オーストラリアが直面するスキル人材不足 ―― その解決策とは?

オーストラリアが直面するスキル人材不足 ―― その解決策とは?


オーストラリアは構造的な労働者のスキル不足に直面しています。


要点

  • 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)に伴う国境閉鎖の結果、オーストラリアでは、急速に失業率が低下し、求人数はロックダウン実施前の最高値を更新した。一方で、労働市場の逼迫(ひっぱく)が、ビジネス上の課題となっている。
  • 職業の流動性を始め人口移動、研修・教育セクターに至るまで、労働市場の硬直化が進んでいることがオーストラリアの労働者のスキル不足をもたらす要因となっている。
  • EYの労働市場モデルにより、オーストラリアの労働市場に潜む問題を捕捉し、職種別のスキル不足と潜在的な供給源について包括的な予測することが可能となる


労働力市場に関する政策を適切に策定しようと努めることは、企業や政府にとっていたちごっこのようなものです。例えば、完全雇用に関する政策に取り組み、何とか成果を挙げたとしても、労働者のスキル不足といった別の問題が必ず浮上します。そしてこれが今、オーストラリアが直面している問題なのです。
 

オーストラリアでは2019年、移民の純増により人口が25万人増加しました。しかし、2021年3月までの1年間では、第1次世界大戦後初めて、移民数が9万5,000人の純減となりました。新型コロナウイルスの国内への侵入を防ぐ目的で行った国境閉鎖の影響は大きく、オーストラリアの累積移民数は、わずか1年で、37万5,000人のマイナスとなりました。政府の世代間報告書(Intergenerational Report)では、2024年までに83万人のマイナスになると予測されています。



国境閉鎖は、オーストラリアの新型コロナウイルス感染症対策としては有益でした。オーストラリアで感染拡大が深刻化しなかったことは、家計や企業に向けた財務的支援政策と相まって、期待されていたよりも広範で、力強く、早い経済回復を支え、著しい雇用成長につながりました。その結果、オーストラリア史上最も急速に失業率が低下し、求人数はロックダウン実施前の最高値を更新しました。しかし、経済の再開に伴い、この史上まれに見る労働市場の逼迫が、事業者にとってすでに課題となっています。

国境閉鎖が終了すれば、この逼迫は緩和されると思われますが、それは、多くの人々が考えているような労働者のスキル不足による危機への特効薬にはなりません。オーストラリアは構造的な労働者のスキル不足の問題に直面しています。この問題は、これまで移民数が高水準で推移していたため表面化していませんでした。オーストラリアの労働市場は、この問題にどの程度迅速に適応できるでしょうか。そして、労働者のスキル不足による危機はいつまで続くのでしょうか。


移民は労働力全体の一部

労働力の供給においては、教育と研修が重要な役割を果たし、これを補うのが技術移民、一時滞在労働者、あるいは他の形態で滞在資格を得ている、移民労働者です。この点をより詳しく見ると、2019年には、移民が年間の労働市場流入者数に占める割合は5分の1未満でした。しかし、重要なのは、移民労働者以外の他の形態の供給が市場に後れをとっている場合、移民労働者の流入はとりわけ労働者スキル不足の緩和に役立っているということです。


国内の労働市場流入者の規模を考慮すると、新卒者が適切な研修を受けてスキルを習得し、経済全般において中長期的に需要がある領域で職に就くことが重要です。

しかし、国内の研修機関は、研修内容の点においても量の点においても、市場のニーズから大きくかけ離れています。例えば、職業教育訓練校(VET)修了者は過去5年間に大幅に減少しています。事実、VET修了者数がこの4年間、2016年の水準で維持されていたとしたら、現時点で15万人を超えるスキルを備えたVET卒業者がさらに労働市場に加わり、求人数が増加している多くの職に就くことができたはずです。

高等教育修了者層に関しては、大学卒業者は現在の職務に対して必要以上の教育を受けている、あるいは習得したスキルと必要とされているスキルとがマッチしていない場合が多いことが、調査により明らかになっています。分かりやすい例では、デジタル化が進んでいるにもかかわらず、国内の大学卒業者のうちIT関連の資格を有する者の割合は、2000年代初めには6%だったものが、3%にまで減少しています。

 

将来的にも労働力は硬直化

労働力の適応性と柔軟性を示す指標において、近年誤った方向に向かっているのは、残念ながら研修と高等教育に関する指標だけではありません。これは、労働者のスキル不足による危機が長期にわたり大きな影響を及ぼす可能性を示唆しています。

過去50年間にわたり減少してきた職業流動性(年間転職者の割合)は、コロナ禍の影響を受けて7.5%にまで低下しました。このように流動性が低下しているのはオーストラリアだけに限りません。OECD(経済協力開発機構)の分析によると、米国では1990年代初頭以降、労働市場の流動性が大幅に低下していることが各種の統計やデータにより示されています。


