上下水道などの公共インフラは気候変動や脱炭素社会化へどう対応するか

上下水道などの公共インフラは気候変動や脱炭素社会化へどう対応するか?


地方公共団体における温室効果ガス排出量の5割を占める地域もある上下水道事業においては、気候変動対策を単なるコスト増と捉えず、持続可能な経営、ひいては将来世代における低廉なサービスを提供するための最重要課題と位置付けることができます。また、新たな電力供給制度を活用することで、地域全体のカーボンニュートラルにつなげていく機会にもなります。


要点

  • 温暖化対策に取り組むことは、長期的には地方公共団体が運営する上下水道事業の経営安定化、ひいては将来にわたり低廉なサービスを維持し続けることにつながっていく。
  • 脱炭素の取り組みが進む中で上下水道事業にとってコスト上昇となりにくい形で温暖化対策に貢献できる新たな仕組みが整いつつある。
  • 遊休地を活用するコーポレートPPAや地域の電力需要の平準化に資するVPPは、上下水道などの公共インフラ分野においても活用され始めている。 


2021年、地球温暖化対策の推進に関する法律(以下、「温対法」)が改正されたことにより、パリ協定に基づく温暖化抑制目標を達成すべく、国、地方公共団体および民間の団体などの密接な連携が求められることとなりました(新設第2条の2関連)。温暖化による⾃然災害の激甚化は、地域全体の持続可能性を脅かすリスクとなり、このリスクを回避、抑制することは全ての組織や個⼈が共通で取り組むべき課題となっています。

上下水道事業の年間の電力消費量は、約150億kWhであり、日本全体の約1.5%を占めるとされています。また、温対法に基づく地方公共団体実行計画によると、上下水道事業の温室効果ガス排出量が、政令指定都市において事務事業全体(当該都市のあらゆる事業)の排出量の2割以上を占める都市があったり、地⽅都市においては5割を占める都市があったりするケースが見られます。上下⽔道事業を運営する地方公共団体としても、上下⽔道における温室効果ガス排出量の削減は喫緊の課題です。

 

さらに、令和3年10⽉22⽇に閣議決定された地球温暖化対策計画では、上下⽔道において省エネルギー設備や再⽣可能エネルギーの導⼊を促進することが明記されました。令和3年12⽉13⽇には、政府の「再⽣可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース(第17回)」において、「⽔循環政策における再エネ導⼊⽬標・ロードマップ」が提⽰されるなど、上下⽔道事業において、安定した水道⽔の供給や下⽔の処理などの基本目標に加えて、地球温暖化対策が事業の重要な⽬標として新たに位置付けられたわけです。

1.  地方公共団体における地球温暖化対策の現状

温対法では、都道府県および市町村は、その区域の自然的社会的条件に応じて、温室効果ガスの排出の抑制などを目指して総合的かつ計画的な施策(地方公共団体実行計画)を策定し、および実施するように努めるものとするとされています(第21条関連)。また、改正温対法では、「地域の環境の保全のための取組」および 「地域の経済及び社会の持続的発展に資する取組」を併せて行うものとして「地域脱炭素化促進事業」が新たに定義され、地方公共団体実行計画において促進事業の対象となる区域(促進区域)などの事項を定めるよう努めることとされました。

こうした制度改正も踏まえつつ、昨今、脱炭素社会に向けて、2050年二酸化炭素実質排出量ゼロに取り組むことを表明した都道府県および市町村が増えつつあります。2021年末時点で、40都道府県、306市、14特別区、130町、24村1 が「2050年までに二酸化炭素排出実質ゼロ」(いわゆる、ゼロカーボンシティ)を表明しています。

地方公共団体に対しては、これまで以上に地球温暖化対策における地域の中心的役割が求められており、多くの地域において着実に動きが広がっています。

2.  上下水道での温暖化、気候変動の影響

温暖化対策は、⻑期的には上下⽔道事業の経営安定化、ひいては将来にわたり低廉なサービスを維持し続けることにつながっていくことを私たちは認識しなければいけません。近年の気候変動によって⽔源⽔質の悪化や洪⽔・内⽔氾濫などが発⽣しており、上下⽔道事業においても対策が必要となっています。例えば、琵琶湖の⽔質悪化に伴う臭気対策として多量の活性炭が使⽤されるようになり、⽔道事業では薬品費や⽔源監視費⽤など安定な⽔供給を維持するためのコストが増加しています。また、琵琶湖では2021年末にかけて例を見ない水位低下で渇水の可能性も危惧されました。

