決済テックの台頭がもたらす決済環境の再構築


決済テックによるディスラプション(創造的破壊)はとどまるところを知りません。「決済を超える価値」を提供する銀行や決済サービスプロバイダーのみが競争に打ち勝つことができるのです。


要点

  • 7つの要因が決済の進化を大きく変えている。
  • 決済テック企業はこの機会を捉え、消費者・加盟店間の取引方法や決済方法において革新を起こそうとしている。
  • 銀行や決済サービスプロバイダー(PSP)がその主要分野に投資をすれば、まだ、ディスラプターに追いつくチャンスがある。

従来の決済エコシステムのディスラプションは急速に進行し、多大な影響を及ぼしてきました。フィンテック企業はこの機会を捉え、自社の技術力と顧客中心主義を基盤に決済分野に進出しようとしています。

この混乱の最中、まったく新しい部類に属するデジタルプレーヤーが登場しました。決済テックです。決済テック企業はフィンテック企業の25%を占め、決済バリューチェーンや、決済ファシリテーター(PayFac)、PSP、新たな決済手段を提供するネットワーク、決済テクノロジーサプライヤーに焦点を定めています。

決済は商取引とデジタル経済の交点で行われ、その市場規模は240兆米ドルに上ります1。2兆1,700億米ドルを超える時価総額を有する決済テック企業は、迅速かつ円滑な組み込み型決済には際立った競争優位性があることを認識し、次々と市場に参入しています。デジタル経済が拡大し、シームレスな決済を求める顧客の要望が高まる中、決済テック企業は消費者と加盟店の双方に統合ソリューションを提供し、このような要望に応えています。

決済テックの普及が爆発的に進むにつれて、PSPは戦略の再考に向けて極めて重要な時を迎えているのです。

決済テック企業の時価総額は
を超え、今なお急速に増加を続けている。(単位:米ドル)

出典:CB Insights and EY analysis

EYのレポート"The rise of PayTech – Seven forces shaping the future of payments"は、PSPがオープンバンキング、リアルタイムペイメント、クロスボーダー決済、バイ・ナウ・ペイ・レーター(BNPL)、デジタルウォレットとスーパーアプリ、組み込み型決済、中央銀行デジタル通貨(CBDC)を含むデジタル通貨など、今日の決済の在り方に最も大きな影響を及ぼす分野に、決済テック企業はどれほどの水準のイノベーションをもたらしたかについて、評価に役立つことを目的としています。これら個々の要因の進行速度、規模、影響は市場ごとに異なるかもしれません。しかし、そのそれぞれが根本的な変化、そして機会を示しています。
 

そもそも決済については、即時性や円滑性が高まり、カスタマージャーニーへの融合が進んでいるため、その過程は目に入らなくなってきています。 決済テック企業は今後も変革を推進するでしょう。しかし、既存のPSPにも、顧客サービスの向上と次世代の決済サービス提供に向けて、セクターの将来の姿を構築する上で果たすべき重要な役割があります。


