EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
EYパルテノンは、EYにおけるブランドの一つであり、このブランドのもとで世界中の多くのEYメンバーファームが戦略コンサルティングサービスを提供しています。
要点
ドナルド・トランプ氏の再選が確実となり、米国では史上2人目として、返り咲きを果たした大統領を迎えます。世界がここ数十年で最も高い地政学リスクに直面する中、米国は、外交・国内政策を大転換する方針です。今回のトランプ氏は、一般投票でも選挙人数でも勝利し、2016年と2020年の選挙結果を上回る支持を獲得しました。
過去10年間で、日本企業による地政学リスクに関する開示は10倍に増加
トランプ2.0は、取引主義的で孤立主義的、かつ予測不可能な外交政策への回帰を示唆するものであり、市場や世界のビジネス界は不確実性が一層高まる時代を迎えることになるでしょう。トランプ新政権は、国内政策として減税や規制緩和を掲げていますが、他方、非常に保護主義的な通商政策や投資抑制といった方針を示しており、企業のサプライチェーンやビジネスモデルに大きなリスクをもたらす可能性があります。
今回の大統領選の結果を受け、EYでは、その影響を分析し対応策を模索する日本企業がまず実行すべきこととして、以下の4つの有益な行動を推奨します。
過去10年間における通商および投資に関する政策方針については、共和党と民主党の間である程度の一致が見られました。しかし、トランプ2.0は数十年にわたり続いてきた米国の通商政策を根本的に転換する意向を示しており、非常に注目に値します。トランプ氏の通商政策のアジェンダは、①全輸入品に10~20%の関税導入、②対中関税の60%引き上げ、③米国の輸出品に10%を超える関税を課している国からの輸入品に対してはそれ以上の関税(つまり、相互関税)を課すなど、非常に厳しいものになっています。
より広い観点では、トランプ氏の再選は、今後のグローバル化の重要な分岐点を意味し、世界のGDPに対する貿易の比率に大きな影響を及ぼすことが予想されます。その影響は、多国籍企業のサプライチェーンやビジネスモデル、貿易戦略、税務戦略にも及ぶ可能性があります。
経営幹部は、トランプ新政権が取り得る通商措置について自社のバリューチェーンへの影響を分析・シミュレーションし、戦術的な対応策(例えば、米国内調達へのシフト、原産国計画や税務計画など)の必要性について考える必要があります。また、新たな通商政策方針に沿ってビジネスモデル全体をより最適化できるよう、運営体制の再構築(例えば、流通チャネルや調達地の再評価など)を検討することも重要です。
トランプ氏の再選が確実になり、税制の大幅な見直しが現実的になってきました。特に、2017年の税制改革・雇用創出法(TCJA)の主要規定が期限切れとなる「関税の崖」を迎える2025年末には、米国の国際租税法に関連するTCJA条項の改正が予定されており、未解決となっている税関連の諸問題が新たな議論の対象となるでしょう。
2017年にTCJAが成立した際に広範な税制改革が行われたことを踏まえると、2025年も個人税制、法人税制、国際税制など幅広い領域で議論が行われると予想されます。トランプ新政権下で共和党は、TCJA法について、全条項あるいは部分的条項の延長を図る可能性があります。(民主党のカマラ・ハリス氏が当選していた場合、年収が40万ドル以下の人々に対してのみTCJA条項の延長が行われたかもしれません)
共和党も民主党も2025年あるいは2026年初めに税制改革法案を成立させる意向を示していますが、どの条項がどの所得層に対して延長されるか、費用がどの程度相殺されるか、およびその方法などについて意見が分かれています。多くの変動要素が存在する中、企業は、米国の政治動向を注視しつつ、想定される税制改革の影響を予測し、自社の事業運営に影響を及ぼす可能性のある重要な税制問題について最新の情報を常に把握することが求められます。
円相場が7月に1ドル161.69円まで下落したことを踏まえると、米国の金融政策、ならびに政権交代に伴うインフレ効果は、日本企業と日本経済に最も重大で直接的なリスクをもたらすでしょう。円安の最大の要因として米国経済の強さが再認識されている一方で、9月に連邦準備制度理事会(FRB)がタカ派姿勢を維持してきたことは、通貨に大きな影響を及ぼし、日米の金利差の拡大に拍車をかけました。
