ストックオプション税制の令和6年度税制改正 ~スタートアップ・エコシステムの強化

ストックオプション税制の令和6年度税制改正 ~スタートアップ・エコシステムの強化


スタートアップ・エコシステムの一環で、税制適格ストックオプションの利便性の向上を目的として、令和5年度よりストックオプション税制改正が行われている中、令和6年度税制改正により、(i)権利行使限度額、(ii)株式の保管・管理等の契約、(iii)付与対象者の適格要件の緩和が図られました。

各改正の趣旨と内容は、(i)人材確保に資するため、権利行使限度額を引き上げる、(ii) M&A時の機動性向上のため、発行会社自身による行使後の株式の管理を創設する、(iii)スタートアップの成長に貢献する社外高度人材獲得のため、付与対象者を拡大するというものです。
なお、(i)と(ii)は、一定の場合には遡及適用も可能とされています。


要点

  • 年間の権利行使価額の限度額の引上げ
    スタートアップのステージごとの必要性を勘案し、特にレイター期の人材確保に資するため、行使価額の上限が最大3倍とされた。
  • 発行会社自身による株式管理スキームの創設
    出口戦略においてM&Aを選択する場合にも、適格性維持となるための利便性を図り、IPOとの中立性が図られた。
  • 社外高度人材に対するストックオプション税制
    中小企業等経営強化法に基づく事業計画認定制度の下、認定対象会社の緩和、社外高度人材の範囲・要件の緩和が図られた。


1. はじめに

スタートアップは、イノベーションを生み出す主体として日本経済の潜在成長率を高める重要な存在である一方、資金面や人材面で課題があり、この課題解決に対応すべく、スタートアップ・エコシステムの抜本的強化のための税制措置が講じられています。その一環で、税制適格ストックオプション(以下「SO」ともいう)の利便性の向上を目的として、適格要件の大幅な改正が昨年より始まっています。令和5年度税制改正では権利行使期間の緩和、令和5年の通達改正により権利行使価額の明確化が行われました。そして、令和6年度税制改正では、権利行使限度額、株式の保管・管理等の契約、付与対象者の適格要件の緩和が図られました。


2. 令和6年度税制改正の内容について

(1) 年間の権利行使価額の限度額の引上げ

① 令和6年度税制改正前

個人が、その年において複数の適格SOを行使、その行使価額の合計が1,200万円を超えることとなる場合には、その超えることとなる新株予約権の行使による株式の取得に係る経済的利益については、非課税措置の適用はありませんでした。

② 課題認識

  • スタートアップがユニコーン企業を目指して大きく成長するためには、レイター期から上場前後の企業価値が高くなった時期にさらなる成長に必要な優秀な人材を採用する必要があります。
  • 特にレイター期においては、年間1,200万円の権利行使限度額では、優秀な人材獲得が困難となっていました。

③ 対応策

  • 課題や措置の必要性がスタートアップのステージごとに異なるため、ステージごとのきめ細やかでメリハリの利いた対応を行うことが重要と考えられます。
  • レイター期の人材確保に資するよう、年間の権利行使価額の上限を、スタートアップが発行したものについて、最大で現行の3倍となる年間3,600万円への引上げを実施することになりました。

④ 令和6年度税制改正以後

  • 設立5年未満の株式会社: 上限2,400万円/年への引上げ
  • 設立5年以上20年未満の株式会社のうち、非上場又は上場後5年未満の上場企業: 上限3,600万円/年への引上げ

計算例

<計算例>

前提: 年間行使価額が2,400万円のSOの行使価額:合計600万円(第1回SO) ①
年間行使価額が3,600万円のSOの行使価額:合計1,800万円(第2回SO) ②
年間行使価額が1,200万円のSOの行使価額:合計400万円(第3回SO) ③
(付与決議日後2年を経過した日から10年を経過する日までの行使、設立5年未満の非上場会社では付与決議日後2~15年)