決済業界を再構築する7つの要因

決済業界を再構築する7つの要因

未来の決済はどのように進化していくのか

欧米における決済テックの進化について考察する過程において、以下のような注目すべき変化や留意すべき事項が明らかになりました。

  • コネクテッドコマースがデジタル経済を推進しています。新たな決済の仕組みにより、加盟店と消費者が最も効率的に、直接結びつくことが可能になり、決済はより迅速に、より安価に、より安全になっています。
  • 決済事業者の多くが取引だけではなく全体的な顧客体験に注力する中、「決済を超える価値」が、彼らの最優先事項となっています。決済前後の関連サービスの提供を通じて、決済事業者は「ワンストップショップ」に進化しつつあります。
  • 「pay by bank(銀行口座からの直接支払い)」やVRP(variable recurring payments、一定期間の支払限度額や回数などの事前承認に基づく複数の支払いの実施)などの新しい決済方法を採用する事業者の増加に伴い、オープンバンキングが真のゲームチェンジャーになるでしょう。
  • リアルタイム・ペイメント・レール(RTR、リアルタイム決済を可能にするデジタルインフラ)の導入により、オーバーレイサービス(RTRを利用する付加価値サービス)全体で大きなイノベーションが起こり、すべてのPSPが銀行口座間決済(A2A:account-to-account)を通じて、顧客により良いサービスを提供できるようになります。そして、それはオープンバンキングにより、さらに強化・加速されるでしょう。
  • eコマース、プラットフォーム、マーケットプレイスの台頭を背景に、組み込み型決済が拡大し、非金融サービスプロバイダーによる決済のカスタマージャーニーへの融合が進むように、さらに人の目に見えにくくなると予想されます。
  • 革新的な決済ファシリテーターであるPayFacs(アクワイアラの顧客が決済サービスを容易に利用できるよう、自社の決済プラットフォームを提供する事業者)の出現により、事業者、アクワイアリング銀行、カードネットワークの連携の在り方が根本的に変化しています。
  • 決済取引により生成される消費者や加盟店のデータを安全に保存、管理、活用できる新しい決済テックのエコシステムの発展を受け、革新的なデータ収益化の機会と独自の顧客サービスが出現しています。
  • 暗号通貨とデジタル通貨は、新たな決済方法として活用されるだけではなく、分散型台帳技術(DLT)、プログラマビリティ、スマートコントラクト、トークン化を通じて即時決済を可能にする新しいインフラを実現させるでしょう。
そもそも決済については、即時性や円滑性が高まり、カスタマージャーニーへの融合が進んでいるため、その過程は目に見えなくなっています。

決済の未来をもたらす7つの要因

オープンバンキング:金融エコシステムの転換点

オープンバンキングは、今までにない銀行口座決済方法を可能にし、決済のイノベーションのためのフレームワークを構築しました。オープンバンキングにより新たなペイメントレールが形成されるわけではありませんが、決済を開始するための新しいメカニズム(事実上のオープンペイメント)がもたらされます。アプリケーション・プログラミング・インターフェイス(API)を利用することで、単一の決済の開始が容易になり、さらに柔軟性も向上するため、VRPのための承認の取得なども可能になります。

オープンバンキングとAPIを共に活用することにより、断片的な銀行の決済ネットワークにより生じた障壁が取り除かれ、A2A決済が可能になり、効率的な「pay by bank」という選択肢が実現しました。これにより、容易に決済システムにアクセスし、購入時にA2Aを組み込むことができるようになります。その結果、顧客と加盟店の選択肢がはるかに増えました。

オープンバンキングは世界的に急成長を遂げており、ビジネスモデル、顧客エンゲージメント、サービス提供に対する銀行の取り組み方を根本から変えています。デジタル体験の重要性がさらに高まる中、オープンバンキングは、顧客へのサービス提供方法の革新を進め、より直感的なものにする機会を企業にもたらしています。

リアルタイムペイメント:付加価値サービスによりRTPを最大に活用する

リアルタイムペイメント(RTP)は最新の決済インフラを通じて、エンド・ツー・エンドで即時に資金を移動させます。RTPのインフラにより、決済環境は本質的に変化しました。しかし、RTPの真の価値が実現するのは、付加価値サービスが付随する場合に限られます。例えば、オーストラリアのNew Payments Platform(NPP)が始めた最初の付加価値サービスは、BPAYによるOskoです。このサービスでは、消費者は口座番号の代わりに電子メールアドレスや携帯電話番号などの別のIDを用いて、NPPで決済を実行することができます。このようなサービスがRTPネットワークの拡張や価値提案の実行に有効であることが明らかになっています。

RTRの導入をきっかけとして、オーバーレイサービス全体で大きなイノベーションが起こり、全PSPがA2Aを通じて顧客により良いサービスを提供できるようになります。そして、それは、オープンバンキングにより、さらに強化・加速されるでしょう。

