EY aerial view of a cargo vessel loaded
Aerial view of a cargo vessel loaded with rotor blades for wind turbines, taken at sunset

洋上風力事業を巡る世界的潮流は、業界を新たな方向へと進ませるのか【RECAIシリーズ】

洋上⾵⼒発電業界の動向が大きく揺れ動いていることから、今後の⼤規模エネルギープロジェクトの開発や資⾦調達の⽅法に変化が生じるかもしれません。【RECAI 62】

本稿は、Renewable Energy Country Attractiveness Index(再生可能エネルギー国別魅力指数:RECAI)第62号の抜粋です。

レポート全文をダウンロードする(英語版のみ)


要点

  • 洋上風力発電はこの数十年間順調に開発が進められてきたが、設備コストの急騰やサプライチェーンの混乱により、事業者は事業の見直しを余儀なくされている。
  • 最近の世界各国の入札結果は驚きをもたらすものであったことから、入札の審査評価において価格以外の要素を考慮すべきという考え方もある。
  • 各国政府は、今後の新規プロジェクトが正常に開発・運営されるよう工夫する必要があり、市場の変化に対応するために必要な予算や補助金を確保して、事業者が妥当な投資対効果を得られる環境を整えるべきである。


EY Japanの視点

現状、世界の脱炭素化・ネットゼロには洋上⾵⼒が不可⽋となっています。一方で、本稿では世界的なコスト急騰やサプライチェーンの混乱が洋上風力発電事業に影響を及ぼし、デベロッパーが開発見直しや撤退を余儀なくされていることについて言及されています。日本国内の洋上風力産業においても同様の影響があり、特に国内の洋上風力産業は黎明期であり、海外のサプライチェーンに依存しているため、国内現地化および強靭化を早急に行う必要があります。

日本国内の洋上風力公募入札においては、今後、多くの入札事業者がゼロプレミアム(=FIP基準価格3円/kWh以下の入札)で入札することが予想されるため、国内の洋上風力発電事業の経済性を安定させデベロッパーが妥当なリターンを得るためには、コーポレートPPAの普及、同市場のより一層の拡大が必要と考えます。また、日本政府は洋上風力産業の成長を減速させないためにも、今後も定期的な海域指定を行い事業開発の予見性を高める必要があります。さらには世界的な市場変化があったとしても事業者が適切なリターンを得られるように、入札制度をその市場変化の都度、対応させていく必要があります。


EY Japanの窓口

内海 直人
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社 ストラテジー・アンド・トランザクション リード・アドバイザリー アソシエートパートナー

気候変動対策と支援策の進捗状況を評価する第1回グローバル・ストックテイクの結果が、アラブ首長国連邦で11月30日から12月12日まで開催される国連気候変動枠組条約第28回締約国会議(COP28)で明らかになります。

グローバル・ストックテイクは、パリ協定の⽬標の達成に向けた各国・地域の進捗状況を5年ごとに評価し、市場とステークホルダーがこの評価を総合的に確認できるようにする仕組みです。ただし、これは単なる定期的な評価プロセスにとどまりません。国連気候変動枠組条約事務局のサイモン・スティル事務局⻑は、ストックテイクを「軌道修正の時期」と位置付けるべきだとしており、気候変動対策への機運を⾼めるチャンスとも⾔えます1

積極的な気候変動対策の取り組みの1つにGlobal Renewables Alliance(GRA)が主導し、EYも参画した「3xRenewables」キャンペーンがあります。このキャンペーンでは、2030年までに世界の再⽣可能エネルギーの設備容量を現在の3倍の11,000ギガワット(GW)に増やすことを各国・地域のリーダーに求めています。

COP28では、このような再⽣可能エネルギー業界の成⻑を支えるテクノロジーについても議論される予定です。今号のRECAIでは、まさしく今「軌道修正の時期」を迎えつつある洋上⾵⼒発電について詳しく⾒ていきます。

洋上風力発電は、持続可能でありかつベースロード電源に最も近い電源種とも言われており世界全体の脱炭素化に不可⽋になると考えられますが、この1年間、厳しい状況に置かれています。

RECAI第62号を読む:

  1. 分析:経済状況次第で⾵向きが変わる可能性
  2. 主要な進展:世界の再生可能エネルギーの状況
  3. インデックスの正規化:経済規模に照らして、予想を上回るパフォーマンスを発揮している国・地域を明らかにする
  4. コーポレートPPAを巡る世界的な混迷は続く
1