計算:①/2+②/3+③≦1,200万円
600万円/2+1,800万円/3+400万円
=300万円+600万円+400万円=1,300万円>1,200万円

結果:同じ年において、①→②→③の順に行使すると、③の回の行使は 非適格となります(下図をご参照)。ただし、実際には、非適格とならないよう限度額の範囲内で行使する個数を計算のうえ、行使することを検討する必要があります。

結果

⑤ 適用

  • 施行日(2024年4月1日)以後に付与された新株予約権から適用とされます。
  • 新法は、令和6年分以後の所得税について適用されます(令和5年分以前は従前の例によります)。
  • 施行日前に締結された付与契約で旧法下の要件を満たすものについても、施行日から令和6年12月31日までの間に新法下の要件を満たすように変更した場合には、新法下の要件が定められている付与契約とみなして、新法の適用を受けることができます。

(2) 発行会社自身による株式管理スキームの創設

① 令和6年度税制改正前

  • 付与会社と金融商品取引業者との間で締結される株式の保管委託等に関する契約に従い、行使により取得した株式の、振替口座への記載・記録又は保管の委託もしくは管理等信託がなされることが必要とされていました。
  • 振替口座等からの引出し等一定の事由があった場合、その時点で時価による譲渡があったとみなして、所得税等の課税が行われていました。

② 課題認識

  • 「出口」について、IPO偏重しており、事業規模が未拡大の段階でIPOが行われ、その後に成長が鈍化する傾向があります。
  • 非上場の段階で税制適格SOを行使し、株式に転換した場合において、株式保管委託要件を満たすには、金銭コスト・時間・手続負担がかかります。
  • 特にM&Aについては短期間での権利行使が必要となる場合もあり、スタートアップの円滑なM&AによるEXITを阻害しています。

③ 対応策

  • M&Aを促進することで、既存企業の経営資源を活用し、その後の「事業展開」でより力強い成長を実現することが期待されます。
  • この観点から、株式保管委託要件について、M&A時において機動的に対応できるよう、譲渡制限株式について、発行会社による株式の管理等がされる場合には、証券会社等による株式の保管委託に代えて、発行会社による株式の管理も可能とします。

④ 令和6年度税制改正以後

  • 発行会社自身による株式管理スキームでは、付与会社と付与を受けた者との間で締結される契約に従い、付与会社が証券会社同様の管理を行います。
  • この創設により、M&A・企業買収があった場合にも、SOが行使可能期間であれば適格性を維持しやすくなり、「出口」戦略でのIPOとの中立性が確保できます。

付与会社の管理に係る契約の要件

  • 管理に係る契約は、権利者等の各人別に締結されるものであること
  • 対象株式等につき帳簿を備え、権利者等の別に、取得その他の異動状況に関する事項を記載・記録することによって、当該対象株式等を当該対象株式等と同一銘柄の他の株式と区分して管理をすること、その他経済産業大臣が定める要件を満たす方法によって管理すること
  • 特定株式等の譲渡は、①金融商品取引業者等への売委託、又は②法人に対する譲渡(国内において、当該法人から特定株式等の譲渡の対価の支払を受ける場合における譲渡に限る)により行われること等
発行会社自身による株式管理スキームの創設 ースキーム図
出所: 2024年2月20日三菱UFJ信託銀行×FUNDINNO共催セミナー「経済産業省 現役担当官が語る!2024ストックオプション税制」配布資料P14を基にEY作成

⑤ 適用

  • 施行日(2024年4月1日)以後に付与された新株予約権から適用とされます。
  • 新法は、令和6年分以後の所得税について適用されます(令和5年分以前は従前の例による)。
  • 施行日前に締結された付与契約で旧法下の要件を満たすものについても、施行日から令和6年12月31日までの間に新法下の要件を満たすように変更した場合には、新法下の要件が定められている付与契約とみなして、新法の適用を受けることができます。

