EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
金融庁は2023年4月21日、日本の資産運用業が、国際的な動向も踏まえて、経営とサービスの専門性と透明性を高め、国民の信頼を得て、わが国の重要産業として成長するために必要と考える事項を「資産運用業高度化プログレスレポート2023~『信頼』と『透明性』の向上に向けて」(以下、「本レポート」)として公表しました。
本レポートでは主に以下の課題について網羅的に具体的な課題を取り上げるとともに、国内の資産運用会社や金融機関等の多くの関係者に対してヒアリングを行い、詳細に分析し、対応案を示しています。
本稿では、本レポートで取り上げられた上記の主要な課題と対応案について、要旨を表にして説明します。
目次 |
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1.資産運用業の高度化に向けた課題 1-1. 資産運用会社の信頼性向上 1-2. 販売会社の信頼性向上 1-3. 運用の付加価値の向上 1-4. 資産運用業界の効率性改善 2.アセットオーナーの運用高度化に向けた課題 3.確定拠出年金(DC)を活用した資産形成の課題 |
わが国の資産運用業においては、資産運用会社の「事務」と「運用」、販売会社の「商品提供」と「アドバイス」が一体的に運営されていることが多く、同一の機能間の競争による高度化と効率化が遅れ、新規参入が進まない要因にもなっています。
家計・個人向けの情報開示の不足(情報の非対称性)や一部のアセットオーナーの専門性・人員不足等も指摘されており、資産運用に対する家計・個人や企業の理解は必ずしも十分に進んでいません。
出所: 金融庁「資産運用業高度化プログレスレポート2023(概要版)」
(2023年4月、www.fsa.go.jp/news/r4/sonota/20230421.html、2023年7月24日アクセス ※当記事内で、以下同様)
資産運用会社について、①経営、②運用体制、③ファンド保有銘柄のそれぞれに対する透明性の確保や、④プロダクトガバナンスの強化の4つの点から、下表の通り、具体的に各課題と期待される対応案を示しています。
主要な課題 |
具体的な課題 |
期待される対応案 |
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①経営の透明性確保 |
日系大手(世界大手と比較) ・経営陣の在任期間が短くグループ内他社出身が多いため運用会社の成長よりもグループ内人事を優先しているとの懸念。 ・ 経営トップ就任前の資産運用会社での勤務経験が少なく、選任理由の開示が進んでいない。 |
・日系の運用会社においても、高度化に向けたサクセッションプランの策定と経営トップの選任理由の開示が期待される。 |
②運用体制の透明性確保 |
・日本では、通常、法人顧客向けには運用体制(氏名、経歴、担当等)を開示しているが、特に個人投資家向けには、運用担当者の氏名開示が進んでいない。 |
・海外を参考に個々の投資信託の運用体制の実態が顧客に理解されるよう、自主的な開示を進めることが望ましい。 |
③ファンド保有銘柄の透明性確保 |
・日本での開示は年に1~2回の頻度にとどまる(海外では全保有銘柄を月次または四半期の頻度で開示)。 ・ 海外ではHTML形式やExcelファイル等の全銘柄の開示提供が進んでいるが、日本では、PDFファイルでの開示が主流であり、データの二次利用が困難。 |
・自主規制団体によるデータ開示の促進など、業界全体での開示方式の見直しが期待される。 |
④プロダクトガバナンスの強化 |
・プロダクトガバナンスの体制整備が進んでいるが実効性の確保は道半ば。一部の社では不芳ファンドの抽出基準が未設定、全体として毎月分配型の投資信託保有者の商品の重要な特徴認知率が低いといった課題あり。 |
・運用会社においては、商品性に応じた顧客属性を適切に想定した上で販売会社に伝達し、販売会社においては、当該顧客属性を踏まえた販売を行う等、業界全体でプロダクトガバナンスの取り組みの強化が求められる。 |
販売会社について、①顧客資産の持続的拡大に資する商品選定とアドバイスの提供、②ファンドラップの付加価値の明確化、③投資信託の手数料の明確化、④販売チャネルの多様化の4つの点から、以下の表の通り、具体的に各課題と期待される対応案を示しています。
主要な課題 |
具体的な課題 |
期待される対応案 |
