EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
本稿の執筆者
EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) ストラテジー・アンド・トランザクション(SaT)
インフラストラクチャー・アドバイザリー 公認会計士 竹内 稔
当法人にて会計監査業務に従事した後、2012年よりインフラストラクチャー・アドバイザリー業務に従事。主に、交通インフラを中心に関連公共セクター等の再編・経営統合支援業務、空港等のコンセッション導入支援、地域交通に関する経営・財務分析やスキーム構築など、多数の公共・民間向けアドバイザリーをリード。EYストラテジー・アンド・コンサルティング(株) ディレクター。
要点
人口減少の進展等の環境変化に加え、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)(以下、コロナ)の影響による需要の急速な減退を受け、地域交通が今、危機に瀕(ひん)しています。
コロナ禍におけるさまざまな臨時的な公的支援策による下支えの中でも、事業者の交通事業における「赤字」は年々拡大しています(<図1>参照)。
このような中、JR各社のローカル線区への対応、バス・タクシー事業者の運賃改訂申請、不採算路線に関する地域での協議といった動きが出てきています※1。では、こうした動きの根幹にある課題はどのようなものなのでしょうか。
これまで、日本の地域交通は、基本的に民間事業者による営利事業として運営されてきました。地域を支える交通は公共サービスの一環であるという考え方が根強く、公的主体が交通サービスを提供するにあたって民間事業者に運行を委託する仕組みが一般的である欧米に比べ、日本は歴史的に交通サービスを民間事業者が中心となって営利事業として展開し、市場競争の中でサービス水準を維持させる構造が前提となっています。
このような交通サービスを営利事業として展開する構造を可能にしてきたのが、交通事業者における内部補助の構造です(<図2>参照)。交通事業者は、不採算路線の赤字について、採算路線の黒字、高速バス、または貸切バス事業、および非交通事業の黒字などで支えてきましたが、この構造が年々崩れている状況です。また、これまでの公的主体による不採算路線に対する路線単位などの支援も、財政負担増加懸念から持続しない可能性があります。
このように、交通事業者単独では地域交通の維持が難しくなっている中、業界における人手不足が極めて深刻化しています。また、事業者は、事業維持のため、コロナ禍前からコスト削減・路線縮小などの取組みを続けてきましたが、その余地が限界に達するとともに、サービス水準の悪化を招き、それがさらなる利用者離れを招くという負のスパイラル構造に陥っています。
前述のような課題の中でも、地域交通は、医療・福祉や子育て・教育に必要なライフラインであり、また、それ自体にも交流のきっかけを創出するといった魅力・価値も存在しており、地域におけるQuality of Life(QOL)の向上に寄与する存在です。
また、交通は、人々の移動目的地における「本源的需要」にアクセスするための「手段」ですが、交通結節点の整備・ウォーカブル空間などの都市としての魅力や活力を向上させるまちづくりといった取組みは、交流人口を増加させ、本源的需要を拡大させることにつながるため、両者は密接不可分な関係にあります。
さらに、炭素排出量の削減によるカーボンニュートラルの実現がグローバルレベルでのトレンドとなっており、輸送効率を向上させることは地域全体のグリーントランスフォーメーション(GX)につながるため、地域交通に求められる役割は日々大きくなっています。
このように地域交通は、まちづくりや地域活性化と直結し、地域の「ウェルビーイング」を支えており、地域におけるさまざまな社会課題解決の基礎となる「基盤的社会インフラ」なのです。
前述のような重要性を持つ地域交通について、課題解決のためには、地域全体で事業構造の再構築を図っていく必要があります。
この点、国土交通省「アフターコロナに向けた地域交通の「リ・デザイン」有識者検討会」※2においては、「3つの共創」「交通DX」「交通GX」の取組みを推進することで、地域交通を持続可能な形に再構築(リ・デザイン)することが提言されています。
この提言からも分かる通り、地域交通の事業再構築のためには「需要サイド」としての多様な分野での地域ビジネスの拡大と「供給サイド」としての官民双方の構造変革が、課題解決の両輪であり、双方の最適なバランスを地域で議論していくことが重要と考えます。
需要サイドの取組みとしては、交通事業者単独ではなく、自治体も含めた他分野との連携(「他分野を含めた共創」)により、まちづくりの観点から、地域におけるビジネスを面的に創出していくことが考えられます。医療・福祉、教育・子育て、買い物、観光、エネルギーなど、多様な分野と連携したプロジェクトの創出により、人と資金を新たに循環させることは、地域における需要を喚起し根付かせることにつながります。
また、地域特性に応じ、MaaS(Mobility as a Service)の実現や、自動運転・AIオンデマンドといったデジタル技術を活用した多様な交通モードを取り入れたまちづくりなど、利便性向上、新しいモビリティ導入を含むネットワーク強化の取組みも欠かせません。また、交通の魅力・価値を発信・提供していくことや、不安感なく地域交通を利用できるような普及啓発活動の取組みも必要です。
供給サイドの取組みとしては、交通事業の生産性向上による地域の交通事業者の経営状況の改善を図っていくことが考えられます。デジタルトランスフォーメーション(DX)の推進、男性が多い運転手業務も含めて多様な人材が働きやすい環境作り、従業員教育への投資によるサービス品質向上など、交通事業において最重要経営資源である「人」の生産性を向上させる取組みは、待遇改善にもつながります。また、地域の状況に合わせ、共同経営、広域ネットワーク構築、経営統合などにより、規模の経済を追求することも考えられます(「交通事業者間の共創」)。
さらに、前述のような取組みに経営資源を割けない厳しい事業環境にある地域・事業者の存在や、民間企業のビジネスとしては不採算で成立し得ない地域交通の存在に対して、在るべき公的関与の検討と必要財源確保の視点から、公共サービスと商業サービスを再定義するとともに、取組みを主導する「司令塔機能」の在り方を含めた官民の役割分担の見直しが必要となります(「官と民の共創」)。事業者に対するセーフティーネットとしての公的支援と、事業構造の再構築に向けた公的支援とのバランスを取った政策が必要と考えます。
前述のような「共創」の取組みを進めるには、地域におけるビジョンの策定、多様な関係者を巻き込みリードしていく役割を担う人材、多様な関係者が議論できる場作り、議論の前提となるさまざまなデータの蓄積や活用および交通の価値の可視化・定量化といったさまざまなボトルネックが存在しています。これらを解決しながら、地域として「どのような交通をどのように活用して地域活性化に資するものとしていくか」を議論し、具体的取組みにつなげることが求められています。
※1 国土交通省ホームページ報道・発表資料、www.mlit.go.jp/tetudo/tetudo_tk6_000035.html(2022.1.31アクセス)
※2 www.mlit.go.jp/sogoseisaku/transport/sosei_transport_tk_000183.html(2023.1.31アクセス)
地域に欠かせない基盤インフラである地域交通の持続可能性が危ぶまれる中、地域に合わせた、まちづくりと一体となった「共創」の取組みによって地域交通を再構築し、地域活性化につなげていくことが求められています。
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