目先の視点にとらわれた企業経営で長期的価値は生み出せるか?
目先の視点にとらわれた企業経営で長期的価値は生み出せるか?

目先の視点にとらわれた企業経営で長期的価値は生み出せるか?

欧州のビジネスリーダーを対象とした新たな調査から、短期的な圧力をはねのけて長期的価値を重視する鍵を、持続可能なコーポレートガバナンスが握っていることが分かりました。


要点

  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックで、長期的価値の創造を重視する取り組みに支障を来し、リーダーシップチーム内で見解の相違が生じている。
  • それにもかかわらず、ステークホルダーの間では持続可能な価値の構築に向けた長期的アプローチの重要性が高まる一方である。
  • このギャップを埋めることができるのはコーポレートガバナンスであり、短期的な課題と長期目標のバランスを取るために重点を置くべき5つの分野がある。

リーダーたちはこの1年、大半をパンデミックへの対応に費やしてきました。多くのリーダーは、綿密に練り上げられた戦略を二の次にし、生き残りにかけてきました。実際、EYが実施したLong-Term Value and Corporate Governance Surveyでは、欧州企業のCEOや経営幹部の59%が、パンデミックによって長期的な成長に注力する能力が試されていると回答しています。また60%が、短期的な優先課題と長期投資のバランスをどのように取るかを巡ってリーダーシップチーム内で著しい見解の相違が生じているとしています。

短期的な対応が必要になったからといって、長期的な目標を頓挫させる必要はありません。そして、企業を持続させる鍵を握っているのが、取締役会の意思決定からリーダーの報酬のあり方に至るまでの持続可能なコーポレートガバナンスです。

この点は以前から何も変わっていません。むしろ、パンデミックにより長期的価値に基づくアプローチの重要性が浮き彫りとなりました。まず、格差や気候変動など主要な社会問題に取り組む上で企業がより積極的な役割を果たすことに対して、従業員や幅広い層の一般市民を含めたステークホルダーの期待が高まっています。次に、パンデミックをきっかけに、会社は誰のためにあるのか、社会にどのような貢献ができるのか、価値とは何かについてCEOと取締役会は自問をし、自らの役割を変化させるようになってきました。

ビジネスリーダーは、成功するためには多様なステークホルダーと長期的な方向性が必要であるとの認識を高めています。長期的な視点を組み込むという点で鍵を握り、また、変革を実現するために自ら制御することのできる重要な成功要因が、持続可能なコーポレートガバナンスです。

取締役会は5つのガバナンス関連の分野にフォーカスすることで、短期的ニーズと長期的ニーズのバランスを取ることができます。

  • 特性:スキル、多様性、価値観を含めた取締役会としての力
  • リスク:リスクカバナンスとリスク監視
  • 報酬:長期的価値の重視と、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視した指標を中心に据えることを奨励する報酬制度
  • エンゲージメント:主要なステークホルダーを明確にし、フィードバックを返すことを含め、徹底したエンゲージメント戦略を策定する
  • 信頼性:長期的価値の目標達成に向けた進捗状況と重要業績指標(KPI)についての透明性が高く、信頼のおける情報開示と説明責任の明確化

EY Long-Term Value and Corporate Governance Surveyをダウンロードする(英語版のみ)

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第1章

アプローチを変える

ステークホルダー重視のアプローチの重要性がパンデミックで強まりました。

今回の調査では、パンデミックがもたらした財務的影響により、CEOと取締役の長期投資戦略の有効性が試されたことが分かりました。

  • 過半数(59%)が、パンデミックによる業績への影響で、長期的な成長に注力する自らの能力が試されていると回答。
  • 半数以上(60%)が、短期的な危機対応と長期投資のバランスをどのように取るかを巡ってリーダーシップチーム内で著しい見解の相違が生じていると回答。