金融機関、PSP、決済テック企業、フィンテック企業は、このような「オーバーレイサービス」を提供することで、新たな高い収益源を獲得するのみならず、決済インフラ自体の取引量を増大させることができるため、エコシステムの全当事者がメリットを得られます。

未来のクロスボーダー決済は、より速く、より安く、より効率的

ホールセールのクロスボーダー決済の速度は遅く、取引手数料が高い傾向があり、透明性についても国内決済とは大きな差があります。しかし、各国の規制当局がこれらの決済の基盤を近代化に向けて構築を進める中、決済テック企業はクロスボーダー決済のビジネスモデル(ホールセールとリテールの双方)と顧客体験の変革に向けて迅速に行動しています。

特に、決済事業者は例外なく、清算・決済プロセスを改善し変革するデジタル資産、暗号通貨、DLTテクノロジーの可能性を認識し始めています。

G20は、金融安定理事会(FSB)が、決済・市場インフラ委員会(CPMI)などの関係機関と連携して策定した、クロスボーダー決済強化に向けたロードマップを承認しました。このロードマップでは、CPMIが5つの重点分野にわたり特定した19の「building block(構成要素)」を対象として、一連の包括的なアクションが示されています。

当面はISO 20022への移行に焦点を定めることで、増強されたリッチなデータの導入が拡大し、データ送信の質の向上とクロスボーダー決済の改善が進むでしょう。

PSPは、新たなテクノロジーや規制の最新情報を把握することで、クロスボーダー決済に関して戦略的に提供するサービスを改善できます。

BNPLは、今後さらに持続可能に

バイ・ナウ・ペイ・レーター(BNPL)とは、迅速な与信判断と分割払いによる決済オプションを販売時点で提供する新しい決済方法です。小売業者や加盟店は、このオプションを通じて、顧客を引き寄せ、いわゆる「かご落ち」を減らし、売り上げ増加につなげることができます。そして消費者は、BNPLの利便性、コストの低さ、予測可能な支払いスケジュールなどのメリットが得られます。

BNPLは当初、安価な衣料品の購入に使用されていましたが、その後利用対象は拡大し、今では企業の購買の場面や義務的支払の場面でも利用されています(ヘルスケア、法律サービス、自動車修理など)。しかし、資本コストの上昇と規制当局の監視の強化を踏まえると、BNPLモデルが持続的な収益源になるには進化する必要があるでしょう。

銀行にとっては、BNPLは、融資の拡大と決済テック企業パートナーとの協力関係の深化につながる新たなチャネルを模索する機会となります。

デジタルウォレットとスーパーアプリ:多様な機能を備えたワンストップショップ

デジタルウォレットの利用により決済取引手数料が大きく低減させられるのと同時に、ユーザーはこれ1つで家計を管理することができます。スーパーアプリはこれをさらに一歩進め、ユーザーが手にするであろう財産、レジャー、生活に関するニーズの大半に応えることを目指しています。依然として決済カードネットワークが広く利用されている北米や欧州とは異なり、アジア太平洋地域(APAC)では、デジタルウォレットとスーパーアプリの普及が最も進んでいます。

しかしながら、APAC以外のデジタルウォレットプロバイダーは暗号資産ウォレット、非接触型決済方法などのオムニチャネルサービスの拡大を通じて、スーパーアプリ事業者への転換に努めています。総体的にみて、ユーザーの行動はデジタルウォレットの進化を促しています。また、デジタルウォレットの普及には、ロイヤルティプログラム、安全性、クローズドループ型からオープンループ型へのウォレットの転換などの、付加価値が組み込まれたサービスも関連しています。

金融機関は、決済テックを活用するデジタルウォレット戦略を策定し、既存のサービスに適用することで、顧客に提供する価値の増大につなげることができます。今後、銀行は、ユーザー層拡大のため、デジタルウォレットの導入をさらに進め、新たなサービスを提供していくとみられます。