東京都の水道局環境5か年計画2020-2024(2020年3月)2 では、気候変動による水道事業への影響として、自然災害(豪雨災害、土砂災害など)対策としてのバックアップ機能の強化や施設の浸水防止、渇水対策として新たな水源の確保や貯水池の保全などを掲げています。

また、台⾵や頻発するゲリラ豪⾬などにみられるように、降⾬量の集中化や激甚化により、下⽔道の処理限界を超えることによる浸⽔被害や汚水が処理されずに川や海に流出するといった環境負荷の発⽣なども増加しています。

このように上下水道も、気候変動、地球温暖化の影響を大きく受けており、リスクの増加や対策コストの増加を余儀なくされています。

3. 上下水道などにとっての新たな温暖化対策の可能性

これまで温暖化対策は、省エネルギー設備や再⽣可能エネルギーの導⼊など、追加的なコストがかかるものであるというのが共通の認識でした。⼀般的に、上下⽔道施設は、巨⼤なポンプなどで⼤きな電⼒を要し、また、負荷率が⾼い(昼夜の電⼒使⽤量が安定して⼤きい)という特徴があります。そのため、電⼒販売者側から見ると「優良顧客」であり、電⼒単価が安価な設定となっていることが⼀般的です。そのため単純な再⽣可能エネルギーの導⼊は、上下⽔道事業側から⾒ると「コスト上昇」に陥りやすいという傾向があります。

一方で、上下水道事業者にとってコスト上昇となりにくい形で温暖化対策に貢献できる新たな制度も整いつつあります。ここでは2つの施策について取り上げます。

1つ⽬は、PPA(Power Purchase Agreement︓電⼒販売契約)という仕組みです。これまでも、上下⽔道施設の屋根や空きスペースに太陽光発電設備を設置する事例は多くありました。特に固定価格買取制度(FIT)導⼊後は、⾃家消費だけでなく、FITによる売電も多く⾏われるようになっています。

PPAは、発電事業者と需要家が相対で直接契約できる仕組みとして2021年頃から⺠間企業の間で活⽤が活発化しています。発電事業者にとっては、FIT終了後にも⻑期間固定価格で売電が可能となり、また需要家にとっては初期投資せずに再⽣可能エネルギーの活⽤が可能であることから、Win-Winの関係の構築が可能なことが背景にあります。また、PPAの利点は、遠隔地(オフサイト)であっても発電事業者と需要家が契約を締結できることが挙げられます。このため、必ずしも需要地点の敷地内に⼗分なスペースがなくても、オフサイトPPAの形で再⽣可能エネルギーの調達が可能となっています。

最近では、この動きが⺠間企業の間だけでなく、⾏政でも始まっています。2020年12月に、横浜市が複数の小中学校への再⽣可能エネルギー(太陽光発電)導入の実施事業者を募集したところ、⺠間企業からの提案によって、余剰電⼒を太陽光発電設備の設置箇所である小中学校以外の市の公共施設へ自己託送するオフサイトPPAを導⼊することを決定しています。発電設備は⺠間企業の資⾦によって整備され、横浜市との間では電⼒需給契約を締結するというスキームであるため、横浜市にとっては初期投資がなく従来のように電⼒を外部から調達する⽅法と変化はありません。また、前橋市では、市の清掃工場で発電した余剰電力を、上下水道施設を含む市有施設に送電するPPAの実証事業を行うことを発表しています。

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出典:横浜市記者発表資料(2021年3月17日)を基にEY作成

