EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
2024年10月8日にEY新日本有限責任監査法人主催の「金融資産の償却・引当に関する金融商品会計基準改正の動向と実務対応セミナー」を、三井住友銀行様をお招きして実施しました。
企業会計基準委員会(以下、ASBJ)にて金融商品会計基準改正の議論が行われている中、改正後の会計基準の全体像が徐々に明らかになってきていることもあり、今後の経営管理または引当金算出の実務への影響については、金融機関の関心が一層高まっています。
セミナーにおける各登壇者の発言要旨は以下となります。
金融商品会計基準改正の議論が現在行われているところ、本改正が金融機関における今後の決算や、経営管理、与信運営等の実務へ大きな影響を与えることが見込まれます。
このような状況において、三井住友銀行様とEYは創造的協力関係のもと、金融商品会計基準の改正に向けての実務的な対応について、幅広い金融機関における改正基準の導入、さらにはリスク管理や経営管理の高度化に貢献することで、社会的価値の創造を推進することを目指しています。
基準開発の背景及び審議の状況として、6つのステップに分けた検討が約3年間行われ、足元ではステップ5までの論点についての審議が一巡し、積み残し論点の審議は継続するものの、ステップ6の公開草案の公表に向け、会計基準の枠組みが相当程度見えてきた状況です。
続いて、予想信用損失(以下、ECL)モデルの適用範囲については、金融資産の種類ごとに検討しています。具体的には、貸出金等の債権、及び金融保証やローン・コミットメントは適用対象となる一方、一部を除く信託受益権については適用対象外になる方向です。さらに、有価証券(債券)については審議継続中であるものの、足元では満期保有目的及び、その他有価証券(債券)のうち貸付金代替性債券は適用対象とし、それ以外のその他有価証券(債券)は適用対象外とする提案がなされています。
さらに、ステップ2及びステップ4の貸付金に係る引当モデルの検討状況として、①ステップ2では国際的な比較可能性を確保する目的に照らし、債権単位での信用リスクの著しい増大(以下、SICR)の評価、将来予測情報の考慮、複数シナリオの考慮についてはオプション等を設けず、IFRS第9号の定めをそのまま取り込み、現行の信用リスク管理の実務と親和的な適用イメージは補足文書で示す一方、実効金利法による償却原価については実務に配慮したオプションが認められる方向であること、②ステップ4では実務負担への配慮を重視する観点から検討されており、債権単位の SICR 判定に代えて現行実務を最大限活用したアプローチ、並びに単一シナリオの考慮及び実効金利の代わりに約定利息を用いるオプション等について提案がなされています。
最後に、ステップ2とステップ4でこれまで提案されたオプションは、理屈上、セットでの適用又は二者択一となるものを除き、個別に選択することが認められる方向であるため、将来的な基準適用においては、金融機関ごとに国際的な比較可能性と実務負担とのバランスを考慮した上で、適切な組み合わせを選択する事が求められると考えています。
金融商品会計基準改正に伴い想定される財務影響の一例として、現行では1年間の引当期間である正常先の一部と要注意先の上位区分は、残存期間のECLに基づく追加引当が必要となること、同時に、将来予測情報を引当額の算出に反映させることから、結果として現行の日本基準に比べ引当が増える可能性があること、さらにそのボラティリティが大きくなることがあります。
ニューヨーク証券取引所の上場において、既にIFRSを適用済の三井住友銀行の親会社である三井住友フィナンシャルグループが、IFRS第9号の償却・引当を導入した時の主要な論点とその対応ならびに銀行経営への影響をいくつか紹介します。まず、ステージ判定についてです。ステージ2の判定は予想デフォルト率(以下、PD)の変動など、定量的評価、定性評価および延滞日数の3つの側面からの判定が必要となります。例えば定量的評価では、内部格付とPDの関係性を利用して、格付の劣化の状況で判定します。その結果として、正常先の中で格付が劣化した先や要注意先に、ステージ2に該当する債権が存在することとなり、与信管理の枠組みなどに影響を与える可能性があります。またIFRS第9号によるステージ判定は、債務者単位ではなく債権単位での判定を求めており、採算管理を債権単位で行う必要が生じる可能性があること、さらにフロント部門におけるデータ管理も債権単位とする準備が必要となることを踏まえれば、銀行経営に与える影響も相応に大きいものと推測されます。
もう一つの大きな論点は、将来予測情報の織り込みです。将来予測情報の織り込みには、マクロ経済予測をECLモデルに反映する方法と、モデル外で経営陣の判断に基づき引当を調整する方法があります。この将来予測の反映は、財務会計だけではなく、管理会計上の業務計画や予算管理などにも影響を及ぼすこと、さらには予実分析が複雑となり与信関係費用のコントロールの難易度が上がる可能性があります。
最後に、与信採り上げ行動への影響についてです。ステージ1からステージ2以下への遷移時には、引当率への影響が大きくなり得ることから、特に長期性与信については、採り上げルールの見直しを検討することも考えられます。さらに、関連する規程の見直しや、審査部署やフロントへの周知徹底といった内部の体制整備の検討も必要となります。
パネルディスカッションでは、前半で講師を担当したEYの越智と三井住友銀行の黒田氏に加えて、三井住友銀行財務企画部の渡辺氏、投融資企画部の稲垣氏、さらにEYの八ツ井を交えて、改正における様々な課題についてディスカッションが行われました。
