2024年、金融機関向け株主提案の新たな視点 ~気候変動取組みを推進するためのガバナンスの充実~

2024年、金融機関向け株主提案の新たな視点 ~気候変動取組みを推進するためのガバナンスの充実~


ガバナンス強化により、気候変動に関するリスクと機会が企業戦略に着実に組み込まれることを通じて、企業価値の増大や外部不経済の抑制につながるか、今後注目されます。


要点

  • 環境NGOから大手企業向けにカーボン・ニュートラルの取組みに関する株主提案が出されることがここ数年続いている状況の中、2024年6月の株主総会では新たな視点として、取締役のコンピテンシー、すなわち、ガバナンスの充実を求める株主提案が相次いだ。
  • 具体的には、気候変動関連のリスク及び機会が、企業の経営戦略に着実に組み込まれるよう、「取締役の指名」「取締役会の実効性評価に関する方針及び手続き」の策定・開示を定款に規定することが株主提案として求められた。
  • 定款変更を伴う株主提案は、3分の2以上の特別決議が必要である中、対象会社における当該議案の賛成率は25%程度と及ばなかった。一方、一部の議決権行使助言会社は株主提案議案への賛成を推奨していることや、先進企業はすでに株主提案の要求内容を実質的には組み入れており、今後、各社による気候変動対応が一層進展するか注目される。


2024年の環境NGOによる金融機関向け株主提案は、大きくは2つの分類に分けられます。1つ目は、気候変動のガバナンスの充実を求めるもの、2つ目は、顧客(投融資先)の移行計画の評価を実施することを求める内容で、メガバンク3行がそろって対象となりました。なお、事業会社向けには、気候変動に係るロビー活動のパリ協定との整合性を求める株主提案もなされました。

2023年以前の気候変動関連の株主提案では、株主提案を受ける企業自身によるネットゼロ移行計画の策定開示や、ネットゼロ目標と整合的な資本的支出が求められていたところからは、株主提案における要求が多様化しています。

2016年にパリ協定が発効して以来、多くの国・地域が地球温暖化に係る目標を定め、2020年には日本も2050年までにカーボン・ニュートラルを目指すことを宣言し、官民でさまざまな取組みが行われております。一方で、各国ごとに人口・エネルギー需要の成長、地理的特性による再生可能エネルギーの拡大に向けた技術的な課題、送電網の整備範囲や連結性の支障など、配慮すべき特性もあり、画一的なアプローチが有効とは考えられておりません。

他方で、今年相次いで株主提案がなされた気候ガバナンスの議案は、脱炭素化に向けた具体的な手法は取締役会に委ねつつも、気候変動関連のリスクと機会が企業戦略に着実に組み込まれるよう、そうした専門性が取締役会に備わることを求めています。

近年、GFANZをはじめとした海外イニシアチブによる働きかけなどを受け、ネットゼロ移行計画を策定することの重要性が広く認識されつつあります。EYでも、実効性のある移行計画を策定し、実践していく上でガバナンス体制の充実は肝要であると考えています。また、そうした取組みを行っても、開示されていなければ外部から適切に認知されることは難しいため、統合報告書などにおける開示の充実も必要であると考えています。

2023年10月には、ネットゼロ移行計画のゴールド・スタンダードを策定するために英国で立ち上がったTPT(Transition Plan Taskforce)が最終版のフレームワークを公表しました。当フレームワークでは、ガバナンス上の開示推奨事項の一つとして、移行計画の監督責任を持つガバナンス機関が、移行計画を監督するために必要なスキルを有しているか、その判断軸について開示することを推奨しています。

こうした背景もあり、先進的な企業はすでに、取締役会のスキルマトリクスを策定・開示するなど、株主提案の要求内容を実質的には組み入れております。また、策定開示した初版の移行計画の高度化を進める金融機関の動きも見え始めています。

今後もこうした取組みが進展することで、気候変動関連のリスクと機会が企業戦略に組み込まれ、企業価値の増大や外部不経済の抑制につながるかが注目されます。

2024年株主総会 環境NGOによる主な株主提案(メガバンク)
TPTの移行計画における開示推奨項目(ガバナンス領域)

サマリー 

環境NGOによる、大企業に対するカーボン・ニュートラルに向けた取組み強化を求める株主提案が増える中、今年の株主総会では、取締役の気候変動への対応能力の向上が求められました。議案は反対多数で否決されましたが、先進企業はすでに、実質的には要求に応えるような前向きな対応を進めております。


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