石油・ガス企業が脱炭素化競争をリードする5つの方法


今、行動を起こせば、これまで⽯油・ガスセクターが培ってきた底力によって、新たなエネルギーソリューション開発のための資⾦を調達し、その迅速な実現に貢献することができます。


要点

  • 脱炭素化は⻑期的な⽬標である⼀⽅で、供給の確保も喫緊の課題である。
  • 再生可能エネルギーの使用は増加しているものの、現時点で、石油とガスは全エネルギー消費量の過半を占めており、産業全体が石油とガスに依存している。
  • ⽯油・ガスセクターは、今⽇のエネルギー供給と将来のエネルギー移行の双⽅において、重要な役割を担っている。


EY Japanの視点

日本の石油・ガス企業は、経済力の根源である発電、自動車産業をはじめ国内の製造業、物流、快適な日常生活を支えてきました。そして今、2050年カーボンニュートラルに向けてCO2排出を削減しつつエネルギーの安定供給を維持することと同時に水素燃料、洋上風力発電、地熱発電、メタネーション、CCUSといった脱炭素分野への転換を図るという大変重要な責務を担っています。

本稿に記載した5つの点の全てが⽇本における個々の⽯油・ガス企業に該当するとは⾔い切れません。しかし今まで業界全体で培ってきた探鉱・開発から⽣産、輸送、精製そして販売まで、⼀気通貫する知⾒・技術と経験、リスク管理ならびに物流・財務基盤の蓄積に加え、世界との多様なネットワークにより、同じく脱炭素化を進める他の業界と比較して、多くの点で⾼位にあることは明らかです。

石油・ガス業界が一体となって他の業界をもけん引し、日本を脱炭素化に導くリーダーとなることが強く期待されています。


EY Japanの窓口

古杉 裕亮
EY Japan 石油・天然ガスセクターリーダー EY新日本有限責任監査法人 パートナー

世界中で脱炭素化が進む中、CO2排出の過半を占める⽯油・ガス企業が徐々に姿を消していくことは避けられないのでしょうか。これらの企業は、新たに出現した競合他社に比べ機敏でも⾰新的でもなく、化⽯燃料の燃焼が気候に及ぼす影響に気付いていなかった過ぎし時代の遺物となってしまうのでしょうか。

いいえ、事態はそれほど速くは進まないでしょう。

「供給の確保が最優先事項となっている現在の危機を乗り越えた後、⽯油・ガスセクターは気候変動危機を解決する⼀翼を担うことができます。それはこのセクターの責務であり、その責務は果たされていくでしょう」と、EY Global Oil & Gas リーダーのSaulius Adomaitisは述べています。「従って、石油・ガスセクターは存続するだけではなく、発展することが重要です」

低炭素エネルギーへの迅速かつ完全な移⾏の実現に必要な能⼒と広範な市場活動は、今⽇の⽯油・ガス企業の至る所に⾒いだすことができます。これらの企業が収益を上げられる状況を維持し、その強みを生かすことがクリーンエネルギーの早期実現につながるはずです。

⽯油・ガスセクターは、気候変動危機を解決する⼀翼を担うことができます。それはこのセクターの責務であり、その責務は果たされていくでしょう。従って、石油・ガスセクターは存続するだけではなく、発展することが重要です。

クリーンエネルギーのソリューション拡⼤に必要な、資本・専門性・信頼

⽯油・ガス産業の⾒通しに関する⾒解には、注⽬すべき見直しが始まっています。これまでは⽯油産業の終えんについて語られていましたが、今⾼まっている認識はセクターの重要性とエネルギー市場が変⾰する中で果たすであろう役割に対するものです。⽯油・ガス産業は世界のエネルギー消費量の55%を供給しており、あらゆる産業が依然として⽯油とガスに依存しており、近い将来にこれらの代替となるものは、まだ⾒いだされていません。

エネルギー消費量
現在における世界のエネルギー消費量のうち、石油・ガス産業の供給量が占める割合

この点の他にも、⽯油・ガスセクターはエネルギー移⾏を成功させるために必要な要素そのもの、つまり豊富な資本、技術に関する専⾨知識、複雑な事業と市場における経験を豊富に備えているという認識が⾼まっています。⽯油・ガス企業は脱炭素化を進める上での課題になるのではなく、⾃らの資本と能⼒を活⽤して脱炭素化を主導できるはずです。

エネルギー移行に要する資金
エネルギー移行の実現には、2050年まで毎年最大5兆8千億米ドルが必要

マラソンで集団の前を走る女性

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ネットゼロに移行するセクター固有の道筋に資金を提供する場合、金融機関は投融資する事業に関する知識を深める必要があります。

    ⽯油・ガス企業は以下5つの点で、エネルギー移⾏を推進する再⽣可能エネルギー技術の開発・商業化の加速を実現できると考えられます。

     

    1. 資本力

    エネルギー移行の実現には、2050年まで毎年最⼤5兆8千億⽶ドルが必要との見方があります。⽯油・ガスセクターは、最も競争の激しい市場においてさえ資本を調達してきた豊富な経験に加え、強固なバランスシートと持続的な収益を維持する能⼒を備えており、革新的な新エネルギー事業に資金を拠出する能力があります。

