IFRS適用企業における決算留意事項 2024年3月期

情報センサー2024年3月 IFRS実務講座

IFRS適用企業における決算留意事項 2024年3月期


IFRSに準拠して財務諸表を作成している企業は、新たに公表された基準書等を確認して、その影響を調査し会計処理及び表示・開示を検討する必要があります。本稿では、2024年3月期から適用される基準書の内容と、最近の社会・経済状況に鑑みた財務諸表への影響について解説します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 品質管理本部 IFRSデスク 公認会計士  田邉 紗緒里

当法人入社後、主として小売業の監査に携わる。2018年よりIFRS財団アジア・オセアニアオフィスへ出向し、国際会計基準委員会(IASB)の会計基準開発に関与。21年よりIFRSデスクに所属し、IFRS移行支援業務、研修・セミナー講師、執筆活動などに従事している。



要点

  • 2024年3月期から適用される基準書としては、会計方針の開示方法に関する変更や、「第2の柱モデル・ルール」に関する法人所得税への適用などが挙げられる。
  • 気候関連事項やその他の考慮事項が財務諸表へ及ぼす影響について、十分に検討することが求められている。


Ⅰ はじめに

IFRSに準拠して財務諸表を作成している企業は、新たに公表された基準書やガイダンスを確認して、その影響を調査し会計処理及び表示・開示を検討する必要があります。本稿では、2024年3月期に新たに適用される基準書を網羅的に解説するとともに、最近の社会・経済環境に鑑みて再確認すべきIFRSの基準書についても取り上げています。なお、文中の意見にわたる部分は筆者の私見であることをあらかじめ申し添えます。

 

Ⅱ 2024年3月期に新たに適用される基準書

2024年3月期には<表1>に示した基準書が新たに適用されます。

表1 2024年3月期に適用される新基準書の一覧

No.

基準書名

公表月

発効日

後述の参照先

1

IFRS第17号「保険契約」

2020年6月

2023年1月1日

3.① 

2

会計方針の開示(IAS第1号「財務諸表の表示」及びIFRS実務記述書第2号「重要性の判断の行使」の改訂)

2021年2月

2023年1月1日

1. 

3

会計上の見積りの定義(IAS第8号「会計方針、会計上の見積りの変更及び誤謬」の改訂)

2021年2月

2023年1月1日

3.② 

4

単一の取引から生じた資産及び負債に係る繰延税金(IAS第12号「法人所得税」の改訂)

2021年5月

2023年1月1日

3.③ 

5

国際的な税制改革―第2の柱モデル・ルール(IAS第12号「法人所得税」の改訂)

2023年5月

公表から直ちに適用(*)

2.

* 一部異なるが、詳細は後述を参照


1. 会計方針の開示

いずれのIFRS適用企業においても重要な会計方針の開示は求められてきたことから、本改訂はIFRS適用企業全てに影響するものとなっています。

本改訂により、「重要な(significant)会計方針」から「重要性がある(material)会計方針情報」の開示が求められることとなりました。言い回しの変更であることから、実質的には大きな変更はないと考えられますが、その一方で、重要性がない情報の開示でもって、重要性がある情報を不明瞭にしてはならないことや、いわゆるボイラープレートと呼ばれるような、基準書の内容を写した(要約した)だけの情報には、企業固有の情報よりは重要性がないことが条文へ明記されています。

したがって、各企業が既存の開示内容を見直し、より企業固有の情報、実質的に重要性のある会計方針情報が開示されるようになることが期待されています。


2. 国際的な税制改革―第2の柱モデル・ルール

OECD及びG20によるBEPS2.0を念頭に、現在国際的に進められている税制改革を受け、その影響の複雑性や不確実性を鑑みて、IASBは緊急的な例外措置を講じました。

具体的には、この国際的な税制改革により課せられるであろう第2の柱(Pillar Two)モデル・ルールに基づく法人所得税について、繰延税金資産及び負債を認識してはならないという強制的かつ一時的な例外措置が設けられました。

その代わりに、開示による情報提供が義務付けられており、<表2>の内容が要求されています。

 

表2 「国際的な税制改革―第2の柱モデル・ルール」により導入された開示要求

全ての期間に適用

① 第2の柱の法人所得税に係る繰延税金資産及び繰延税金負債に関して認識及び情報開示に対する例外を適用した旨を開示する

② 第2の柱の法人所得税に係る当期税金費用(収益)を区分して開示する

法制が制定される以前の期間又は実質的に制定されているが未発効である期間に適用

③ 財務諸表の利用者が第2の柱の法人所得税に対する企業のエクスポージャーを理解するのに役立つように、報告期間の末日時点の当該エクスポージャーに関する、既知の又は合理的に見積可能な定性的情報及び定量的情報を開示する(当該情報は法制のすべての具体的な要求事項を反映する必要はなく、示唆する形式での提供も可能)

④ 情報が既知でなく合理的に見積可能でもない範囲では、企業はその旨の記述及びエクスポージャーの評価における企業の進捗状況に関する情報を開示する


日本の状況としては、2024年3月期は「実質的に制定されているが未発効である期間」に該当するため、<表2>のうちの①、③及び④の開示が必要になります。なお、②については、2025年3月期より開示対象となると見込まれます。

