EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYパルテノンは、EYにおけるブランドの一つであり、このブランドのもとで世界中の多くのEYメンバーファームが戦略コンサルティングサービスを提供しています。
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日本の医療ICTは、1999年の電子カルテ導入から始まり、ほぼ四半世紀を迎え、電子カルテ浸透率も50%¹ を超える水準となりました。2010年代に入り、電子カルテのクラウド化が進展するとともに、オンライン診療、オンライン予約、WEB問診、オンライン決済システムなど、患者体験の向上に貢献する多くのデジタルソリューションが登場し、徐々に各医療機関への浸透が進んでいます。特に、オンライン診療は、2020年初旬からの新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大をきっかけに法制度の改正がなされ、一定の伸びを見せました。
ポストコロナにおいては、ヘルスケアソリューションプロバイダー各社の資本・業務提携が加速し、患者側として、オンライン・オフライン分け隔てなく、医療サービスを受けられ、診察に関わる個人情報の閲覧ができる世界、つまりは医療現場におけるOMOの世界の到来が期待されます。
本稿では、日本の医療現場において、(A)将来、OMOがどのように進展し、特に患者体験の変革に大きな貢献をなしうるか、(B)OMO実現に向けて、どのような課題・ボトルネックが存在するか、(C)ヘルスケアソリューションプロバイダーは、昨今のOMOの潮流の中で、どのような戦略的方向性を定めていくべきか、ついて考察します。
通常、患者が医師にかかる際の手順として、自身の体に関して何らかの違和感を覚えた際、住まいまたは勤務先に近い医療機関をインターネットで探し出し、アクセスするという方法が一般的です。EYの調査2 では、半年以内に医師にかかったことのある一般患者が医療機関を選択する際に重視する要素として、“自宅からの近さ”を挙げる割合が6割を占めています。
このような従来の患者体験は、OMOの世界観の進展によって、大きく変化していくと予想されます。例えば、大手ヘルスケアサービスプロバイダーは、症状検索サービス、疾患別オンラインコミュニティを通じて、患者の興味のある疾患や医療に関する情報を常日頃から発信しており、その後、必要に応じてオンライン診療・医療機関での対面診療に連携するソリューションを提供しています。これにより、患者・患者予備軍は、自身の疾患や医療に対する正確な理解と、適切な医療機関、診療形態の選択が可能になります(図1-①)。また、オンライン服薬指導サービスプロバイダーは、診療後、薬剤師からの服薬指導をオンラインで提供し、薬の配送まで担うことで、これまでに無い、極めて効率的な診療後プロセスを実現しています(図1-②)。
OMOがもたらす患者体験の変革は、診療に関わる時間短縮以外にも、患者個人に関するデータを一元管理できることによる、医師側の医療サービスの質向上、患者側の自己管理の質向上など、多くのメリットがあります。EYの調査2 では、通院する一般患者のうち、70%近い人が、OMO(オンライン診療、対面診療の両方向を活用した医療サービス)の利用に対して、肯定的な理解を示しています。
一方で、現状においてオンライン側の患者フローは、対面プロセスと比してごくわずかであり、オフラインとオンラインの連携はまだ初期的な段階3 にあると言えます(図1-③)。
図1:現状の診療件数・処方箋発行枚数と、処方箋フロー3
医療現場のOMO実現の起点となるオンライン診療の浸透率(医療機関数ベース)は、コロナ禍をきっかけとした規制上の大きな改善(医療報酬水準の上昇、初診からのオンライン診療の許可)によって、現在15%4 を超える水準となりました。しかしながら、依然として対面診療と比較した際の診療内容の制限(触診の不可、検査機器の使用不可)、オンライン診療への医師側の理解の無さなどが阻害要因となり、今後の浸透率は緩やかな上昇にとどまると見られています(図2)。また、オンライン診療を導入した医療機関の中には、実際にはほとんど利用していない医療機関も多く、統計ではオンライン診療を導入した施設の87%で、オンライン初診の月平均が5件未満4となっています。
図2:オンライン診療の浸透率
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続きを読む医師・医療機関側のデータ連携に対する警戒もOMO実現のボトルネックになっています。EYの調査2によると、一部の医師は、「自身の診療内容や診断結果、処方方針を他の病院の医師に見られることに対する抵抗感を持っている」、医療機関は、「医療情報の共有に経済性がないと考えている」、「連携による情報漏えいを警戒している」など、OMO推進に否定的と思われる意見を持っていることがわかりました。また、昨今の日本の医療機関に対するサイバー攻撃の多発により、一部の病院はオンラインから距離を置く動きも予想されます。