     

    2. 市場に対する知見

    再⽣可能エネルギー市場の急速な発展は続いています。技術が進歩しクリーンエネルギーの選択肢が増えるにつれて、各取り組みに最適なエネルギーミックスはさらに複雑になります。⽯油・ガスセクターは長期にわたり、適切な場所で、適切なエネルギーが、適切なタイミングと価格で利⽤できるようにするため、市場に対する知⾒を活⽤してきました。

     

    3. 優れたサプライチェーン

    ⽯油・ガスセクターがサプライチェーンを通じて動かしている価値は、年間4兆⽶ドル相当に上ります。これは世界のGDPの約4%です。世界中で、再⽣可能エネルギープロジェクトの規模は拡⼤しています。これらのプロジェクトを実現するには、サプライヤー、パートナー、資産から成る複雑なエコシステムを適切に調整する必要があります。複雑なグローバルサプライチェーンの管理、資産の最適化、供給ロジスティクスの有効利用に関して⽯油・ガス企業が持つ深い経験は、より複雑で絡み合った再⽣可能エネルギー市場において極めて貴重になるでしょう。

    4. テクノロジーによる費用最適化

    エネルギー産業の脱炭素化は依然として優先事項ですが、物価の⾼騰やサプライチェーンコストの増⼤などの厳しい経済状況を受け、⼤規模なクリーンエネルギープロジェクトを既設の予算に合わせて実⾏することが難しくなっています。⽯油・ガス企業には、テクノロジーを通じて⼤規模にコスト削減してきた実績があります。デジタルテクノロジーにより、⾮在来型の⽯油・ガスの⽣産性は、過去10年間で81倍に上昇しています(pdf)。このように、デジタル化がけん引するイノベーションを絶えず導⼊することで、化⽯エネルギーとグリーンエネルギー間の競争の激化に伴い⾼まるであろう収益性に対する圧⼒を軽減することが可能になるでしょう。

    生産性の向上
    デジタルテクノロジーにより、非在来型の石油・ガスの生産性が、過去10年間で81倍に上昇

    5. リスク管理

    地球の状況改善に必要なだけの資⾦を投⼊する過程において、コストの超過や資⾦調達の遅延が⽣じる可能性があります。⽯油・ガス企業は⼤規模なプロジェクトに特有のリスクのみならず、複数の国・地域や極めて不安定な市場における事業運営に伴うリスクの特定・軽減について、⾮常に優れた技能を備えています。


    石油・ガスセクターはサプライチェーンのシステムに精通しています。その複雑なエコシステムを通じて動かしている価値は、年間4兆米ドル(世界のGDPの4%近く)相当に上ります。


    エネルギーの異なる未来のために備える

    ⽯油・ガスセクターの資本と専門性は、不確実性を増すエネルギーの未来における勝者を決定付けるレジリエンスにつながります。レジリエンスを備えた企業は、厳しい状況をしのぐばかりではなく、厳しい状況にあってもイノベーションを⽌めることはありません。⽯油・ガス企業は、これまで⻑期にわたり市場の変動に迅速に適応し、柔軟に対応する能⼒を磨いてきました。今、未来に向かってどのような道に乗り出すにせよ(想定されるシナリオは後述の通り)、各企業はさらに⾰新性と機敏性を追求する必要があるでしょう。

    さまざまな展望:石油・ガス企業の進化の道筋

    ゴールに向かって走る男性アスリート

    ⼤半の企業では依然としてスキル、テクノロジー、⼈材に関する重⼤なギャップに対処する必要があります。その⼀部は、このセクターでは過去から投資が過少だった分野です。⽯油・ガス企業が新たなエネルギー企業への転換を計画するのであれば、成功するために必要な能⼒を検討する必要があります。例えば、新しい顧客セグメントへの理解を深め、より賢明な判断に基づき最⼤の機会がある市場に資本と⼈材を再配置できるよう、顧客中⼼主義の取り組みを改善する必要があるでしょう。さらに、変容するエネルギー市場において収益性を維持するために、⽯油・ガス企業は以下の優先課題に⼒を注ぐ必要があります。


    デジタルな脱炭素化能力の構築

    炭素排出量に関するデータを収集、処理、報告する能⼒は、脱炭素化の進む世界における最も重要な成功要因になるとみられています。⽯油・ガス企業は、現在とは異なる形の事業運営を迫られるでしょう。まず実⾏すべきなのは、事業に伴う排出量の削減です。これに関して複数の⽯油メジャーには進展が⾒られ、生産井坑⼝と製油所を中⼼に、排出原単位(carbon intensity)を削減するための初期段階の取り組みが⾏われています。EYによる2020年の数値の分析によると、最⼤⼿総合⽯油企業の⼀部は2017年以降、上流のスコープ1およびスコープ2の温室効果ガスを約20%削減しています。しかし、規制要件の進化に歩調を合わせ投資家や顧客などのステークホルダーの⾼まる期待に応えるには、時間の経過とともにリアルタイムで極めて精緻なデータを⽣成・活⽤する能⼒がさらに重要になります。カーボンクレジットは脱炭素化投資から⽣まれる取引可能な産出物となり、適切なスキルとテクノロジー、企業⽂化、データ、市場認識を備えた企業にとって⼤きな機会となるでしょう。
     