その一方で、パンデミックにより、長期的価値に基づくアプローチの重要性が強まったことも浮き彫りとなりました。

  • ステークホルダー:格差や気候変動など主要な社会問題に取り組む上で企業がより積極的な役割を果たすことに対して、従業員や幅広い層の一般の人々を含めたステークホルダーの期待が高まっている。
  • ビジネスリーダー:会社は誰のためにあるのか、社会にどのような貢献ができるのか、価値とは何かについてCEOと取締役会は自問をし、自らの役割を変化させるようになってきた。現在のような不確実で不安な状況だからこそ、今まで以上に強いパーパスを持って主導している。従業員の幸福(ウェルビーイング)の重視、最前線で働く人たちのための製品とサービスの開発、資金的な援助、役員の給与カットに取り組んでいる。

今回の調査結果は、パンデミックによる総合的な影響として、短期的利益を求める圧力に屈するのではなく、長期的な視野に立つアプローチの重要性が強まったことを強く示唆しています。

  • 66%が「新型コロナウイルス感染症によって、自社が社会的影響力の向上、持続可能な環境の実現、インクルーシブな成長を促進する企業であるというステークホルダーの期待が高まった」と回答。
  • 78%が「今日の不確実な状況において、持続可能でインクルーシブ(包摂的)な成長を重視することは、ステークホルダーとの信頼関係の構築に欠かせない」と回答。
  • 79%が「パンデミック後の社会では、長期的価値を重視し続ける企業が力を増す」と回答。

企業とそのリーダーに対する信頼を再構築するにあたってのステークホルダー資本主義の重要性も裏付ける結果となっています。長期的価値を創造する取り組みを推し進める最大のメリットは何かという質問に対して最も多かった回答は「ブランド、評判、信頼の向上」であり、53%が主なメリットの1つに選びました。「顧客の獲得・維持の強化」と「新規投資家や異なるタイプの投資家の呼び込み」がこれに続いています。


有言実行に向けた確かな歩み

取締役会とCEOは現在、長期的視野と多様なステークホルダーを重視する姿勢を強める上で必要なアプローチを採用することで、その志の実現を進めており、期待が持てます。EYでは分析の一環として、長期的価値の成熟度に応じて、調査回答者を「先行(Leading)」(全体の43%)と「後発(Developing)」(全体の57%)の2つのグループに分けました。先行企業は目覚ましい進歩を遂げています。例えば、89%が自社の戦略と組織構造を継続的に見直して、長期的価値を創造する能力を向上させています。

このような進歩を遂げていることには期待が持てますが、長期的視野と多様なステークホルダーを重視するこのアプローチを、選ばれた一部の先行企業だけでなく、企業にとってのニューノーマルにする必要があります。

取締役会とCEOは現在、長期的視野と多様なステークホルダーを重視する姿勢を強める上で必要なアプローチを採用することで、その志の実現を進めており、期待が持てます。
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第2章

新たな課題に直面する

企業は長期的価値戦略の主な課題の多くに直接対処することができます。

期待が持てるような取り組みの進展があった一方で、長期的価値をもたらし、投資家をはじめステークホルダーの期待に応える上で立ちはだかる大きな課題が社内外にまだあります。
 

外的課題

先行・後発分析の結果、「短期的利益を求める投資家からの圧力」が、先行企業が直面する極めて重要な外的課題であることが分かりました。

長期的価値を重視するにつれ、短期的成長と長期的成長のバランスを取るという葛藤と意識は高まりこそすれ、低下することはないかもしれません。

先行企業は目覚ましい進歩を遂げている様子がうかがえるものの、約3分の1の企業(32%)は、短期的価値と長期的価値の創造のバランスを取る意思決定を下すための一貫性のあるアプローチをまだ確立していません。このことから、このグループが直面する最大の外的課題がなぜ短期的な圧力であるかの説明がある程度つくのではないでしょうか。長期的価値を重視するにつれ、短期的成長と長期的成長のバランスを取るという葛藤と意識は高まりこそすれ、低下することはないという可能性があることを示唆しています。

短期的利益を求める投資家の圧力により、企業が資金と人材の投入先を再び長期的な戦略的取り組みから、短期的な財務目標の達成へと変える恐れがあります。極めて重要な課題として「短期的利益を求める投資家からの圧力」を選んだ全企業に、この短期的な圧力がどのような形で現れているかも尋ねました。その答えは、株価の変動が激しくなったということです。

