には二つあります。一つ目はAI活用。現在AIが半導体工場で一番使われているのではないかと言うほどAIを活用している。半導体工場は複雑な技術が重なり合った工場で、前・後工程において毎日膨大なデータが生成されています。これらのデータを用いて、AIが最適なプロセスを導き出し、生産に反映させています。昔はウェハーをいかに早く出すかが最適化の目標でしたが、現在ではいかにアイドリングを減らして、最少のエネルギーで生産できるようAIにプロセスを組ませています。半導体工場は、例えばウェハーが入っていなくても装置を動かしておかなければならないなど、非常に無駄が多い。こうした無駄をいかに排除するかが重要で、人間が関与するのではなく、コンピューターで全て処理し、無駄を削減していく。例えば、ウェハーを運ぶ際には搬送ロボットに最短距離で運ぶように指示を出し、効率化を図っていく。デジタルツインを構築し、シミュレーションを行い、エネルギー効率の良い方法を見つけ出し、実行に移していく流れです。二点目は、AI活用により、ハードウェアにかかる負荷が増える中、プロセスを処理する半導体をどのように設計するかです。AI市場の広がりに対して、半導体業界がどのように追従、対応していくのか大きな課題」
これらの取り組みを通じて、半導体サプライチェーンの脆弱性を克服し、経済の堅牢性を高めることが大事です。挑戦を恐れず、常に進化を続けることが、半導体産業の持続的な革新と発展には不可欠です。技術の探求、人材の育成、リスクを受け入れる文化の醸成は、業界が長期的な成功を収めるための重要な要素です。この業界が今後も課題を乗り越え、繁栄を築くことに期待が寄せられています。
参照:
※ World Economic Forum「未来への飛躍を目指す、日本の半導体産業」、jp.weforum.org/agenda/2023/11/heno-wo-su-no/(2024年9月10日アクセス)
【共同執筆者】
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
テクノロジー/メディア・エンターテインメント/テレコムセクター
武市 吉央 ディレクター
菅 哲雄 シニアコンサルタント
関本 優乃 コンサルタント
半導体は現代社会の基盤技術であり、その供給網の脆弱性が経済的な問題を明らかにしています。地政学的な緊張が高まる中での供給リスクへの対策、生産拠点の分散、国内製造能力の向上が求められています。技術革新に対する持続的な投資と国際的な連携を通じて、経済の堅牢性を強化し、持続的な成長を推進することが重要です。