適用時期については、繰延税金の認識禁止措置及び<表2>の①の開示規定が2023年5月の公表から直ちに、その他の②~④の開示規定が2023年1月1日以後開始する事業年度より、適用開始されます。

各企業においては、海外子会社のある国・地域における、第2の柱モデル・ルールの整備状況やその影響の大きさなど、これらの情報収集や開示内容の検討には時間を要する可能性があるため、早期に準備に取りかかることが重要といえます。


3. その他の基準書及び改訂

① IFRS第17号「保険契約」

IFRS第4号に代わる保険契約に関する会計処理の包括的な基準書として、IFRS第17号が発行されました。適用対象は「保険契約を発行している企業」とされていることから、保険会社以外も適用対象となる可能性があります。

② 会計上の見積りの定義

これまでなかった「会計上の見積り」の用語を新たに定義することで、会計上の見積りの変更(将来に向かって適用)と、会計方針の変更(遡及適用)との区別がしやすくなるように、改訂が行われました。

③ 単一の取引から生じた資産及び負債に係る繰延税金

リースや廃棄義務を有する資産の取得など、1つの取引から同額の資産と負債を認識する場合に、それに伴う繰延税金資産と繰延税金負債の認識は免除されない、すなわち相殺してはならないことが明確化されました。

 

Ⅲ 経済・社会環境の変化が財務諸表に及ぼす影響

1. 気候関連事項

気候変動への関心がかつてないほどに高まっていることから、各企業においてはさまざまな取組みが進められていることと思います。それらの活動内容が財務諸表にどのような影響を及ぼすか、十分に検討することが求められています。

現在のIFRS会計基準では気候関連事項に関する単一の明確な基準はありませんが、気候関連リスク及びその他の同様の不確実性は、会計の多くの分野に影響を与える可能性があります。

例えば、ある固定資産を使用して生産した製品を将来に販売できなくなったことがわかっている場合、当該固定資産の耐用年数と残存価値に影響を与える可能性があり、現在及び将来の減価償却費に影響します。 また、そのような状況においては、資産の収益性が帳簿価額に見合わない状況が発生する可能性があり、減損テストにつながる可能性があります。

減損テストに関する他の論点として、例えば、製造の過程でCO2が発生し、将来的にCO2に関する支払いが生じると予想される場合に、減損テストの計算に含める必要がある可能性があります。

そして、このような減損の原因となる、CO2に関する規制を含む気候関連事項の不確実性については、見積りや判断、シナリオなどについて何を開示すべきかという開示の問題につながっていくこととなります。

気候関連事項に関する会計上の留意点及び開示例については、「Applying IFRS:気候変動の会計処理(2023年8月版)」にて、詳細を解説していますので、ご一読いただくことをお勧めいたします。


2. その他の考慮事項

社会情勢の不安定化に伴い、経済環境の変化が財務諸表に及ぼす影響は多岐にわたっています。以下にその例を挙げてみることとします。

① 金利上昇

世界各国におけるインフレへの対処に伴い、高水準の金利が続いていることから、金利収益及び費用の増加をはじめとして財務諸表に広範な影響を及ぼしています。

例えば、1年後に借換えが必要な借入金など、短期債務や変動金利での資金調達を行っている場合、金利の上昇は今後の利息費用に影響します。したがって、金融商品の公正価値測定に影響を及ぼすことになります。

そして、金利は、将来キャッシュ・フローの現在価値を計算するための割引率の基礎でもあります。現在価値の計算上の分母である割引率が上がると、算定される現在価値の金額が低くなります。減損テストにおいて、企業が使用価値を用いる場合に、多くの場合、現在価値への割引を行うことになります。特に、将来キャッシュ・フローにターミナルバリュー(永続価値)が含まれる場合に、割引率が上がると算定額が大幅に下がる可能性があります。

② インフレ及びハイパーインフレーション

特定の資産及び負債の測定について、インフレによって将来の予想コストが上昇した場合に、それらのコストが関連している引当金の金額が増加する可能性があります。

また、将来のコストが上昇する一方で、収益が横ばいのままであり、増加したコストを顧客に転嫁する方法がない場合、減損リスクが高まることになります。

さらに、企業が売掛金の信用リスクを評価する際には、予想信用損失を考慮する必要がありますが、金利やインフレの影響をより強く受けるような業種では売掛金の予想信用損失が増加することが想定されます。

インフレが非常に高くなりハイパーインフレーションに該当する場合には、IAS第29号「超インフレ経済下における財務報告」の適用を検討する必要があります。

 

Ⅳ おわりに

2024年には、IAS第1号に代わりIFRS第18号となる表示・開示に関する新しい基準書が公表される予定となっています。これは各企業に少なからず影響し、対応が必要となることが予想されます。一方で、前述の通り、将来の経済環境に対する不確実性が高まっており、気候変動をはじめとする各種リスクの財務諸表への影響を慎重に検討することが求められています。新基準書公表前の今の時期を好機と捉え、今一度、現在の財務諸表をご確認されてはいかがでしょうか。


サマリー

2024年3月期から適用される基準書としては、会計方針の開示方法に関する変更や、「第2の柱モデル・ルール」に関する法人所得税への適用などが挙げられます。また、気候関連事項やその他の考慮事項が財務諸表へ及ぼす影響について、十分に検討することが求められています。


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