米国及び欧州を始めとしたIFRS適用国では既にECLモデルに基づく財務報告や投資家とのコミュニケーションが行われている状況を踏まえると、日本基準の国際的な比較可能性を確保する意義は大きいと考えています。
また、その意義をより積極的に捉えますと、既に金融機関におかれまして財務報告外での規制対応も含め適切にリスク管理やガバナンスを整備されておられますが、リスク管理で把握される信用リスク・エクスポージャーと会計上の業績数値や開示の距離という点では、必ずしも両者の距離は近いとはいえない状況もあると考えられます。この点、ECLモデルを適用することで、業績数値が潜在的な信用リスクとその変化を反映されることで、リスク管理と会計との距離を近づける、また、その過程で信用リスクの見える化やガバナンス強化に繋げる機会が生まれる、といった意義があると評価しています。
一方、監査の観点からは、実務対応上、将来予測に関して見積りの不確実性が大きくなり、また金融機関ごとに引当の個別性が高まることが考えられるため、作成側と監査人側の双方で、保有資産の特性も踏まえ、どのような引当手法が実務上適切か、またその手法に関してどのようなガバナンスやプロセスが必要かに関するコミュニケーションがより重要になります。
ECLモデルは、将来のマクロ経済予測を織り込むことが、特徴の一つですが、現行の日本基準では、基本的には個社の債務者区分をベースに引当水準を測定しています。
一方、新しいECLモデルでは、債権毎のステージ判定をもとに引当水準を測定するため、個社の影響も相応にありますが、それに加えて、マクロ経済予測を織り込むことが特徴で、その点が現行基準と大きく変わります。マクロ経済の予測次第で、引当水準が決まりPLの与信関係費用も変動するため、毎期の決算にも影響を及ぼします。
IFRSのECLモデル自体は、リーマン・ショック以降の金融危機への対応として導入され、景気の悪化が予想される際に、事前に適切な引当を積むことを可能としたことが特徴です。一方で、景気後退局面で必要以上の引当が積まれ、景気回復局面でそれが取り崩されることにより、PLのボラティリティが必要以上に大きくなる懸念があるため、過度に保守的にならない範囲で事前に引当を積むことが重要です。
このような、見積もりの要素であるマクロ経済予測が、引当や決算に影響を与えるという特徴は、決算に携わる経営陣に対して十分に説明することが必要であり、かつ、経営陣は、引当の見積もりに関する統制体制、社内の会議体等の重要性を十分に理解する必要があります。
現行の日本基準は、信用格付に将来予測のエッセンスを織り込んでいる観点では、ECLモデル的な側面もあります。しかし、貸倒引当金の計算過程において、実際に発生した損失や発生が確実視される損失が主に認識される観点では、発生損失モデル的な側面の方が強いと考えられます。したがって、いわゆる狭義のフォワード・ルッキングな引当である特定ポートフォリオ引当等を除けば、基本的には将来予測に基づく損失は現行の日本基準では考慮されません。仮にマクロ経済などに伴う引当を計上しようとしても、その蓋然性を含め、監査人への説明が困難となっています。
一方で、IFRS第9号に近い新基準におけるモデル、いわゆるECLモデルでは、その名の通り将来のECLを認識する必要があります。そのため、将来予測情報を考慮した引当金は、一般的には金融機関のポートフォリオへの有効な相関が把握されたマクロ経済指標を用いて、客観的かつ過度に保守的でもなく、楽観的でもないその指標の将来見通しに基づいて算出されることが求められます。なお、将来予測を踏まえた引当が計上しやすくなる一方で、それを支える堅牢な統制の枠組みが必要になる点は留意すべきです。
特に、超長期の与信になれば引当金が急増する可能性が高まります。そのため、金融機関は早期にリスクを認識できるよう、与信運営を見直す必要性も出てくると考えられます。
三井住友銀行様において論点となっている様々な点は、ステップ4を選択した場合でも一定程度の論点が残ることが分かってきています。
例えば、ECL算出の上で将来予測を行う必要があること、将来予測の結果、ECLのボラティリティが大きくなり得ること、ならびにSICRには残存満期にわたるECLを計算する必要があること、などが挙げられます。
特に、残存満期のECLの算出にはさらに、平均残存期間を算出すること、および平均残存期間に見合うPDまたは貸倒実績率を準備することも実務上の論点となります。
このように、ステップ4を志向する場合であっても、財務会計の重要な数字をつくるためには相応な準備が必要になることが分かってきています。
現時点では公開草案のタイミングは見えていませんが、財務会計に留まらず幅広い影響が想定されています。そのため、早期に財務影響を調査した上で、対応方針の概要を策定することが望ましいと考えています。また、今回の基準改正は、見積もりの要素が更に増えることも想定されるため、最終対応が遅れがちになる論点としてガバナンス体制の構築もあり、そのあたりを念頭にご準備いただくことをお勧めします。
上記以外にも様々な論点について、パネルディスカッションで活発な意見が交わされ、また、視聴者からの質問にもお答えしました。
金融商品会計基準改正への対応は今後本格化します。今後も三井住友銀行様と共にEYは、クライアント企業の皆さまに有用な情報発信をしていく予定です。
ASBJで改正が検討されている金融商品会計基準をテーマに、セミナーの前半はEYと三井住友銀行様よりそれぞれ講演を行いました。
後半は、EYと三井住友銀行様の6名によりパネルディスカッションを実施し、基準改正の意義やこれに伴う実務上の課題などについて議論いたしました。
視聴者からは、特に三井住友銀行様の実務対応について強い関心が寄せられました。