    事業のデジタル化

    新たなエネルギー企業への転換を図りつつ収益を計上し続けるには、コスト削減の取り組みをさらに強化する必要があります。デジタルテクノロジーには、プロセスの迅速化、ダウンタイムの低減、材料使⽤量の削減、ミスの排除を通じて、⽣産性を⼤きく向上させる可能性があります。最近の例では、ある事業運営者がテクノロジーを活用して複数のアプリケーションとデータソースを統合し、開発計画期間を平均12カ⽉から2カ⽉に短縮しています。今後、最⾼の競争⼒を持ち、最⼤の成功を収める⽯油・ガス企業になるためにはデジタル化のトレンドを加速させる必要があるでしょう。このような企業は、産業用モノのインターネット(IIoT)、分析、ビッグデータ、ロボティクス・プロセス・オートメーション(RPA)などの新しいツールや技術を導⼊し、坑井からバックオフィスに⾄るまで、事業を変⾰していくでしょう。
     

    事業のインテリジェント化

    ⽯油・ガス企業には、数多くの部⾨の業務遂⾏・達成状況について、非常に多くのデータが存在します。しかし⼤半の組織では、このようなデータは各部⾨に帰属しているため、個々の部⾨の最適化のために活⽤することはできるものの企業の全体像を単⼀の理解しやすい形で得ることは極めて難しくなっています。接続性と俊敏性の⾼い、よりインテリジェントな事業運営を可能にするシステムとスキルを導⼊することにより、データの真の価値を解き放ち、資本配分、採⽤、インセンティブについて、データに基づいてより良い意思決定を⾏うことが可能になります。
     

    バックオフィスの変革

    企業がこれまでとは異なる未来に備えて抜本的な変⾰を進める中、変⾰を順調に進めるには、コアコンピテンシーの向上に⼈材とリソースを集中させる必要があります。⽯油・ガス企業の⼤半にとって、コアコンピテンシーは炭化⽔素から最⼤の価値を引き出すことが基軸となります。税務・財務、サイバーセキュリティ、給与計算、コンプライアンスなどの⾮中核機能も極めて重要ですが、資源の抽出・⽣産を直接改善するものではありません。このセクターを主導する企業のより多くが、バックオフィスの業務プロセスを次世代のものへと転換させつつあり、リーダーが中核事業に全⼒で取り組むことができるよう、ベストプラクティス、卓越した⼈材、最先端テクノロジーを融合したサービスを提供するマネージド・サービス・パートナーの協⼒を得て、バックオフィスを根底から変⾰しています。
     

    成長と移行に備える

    炭化⽔素の時代はいずれ終末を迎えるでしょう。ただしそれがいつのことかは誰にも分かりません。⽯油・ガス企業は、今こそ移⾏に向けて持続的に成⻑するための独⾃の戦略を検討する時です。これは、エネルギー供給の安全保障に対する⽬下の課題に対処する上で、⾃らが果たす役割を決定することを意味します。⽯油・ガスを巡る経済状況は、当⾯の間はこれまでと同様に有利に推移するとみられます。また、⽯油・ガス企業が利⽤できる資本は潤沢です。企業は⾼価格が続く間は中核事業を継続する戦略と、現在の収益は低いものの⻑期的にはより多くの価値を⽣み出す可能性のある新たなエネルギーの機会を追求する戦略とのトレードオフに直⾯しています。レガシービジネスからのキャッシュフローを代替事業の資⾦にする企業もあれば、レガシービジネスを売却する企業もあるでしょう。各企業による最適なバランスの追求に伴い、公開市場での資⾦調達に付随する圧⼒の影響が及びにくい非上場企業の⼿に資産が渡る可能性があります。
     

    セクターが進化している今こそ、チャンスをつかむ時です。

    ⽯油・ガスセクターは岐路に⽴っていると言えるでしょう。国際情勢と不確実性のために既存企業の短期的な業績⾒通しは劇的に改善し、レガシービジネスの価格と収益性は⾼い⽔準を維持しています。しかし新しい未来に備える必要性は、かつてないほど急迫しています。現在の危機にもかかわらず、エネルギー移行のペースは加速しています。⽯油・ガス企業は、エネルギーセクターのその他多くの企業と⽐較すると、脱炭素化を⽬指す競争を主導できる好位置に⽴っています。それを⽣かすためには、今とは全く異なる未来での成功に向けて今すぐ⾏動し、備えなければなりません。


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      サマリー

      最近の地政学的な事態によって世界のエネルギー市場は不確実性を増し、世界経済において⽯油およびガスが果たしている役割に注⽬が集まっています。⽯油・ガスセクターが今担っている役割に関⼼が集中する⼀⽅で、エネルギー移⾏において果たし得る役割はそれほど知られていないかもしません。⽯油・ガス企業は、脱炭素化に向けての競争を主導できる規模、範囲、専⾨知識、経験を備えているのです。


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