第1章

分析:経済状況次第で⾵向きが変わる可能性

洋上⾵⼒発電が世界の脱炭素化の切り札となるためには、これまでとは異なるアプローチが必要です。

洋上⾵⼒発電セクターは、今後のグローバルマーケットでの発展をかけた正念場を迎えており、変革の最中にあります。この30年間にわたり順調に発展してきたと思われた洋上風力発電セクターは今、最⼤の試練に直⾯しています。
 

洋上風力発電のプロジェクトコストは2019年から39%も上昇しました2。設備費と建設費の高騰により投資対効果を得られなくなったことを理由に、後期フェーズの開発計画を先送りしたり、場合によっては中止した事業者もいます。インフレの影響で、今後10年間の洋上⾵⼒発電プロジェクト全体(中国を除く)のCAPEXは2,800億⽶ドル程度膨れ上がる可能性があります3

 

風車は常に低価格化と⼤型化が求められており、そのサプライチェーンの中にいる事業者は研究開発費を回収する猶予も与えられず、断続的に低価格化と大型化を成し遂げなくてはなりません。こうした傾向から、研究開発費や⼈件費、傭船費がさらに上昇し、洋上⾵⼒発電セクターにおいてリスクやボラティリティが高まる状況にあります。これに加えて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)のパンデミックの影響によるサプライチェーンの混乱とウクライナ情勢が重なり、プロジェクトの経済性に不確実性が⽣じています。

 

この不確実性は、最近の再生可能エネルギーの⼊札にも表れています。差額決済契約(CfD)方式により売電価格を決める、9⽉に⾏われた英国の第5回アロケーションラウンドでは、洋上⾵⼒発電への応札が1件もありませんでした。英国政府が設定した「ストライクプライス」が低すぎたため、応札者を呼び込むことができなかったのです4

 

⽶国でも、海域リース権⼊札の⼀部が不調に終わっています。東海岸沖の⼊札では2022年2⽉に過去最⾼の落札額を記録しましたが、最近のメキシコ湾の⼊札に対する事業者の関⼼は極めて低調でした5


とはいえ、洋上風力セクター全体が不振に陥っているわけではありません。7⽉に開催されたドイツで初めての開発権の⼊札では、BNPL(バイナウ・ペイレーター)⽅式がとられ、北海とバルト海のプロジェクトの落札額は合計で126億ユーロ(134億6,000万⽶ドル)となりました。アイルランドやオランダ、リトアニアなど、他の国の洋上⾵⼒発電の⼊札でも妥当な価格で落札されています。


上述のような対照的な入札結果は、同セクターの現在の混乱を象徴しており、こうした結果を踏まえると、今後の洋上⾵⼒発電の入札制度設計に当たっては、価格以外の要素も考慮する必要があると言えるかもしれません。



少なくとも2035年までは、風車の製造に不可⽋な重要資材やクリティカルメタルの確保が課題となる。それらは供給停⽌になるリスクが⾼い。



「洋上⾵⼒発電事業は成熟した産業になったことを認識する必要があります」とErnst & Young LLPのPartner, Corporate Financeである Andrew Perkinsは⾔います。「応札者の審査評価においては、デリバリーリスクや事業計画、サプライチェーンの契約状況、バランスシートを確認する必要があります」

洋上⾵⼒発電セクターがこうした転換点を迎えていると同時に、気候⾮常事態により、ネットゼロ⽬標を全世界で確実に達成するための投資を緊急に増やす必要が⽣じています。2030年の予測に到達するためには、世界全体で1年間に平均35GWの容量を導⼊する必要があります6。ところが、2023年の洋上⾵⼒発電の新規導⼊量は9GW未満です。

世界の脱炭素化と、より安価でより環境に優しい電⼒の供給という面において、洋上⾵⼒発電が主要な役割を担っていることは間違いありません。今後は、熱供給産業やグリーン水素、eモビリティの進化も後押しすることになるでしょう。⼀⽅、これらは全て、風車の製造に不可⽋な重要資材やクリティカルメタルを同セクターが⼗分に確保できるかどうかにかかっており、それらは供給停⽌になるリスクが⾼いのも事実です。



各国政府は、このように不安定性が増す新しい局⾯を迎えた同セクターを⽀え、新規プロジェクトを安定的に開発できるような制度設計を行う必要がある。そのためには、市場の変化に迅速に対応し、予算や補助金を調節することで、事業者が応札可能となる環境を整えることが求められている。



