TCFD初年度対応から見えてきた次なる課題~非財務情報開示に向けたEYの取り組み

TCFD初年度対応から見えてきた次なる課題~非財務情報開示に向けたEYの取り組み


サステナビリティ情報開示に対する国内外の要請の高まりを背景に、2022年4月以降、東京証券取引所プライム市場の上場企業約1800社に対し、国際的な開示の枠組みであるTCFD(気候変動財務情報開示タスクフォース)またはそれと同様の枠組みに基づく開示が求められることになった。

このようなサステナビリティ情報開示の動きを契機として、気候変動対応への取り組みを積極的に経営戦略に組み込むことにチャレンジし始めた企業は増えている。その一方、規制等への対応として最低限の報告は行ったものの、表面的な取り組みのみにとどまっているという企業も多いのではないだろうか。本記事では、サステナビリティ情報開示への次の対応と、企業ニーズにいち早く対応するためのEYの変革について伝えたい。


要点

  • 2022年4月以降、東京証券取引所プライム市場の上場企業に対し、気候変動についてTCFD等に基づく開示を求められることになった。また、今般「企業情報の開示に関する内閣府令」の改正案が公表され、有価証券報告書においてもサステナビリティ情報開示の拡充が求められているが、これに対応するための十分な体制を有する企業は少なく、喫緊に人材・体制を整えることが各社の課題となっている。
  • サステナビリティ情報開示に対するクライアントの課題に対応するため、EYでは2021年10月にEY新日本監査法人においてサステナビリティ開示推進室を創設した。課題が浮き彫りとなってきているクライアントの支援体制を強化している。
  • 企業においては、個別のサステナビリティ情報開示ルールへの対応を起点に企業が取り組むべきことを明らかにし、段階的にサステナビリティ経営へとつなげていくアプローチも効果的である。


サステナビリティ対応における課題

これまで気候変動対応を、社会貢献やCSR活動といった自社事業とは別の文脈で捉えてきた企業も多い。しかしTCFD開示要請により、気候変動が自社の事業に与えるリスクや収益の機会を洗い出し、その影響を分析して対策につなげるという、より踏み込んだ戦略的対応と透明性の高い情報開示を企業は求められる時代となった。

サステナビリティ部やESG推進室を有する企業は多いが、企業戦略や財務戦略と連動させながら、現在の投資家や取引先の求めるレベルやスピードで透明性の高い情報開示していくことができる人材やチームを有する企業はごく限られている。そのため、サステナビリティ情報開示に伴う社内の人材教育・取り組み体制を強化することが、企業における喫緊の課題となっている。こうしたクライアントの課題への支援体制を強化するため、EYにおいても大きな組織・人員の変革を行っている。

 

サステナビリティ開示推進室の新設

その一つが2021年10月に、EY新日本有限責任監査法人が設置したサステナビリティ開示推進室だ。国内外の基準・制度の最新動向に関する情報発信や開示対応の相談、開示プロセスの構築、開示情報に対する第三者保証等を目的とし、これに対応しうる体制を構築し、また、企業情報開示や内部統制、第三者保証に対する経験を有する監査人材を新たにサステナビリティ人材と育成する取り組みを行っている。

この、サステナビリティ開示推進室における取り組みに大きな役割を果たしている専門部署が、企業のサステナビリティ課題の解決を支援するさまざま専門人材と知見を有し、20年以上にわたる業務実績を通じ培ったサステナビリティの専門的知見から企業へのコンサルティングを行うのが気候変動・サステナビリティ・サービス(以下、CCaSS)だ。

例えば、気候変動の戦略項目であるシナリオ分析を行う場合、CCaSSが重要なリスク・機会の特定、シナリオ別のインパクト評価、対応策策定、目標設定や排出量算定等のアドバイスを担い、監査部門はサステナビリティ開示推進室を通じてCCaSSと連携し、開示された情報の保証、そのための内部統制プロセスの評価といった領域において専門性を発揮する。

喫緊のサステナビリティ情報開示対応に対しては、まずはサステナビリティ開示推進室が中心となり情報提供の対応を行い、クライアントからのフィードバックを踏まえて議論を深め、サステナビリティ経営戦略支援や人権・生物多様性等の専門領域についてはCCaSS専門家に委ねる一方、TCFD開示支援や非財務保証については一体となって業務提供を行う、というように互いの専門性を生かし、役割を分担して協働する。

一つの組織の中にCCaSS部門と監査部門が存在する特徴を生かし、協働する組織であるサステナビリティ開示推進室を置くことで、クライアントの要望や必要性に応じたサポートをシームレスに、また迅速に提供することが可能となった。

 

社内人材をいかに育てるか

クライアントにサステナビリティ関連サービスを提供拡大するための社内人材の育成も急務である。

そこで、EYでは、「サステナビリティ開示・保証認定者制度」という社内認定制度を設けた。これは、体系的な研修プログラムと業務を通じたOJTを組み合わせ、サステナビリティ開示や保証に関する要望に対応できる人材となることへの自主的な取り組みを促し、サステナビリティ人材を育成するための仕組みである。