州をまたぐ移住も過去10年間、急激に減少してきました。1990年代には、州を超えて移住するオーストラリア国民は1年に2.0%でしたが、2010年以降は1.5%に減少しています。人数に換算すると、「典型的な」年の移住者は約10万人減少したことになり、2020年には、減少は15万人に上りました。1990年代の州間の移住率が2010年代でも継続していたとすれば、この10年間の移住者数は120万人以上増加していたはずであり、そのような人々は、多くの場合、労働力不足を補ったり、自らのスキルにより適した職に就いたりしたでしょう。

コロナ禍においては、どこに居ても働ける状況が多くの職種で加速する中、現在労働者のスキル不足が生じている職種の多くは、職場に物理的に行く必要があるものです。

このような要因が相まって、多くの事業者にとって労働者のスキル不足が新しいニューノーマルになりました。そして、これがオーストラリアの成長を妨げるようなことになれば、政策決定者にとっても重大な課題となるでしょう。

 

真の難題は適切な労働力の供給

EYの労働市場モデルは、オーストラリアの労働市場に潜む、手詰まり状態の問題を捕捉し、職種別のスキル不足と潜在的な供給源について包括的に予測しています。このモデルでは、需給の動態や移民、転職、再教育、求人、州間の移住の相互関係をまとめ、スキル不足がどこで生じ、それを埋めるために事業者がどこに目を向けるべきかを予測します。

EYはこのモデルを活用し、国家的に重要性を持つ6つの職種の需給の動態を分析し、私たちが直面しているさまざまな構造的課題の影響を明らかにしました。

このモデルは、経済の中に存在するどのような職種にも適用できます。このモデルを通じて得られる、職種や業界に特化した知見を、人事計画や事業予測、ディスラプションに備えた体制整備に活用することも可能になるでしょう。

EYの労働市場モデルによる分析の結果、スキルのある労働者不足の状況は職種により異なるものの、共通の問題があることが明らかになりました。その問題とは、オーストラリアでは、職業の流動性と人口移動に始まり、研修・教育セクターに至るまで、労働市場の硬直化が進んでいることです。


職業教育訓練校(VET)制度の成果は職種によって異なる

看護支援・介護ケア就業者

医療福祉関連の専門職には、オーストラリアでは女性が就くことが多く、看護支援・介護ケアの就業者数は8万7,000人(労働者全体の0.7%)で、医療ネットワークにおいて重要な役割を果たしています。現在、この職種は人員不足が深刻です。その一因は、医療ネットワーク全般に対する需要の増加ですが、この分野のVET修了者が継続的に増加していることから、スキル不足の問題は軽減される見込みです。しかし、州別の分析を見ると、一部の州では状況は異なります。例えば、南オーストラリア州では、予測されているスキル不足を解消するためには、VET修了や他州からの移住者の増加につながるインセンティブが必要となるでしょう。


自動車整備工

自動車整備工は全就業者の0.7%を占め(9万8,000人)、他の多くの職種と同様に、現在労働力不足に直面しています。これは、国内の訓練機関からの就職者数の鈍化や国境の閉鎖、地域間の移動の減少によるものです。今後、この職種の労働力不足はさらに進むとみられます。特に、鉱業が盛んであるために、労働力不足を解消するに足るVET修了者を市場に送り出せていないクイーンズランド州、西オーストラリア州とノーザンテリトリーでは、さらに深刻になるでしょう。


土木技術者とデジタル人材に対する需要が大幅に増加

ソフトウエアおよびアプリケーションプログラマー

ソフトウエアおよびアプリケーションプログラマーの職には15万人(就業者数全体の1.1%)が就いており、急速に成長しているテクノロジー分野の職種の1つです(5年にわたり年率11.3%増)。コロナ禍で、経済のデジタルトランスフォーメーションの加速と、スキル人材の主要な調達元であった海外からの移民停止が同時に起こりました。過去10年にわたり、国内でIT関連の課程を修了する大学・専門学校卒業者の割合が減少し、スキル面でのニーズを満たすために海外からの移民への依存度が増してきました。そのような状況にもかかわらず、国境閉鎖により移民が減少することで、オーストラリア全域にわたりスキルのある労働者が不足することになるでしょう。


土木工学専門職

土木技術者は6万1,000人(全就業者の0.5%)で、州政府や連邦政府の投資プロジェクトの中心的存在であり、プロジェクトが長期間に及ぶことを考慮すると、継続的に需要があると考えられます。近年、高等教育機関の卒業者数が頭打ちになっていることから、ソフトウエアプログラマーにみられる傾向と同様に、この職種でも、スキルのある労働者に対する需要を満たすに当たり、海外からの移民への依存度が高まっています。インフラ投資が増加しているニューサウスウェールズ州やビクトリア州などの地域を中心に、この職種でも労働者のスキル不足は拡大すると見込まれます。


移民というコインの表と裏

トラック運転手

オーストラリア全土にわたり、男性にとって最も一般的な職業はトラック運転手で、18万人(全就業者の1.4%)が従事し、文字通り、経済を動かしています。コロナ禍の到来以降、商品への需要は急増する一方で店舗は扉を閉ざす中、トラック運転手はサプライチェーンに必要不可欠な要素となりました。この職種は457ビザ(就労ビザ)の取得ができないため、スキルを有する海外からの移民への依存度は低いのですが、小さな州では需要が供給を上回る見込みであることから、国レベルの労働者不足を解消するためには州間の移住の増加が求められます。