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①顧客資産の持続的拡大に資する商品選定とアドバイスの提供 |
・過去の販売方法、商品選定により、業界全体で多数の投資信託を抱え、管理が煩雑で非効率。 |
・販売会社が、不芳ファンドの繰上償還に迅速に対応し、資産形成に資する商品選定とアドバイスの提供を行うことを期待。 |
②ファンドラップの付加価値の明確化 |
・ファンドラップの提供が拡大しているが、複数の投資信託を組み合わせた商品なのか、アドバイスも含むサービスなのかが明らかでないケースもあり。 |
・バランス型との違いも含め、運用体制やコスト控除後のパフォーマンス、手数料の構成等について開示の充実に努めることを期待。 |
③投資信託の手数料の明確化 |
・信託報酬のうち代行手数料のサービス内容説明が同一である一方、運用会社と販売会社の取り分がアクティブ運用もパッシブ運用も、ほぼ半分ずつとなっていることが多い。 |
・顧客本位の原則に沿って、販売会社の取り分が、どのようなサービスの対価なのか、合理的な説明を期待。 |
④販売チャネルの多様化 |
・米国と比べ、日本では、確定拠出年金やフィナンシャル・アドバイザー(FA)、直販による投資信託の購入者が少ない。 |
・販売チャネルの多様化に向けて、販売用プラットフォームを提供する金融機関数の増加や運用報酬以外の手数料が安い商品の提供拡大に期待。 |
運用の付加価値の向上について、①アクティブ運用の付加価値の向上、②スチュワードシップ活動の実効性評価のためのデータ活用、③インデックスプロバイダー間の競争促進、④海外資産の運用力強化の4つの点から、以下の表の通り、具体的に各課題と期待される対応案を示しています。
主要な課題 |
具体的な課題 |
期待される対応案 |
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①アクティブ運用の付加価値の向上 |
・日本では機関投資家のパッシブ運用の割合が高い。他方でアクティブ運用は、調査活動によって、中長期的に成長性の高い企業を発掘し、選別するという、重要な価格発見機能を担っているが、日本では海外と比べてベンチマークに勝っているファンドの本数割合が高い。 ・一方で、アクティブ運用の公募投資信託の総経費率を踏まえれば、欧米と比べて非効率であり、アクティブ運用の拡大による企業の選別を一層進めることで、ベンチマーク自体のパフォーマンスを高める余地が大きい。 |
・運用会社が、非上場株式等、早期に魅力ある投資機会を発掘できる体制を整え、付加価値の向上を図ることを期待。 |
②スチュワードシップ活動の実効性評価のためのデータ活用 |
・スチュワードシップ活動の実効性を評価する上で、運用会社の議決権行使結果の開示は有益な情報だが、多くの運用会社が結果をPDFファイルで開示しており、第三者が運用会社や企業の対応を比較・分析することが難しい。 |
・スチュワードシップ活動の実効性評価や企業との対話の一層の促進に向けて、運用会社各社が、利用者目線に立った自主的なデータ開示を進めることが望ましい。 |
③インデックスプロバイダー間の競争促進 |
・日本のパッシブ運用の投資信託で採用されるインデックスの種類は少なく、運用会社が支払う使用料は、一部で年々上昇しているとの指摘もあるが、使用料とパッシブ運用のコスト控除前パフォーマンスには、直接的な関係はない。 |
・運用会社は持続可能なビジネスモデルの構築に向け、インデックスの選定理由や信託報酬の設定の在り方を改めて検討し、必要に応じて新たなインデックスの開発に挑戦することが望ましい。 |
④海外資産の運用力強化 |
・2022年の公募投資信託への資金流入額のうち、全体の約61%が外国株式に流入しており、そのうちのアクティブ運用の約9割が外部委託運用となっている。 ・こうした傾向が拡大すると、日本の運用会社が自社で運用する顧客資産が減少し、運用機能が低下して、運用に関する世界最先端の情報が集まらなくなる恐れあり。 |
・運用会社が、人材の確保等により、中長期的にインハウス運用を強化していくことが望ましい。 |
資産運用業界の効率性改善について、①公販ネットワークの互換性確保、②事務と運用の分離による資産運用会社の新規参入促進、③資産運用会社の独立性確保の3つの点から、以下の表の通り、具体的に各課題と期待される対応案を示しています。
主要な課題 |
具体的な課題 |
期待される対応案 |
