2022/23年度オーストラリア連邦政府予算案概要:改革は選挙対策の後回しに

2022/23年度オーストラリア連邦政府予算案概要:改革は選挙対策の後回しに


2022/23年度オーストラリア連邦政府予算案概要が2022年3月29日に発表されました。


要点

  • オーストラリア企業は、環境変化に対応するための構造改革を必要としているが、今回の予算案はその改革を導入する機会を逃した。
  • オーストラリア企業は、供給の途絶、熟練労働者の不足、脱炭素化が進むグローバル経済といった課題に取り組むためのルール変更を求めたが、今回の予算案ではその答えは得られなかった。

ビジネスの観点から見ると、2022/23年度連邦予算は2つの課題を抱えていました。1つは、オーストラリア準備銀行(RBA)が早期利上げに踏み切る、あるいは利上げを後押しするような余計な需要の創出を避けること、もう1つは、経済の生産能力を高めるために供給制約を緩和することでした。

 

今回の予算が物価上昇圧力を回避しつつ、企業が可能な限り生産性を高められるような最良の基盤を提供するものであれば、満点と言えたでしょう。これらの政策は、ひいてはGDPの潜在力を高め、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)による負債の返済を容易にし、政府出資の医療、障害者、高齢者介護、防衛に対するニーズの高まりに対応する助けとなったはずです。特に、現代のような高齢化社会と地政学的に不確実な世界状況では、重要なことです。

2022/23年度オーストラリア連邦政府予算案概要をダウンロード(英語版のみ)

この点から、EYはジョシュ・フライデンバーグ連邦財務相に10点満点中6点を付けます。

今回の予算案では、労働のインセンティブを高め、より多くの人が職業訓練を受ける機会が与えられ、ビジネス環境を整えるような歓迎すべき政策がいくつか見られました。

有給育児休暇制度の改善は、働く親の仕事への関わり方により柔軟性を与え、また若い家族がさらに柔軟に仕事に対応できるようになることで、労働市場への参加を支援するものとなっています。

今年後半に見習いまたは研修生の賃金補助制度が終了する際には、優先的に必要とされる職種の職人見習い労働者を支援するため、オーストラリア見習い奨励制度(Australian Apprenticeships Incentive System)が導入される予定です。最も不利な立場にある若者の就職支援はリブート(Reboot)プログラムによって行われ、先住民の労働者は6億3600万豪ドルのレンジャーズプログラム(Rangers Program)の恩恵を受けることになります。

テクノロジー投資を促進する点においては、デジタル製品への投資を拡大する中小企業に対し、4年間で10億豪ドルの減税を行い、従業員のスキルアップを支援するために5億5,000万豪ドルが投入されます。また、従業員持ち株制度に関する煩雑な手続きを軽減することで、オーストラリアの新進テクノロジー企業は、熟練した従業員の獲得と雇用維持において、国際的な競争力を獲得しやすくなるでしょう。

追加されたインフラストラクチャー施策はすべて、州・特別地域政府への助成金を通じて、ボトルネックや移動時間を減らし、経済のキャパシティを少しずつ増やしていくというものです。

結局、今回の予算では、オーストラリアの企業は、供給制約、熟練労働者の不足、そして脱炭素化が進むグローバル経済といった、企業が直面する極めて現実的な課題に取り組むためのルール変更を求めましたが、今回の予算案では先送りとなりました。

 

生活費が予算案の主要なテーマ

420豪ドルの生活費税控除と所得補助受給者に対する250豪ドルの現金支給は、経済全体で41億豪ドルとなります。一見大きな金額に見えますが、これはオーストラリア人が1カ月の間にカフェ、レストラン、テイクアウトに費やす金額に相当します。

燃料税の一時的な引き下げは、ガソリン価格を下げ、その結果ヘッドラインレベルでのインフレ率を下げますが、節約された分は他の支出に回されるため、インフレ抑制にそれほど大きな影響を与えるとは考えられません。

中低所得者層への支援が悪い政策だとは言いません。実質賃金が低下している中で、食料品や燃料の価格上昇に対処する良い方法であり、ほとんどの世帯が取り残されないことを保証するものです。

企業はこの現金支給を歓迎すると思われますが、RBAの仕事を複雑にしないよう、他の歳出政策を引き締めることで相殺できたかもしれません。

 

実質的な税制改革はまたも見当たらず

新型コロナウイルス感染症の緊急状況から切り替える際、企業が安心して投資できるような実質的な税制改革が欠けていたためEYによるスコアを1点減点とします。また、歴代の予算から引き継いだ、政府が削減することができたはずの不要な政策がまだたくさん残ったままです。

2009年にケン・ヘンリー(2001~2011年に財務長官を務めたエコノミスト)が語ったように、税制や社会保障給付制度の仕組みは、生産性や労働参加に大きな影響を与える可能性があります。国際競争力の強化やイノベーションへの投資奨励にインセンティブを与え、また、健康や持続可能なプロジェクトなど重要で不可欠なサービスに的を絞ったインセンティブを提供する政策は、企業の投資を促進するでしょう。

住宅のアフォーダビリティへの対策も同様に期待外れです。手頃な価格の住宅供給への追加助成は歓迎されますが、住宅政策の多くは、断片的な需要サイドの政策に限定されたものでした。問題は、これらの施策のどれもが、住宅のアフォーダビリティの問題の核心である供給問題に対処していないことであり、明らかにこの問題への解決のチャンスを逃しています。

 