開示や保証の基準や制度の国際動向等の知識に加え、経営の現場から学ぶため、企業の方に来ていただくこともある。先日はサステナビリティ経営において先進的な取り組みをされている企業経営者をお招きし、パーパスやビジョンをはじめとする体制作りのハード面だけでなく、いかに従業員の自律的な付加価値創造行動を引き出しているのかといったソフト面を含めた話を伺う研修会を実施した。その際には参加者から活発な質問もあり、企業の人材価値を効果的に引き出し、それを対外的に開示する手法、サステナビリティ経営促進のため外部に企業が期待することについてヒントをいただくことができた。

さらに、実際の業務に従事する機会も合わせて提供することで、知識だけでなく経験を通じ段階的に専門性を高めていく仕組みとしている。認定者制度を通じ、各人の持つ知識・経験を見える化し、クライアントの要望に応じて適切な人材を配置できるような体制の整備を進めている。

 

初年度報告を経て見えてきた課題

EYにおいては、こうした全組織的な対応を行い、改訂コーポレートガバナンス・コード対応の初年度であった今年、高まる企業のサステナビリティ関連支援ニーズに応える取り組みを確実に進展させることができた。各企業においても、本年度の取り組みをいかに振り返り、来年度にはコーポレートガバナンスレポートのみならず、おそらく有価証券報告書にいかに適切に反映していくかを模索している段階とみられる。

各社の報告書を分析すると、制度対応を契機に積極的な全社レベルでの取り組みを始めた企業もあれば、横並びに一応の開示対応は行ったものの、投資家や社会が期待する取り組みレベルには達していない企業も多いようだ。

日本が政府主導でコーポレートガバナンス・コードを含むサステナビリティ情報開示に意欲的である背景の一つとして、日本企業全体の課題として挙げられるのが、欧米企業に比べた株価純資産倍率(PBR)の低さである。日本においてはプライム市場上場会社に限ってみてもPBRが1を下回る企業も多い。これは純資産よりも株価の時価総額が低いという状態で、将来性についての投資家の期待値が高まっていないことを意味する。つまり、長期的価値につながる非財務項目である人や研究開発への投資・取り組み・開示が十分でない、とも言える状況だ。

この状況に対して、企業のサステナビリティへの取り組みと外部に評価される長期企業価値の関係を論理的に説明しようと、企業や各種機関がさまざまな実証研究やチャレンジを進めている。EYもグローバルネットワークを通じてこうした基準や制度作りにも積極的に関わっている。

サステナビリティ対応において、海外企業に対する日本企業の遅れを指摘されることもあるが、TCFDへの賛同企業数が世界で一番多いなど、必ずしも意識面で大きく遅れているわけではない。ただ、サステナビリティ経営への大きな変革のかじ取りを決めなければならない取り組み初期においては、日本企業の得意とする現場主導のボトムアップ型の取り組みアプローチは、効果を発揮しづらい手法であることは確かだ。日本企業の強みである現場に、いかに企業の向かうべき方向性を明確に指示し、企業目的に沿った変革へと従業員個人の自律的な行動を生み出すか、その方向付けを明確化、具体化することが成功の鍵と言えるだろう。そのために、取り組みの初期段階で効果的なトップダウンアプローチと、中期段階以降に効果を発揮するボトムアップアプローチをうまく組み合わせる方法も効果的だと考えられる。

 

今できることを素早くやってみる

人への投資を重視する岸田政権の「新しい資本主義」に基づき、人的資本経営コンソーシアムが2022年8月に立ち上がった。人的資本の取り組みや開示も、長期的価値創出の源泉としての期待が高まっている。このように、非財務情報開示は気候変動の分野にとどまらず、今後より他分野に広がり、また、よりレベルの高い内容が求められていくことになるだろう。

こうした状況に対し、「何から始めてよいか分からない」という声も聞かれる。そうしたクライアントに対しては、気候変動リスクや人的資本開示に関連する制度開示対応など「今後対応が必要になることを、今素早く着手してみること」を勧めている。サステナビリティ情報開示の潮流を契機として、パーパスや戦略自体のドラスチックな見直しから始めることも理想だが、大きな時間、投資が必要である。制度対応として求められる開示の対応から始めたとしても、開示に対しての外部からの評価やフィードバックを受けると、次にやらなければならないことが必ず見えてくる。これまでEYではサステナビリティ対応を戦略に組み込むことの重要性を伝えてきたが、戦略面からのアプローチに加え、そうした情報開示を起点としたアプローチも、これからサステナビリティ対応を本格化させる日本企業にとって効果的なアプローチと言えるのではないだろうか。投資家に対する企業の姿勢を示す意味でも、まずは、「今できることを素早くやってみる」「開示をしてみる」ということに取り組みを素早く着手することをお勧めしたい。


サマリー

TCFDに基づく非財務情報開示の初年度報告を経て、各社の課題が見えてきた段階となっている。企業の改訂コーポレートガバナンス報告書対応初年度の結果を経て、いかに次年度以降のさらなる対応につなげるか、そのサポートのための体制充実に向けた取り組みをEYは着実に進めている。


Long-term value ビジョン

EY Japanは、クライアント・経済社会・自社それぞれに対するLTV方針を明示しました。

社会の範となるべく、持続可能な企業市民の在り方を自ら追求するとともに、ステークホルダーの皆さまと伴走して変革を呼び起こし、次世代につながるより良い社会を持続的に構築していきます。


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