主な課題である短期的な圧力は、さまざまな問題を反映しています。まず、株式保有期間が短い機関投資家の重要性が増し、それによって短期的な株価の重視を取締役会に求める圧力が生じます。次に、上場企業では四半期ごとのリターンや収益のガイダンスを含めた短期的な情報開示に依然として重点が置かれているため、短期的な財務業績を重視する姿勢が強まる恐れがあります。

そのため、取締役会はアクティビストを含む投資家と効果的なエンゲージメントを構築することが不可欠です。その目的は、信頼関係を築くこと、企業目的を説明すること、合意点を見いだすこと、長期的視野を重視する戦略的アプローチに対する支持を取り付けることです。

これは新しい考え方ではありませんが、これまで以上にその重要性が感じられます。Warren Buffet氏は1979年にこの点を指摘し、Berkshire Hathaway社の株主に宛てた書簡の中で「企業は主に、自らが求め、かつ自らに値する株主基盤を持ちます。自らの思考とコミュニケーションの焦点を短期的な結果、すなわち株式市場での短期的な評価に当てると、同じ要素を重視する株主を主に引き付けることになるでしょう」1と述べています。その逆もまた真なり、といえるでしょう。


内的課題

長期的価値志向の内的課題として最も多くの回答者が選んだのは「CEOや役員の報酬が短期の業績と連動している」でした。

長期的価値の創造を支えるアプローチに移行するには、取締役会と報酬委員会が役員報酬制度の設計を見直す必要があるでしょう。
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第3章

なぜガバナンスが重要なのか

コーポレートガバナンスは長期的価値のアジェンダに不可欠であり、進化させていく必要があります。

全体的に見て、今回の分析でさまざまな課題が浮上しました。その多くはコーポレートガバナンスの領域に含まれるものです。EYのチームは、外部の支援や規制に頼ることなく、取締役会が重点的に取り組むことでプラスの効果を生み出すことができる、5つのガバナンス関連の分野を特定しました。
 

この大きな目標を達成するためには、ガバナンスの取り組みと体制を徹底的に検証し、持続可能な戦略の実現に沿ったものにする必要があります。認識の一致は必須です。長期的価値の目標について、取締役会と経営幹部の認識がなかなか一致しなければ、進展させることができません。また、取締役会によるリスク管理から報酬戦略策定まで、ガバナンスの主要な分野全体でも認識を一致させ、持続可能でインクルーシブな成長を推進する必要があります。
 

5つの分野:

 

  • 特性:スキル、多様性、価値観を含めた取締役会としての力
  • リスク:リスクカバナンスとリスク監視
  • 報酬:長期的価値の重視と、環境・社会・ガバナンス(ESG)を重視した指標を中心に据えることを奨励する報酬制度
  • エンゲージメント:主要なステークホルダーを明確にし、フィードバックを返すことを含め、徹底したエンゲージメント戦略の策定
  • 信頼性:長期的価値の目標達成に向けた進捗状況と重要業績評価指標(KPI)についての透明性が高く、信頼のおける情報開示とKPI達成状況についての説明責任の明確化

 


リスク管理から報酬戦略策定まで、ガバナンスの主要な分野全体で認識を一致させ、持続可能でインクルーシブな成長を推進する必要があります。

1. 特性

長期的価値を創造する意思決定に最も欠かせない取締役会の特性は何かと役員に質問したところ、興味深いことに、浮かび上がった最大の特性は、行動に関わるものでした。取締役会が長期的な視点に立つためには、率直に意見を述べる取締役の能力が重要と考えられています。上位3つの特性は以下の通りです。

  • 1位:「互いに信頼があり、率直に発言でき、オープンに議論をし、健全な意見の相違が生まれる取締役会」
  • 同点2位:「全ステークホルダーの利益に配慮し、検討して意思決定を行う取締役会」および「長期的価値という目標と連動した役員報酬制度を導入している取締役会」
  • 3位:「長期的価値を重視する投資家候補を積極的に発掘し、エンゲージメントを構築する取締役会」

効果的な意思決定、そして⻑期的価値と短期的圧⼒との間のトレードオフを企業が解消しようとするときに付き物の苦渋の決断には、主体性のある取締役会が⽋かせません。つまり、信頼と尊重に⽴脚した⽂化を持ち、チームビルディングに時間をかけ、議論がどの程度実効性を発揮しているか(または発揮していないか)を取締役が議⻑にフィードバックするメカニズムを整備する必要があります。