料理人

他の飲食関係の職種の多くと同様に、コロナ禍が始まって以来、料理人は経済の大混乱の渦中にありました。ロックダウンがカフェやレストランに与えた影響は誰の目にも明らかです。しかし、総勢9万人(全就業者の0.7%)の労働者が被った影響は、それほど明らかではないかもしれません。この職種では、労働者不足を満たすために海外からの移民に大きく依存していました。しかし、例えば、新型コロナウイルス感染症の拡大による経済の落ち込みを受け、政府が打ち出した給与補助制度であるジョブキーパー制度は就労ビザ保有者には適用されないなど、政府の政策の恩恵はそれほど多くありませんでした。そして、このような移民労働者の多くに対して帰国が奨励されました。このため、今この職種で発生している労働力不足は将来も継続するとみられます。VETの近年の終了者数は期待できるものではなく、国境が開放されても移民が元の水準に回復するには数年を要するでしょう。


国全体によい結果をもたらす包括的なアプローチの必要性

このような大きな経済的ショックの後では、労働市場の逼迫は、少なくとも短期的には、悪いことではないと思えるかもしれません。しかし、現在の難局を契機として、より的確な移民政策を導入し、未来に適した教育制度へと改革し、地理的移動性と職業の流動性を向上させたときのオーストラリアを想像してみてください。

政策的見地からはあらゆる選択肢を検討すべきです。教育制度における不均衡の解消や移動性・流動性の向上には時間を要することを考慮すれば、移民を多くのセクターで活用することは、比較的単純な方法です。

このような要因のバランスを取り、労働力の種々のパイプライン全体のスキル不足に対処する新たな道を開くには、シナリオモデリングや予測が有益です。このモデリングでは、アップスキルを通じた職業の流動性に関するソリューションも示されています。また、他分野でも通用するスキルを持った人材や事業者が求める職種への転職を成功させた実績のある人材を事業主が探すことのできる機会も示しています。さらに、より関連性のある、的を絞った、タイムリーな研修プログラムを提供できるよう、教育セクターと連携することも事業者の役割です。自社独自のプログラムを開発している企業など、短期で修得でき分野を絞った教育プログラム(micro-credentialism)を好む企業が増えています。

特定のスキルに対する需要を明確化する上で、企業は重要な役割を担っています。そして、特定の課程や教育機関(VETと高等教育機関の双方を含め)の修了者を雇用する意欲を明確に示すことで、必ず、その分野を学ぶ学生を増やすことができるでしょう。

同様に、政府にも果たすべき重大な役割があります。最も重要なのは、移民政策を適切に策定することにより、オーストラリアのスキル不足解消に要する時間を劇的に短縮できる可能性があることです。そのためには、コロナ禍で生じた移民の減少を埋め合わせるための移民増加に向けた意欲的な取り組みが必要です。同様に、求められている適切なスキルを備えた労働者を特定するために、産業界と連携することも必要となります。この点については、コロナ禍にあって、政府はある程度意欲を示してきました。

政府は、職業の流動性に対する問題を緩和し、取り除く機会に目を向けるべきです。規制緩和タスクフォースが現在取り組んでいる就業資格・免許の州間での自動相互認識(AMR)などは良い例です。そして、要望の多いアップスキルを支援する機会にも目を向けるべきです。

さらに、政府に求められる最初の一歩は、多様な高等教育機関が、認定された職場訓練からマイクロクレデンシャル、ディプロマ、学位まで、すべて1つのスキルプラットフォームで承認されている幅広い教育課程をより柔軟に提供できるように支援することです。これは、長期、短期双方の教育コースの設計と提供に関して、産業界との連携拡大を促すことにもなります。また、公共セクターは就業者7人につき1人を雇用している点にも留意すべきです。

地理的な移動を向上させるのは難しいことですが、規制緩和や手続きの簡素化が進み、デジタルを使ったサービス提供により事務的な負担が軽減しているのも確かです。

政府と産業界がこれらを適切に進めていくことができれば、経済への強力な追い風となるでしょう。職業、産業、セクターの垣根を超えた知識の共有や、生産性の向上するため、職業の流動性が経済を活性化します。

EYの労働市場モデルは、このような課題に対して、職種ごとに対処することが可能です。このモデルは、どの分野から採用して育成するか、何人の従業員が必要か、どの領域で必要か、といった今、最も差し迫った問題に対する答えを求めている企業にとって極めて有用なツールとなるでしょう。

この問題への特効薬はありません。このような情勢の変動に対して早く行動を起こす企業が、来るべき人材争奪戦で勝利を収めることができるのです。



サマリー

オーストラリアでは、例年、移民を通じて25万人近く人口が増加します。しかし、コロナ禍と国境閉鎖のために、2021年の移民数は、9万5,000人の純減となりました。EYの労働市場モデルは、この変化により生じる影響と長期的な課題を考察しています。


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