組み込み型決済:未来の決済は人の目には見えない

企業が顧客に提供するエクスペリエンスのパーソナライズ化・円滑化に伴い、組み込み型決済は中核的な価値提案になりました。組み込み型決済は、非金融サービス企業(UberやShopifyなど)が法人顧客に決済機能を提供するビジネスモデルと親和性があります。

そのため、組み込み型決済はプラットフォームやマーケットプレイスを始めとするすべてのB2B2CモデルやB2B2Bモデルにおいて急速に普及しつつあり、その導入率の向上には、決済テック企業が引き続き大きな役割を果たしています。非金融サービスプロバイダーが決済をカスタマージャーニーに統合するに従い、組み込み型決済も拡大していき、さらに人の目に見えなくなると予想されます。

PSPには、加盟店のアクワイアリング事業を見直す一方で新しいビジネスモデルを模索する機会が訪れています。銀行には、大半の革新的決済事業者にはない資産があります。それらをeコマースエコシステムの加盟店や消費者が活用できるようにすることが極めて重要です。消費者と商取引が急速に変化する中、銀行はデータの活用を通じて、決済サービスから最大の価値が得られる個別の顧客層を特定し、各層に適合するソリューションを提供する必要があります。

デジタル通貨と貨幣の未来

デジタル通貨と中央銀行デジタル通貨(CBDC)への注目が高まり、業界初となるソリューションが出現したことで、これらは規制対象の代替手段を模索する決済事業者が取り組むべき最優先事項になっています。トークン化、プログラマビリティ、スマートコントラクトと、銀行が単一のプラットフォームに参加できるようにするためのネットワークの取り組み(オープンループ)が相まって、DLTのメリットのすべてが得られるようになります。デジタル通貨がもたらす究極のメリットとは、即時のアトミック決済、自動化・透明性・効率性の向上、ならびに「通貨のプログラマビリティ(自動処理の可能性)」を通じて新しいビジネスモデルが活用できるようになることです。
 

暗号資産とデジタル通貨は、新たな決済方法として活用されるだけではなく、DLT、プログラマビリティ、スマートコントラクト、トークン化を通じて即時決済を可能にする新しいインフラを実現させるでしょう。デジタル通貨を受け入れる銀行、加盟店、規制当局の増加に伴い、その普及が進むと予想されます。また、新しいユースケースの急速な拡大も見込まれます。


銀行は、デジタル通貨を組み込んだ商品やサービスの開発について、その価値を評価し、実現可能性を調査することもできます。


決済テック企業がもたらしたイノベーションのレベルを理解するに当たり、今は決済業界全体にとって極めて重要な時です。決済サービスの変革を通じて顧客体験を向上させ、変化の速度に合わせてバックエンドインフラを簡素化し、決済テック企業のイノベーションを活用してビジネスと消費者の双方に利益をもたらすことができる、大きな機会が訪れています。


銀行にとって、決済の分野におけるダイナミックな変化は脅威であるとともに機会でもあります。銀行は、消費者・加盟店の双方により多くの利益をもたらすために、デジタル化を受け入れ、決済モデルの変革を継続する必要があります。銀行や決済事業者は、テクノロジーへの投資、ビジネスモデルの再考、決済テック企業との提携により、決済を超える価値の実現に取り組む必要があります。オムニチャネル決済方法、組み込み型金融、即時クロスボーダー決済、デジタル通貨による決済を求める声に応えるには、決済事業者は運用モデルの俊敏性と柔軟性をさらに高める必要があります。


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    サマリー

    今回のレポートでは、決済テックの状況を詳細に分析し、業界リーダー、EYのシニアストラテジスト、テクノロジーリーダー、PSPの視点を通じて、変化する決済テック環境下で歩みを進めるPSPにとって実用性のあるインサイトをご紹介します。


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