このように、PPAは地方公共団体が保有している用地や施設などを活⽤して、遠隔地の電力需要がある施設で再⽣可能エネルギーを利⽤できることから、発電地点および需要地点の両方の面で上下⽔道施設などの公共インフラへの適⽤も期待できます。これまでは各需要地点(施設)や部署において個々に電力を調達していましたが、PPAによって地域横断的に再生可能エネルギーを調達(エネルギーの面的利用)することが可能となり、従来の縦割り管理の域を超えて地域全体での脱炭素に貢献することができます。なお、電力を大量に使用し、かつ負荷率の⾼い上下⽔道施設では、小売電気事業者からの電⼒調達単価が比較的安価な設定となるケースが多く見られます。一方で2020年時点におけるkWhあたりの平均コストが13~15円/kWh3とされる太陽光発電によるPPAでは、小売電気事業者から電力を調達する方が経済的である可能性があります。したがって、現時点では、上下水道施設などを発電地点として活用することが選択肢として考えられます。

2つ⽬は、上下水道事業における水の位置エネルギーを活⽤したVPP(Virtual Power Plant︓仮想発電所)です。VPPとは、太陽光発電や蓄電池に加えて、家庭や企業などが有する設備(リソース)をまとめて管理し、まるで1つの発電所のように電力需給に応じて設備を遠隔・統合制御する仕組みです。太陽光や⾵⼒は再⽣可能エネルギーとして温暖化対策に貢献しますが、気象条件により発電出⼒が変動し、電⼒系統にとって負担となる不安定な電源です。VPPは、このような負荷の平準化や再⽣可能エネルギーの供給過剰の吸収、電⼒不⾜(地域の電⼒需要が⼤きい)時に設備の稼働を抑制することで、仮想的に電⼒を供給するなどの機能として、再⽣可能エネルギー時代の電⼒の安定供給に貢献するものです。

既にいくつかの上下⽔道事業で、VPPの実証事業・導⼊が進められており、⽔道施設では主に浄水場で造った水を配水池などに大規模に送り出す送⽔ポンプがVPPのリソースとして活⽤可能であることが検証されています。例えば、⽇中の電⼒需給がひっ迫した際に、配⽔池の⽔位が過剰に下がらないようにバランスを⾒ながら、アグリゲーター(需給を統合・管理する者)からの指⽰に基づいて、送⽔ポンプの稼働を抑制するといった運⽤が想定されています。また、VPPを導⼊した地方公共団体の上下⽔道事業者は、指⽰に応答して施設の稼働を制御することで、アグリゲーターから報酬金を得られる仕組みとなっています。

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4. 終わりに

本稿では、国・社会全体の温暖化対策における要請と、温暖化対策の上下⽔道事業における位置付け、ならびに新たな制度を活⽤した上下水道事業や清掃工場などでの取組方策を⽰しました。2050年のカーボンニュートラルを⾒据え、電⼒事業を取り巻く制度は⽇々変化しており、電力需要者にとって活⽤しやすいものへと変わっています。再⽣可能エネルギーの導⼊に当たっては、国からの補助などの⽀援もあり、そうした支援制度を活用することで、上下⽔道施設などにおけるPPA による⾃家消費の可能性は、経済面から容易になり得ます。

上下水道事業にとって、地球温暖化対策は避けては通れない命題です。上下水道事業者には、今後も新しい制度を活用し、地域における温暖化対策で中心的な役割を担っていくことが求められます。

  1.  環境省「地方公共団体における2050年二酸化炭素排出実質ゼロ表明の状況」、https://www.env.go.jp/policy/zerocarbon.html(2022年1月19日アクセス)
  2.  東京都水道局「東京都水道局環境5か年計画 2020-2024」(2020年3月)、https://www.waterworks.metro.tokyo.lg.jp/suidojigyo/torikumi/kankyo/(2022年1月19日アクセス)
  3. 経済産業省「第73回調達価格等算定委員会」資料、https://www.meti.go.jp/shingikai/santeii/073.html(2022年1月19日アクセス)


サマリー

脱炭素社会化に向け、国内の電力使用量の約1.5%を消費する上下水道事業にとって、地球温暖化対策は避けては通れない命題です。省エネルギー設備の導入だけでなく、地域における再生可能エネルギーの普及や電力の安定化なども上下水道事業者にとっての新たな施策となり得ます。


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