特性については、上記以外にも重要事項があります。

  • 価値観:ESGの重要性と、ステークホルダーを理解する重要性を認識する価値観を持ち、長期的価値の創造に注力する取締役は、さまざまな面において重要です。まず、企業のステークホルダー重視という長期戦略を支える文化を浸透させるには、率先してふさわしい雰囲気を醸成し、経営陣やさまざまな従業員のロールモデルとなる取締役会が不可欠です。次に、社外への働きかけという面で、戦略を支持してくれるような株主を獲得するためには、情熱と真剣な取り組みを示す必要があります。
  • 多様性:健全な意見の相違と率直な議論もまた、意見の多様性を構成する要素です。人種、性別、職務経歴、年齢などの側面を含め、多様性に富んだインクルーシブな取締役会は、気候変動や格差のような大きな問題に幅広い視点と解決策をもたらし、均質的な取締役会にはできない方法で、既存の考え方や偏見に異論を唱えることができます。また、多様性に富んだインクルーシブな取締役会には、意思決定の際にさまざまなステークホルダーの受ける影響が考慮されていることが確認しやすいという面もあります。
  • スキル:企業は今後、例えば気候変動やESGの指標の問題について、長期的価値戦略を実行していく上で役立つスキル、経験、知識を備えおく必要があります。長期的価値戦略を実行するにあたっては、各段階に到達するごとに、取締役会メンバーのスキルプロファイルを積極的に更新し、変更を加える必要があるでしょう。

今後は、取締役会の内部評価および独立性のある外部評価にこれらの特性の評価を当然のこととして組み込むことが求められます。


2. リスク

長期的価値を向上させる反面、短期的な業績は低下すると予測される取り組みを取締役会が進めることを阻む可能性の高い要因は何かと役員に質問した結果、上位2つは以下のようになりました。

  1. 取り組みが成功する確率の不確実性が高い
  2. リスクのフレームワークとリスク選好が、インクルーシブな長期成長ではなく、短期的な株主利益を志向している

その一方で、「経営陣の熱心なサポートとリーダーシップの欠如」に対する役員の懸念はこれをはるかに下回っていました。このことは、企業がより長い時間軸の取り組みを進める意向を持っているものの、リスク評価、管理能力を高めて、長期的なリスクと成功確率をより正確に把握する必要があることを物語っています。言い換えれば、それによって取締役会はリスク選好を拡大できる可能性があります。長期的リスクを負うことと、ステークホルダーへの説明が可能になることも含め、その潜在的なメリットについての自信が増すためです。

取締役会の極めて重要な機能は以前から、ビジネスリスクを把握して軽減することでしたが、パンデミックをきっかけとして、その責務に対する注目が急激に高まってきました。パンデミックがもたらした未曾有の影響により、リスクの相互連関性と、状況がいかに急激に変化し得るかが浮き彫りとなっています。このような状況において、取締役会が気候変動などの長期的リスクを適切に予測し、組織全体でそれを効果的に管理するにはどのようにすればよいのでしょうか?
 

3. 報酬

報酬制度は、持続可能な成長を実現させた役員に報いるため、短期的なインセンティブと長期的なインセンティブを組み合わせる必要があります。最適な組み合わせを考え出すことは時に困難を伴いますが、まずは以下のガイダンスを参考にして、自社に何が適しているかを判断することができます。

  • 短期的な対応:まず、年間賞与などの短期報酬制度について検討することができます。これにより、指標の仕組みと、成功報酬の基準となるハードルレートが妥当かどうかを感じ取れるようになります。調整が必要になった場合でも、短期報酬制度の調整であれば比較的容易です。短期報酬制度で学んだことを、長期報酬制度の設計に生かすことができます。先に長期報酬制度に着手した場合は、物事が意図どおりに運ばなかったときの軌道修正が難しくなるかもしれません。
  • 長期的な対応:長期インセンティブ制度は、評価期間が2年以上になるよう設計する必要があります。3年間の評価期間を設けることが戦術上一般的です。一部の国では、上級管理職が退職後も最低数年間は自社株を保有することを期待する傾向が強まっています。この期間は、多くの場合2年間です。この基本方針を他国にも適用することで、自らが下した決定の長期的な影響にフォーカスすることを役員に促すことができます。