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①公販ネットワークの互換性確保 |
・運用会社が販売会社と日々の投資信託の情報をやりとりする「公販ネットワーク」は、少数のシステムベンダーによって、おのおのの仕様により運営され、データ連携の互換性欠如から情報交換に手作業や複数端末が必要な場合がある。 ・端末とのパッケージでの提供により、投資信託の基準価額を計算するための「投信計理システム」についても寡占化が進んでいる。 |
・業界全体の効率性改善と新規参入の促進に向けて、自主規制団体が当局とも連携し、必要な調整を行うことが期待される。 |
②事務と運用の分離による資産運用会社の新規参入促進 |
・日本では運用会社と信託銀行がそれぞれ投資信託の基準価額を計算し、毎日照合するという独自の慣行(二重計算)があり、運用会社による投信計理システムの導入等、資産運用業のコスト高や参入障壁の要因として指摘される。 |
・運用会社のリソースの運用機能への特化と業界の新陳代謝の促進に向けて、信託銀行を主体とする一者計算の導入や事務の集約・効率化のための取り組みが期待される。 |
③資産運用会社の独立性確保 |
・海外では独立系の運用会社が台頭し過去20年で、非独立系との競合を年率で0.62%上回っているが、日本では独立系の運用会社が規模を拡大できていない。 |
・金融機関グループと顧客との利益相反懸念の払拭や運用力強化に向けて、系列の運用会社が、グループからの経営の独立性を確保し、運用担当者の人事・報酬制度の柔軟化や運用機能の拡充等の取り組みを強化することが期待される。 |
アセットオーナーの運用高度化について、以下の表の通り具体的に各課題と期待される対応案を示しています。
主要な課題 |
具体的な課題 |
期待される対応案 |
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アセットオーナーの運用高度化 |
・オルタナティブ投資の拡大等、確定給付企業年金(DB)の資産構成は変化しているが、引き続き、担当者の専門性、人材不足を指摘する声が多い。 ・今般、国会に提出された金融商品取引法等の改正案において、企業年金等関係者に対しても、顧客本位の業務運営を求めており、資産規模や運用内容に応じて、DBの運用体制の整備に向けた企業の意識向上が必要。 |
・多くは純資産100億円未満の小規模基金であり、総合型基金や企業年金連合会の共同運用事業等の活用も考えられる。 |
確定拠出年金(DC)を活用した資産形成について、以下の表の通り具体的に各課題と期待される対応案を示しています。
主要な課題 |
具体的な課題 |
期待される対応案 |
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確定拠出年金(DC)を活用した資産形成 |
・日本の企業型DC加入者の運用商品に占める投信の割合は、2010年3月末には40%弱で、22年3月末には58%に上昇したものの株式投信の割合48%の水準と低い一方、米国401(k)プランの投信の割合は84%であり、株式投信の割合は76%と高い。 |
・日本のDC加入者は、制度上の税優遇のメリットや資産形成の機会をさらに活用する余地がある。 |
本レポートでは、日本の資産運用業界の構造的なさまざまな課題について海外と比較しながら分析を行い、期待される対応案についても具体的に示されており、金融庁の求める目線がよく表されています。
「資産運用業高度化プログレスレポート」は、2020年から毎年さまざまなテーマが公表されており、2022年はESGと仕組債の問題点が取り上げられ話題になりました。2023年は、目新しい課題として目論見書の脱PDF化など、デジタル技術を活用した顧客への情報提供の強化などが取り上げられました。なおガバナンスについては、2023年も含めその課題が必ず取り上げられており、金融庁が継続して重視しているテーマであると考えられます。
本レポートで取り上げた課題とその対応について、金融庁としてもその進捗状況を継続的にフォローアップしていくことが想定されます。資産運用業界の関係各社においてより一層の検討と対応が求められます。
2023年度のプログレスレポートでは、デジタル技術を活用した顧客への情報提供の強化などが新しい課題として取り上げられました。本レポートで示された課題とその対応は、金融庁もその進捗状況を継続的にフォローアップしていくことが想定され、資産運用業界の各社にはより一層の検討と対応が求められます。