Space Techシリーズ 第7回:宇宙スタートアップのIPO情報の比較と会計処理の考察

情報センサー2024年10月 デジタル&イノベーション

Space Techシリーズ 第7回:宇宙スタートアップのIPO情報の比較と会計処理の考察


2024年6月にスペースデブリの除去を行う(株)アストロスケールホールディングスが上場を達成し、国内の宇宙スタートアップとしては3社目の上場となりました。宇宙スタートアップが盛り上がりをみせている背景や、上場を達成した3社のIPOに関する情報や会計処理方法等について解説します。


本稿の執筆者

EY新日本有限責任監査法人 企業成長サポートセンター
公認会計士 吉田 陽介
常盤 勇人
弁護士 伊藤 貴則

主にスタートアップのIPOのための監査やアドバイザリーをはじめ、各種スタートアップ支援を行っている。2023年より宇宙ビジネス支援オフィスにおいて、宇宙スタートアップに対するIPO支援を行う。



要点

  • 日本国内の宇宙ビジネス業界において、技術革新や政府の支援等を背景にスタートアップが台頭している。
  • 上場を達成した3社とも赤字上場だが、上場時にはグローバルオファリングや旧臨報方式で広く海外機関投資家からも資金調達をしている点に特徴がある。
  • ディープテックであるが故に、いずれも収益認識における進捗度の測定には実務上の難しさがある。


Ⅰ はじめに

2024年6月にスペースデブリの除去を行う(株)アストロスケールホールディングスがグロース市場への上場を達成しました。これで、2023年4月の(株)ispace、同年12月の(株)QPS研究所に続いて、宇宙スタートアップとしては国内3社目の上場となりました。

日本の宇宙開発は長年、大手重工・電機メーカーを中心に行われてきましたが、ここにきてスタートアップの存在感が増しています。宇宙スタートアップが盛り上がりを見せている背景には、技術革新、政府の支援、市場の拡大、社会的関心の高まりなど、複数の要因があると言われています。技術面では、小型衛星の開発や低コストのロケット打ち上げ技術が進歩し、宇宙産業への参入障壁が低下しているため、スタートアップが新たに市場に参入しやすい状況となっています。政府の政策も大きな役割を果たしています。日本政府は宇宙産業を国家戦略として位置付け、宇宙スタートアップへの投資促進や規制緩和を行っています。これにより、宇宙スタートアップは資金調達や事業展開をしやすい環境にあります。また、市場の拡大も見逃せません。モルガン・スタンレーは、世界の宇宙ビジネスの市場規模は2021年の4,690億米ドルから2040年代には1兆米ドル規模になると予測しており、日本政府も日本の宇宙ビジネスの市場規模を現在の1.2兆円から2030年代初めには2.4兆円まで倍増させるビジョンを打ち出しています。実際に、衛星データの商用利用が増え、気象予測、農業、災害監視、通信など多岐にわたる分野での需要が高まっており、これが新たなビジネスチャンスを生み出し、宇宙スタートアップの成長を促しています。さらに、宇宙旅行や惑星探査への関心が高まり、宇宙に対する社会的な関心が増しています。メディアの注目も相まって、宇宙ビジネスへの投資意欲が高まり、市場が活性化しています。これらの要因が相互に作用し、日本の宇宙スタートアップは目覚ましい成長を遂げており、宇宙ビジネスの盛り上がりを支えています。

なお、東京証券取引所は2022年に宇宙をはじめ先端的な領域において新技術を活用して新たな市場の開拓を目指す研究開発型企業(ディープテック企業)に対する上場審査のポイントを明確化しており、これも宇宙スタートアップの上場の後押しになったものと考えられます。

本稿では、上場を達成した3社のIPOに関する情報や会計処理方法等について具体的に比較していきます。


Ⅱ 宇宙スタートアップ3社のIPOに関する比較分析

第Ⅱ章ではまず、上場を実現した宇宙スタートアップ3社のIPOに関するさまざまな情報を比較し、その共通項を探っていきます。

(株)ispace

(株)QPS研究所

(株)アストロスケールホールディングス

事業内容

月への物資輸送サービスをはじめとした月面開発事業

小型 SAR 衛星の開発、製造、小型 SAR 衛星より取得した画像データ販売

スペースデブリ除去や人工衛星寿命延長、点検・観測等の軌道上サー ビス事業

上場日

2023/4/12

2023/10/31

2024/6/5

上場市場

東証グロース

東証グロース

東証グロース

主幹事

SMBC日興証券(株)

SMBC日興証券(株)

三菱UFJモルガン・スタンレー証券(株)/モルガン・スタンレーMUFG証券(株)/みずほ証券(株)

監査法人

有限責任あずさ監査法人

有限責任監査法人トーマツ

EY新日本

会計基準

日本基準

日本基準

国際財務報告基準
(IFRS)