報酬制度には適した指標も必要ですが、これは定義するのも、評価するのも難しい場合があります。ESGの目標に関わる指標への注目が高まっていますが、ESGの全ての指標が全ての企業に関係しているわけではありません。企業は自社の戦略を精査し、どの指標が自社に最も関係しているかを見極める必要があります。これは、業界によって異なるでしょう。役員報酬に影響を与えることになる指標は信頼できるものでなければならないため、取締役会の監視を含めて、強固なプロセスと統制が必要となります。

最後に、給与のうちどの程度の割合を長期指標に連動させるかという問題があります。長期的価値を反映した指標に連動する役員給与の割合は、大半の企業でかなり小さいのが現状です。しかし、役員の行動を変え、長期的な業績の向上を目指すのであれば、かなりの割合を連動させる必要があります。EYの報酬に関するプロフェッショナルは、その経験上、給与の15~25%を長期指標に連動させ、業績目標を明確化することで、大きな変化をもたらすことができると考えています。
 

4. エンゲージメント

ステークホルダーエンゲージメントは目新しいテーマではないものの、依然として多くの企業が、ステークホルダーの声を取締役会の議論の場に届け、意思決定を行う上でステークホルダーからのフィードバックを適切に考慮に入れることに苦慮しています。そのため、効果的なエンゲージメントに必要な構成要素を見直すことは有益です。

  • 出発点として、主要なステークホルダーを明確にする必要があります。潜在的なステークホルダーはいくらいても構いませんが、その優先順位を決め、どのステークホルダーが最も重要であるかを明確に把握しておくことが重要です。
  • ステークホルダーの特定が済んだら、次はエンゲージメント戦略の検討です。ここでは、2つの要素を考慮に入れる必要があります。1つは、ステークホルダーを巻き込んで、ロイヤルティーを高め、賛同を得ることです。もう1つは、取締役会がエンゲージメントを活用して、ステークホルダーにとって何が大切かを把握することが肝要ということです。言い換えれば、ステークホルダーのニーズを把握し、長期的価値の創造に何が必要かについての取締役会の意思決定に、それをいかに組み込むかを理解するということです。
  • エンゲージメント戦略はまた、実用的なものでなければなりません。サプライヤーから地域コミュニティまで、全ての主要なステークホルダーと等しく関係を構築することは不可能な場合もあるでしょう。そのため、取締役会はどのステークホルダーと直接関わり、どのステークホルダーとは経営陣を介して間接的に関わるかを判断しなければなりません。
  • 最後に、フィードバックを返すことも重要です。主要なステークホルダーからフィードバックを得たからといって、取締役会がその視点に合わせて行動をしなければならないというわけではありません。しかし、フィードバックをどのように考慮に入れたかについては、ステークホルダーに伝える必要があります。さもなければ関係の質が低下するでしょう。

社外取締役と投資家との間のエンゲージメントへの注目が高まっています。手始めに、社外取締役のグループが、長期的価値とESG原則に対して高まる投資家の期待について詳しく聞くことは有益だといえるでしょう。ただし、取締役がより直接的に投資家と関わろうとするのであれば、長期的価値とESGに対するアプローチに賛同し、その理解を深めることが肝要です。取締役会が実効的な役割を果たすだけでなく、会社全体で長期的価値とESG原則の重視を実現するためには、これが極めて重要です。
 

5. 信頼性

長期的価値志向は、企業が業績をどのように伝えるかに多大な影響を及ぼします。これは一方で、根拠をはっきりと示し、説明責任を果たすということに他なりません。

つまり、好材料も悪材料も率直に伝えるということです。先日のEYのコーポレートレポーティングに関する調査で検証したように、価値と業績に対して、このようにより幅広い視野を持てるようになるためには、フレームワークと取り組みを変えるだけではなく、考え方と文化も変える必要があるかもしれません。企業は基本的に、外部と共有する自社に関する情報について、新たな文化と考え方、すなわち信頼性と説明責任に基づいた文化を取り入れる必要があります。