(3) 社外高度人材に対するストックオプション税制

① 概要

①概要
出所: 2024年2月20日三菱UFJ信託銀行×FUNDINNO共催セミナー「経済産業省 現役担当官が語る!2024ストックオプション税制」配布資料P11を基にEY作成
  • スタートアップが、国内外の高度専門人材を円滑に獲得できるよう、SO税制の適用対象者を従来の取締役・従業員から、スタートアップの成長に貢献する社外の高度人材(外部協力者)にまで拡大し、SOを利用した柔軟なインセンティブ付与を実現します。
  • 申請企業は、外部協力者を活用して行う事業計画を作成し、主務大臣が認定。認定計画に従って事業に従事する外部協力者へのSOの付与に関して、税制優遇措置を適用します。

② 改正前の制度と改正箇所

② 改正前の制度と改正箇所

出所: 経済産業省「ストックオプション税制に関する認定制度(社外高度人材活用新事業分野開拓計画)」 www.meti.go.jp/policy/newbusiness/stock_option/sogaiyou3.pdf(2024年4月8日アクセス)を基にEY作成

改正箇所

  • 認定対象企業:
    ・VC等から最初に出資を受ける時点において、資本金5億円未満・従業員数900人以下であることの要件撤廃
  • 社外高度人材の範囲:
    ・国家資格・博士・高度専門職の3年以上の実務経験要件廃止
    ・学校教育法による大学の教授・准教授の追加
    ・非上場会社の役員・1年以上実務経験保有の執行役員等の重要使用人の追加
    ・製品・役務開発従事者の要件改定
    ・開発従事者以外に販売・資金調達従事者の追加
  • 手続:
    ・計画認定に際して必要な申請書類の簡素化
    (様式第一「社外高度人材活用新事業分野開拓計画に係る認定申請書」の改定等)

*社外高度人材活用新事業分野開拓の目標欄から①市場のニーズ②市場の規模③競合する事業者、事業分野等との比較・相違点④需要の開拓の規模⑤事業として成り立つ蓋然(がいぜん)性(具体的な販売計画等)の項目が削除


3.  おわりに

ストックオプション税制に関する令和6年度税制改正の主要項目は上記の3項目となります。最後にそれぞれの留意点や特筆すべき点を述べておきたいと思います。

年間の権利行使価額の限度額の引上げについては、遡及適用ができる点、特筆すべきと考えます。過去に発行した税制適格SOであっても、2024年12月31日までに契約変更して新法下の要件を満たした場合には新法適用となります。契約変更すべきかどうかの判断を、付与者ごと、契約ごとに、早急に行う必要があります。

発行会社自身による株式管理スキームの創設についても、同様の遡及適用が可能ですので早急な検討が必要となります。出口戦略に制約を設けないためには、上場申請時に証券会社に保管委託するとしても、非上場会社のうちは発行会社自身により株式を管理するような体制を構築することになります。この場合、区分管理帳簿を作成し、改ざんできない形での管理が求められますが、それ以外にも管理している株式の譲渡時の時価の把握が必要である等の留意点があります。

社外高度人材に対するストックオプション税制について最も特筆すべき点は、スタートアップの成長に貢献する社外の高度人材として、先輩スタートアップ起業家や、自社より少し先のステージに行っているようなスタートアップの役員経験者が追加された点です。

いずれの場合にも、適格要件の確実な充足のため、専門家への相談を推奨致します。


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サマリー 

令和6年度税制改正により、(i)人材確保に資する目的で、権利行使限度額の引上げ、(ii) M&A時の機動性向上のため、発行会社自身による行使後の株式の管理の創設、(iii)スタートアップの成長に貢献する社外高度人材獲得のため、付与対象者の拡大の措置が図られました。(i)と(ii)は、一定の場合には遡及適用も可能とされています。
そのため、過去発行したSOも含めたところで、抜本的な見直しの要否についての早急な判断が必要となります。


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