オファリング形式

グローバルオファリング

旧臨報方式

グローバルオファリング

公開価格

254円

390円

850円

公募・売出しの総額

7,051百万円

3,999百万円

22,710百万円

公開価格時価総額

20,426 百万円

13,650 百万円

96,074 百万円

初値

1,000円

860円

1,281円

初値上昇率

+293.7%

+120.5%

+50.7%

現在の株価
(いずれも2024/10/23終値)

663円

1,469円

999円

申請期予想業績
売上高
当期純利益


6,196百万円
▲7,889百万円


1,447百万円
▲713百万円


2,700百万円
▲11,500百万円

海外拠点

東京、米国、ルクセンブルク

福岡

東京、米国、英国、シンガポール、イスラエル

上位販売先

ムハンマド・ビン・ラシード宇宙センター
European Space Agency

官公庁
JAXA

One Web
JAXA
経産省
イギリス宇宙局

(各社の有価証券届出書及び業績予想資料等の公開情報よりEY作成)


これら3社に共通する特徴としては、いずれも上場申請期の業績予想における当期純利益が赤字であり、いわゆる赤字上場を達成しています。これはディープテックやバイオといった研究開発型ビジネスの企業のIPOでは一般的な手法です。研究開発型の企業においては、研究シーズを事業化し、プロダクトやサービスとして市場に出すまでの研究開発期間が長く、その間に多額の研究開発投資が先行して必要になることから、赤字が継続するのが通常です。そして、黒字化する前の段階でIPOによりまとまった資金を調達し、かつ、既存の投資家にイグジットの機会を設ける必要が出てくるため、赤字上場が行われることがあります。なお、3社が上場したグロース市場は、こうした成長期待の高い企業に対してリスクマネーを十分に調達する機会を提供するため、利益基準は設けられていません。

次に、オファリング形式は、グローバルオファリング又は旧臨報方式のいずれかが採用されており、資金調達先にいずれも海外機関投資家を含んでいる特徴があります。これは、公募・売出しの規模がある程度大きく、より広い範囲の投資家からの資金調達が必要であったことも考えられますが、加えて、宇宙ビジネスはグローバルな市場であることから、国際的な認知度を高めることや、国際的なパートナーシップやネットワークを構築していくこと、宇宙ビジネスに造詣の深い海外投資家からのより適正な評価を求めたこと等も理由として考えられます。

また、いずれも上位販売先に公的機関が含まれている点も特徴的です。宇宙ビジネスは多額の研究開発投資を必要とするディープテックであるため、政府や公的機関からの継続的な受注はスタートアップにとって非常に大きな支援になります。宇宙技術は各国の国家安全保障においても経済発展においても非常に重要な要素であることから、政府や公的機関としても宇宙スタートアップに対する投資や支援を強めています。

さらに、いずれの会社も公開価格が直近の資金調達時の評価額を下回る、いわゆるダウンラウンド上場となり、事業計画の蓋然(がいぜん)性や各パイプラインの成否に関する合理的な説明が比較的難しいとされるディープテックならではの評価の厳しさが浮き彫りになりましたが、一方で上場後の初値は公開価格を大きく上回る金額となっており、宇宙スタートアップに対する投資家の期待の高さもうかがえます。


Ⅲ 収益認識の会計処理に関する相違点

本章では、各社の開示情報から収益認識の会計処理の特徴を比較分析していきます。なお、(株)アストロスケールホールディングスは国際財務報告基準(IFRS)を適用していますが、本章で記載する論点については日本基準と大きな差異はないことから、日本基準をベースに記載しております。

(株)ispace

(株)QPS研究所

(株)アストロスケールホールディングス

主な事業の内容

① ペイロードサービス
② パートナーシップサービス

① 衛星画像データの販売
② 調査研究業務の受託

スペースデブリ除去等の軌道上サービスに関する技術の研究開発及び宇宙空間における実証

履行義務

① 顧客荷物(ペイロード)の月面への輸送のほか、打ち上げ前の技術的なアドバイスと調整、月面到着後の実験やデータ通信等に係るサービス提供を含む

② 当社活動を、コンテンツとして利用する権利や広告媒体上でのロゴマークの露出等をパッケージとして販売

① 顧客に対する衛星画像の納品

② 顧客に対する小型SAR衛星に関する実証研究の成果物の提供

合意された研究開発あるいは実証に関する成果物の提供

収益認識の方法

① 一定期間にわたり収益認識。現在のミッションでは進捗度の合理的な見積りができないため、原価回収基準により収益認識。3回のミッションを経たミッション4以降の進捗度は総原価の発生割合(インプット法)による。

