クロスボーダーIPOでよく見られる4つの落とし穴を回避するには

クロスボーダーIPOでよく見られる4つの落とし穴を回避するには


クロスボーダー上場は大きなチャンスをもたらしますが、それは、クロスボーダー上場がもたらす独自の課題を企業が把握し、克服した場合に限られます。


要点

  • 国際市場がチャンスをもたらすような状況であれば、IPO候補企業はタイミングだけでなく、他の要素も検討する必要がある。
  • クロスボーダーIPOを成功させるには連携と規制の理解、財務上の影響への対応が欠かせない。


EY Japanの視点

クロスボーダー上場の増加傾向は注目に値します。クロスボーダー上場支援オフィスでは、多くの潜在的なクライアントが海外市場や海外投資家を視野に入れた資本戦略を検討していることを認識しています。 同様に、海外企業による日本市場への上場への関心も高まっています。このトレンドに応える形で、東京証券取引所は「東証 アジア スタートアップ ハブ」を設立し、2024年3月にアジアの企業に対する事業展開、資金調達、IPOに向けた支援を提供すると発表しました。 クロスボーダー上場支援オフィスは、日本企業のクロスボーダー上場をはじめとするグローバルオファリングや、旧臨報方式による上場支援の強化を進めています。ただし、異文化の市場での上場は容易ではなく、世界共通の課題とされています。企業がこれらの課題に対処しつつ、新たな市場への進出を図るためには、適切な支援体制の構築とリスクの識別が不可欠です。


EY Japanの窓口

佐々木 健人

EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター クロスボーダー上場支援オフィスリーダー プリンシパル

新規株式公開(IPO)の価値を最大化すべく、企業は今もなお国外に目を向け続けています。そして世界中の証券取引所は規制を緩和し、高度な取引ツールや、より幅広く層の厚い投資家プールへのアクセスを提供することで、次世代の革新的な企業の誘致合戦を繰り広げています。

クロスボーダー取引を推進するメリットは、より高い流動性へのアクセスとバリュエーションレベルの向上から、ターゲットとする海外市場でのビジネスリーチ拡大までさまざまあります。ただ、その一方で、クロスボーダー上場には課題がつきものです。そして、それは規制・文化・財務面の問題が複雑に絡み合ったものであることが少なくありません。

では、IPOを検討されている企業は事前にどのようなリスクを回避し、どのような教訓を学ぶべきでしょうか。

EYのプロフェッショナルは先ごろ、クライアントがクロスボーダー取引の複雑な課題を克服し、アジアでのIPOと欧州でのセカンダリー上場を果たすサポートをしました。この成功の鍵を握っていたのは、入念な計画と戦略的な役割分担であり、特に重要だったのが、両地域間での継続的かつ効果的なコミュニケーションです。今回の取引や類似の取引のサポートで得た経験を参考に、クロスボーダーIPOによく見られる4つの落とし穴と、その最善の回避策をまとめました。


1. 事業を最大限成長させることのできる市場の選択を誤る

新規市場の開拓は多大な利益を得るチャンスを生み出す可能性がある一方、上場する市場の選択を誤ると、投資による利益の逸失で何百万ドルもの損失を被ったり、場合によってはIPOが失敗したりする事態に陥りかねません。そのため、最適な市場の選択が不可欠です。
 

2019年から2023年の5年間をみて見ると、世界全体のIPOの93%が、企業の設立国である「国内」市場で実施されています。その最大の理由は、IPOが往々にして経済や文化、インフラ、技術基盤、税金など、その国の環境と密接に結びついていることです。
 

こうした要因は、上場する市場候補の現実的な可能性を検討するときに重要ですが、考慮すべきポイントはこれだけではありません。最適な市場を選択するには、その企業の戦略的な目的意識と目標に加え、株主と経営陣の選好を慎重にてんびんにかけ、ターゲットとするバリュエーションレベルを決定し、投資家の需要を見極め、その国・地域の上場ルールとコストを把握し、規制当局の要件とガバナンス基準を確実に満たす必要があります。


2. 異文化連携を醸成しない

クロスボーダー上場には高度なクロスボーダーコミュニケーションが必要です。現地の規制当局や証券取引所、バンカーまたはアンダーライター、弁護士、投資家候補との調整をシームレスにできるようになればなるほど、クロスボーダー上場が成功する確率は上がります。

鍵を握るのは柔軟性です。チームとアドバイザーには、おのおののタイムゾーンと祝祭日カレンダー、文化、アプローチのバランスを取りながら、タイトな期日を守ることが求められます。また、特に機密情報のデータセキュリティを確保し、全ての規制基盤を確実にカバーするために、デューデリジェンスも優先させるべきです。

 

3. 国際的な上場規制の複雑さを過小評価する

クロスボーダーIPOを検討する企業がまず考慮しなければならないことの1つは、規制や手順、監査ルールの違いです。国際的な規制は複雑さを増し、かつ変化し続けているため、深い知識が必要ですが、要件が変わることも多く、変化に対応する柔軟性も求められます。こうした規制などに抵触すると、極めて多大なコストを被りかねません。そのため、デューデリジェンスは不可欠です。

全体的な環境と文化が著しく異なる場合には特に、現地の規制と上場要件を明確かつ深く理解するとともに、違いと比較する際の条件を明確に理解することが欠かせません。

先に述べたクロスボーダー上場では、クライアントが規制と会計基準、報告日の違いに直面し、両地域の規制当局とその分野の専門弁護士が法的要件と事業運営上の要件の把握と対応に当たりました。この案件で、EYのチームはアジアと欧州の規制当局と連携し、クライアントが本国(欧州)でも上場することを可能にする新たな規制ルールの策定に取り組みました。

 

4. 財務上の影響を見誤る

上場する際には、法務、税務、組織、部署、経営管理、会計、IR活動など社内の体制を事前にチェックし、現地市場の関連要件に対応できるようにしておかなければなりません。

クロスボーダー取引では為替リスクの管理も必要となるため、為替ヘッジ戦略とバックアッププランを組み込むことが肝要です。また、税務上の影響を把握することも、取引の税効率を最大限高める上で重要です。
 

複雑な課題を解決する

クロスボーダーIPOは企業にとって大きな魅力です。2023年第3四半期だけを見ても、IPO調達額は65億米ドルに達しています。特に米国の証券取引所は海外のIPO企業にとって魅力的です。実際、2024年第1四半期の北中南米最大のクロスボーダー取引2件は、海外のIPO企業によるものでした。一方、クロスボーダー上場に伴う複雑な課題にうまく対応できなければ、予想以上のコストを被りかねません。慎重に計画を立て、適した市場の選択と文化的配慮、税務・規制枠組みの策定を進めなければ、上場の成功が脅かされる可能性があります。

こうした潜在的な落とし穴を把握することで、成長を最大化させる資本市場戦略を立てることができます。


サマリー

クロスボーダーIPOの複雑な課題にうまく対応する上で、鍵となるさまざまなポイントがあります。企業は自社の戦略的な動機と目標、ターゲットとする評価額、コスト、規制、株主と経営陣の選好などの要因を考慮に入れて、最適な市場を選択しなければなりません。投資家候補とのシームレスなコミュニケーションには異文化連携の醸成が不可欠です。国際規制の複雑さを理解することが極めて重要であり、それには深い知識と柔軟性が必要です。企業は為替リスクの軽減や最適な税効率性を確保できる取引の構築を含め、財務上の影響を正しく見極めなければなりません。


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