医療データの中で価値の高いデータを多く含むと考えられる電子カルテに関しても、OMO実現のボトルネックとなる要因が存在します。まず、電子カルテの浸透率ですが、導入コスト負担、移行の作業負担、紙カルテの慣れ親しみなどが要因で、依然として海外に比べて低い水準(日本は約50%、米国は約85%、英国は約99%5 )にあり 、まだ大きく改善の余地があります。さらに、日本においては、各電子カルテベンダーの規格の違いが存在し、電子カルテベンダー各社が競合関係にあるため、他社へのデータ連携には消極的であることもOMO推進の阻害要因となります。これに対して、自民党政務調査会は「医療DX令和ビジョン2030」を打ち出し6 、その中で、電子カルテの標準化、データ連携の促進(全国医療情報プラットフォーム構想)を推進すると提言しており、当推進によって、OMO実現のための事業基盤の強化が望まれます。
このような事業環境の中、ソリューションプロバイダーは、OMO実現に向けて、どのようなポイントを押さえて、自社の戦略的方向性を定めていけばよいでしょうか。EYストラテジー・アンド・コンサルティングが考える、プロバイダー側が押さえるべき戦略上の要諦は、①データの価値向上、②大きな顧客基盤の巻き込み、③OMOと親和性のある医療機関への働きかけ、の3つです。
1つ目に、データの価値を高める(①)動き方をすること、そのために戦略的にエコシステムを形成することが重要と考えます。すなわち、患者基礎情報、既往歴情報、薬歴など、利用価値の高い医療データを広く、深く、正確に、連続で保持しているプレーヤー、または、自社と補完的な関係でこれらの医療データ基盤を構築していけるプレーヤーと、先んじてエコシステムを形成し、相互にデータを連携することで、エコシステム参加企業のデータ価値の向上を行うことです(図3)。多くの電子カルテプロバイダーは、電子カルテを自社内にデータとして持つため、自社内で完結したエコシステムを形成する傾向が見られますが、一方、非電子カルテプロバイダーは、他社との連携によるエコシステム形成を積極的に行う傾向が見られ、電子カルテプロバイダーとは異なった動きを見せています。非電子カルテプロバイダーの場合、ペイシェントジャーニーを通じていかに連携のしやすいソリューション設計を行うか、他社とのAPIの連携を容易にするかが、エコシステムを形成する上で重要です。加えて、データを“広く”獲得していくための手法として、医療データを超えて、健康データ、食品購買データなど、顧客のライフスタイルに関わるデータを取っていくことも有力ですが、ソリューション間のコンバージョンレート(両ソリューションを活用する一顧客の割合)が下げ止まり、データの連続性担保に苦戦するケースも存在するため、ソリューション間の親和性(すなわち、相互補完性、顧客セグメントの類似性)の見極め、ソリューション間のCXの作りこみが求められます。
次に、大きな顧客基盤を巻き込むこと(②)は、将来的に大きく患者の動態を変化させていく上で、将来における重要な先行投資となると考えます。図1に示す通り、大手キャリア、電力会社、SNSなどが持つ巨大なToC顧客基盤が、患者の動態変化の起爆剤となる大きな可能性を持っています。例えば、大手キャリアは、ヘルスケアソリューションプロバイダーと提携し、キャリアショップでのオンライン診療、オンライン服薬指導の販売促進や、携帯アカウント情報の当サービスへの連携などを開始しています。ToC顧客基盤から医療現場への流入経路開拓は、近年始まったトレンドではありますが、大企業のマーケティング力と、大きなToC顧客基盤をいかに活用して、OMOの患者体験スキームに組み込んでいくかは、ヘルスケアソリューションプロバイダーの成長上、非常に重要な論点です。
最後に、OMOと親和性のある医療機関への働きかけ(③)が、OMO実現上、重要であると考えます。100床以上の病院には、院内のIT承認プロセスの多さ・複雑さ、既存システムの影響などにより、OMOは浸透しにくい傾向があります。病院規模が大きくなれば、プロダクトごとに決裁権限者が複雑に分岐し、最終的に委員会の承認が必要になるケースがあり、OMOの親和性が概して低くなります。一方、小規模病院やクリニックは、小規模であることから内部の意思決定が早く、既存システム数が少ないため、新システム導入が比較的容易であり、そして比較的若い医師が多いことからITリテラシーが高いケースが多くあります。クリニックの新規開業は国内で毎年約1万件7 発生していますが、これら開業したばかりの医療機関への働きかけは、OMOを推進する上で有力です。
図3:エコシステムの全体像
以上、3つのポイントを押さえることが、ヘルスケアソリューションプロバイダーが医療現場におけるOMOを推進する上で極めて重要であり、そして、当OMOを推進することは、医療行為において、医療従事者目線での基準だけではなく、患者にとっての価値を取り入れた基準にしていく考え方である、バリューベースヘルスケア(VBHC:Value-based Health Care)8 にも貢献すると考えます。
脚注
医療現場におけるOMOは、患者体験の変革と、医療サービスの利便性・質向上を実現する上で、重要な技術的コンセプトです。医師・医療機関の意識改革など、さまざまな課題がある中、ヘルスケアソリューションプロバイダーは、業界ステークホルダーを巻き込む形でこれらの課題を解決し、OMOの実現に寄与することが、当市場にて勝ち抜き、バリューベースヘルスケアに貢献する上で重要です。