② 契約期間に応じて収益認識

① 顧客が衛星画像を検収したときに収益認識

② 原則として、一定期間にわたり収益認識。進捗度の測定は見積総原価に対する実際原価の割合(インプット法)による。少額もしくはごく短期の調査等は、完全に履行義務を充足した時点で収益認識
進捗度を合理的に見積もることができないが、発生した費用を回収することが見込まれる場合、原価回収基準により収益認識

一定期間にわたり収益認識。進捗度の測定は、原則として見積総原価に対する実際原価の割合(インプット法)による。進捗度を合理的に測定できない場合には、原価回収基準により収益認識

上記比較を踏まえ、研究開発型ビジネスの企業における収益認識の検討ポイントについて説明します。

まず、研究開発型ビジネスの企業においては、自社で行う実証研究における実験データ等の成果物を顧客に提供するいわゆる受託研究を事業として行うことが多くあり、3社についてもこれに類する事業を行っているものと思われます。そして、いずれも一定期間にわたり収益認識する方法を採用しています。収益認識の方法を検討するに際しては、対象となる履行義務が一定の期間にわたり充足されるかどうかの判断が必要になりますが、そのためには、以下の3要件を検討する必要があります(企業会計基準第29号「収益認識に関する会計基準」第38項)。

要件

想定される取引の例

企業が顧客との契約における義務を履行するにつれて、顧客が便益を受けること。

清掃サービス

企業が顧客との契約における義務を履行することにより、資産が生じ(又は資産の価値が増加し)、それにつれて、顧客がその生じた(又は価値が増加した)資産を支配すること。

顧客の敷地内での建設工事

次の要件をいずれも満たすこと。

(1) 企業が顧客との契約における義務を履行することにより、別の用途に転用することができない資産が生じる。

(2) 顧客との契約における義務の履行を完了した部分について、企業が対価を受け取る強制力のある権利を有している。

受注制作のソフトウエア


これらの要件のうち、いずれかを満たす場合には、一定の期間にわたって充足される履行義務として、履行義務の充足に係る進捗度に基づき、収益を認識することになりますが、いずれの要件も満たさない場合には、一時点で充足される履行義務として、資産に対する支配を顧客に移転して履行義務が充足される時点で収益を認識することになります。中でも特に受託研究については、その性質から➌の要件を満たすかどうかがポイントになることが多いと考えられます。

また、3社はいずれも履行義務の充足に係る進捗度の見積方法として見積総原価に対する実際原価の発生割合(インプット法)を採用していますが、進捗度を合理的に見積もれない履行義務に対して原価回収基準を採用しています。原価回収基準とは、履行義務を充足する際に発生する費用のうち、回収することが見込まれる費用の金額で収益を認識する方法のことを言います。特にディープテック等の前例のない先進的な研究開発ビジネスでは、研究開発プロジェクト全体としてどの程度のプロセスや作業工数、原価が発生するのかを合理的に予測することが極めて困難であるために、結果として原価回収基準により収益認識するケースが多くなるものと考えられます。

さらに、第Ⅱ章で述べたとおり、3社は上位販売先に公的機関が含まれている点も特徴的ですが、契約の相手方が公的機関の場合には、公的機関が「顧客」に該当するか、すなわち売上高に計上できるかどうかも留意すべきポイントです。公的機関との取引は、委受託契約の形式をとりながらも、実質的には企業に対する補助金や助成金といった資金補助取引である場合があり、その場合には公的機関が収益認識に関する会計基準で言うところの「顧客」に該当せず、売上の対象とならない可能性があるためです。そのため、公的機関が契約の相手方となる場合には、契約の形式だけではなく、当該公的機関が経済合理的な判断により自身に需要のある業務を外部に委託する目的があり、かつ、委受託契約の目的となる成果物が公的機関に実質的に引き渡される取引であることを慎重に検討する必要があります。


Ⅳ おわりに

宇宙スタートアップはその事業化や事業拡大に多額の資金を必要とするものの、その資金ニーズを充足するほどの多額のリスクマネーを出資できる投資家は限られており、資金調達が宇宙スタートアップの大きな課題の1つとなっています。そのため、宇宙スタートアップにとってIPOは重要な資金調達手段の1つであり、成長実現の鍵となっています。EY新日本の「宇宙ビジネス支援オフィス」は、宇宙スタートアップのIPOと戦略的な成長の実現を支援するために設立されました。同オフィスでは、宇宙ビジネスに関する専門的な知見とスタートアップに対する豊富な監査経験・スキルを集結したプロフェッショナルチームが、クライアントのニーズに合わせたサービスを提供していきます。


サマリー 

2024年6月にスペースデブリの除去を行う(株)アストロスケールホールディングスが上場を達成し、国内の宇宙スタートアップとしては3社目の上場となりました。宇宙スタートアップが盛り上がりを見せている背景や、上場を達成した3社のIPOに関する情報や会計処理方法等について解説しました。


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