長期的価値の指標に照らした効果的で信頼のおけるレポーティングは、どこに進歩があったか、あるいはなかったかを明らかにする説明責任の鍵も握っています。強力で実効的な監査委員会はここで、例えば以下の主要な指導的役割を担っています。

  • 長期的価値の指標を含め、財務・財務情報およびそのレポーティングの質を支える強力で実効的な統制を行うよう企業に徹底させること
  • リスク情報の頑健性と信頼性の監視

取締役会が自信を持って意思決定を行い、ステークホルダーが情報を基にその会社の将来の見通しとキャッシュフローを評価できるようにするためには、信頼性と一貫性が不可欠です。
 

コーポレートレポーティングを再構築する

もちろん、まだ従来型の情報開示のフレームワークに大きく依存していれば、根拠をはっきりと示し、説明責任を果たすことはできません。長期的な視点に立つためには、後ろ向きの財務報告のみに注力することから、ESG情報開示を含めた財務・非財務情報の開示に基づく先を見据えた洞察の実施へと移行する必要があります。

業績を測定し、伝えるために非財務指標を用いる取り組みでは、目覚ましい進歩が見られました。

  • 69%が業績と成長の企業目標の設定に非財務指標を一貫して使用している(39%が「よく使用」、30%が「常に使用」)
  • 65%が持続可能な業績を投資家に伝えるときに非財務指標を一貫して使用している(40%が「よく使用」、25%が「常に使用」)

取り組みが進んでいる一方で、信頼のおける比較可能な非財務開示情報の作成にあたり、企業はさらなる明確化と厳格化に努めています。例えば役員の80%が、長期的価値を重視したコーポレートレポーティングについて、全世界で一貫性のあるフレームワークと基準があれば役立つと回答しています。これがなければ、ステークホルダーは排出削減目標などのKPIが達成されているかどうか、根拠のはっきりした、確かな状況を把握することができない恐れがあります。

しかし、企業の構造や価値を創造する方法がそれぞれ異なるため、指標と情報開示の基準に関する共通のガイダンスづくりは難しいのが現状です。一方で、それを各企業に任せているだけでは、価値の共通領域を明確にするという点で非効率であり、適切な比較をしようと苦心しているステークホルダーに不満を抱かせることになります。ここで意味のある変化を起こせるのは、政策立案者と政策顧問です。世界経済フォーラムの国際ビジネス評議会がEYと共同で主導する「持続可能な価値創造(Sustainable Value Creation)」プログラムなどの取り組みでは、企業のための中核指標を策定しました。業種を問わず世界のトップ企業のリーダー61人がすでにコミットしています。こうしたゴールドスタンダードの出現に伴い、企業は今後、ステークホルダーにもたらす価値をトータルで測定し、伝えることも容易になるでしょう。

以下に示す通り、一貫性があり、信頼のおける比較可能なアプローチを望む思いは、長期的価値の追求を明確に打ち出す、あるいはさらなる追求を促すような政策と規制の変更を求める声に反映されています。

  • 全世界で一貫性のあるフレームワークの策定:80%が、長期的価値がどのように創造されているかを測定し、伝えるためのフレームワーク、基準、ガイダンスが策定されることは有用と考えている。
  • 多面的なリスクのさらなる重視:76%が、短・中期的だけでなく、長期的に見た場合の存続性における主要リスクと不確定要素の開示を企業に求めることは有用と考えている。

  1. BERKSHIRE HATHAWAY INC., 3 March 1980

本稿にある第三者の見解は、必ずしもEYまたはEYのメンバーファームの見解ではありません。また、これらの見解は、表明された時点の文脈にて解釈してください。



サマリー

ビジネスリーダーは、成功するためには多様なステークホルダーと長期的な方向性が必要であるとの認識を高めています。長期的な視点を組み込むという点で鍵を握り、また、変革を実現するために自ら制御することのできる重要な成功要因が、持続可能なコーポレートガバナンスです。

今こそ、関係を見直し、多様なステークホルダーと効果的なエンゲージメントを構築するときです。そうすることで、これらのコーポレートガバナンスの主要な要素を取り入れ、全ての人に真の長期的価値をもたらすことができます。


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