⽶国のインフレ抑制法(IRA)、欧州における気候変動への意識の⾼まり、中国の急成長、そして多くの発展途上国が再⽣可能エネルギーの導⼊を加速させていることを背景に、早ければ2025年にも風車や部材の供給にボトルネックが⽣じる可能性が⾼いです。一方で、仮に、2030年にピークを迎える需要に照準を合わせてサプライチェーンを構築した場合、2030年以降はそのサプライチェーンを持続させる十分な需要がなくなる懸念もあります7

各国政府は、新規プロジェクトを安定的に開発できるような制度設計を行うとともに、市場の変化に合わせて予算や補助金を迅速に調整し、また、事業者が管理・予測不可能なリスクを軽減し、妥当な投資対効果を期待できる環境を整える必要があります。さらに、承認⼿続きの簡素化および時間短縮、オフテイク契約の締結から最終的な投資判断までのリスク軽減策も探らなければなりません。

EY Nordics RenewablesチームのCo-leadであるKinga Charpentierは次のように述べています。「今、新たな現実に直面しています。投資家が妥当なリターンを得られるような水準に予測は修正すべきでしょう。今後の投資ニーズを考えれば調整されるでしょうが、市場が新たな環境に適応するまでに2、3年かかるかもしれません。」

このセクターの長期的な見通しは「非常に明るい」と言えます。再生可能エネルギーが今後、脱炭素化の目標達成に向けて驚異的な成長を遂げることは間違いありません。そして、洋上風力発電はその成長において大きな役割を果たすはずです。

洋上風力発電セクターは成熟し続け、その間に淘汰される事業者が出てくるかもしれませんが、⾮効率性は是正されていき、新たな競争が生まれると考えられます。

洋上風力発電の開発を専門とするCorio Generation社のCEOであるJonathan Cole氏は、このセクターの長期的な見通しを「非常に明るい」とみています。「再生可能エネルギーが今後、脱炭素化の目標達成に向けて驚異的な成長を遂げることは間違いありません。そして、洋上風力発電はその成長において極めて大きな役割を果たすはずです」

洋上⾵⼒発電セクターは成熟の過程にあります。スケールメリットが得られるように技術開発をコントロールし、コストではなく価値について考え、そしてエネルギー政策や産業政策と連携することができれば、洋上風力発電セクター、そして地球全体が、⻑期的にメリットを得ることができます。



洋上風力事業を巡る世界的潮流は、業界を新たな方向へと進ませるのか【RECAIシリーズ】



2

第2章

主要な進展:世界の再生可能エネルギーの状況

オーストラリアは世界最大級の蓄電池施設を建設する予定であり、ポーランドは初の洋上風力発電プロジェクトに着手しました。

洋上⾵⼒発電が現在苦境に⽴たされているとはいえ、RECAI第62号のランキングから分かるように、このセクターには依然として勝ち組もいます。2023年6⽉の⼊札で3GW強が落札されたアイルランド(1つ順位を上げて12位)と、今年、⻄海岸の2カ所の洋上⾵⼒発電所を承認したスウェーデン(3つ順位を上げて17位)などです。

他に、デンマーク(9位)とノルウェー(26位)もランキングでそれぞれ2つと5つ順位を上げて北欧市場の強さを⾒せつけた⼀⽅、ランキングの上位3カ国は⽶国、ドイツ、中国のまま変わっていません。


スコアの詳細については、 RECAIトップ40ランキング(PDF、英語版のみ) をダウンロードし、ご確認ください。


3

第3章

インデックスの正規化

経済規模に照らし合わせて、予想を上回るパフォーマンスを発揮している国・地域を明らかにする。

RECAIでは、再⽣可能エネルギー市場の魅⼒を⽐較する上で、開発パイプラインの⼤きさなど、再⽣可能エネルギーへの投資機会の規模が反映されるさまざまな基準を⽤いています。そのため、当然ながら経済規模の大きな国が有利になります。それらを国内総⽣産(GDP)で正規化すると、経済規模に照らして、予想以上のパフォーマンスを発揮している国・地域が⾒えてきます。このようにインデックスを正規化することにより、経済規模が⽐較的⼩さい国・地域の野⼼的な取り組みが明らかになり、投資家にとっては魅⼒的な選択肢を⾒いだすことができるのです。

世界の正規化RECAII第62号のトップ10ランキング

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正規化ランキングのトップ40とその他のRECAIの詳細を見るには