脱炭素化への取り組みは限定的

パテントボックス制度の適用範囲を低排出技術分野まで広げましたが、それでもオーストラリアは将来の経済を守るために今すぐ行動すべき機会を逃してしまいました。政府の方針は、低炭素な経済を達成できるだけでなく、GDPを大幅に押し上げる可能性がある新技術の開発と導入、研究開発の商業化、クリーンで新しいエネルギー源におけるオーストラリアの優位性を最大化するための投資を促進するために必要な政策には程遠いものとなっています。


財政再建の開始 ― 赤字の縮小と債務の削減

労働市場の好調により、個人所得税の大幅な上方修正と失業給付の減少がもたらされ、コモデティ価格の上昇により企業収益とそれに伴う税収の見通しが改善されました。

家計消費が予想以上に好調なため、商品サービス税(GST)の税収も予測期間中に増加し、州政府にとっては2025/26年度までの4年間で115億豪ドルもの増収となる見込みです。

このような力強い経済効果により、2022/23年度の基礎的な財政赤字は780億豪ドルになると予想され、予算は財政戦略の次の段階へ移行することが可能となりました。これは、年央経済・財政中間見通し(MYEFO)と比較して、基礎的な現金収支の赤字が209億豪ドルも大幅に改善された、まさに驚くべき結果です。緊急の景気対策はもはや必要なく、経済再建が当然始まることになります。

予算の底上げにより、純債務も改善されましたが、依然として記録的な水準にあります。純債務の見通しは予測期間全体にわたって改善される見込みで、2024/25年度のピーク時にはGDPの33.1%になると予想され、MYEFOの2024/25年度予測の37.4%から減少しています。


純債務が記録的であり、財務省が金利上昇を予想しているにもかかわらず(国債のイールドカーブはMYEFO以降大幅に修正された)、GDPに占める正味金利支払いの割合は依然として低く制御可能なレベルであり、世代間格差の観点から見ても喜ばしいニュースです。

2024/25年度までの正味金利支払額はGDP比0.7%とMYEFOと変わらず低く、1990年代に正味金利支払額がGDP比1.7%を記録した過去の水準を大きく下回っています。

しかし今後3年間の予想外の好景気と、コモデティ価格の上昇により予想される思わぬ利益の3分の1程度を歳出に回したことが、今回の予算に対するEYのスコアを若干下げています。

その理由は、基礎的な現金収支の赤字は予想より少なかったものの、もっと少なくできたはずで、政府の負債ももっと早く完済できたはずだからです。


10年ぶりに経済の潜在能力を発揮

世界市場におけるコモデティ価格の上昇が国民所得を押し上げ、経済が好調であることは間違いありません。今回の経済予測では、需要不足はなく、低い失業率と共に賃金上昇とインフレ圧力を伴う、経済の成長ポテンシャルを示しています。

経済全体の大きさを示す名目GDPの水準は、MYEFOと比較して恒常的に高くなると予想されます。短期的には、これは非農業部門のコモデティ価格の上昇を示しており、数年後には、生産の強化、国内物価水準の上昇、労働市場の活用が進むという予想を示しています。

2021/22年度の経済成長率予測は、MYEFOの3.75%から4.25%に引き上げられました。

2022/23年度までに失業率は3.75%に低下し、5カ月弱前のMYEFO予想の4.5%を大きく下回ると予想されます。失業率3.75%は1974年以来最も低く、財務省が設定している完全雇用率の4.25%を下回ることになります。

4%の失業率ですでに労働市場の逼迫(ひっぱく)を感じている雇用主にとって、間違いなく警鐘を鳴らすものです。しかし、より多くの労働者を労働市場に戻すためのトレーニングやインセンティブによって抑制されることが期待されます。


並外れて堅調な労働市場の状況は、時間の経過とともにより力強い賃金の上昇につながると予想されます。賃金価格指数は2022/23年度までに3.25%上昇すると予想され、MYEFOでの予想より0.5%速く、2012年以来最も高い割合となります。

労働市場の逼迫と供給側の制約により、インフレ率も加速し、2021/22年度に4.25%に達した後、2023/24年度までに2.75%まで徐々に低下すると予想されます。本年度は、高いインフレ率と緩やかな賃金上昇率の組み合わせにより、実質賃金が縮小することになるでしょう。

消費者はこの結果を生活水準の低下として感じることになり、慎重に見守る必要があります。


また、歓迎すべきは人口増加で、海外からの移住者の増加により、2023/24年度には1.3%に達すると予想されています。現在の非常に低い人口増加率は、労働市場の逼迫という形でオーストラリアの経済的な潜在力に大きなブレーキをかけているため、人口増加率の向上は好意的に受け入れられるべきことです。
 

 

経済成長は民間部門が後押し

経済状況は明るく、民間部門は家計と企業の強固なバランスシートに支えられ、経済成長の原動力としての役割を明らかに取り戻しつつあります。

これは財務省の予測にも反映されており、公的需要は2021/22年度の7.25%から1.25%に減速するのに対し、民間需要は2022/23年度に5.75%に加速すると予想されています。

企業へのメッセージは明確ですが、私たちが答えを待っているのは、政府が今回の予算で企業が活躍できるような十分な基盤を提供できたかどうかということです。

一見、否定したいところですが、われわれが直面している供給側の制約を緩和する政策を策定し、経済の長期的な生産性と成長を支えるためのプラットフォームを構築するアイデアを競う場を、今度の連邦選挙が提供してくれると楽観視しています。



サマリー

今回の予算では、オーストラリア企業が直面している大きな変化に備えるために必要な構造変革を導入する機会を逸してしまいました。オーストラリア企業は、供給の途絶、熟練労働者の不足、そして脱炭素化が進むグローバル経済といった、極めて現実的な課題に取り組むためのルール変更を求めましたが、今回の予算案では先送りとなりました。


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