ハリス氏が当選した場合には、ねじれ状態での議会運営が強いられるため、連邦準備制度(FRB)は今秋から2025年にかけて金融緩和を維持するとの観測が高まっていました。しかし、当選が確実となったトランプ氏の政策要綱には、広範な関税の導入(上記参照)、移民政策の厳格化、FRBの独立性低下、ドル切り下げなどが盛り込まれており、エコノミストは、FRBが今後タカ派的な姿勢を再び強め、金利引き下げの一時停止もしくは金利引き上げに踏み切る可能性があると予測しています。
*オックスフォード・エコノミクスは、FRBが重視するインフレ指標であるPCEデフレーターが2026年に2.5%まで上昇し、2027年には緩和サイクルが終了する可能性があるとし、それにより米国の政策金利であるFFレートは3.9%にまで引き上げられるという見通しを発表しています。しかし、ドル安を誘導したいトランプですが、インフレを促す政策の組み合わせが予定どおり全て実施されれば、皮肉なことに、ドルが高騰し、円安が日本の輸出企業にとって追い風となります。一方、日本の輸入企業は引き続き不利な状況を強いられることになるでしょう。
武力衝突の拡大や冷戦の激化など重大な地政学的ショックが発生するリスクは、ここ数十年で最も高い状態にあります。米国のリーダーシップと世界的な安全保障という役割は、地政学上重要なほとんどの地域において、紛争の抑制や拡大防止などの地政学的動向に最も大きな影響を与える重要な要因です。
トランプ新政権下の米国の外交政策は、同じ考えを持つ国々との同盟の構築・強化、ならびに「ルールに基づく秩序」へのコミットメントを特徴とする国際主義的な傾向から転じて、孤立主義を基調とする取引的なアプローチへと移行し、不確実性がますます高まることが予想されます。
米国のウクライナへの財政支援は今後どうなるのでしょうか?NATOと欧州の安全保障への米国のコミットメントは弱体化するのでしょうか?米国は中東情勢にどれだけ有意義に関与し続けることができるのでしょうか?中国との関係における「デカップリング(切り離し)」と「リスク軽減」の方針は今後どうなるのでしょうか?これらの質問は、トランプ新政権の発足とともに、全て議論のテーブルに上がるでしょう。
企業は、地政学的動向を変えることはできませんが、最悪のシナリオでも自社を守り、成長を維持するために、運営や戦略、グローバルポートフォリオの配分などを調整することはできます。日本から「地政学的に遠い」とされる地域を含む一部の地域では、拠点国内での自律的な組織運営へと移行する必要があるかもしれません。これにより、法的構造の簡素化、技術的依存関係の低減、グローバルブランドよりも地元ブランドの重視などが促進されます。また、危機的状況が発生した場合に備え、代替の供給元や輸送ルートなどを特定しておく必要がある地域もあるでしょう。
次期トランプ政権下における地政学的環境はこれまで以上に不安定で予測不可能なものになると予想されます。企業を取り巻くビジネス環境が一変し、多くのグローバル戦略の基盤となっている前提が揺らぐ可能性があり、企業のアジリティ(機動力)、シナリオプランニング、政治動向に対する深い理解はますます重要になるでしょう。このような環境に置かれた企業があらゆるリスクを認識しグローバルに成長し続ける上で欠かせないのが社内での地政学的対応力の構築です。日本の多国籍企業の間では、すでにその取り組みが広がっています。また、地政学的対応力の強化は、危機的な状況の中で企業の価値や戦略的選択肢を守る上でも有益です。
*出典:オックスフォード・エコノミクス (Oxford Economics. US: The economics of a second Trump presidency. 11 April 2024, Oxford Economics. US: Summarizing our election scenarios. 5 July 2024, Oxford Economics. US: Updating our Harris and Trump scenarios. 22 August 2024)
メールで受け取る
メールマガジンで最新情報をご覧ください。
地政学リスクの管理には、リスクを「避ける」のではなく、「積極的に受け入れる」姿勢が重要です。企業は、このようなアプローチであらゆるリスクを認識しながら、グローバル成長を追求する必要があります。
EYの関連サービス