4

第4章

コーポレートPPAを巡る世界的な混迷は続く

状況は落ち着いてきましたが、発電コストの上昇と地政学的な懸念により、また波乱が生じるかもしれません。

2023年は、新規取引をターゲットとする企業が増える⼀⽅、多くの市場でサプライチェーンとグリッド、許可の遅延が障壁となり、電⼒購⼊契約(PPA)にとって困難な1年となりました。

とはいえ、欧州では9月末までに(2022年の合計6.6GWを上回る)7.1GW分のPPAが締結され、2021年に記録した7.6GWを超えそうな勢いです8

極端な物価上昇とボラティリティの高まりに直面した2022年を経て、2023年の最初の9カ月間で卸売市場は落ち着きを取り戻しました。しかし、中東の混乱は既に、ボラティリティの高まりや物価上昇という形で世界の市場に影響を及ぼし始めています。

幸いにも、多くのPPA市場に影響を与えていた高インフレはここ数カ月で収まってきており、それによってPPA価格が横ばいとなり、一部には下落に転じる市場も出てきました。欧州で見られるプラス材料としては他に、再生可能エネルギー指令の改正(REDIII)があります。この改正の目的は、EUのエネルギー消費量全体に占める再生可能エネルギーの割合を2030年までに42.5%にすることと、許可手続きの時間短縮です。

その一方で、発電コストの上昇と長期的な卸売市場価格の下落により、コーポレートPPA市場では緊張が非常に高まっており、デベロッパーのリターンと企業のコスト削減の両方に有効なPPA取引の価格帯が狭まってきました。

PPA指数

EYのコーポレートPPA指数は、4つの主な指標から、各国のコーポレートPPA市場の潜在成⻑⼒を分析し、順位を決定します。データと方法論の詳細については、EYコーポレートPPA指標(PDF、英語版のみ)をダウンロードしてご確認ください。

  1. “Why The Global Stocktake Is A Critical Moment For Climate Action,” United Nations Climate Change website, unfccc.int/topics/global-stocktake/about-the-global-stocktake/why-the-global-stocktake-is-a-critical-moment-for-climate-action(2023年10月25日アクセス)
  2. Ferris, Nick, "Data insight: the cost of a wind turbine has increased by 38% in two years," Energy Monitor, 25 April 2023, www.energymonitor.ai/tech/renewables/data-insight-the-cost-of-a-wind-turbine-has-increased-by-38-in-two-years/?cf-view.
  3. “Cost Inflation Could Add $280bn In Capital Expenditure For Offshore Wind Industry,” OE (Offshore Engineer), 13 June, 2023, www.oedigital.com/news/505772-cost-inflation-could-add-280bn-in-capital-expenditure-for-offshore-wind-industry.
  4. 2012年の条件での価格設定。これは、2023年8月の61ポンド/MWhに相当。
  5. Bachtel, Lauren and Kim, Will, “US BOEM Announces First Offshore Wind Auction In The Gulf of Mexico,” Linklaters, 24 July, 2023, www.linklaters.com/en/knowledge/publications/alerts-newsletters-and-guides/2023/july/24/us-boem-announces-first-offshore-wind-auction-in-the-gulf-of-mexico.
  6. Global Offshore Wind Report 2023, Global Wind Energy Council August 2023, 25, gwec.net/wp-content/uploads/2023/08/GWEC-Global-Offshore-Wind-Report-2023.pdf.
  7. “US$27 Billion Investment Required To Mobilise Global Offshore Wind Supply Chain,” Wood Mackenzie, 17 August, 2023, www.woodmac.com/press-releases/27-billion-investment-required-to-mobilise-global-offshore-wind-supply-chain.
  8. “PPA Deal Tracker,” RE-Source website, resource-platform.eu/buyers-toolkit2/ppa-deal-tracker(2023年10月23日アクセス)

RECAIは年に2回発行されています。最近発行された号(PDF)は以下の通りです。


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サマリー

脱炭素化には洋上⾵⼒発電が不可⽋ですが、直近1年間は国・地域を問わず、⾦利の上昇やサプライチェーンの混乱がプロジェクトの経済性に影響を及ぼしてきました。アラブ⾸⻑国連邦でのCOP28開催を間近に控える今、各国政府とデベロッパー、投資家は、技術革新をコントロールしてスケールメリットを活⽤するとともに、エネルギー政策と産業政策を組み合わせ、電力セクター、ひいては地球全体が⻑期的にメリットを得ることができる⽅策に⽬を向けなければなりません。


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