EYとは、アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドのグローバルネットワークであり、単体、もしくは複数のメンバーファームを指し、各メンバーファームは法的に独立した組織です。アーンスト・アンド・ヤング・グローバル・リミテッドは、英国の保証有限責任会社であり、顧客サービスは提供していません。
要点
EY Japanは2021年5月10日、「カーボンニュートラル社会の実現 エネルギービジネスの変革に向けたカウントダウン」と題したウェビナーを開催しました。
地球温暖化対策は、世界全体での喫緊の課題です。日本政府は2020年10月、2050年までに温室効果ガスの排出をゼロにする「2050年カーボンニュートラル 脱炭素社会の実現」を目指すと宣言し、2020年12月にはマイルストーンとして「グリーン成長戦略」を発表するなど、カーボンニュートラルへの移行を推進しています。
ウェビナー冒頭、EY新日本有限責任監査法人の常務理事かつシニアパートナーであり、公認会計士として電力・ガス取引監視等委員会の委員を務める北本佳永子は、「地球温暖化対策への取り組みは、ESG投資の視点からも注目されています。同時に、企業の経済活動において、SDGsは重要な意味を持つようになっています」と指摘しました。その上で、政府が発表した「2030年時点での温室効果ガス削減目標を2013年度基準で46%とする」という中間目標は、企業がカーボンニュートラルの視点で事業計画を見直す試金石になるとの見解を示しました。
EY新日本有限責任監査法人
常務理事 シニアパートナー
北本 佳永子
EY Japanでは2021年4月14日(リリース公開日)、2050年までのエネルギー需給を予測したリポート「エネルギービジネス変革へのカウントダウン」を公開しました。同リポートは、「再生可能エネルギーの大量導入」「分散型電源の一般化」「電気自動車(EV)の本格的な普及」といった転換点に着目し、未来のエネルギービジネスがどのような方向に向かうのかをシミュレーションしたものです。北本は「見通しの困難な日本のエネルギー市場において、カーボンニュートラルに向けた取り組みを推進しつつ、どのように国際的な競争力を高めていくかは、企業にとって重要な経営戦略」と説明しました。
今回のウェビナーは、経済産業省で資源エネルギー庁 長官官房 総務課 戦略企画室長(現グリーン成長戦略室エネルギー戦略調整官)を務める西田光宏氏を迎え、日本におけるエネルギー政策の全体像を伺いました。
また、後半ではEYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社エネルギーセクターのパートナー兼SDGs カーボンニュートラル支援オフィスのサブリーダーを務める細谷友紀が、「エネルギービジネス変革へのカウントダウン」を基に、今後のエネルギービジネスの変革とその展望について語りました。
Section 1
日本政府は2021年4月22日、2030年時点での温室効果ガス削減目標を2013年度基準で46%とする中間目標を提示しました。この数字は、これまで日本が示していた26%をはるかに超えた挑戦的な目標数値です。西田氏は「自然災害が多い中で、エネルギーの安定供給を確保しつつ、温室効果ガスをどのように削減していくか、この両立は簡単ではない」と語りました。
冒頭、西田氏は、近年の日本におけるエネルギー政策の全体像を説明しました。
2002年に公布・施行したエネルギー政策基本法では、「安定供給の確保」と「環境への適合」、そしてこれらを考慮した「市場原理の活用」の3項目が掲げられています。政府は2014年に同法に基づいた「第四次エネルギー基本計画」を策定し、2015年には同計画に沿った「長期エネルギー需給見通し(エネルギーミックス)」を公開しました。
エネルギーミックスで注目すべきは「3E+Sの同時実現」です。3E+Sとは「自給率(Energy Security)」「経済効率性(Economic Efficiency)」「環境適合(Environment)」「安全性(Safety)」を指します。これらをエネルギー政策の基本的視点と位置付け、同時達成を実現する施策を講じるのです。
具体的には、電⼒⾃給率を東⽇本⼤震災以前(約20%)よりも上回る25%まで引き上げること、電⼒コストの引き下げ、そして温室効果ガス排出量を欧⽶に遜⾊のない数値にまで削減することを⽬指すこととしました。その上で⻄⽥⽒は、「これらの⽬標達成には安全であることが⼤前提です」と語りました。
経済産業省
資源エネルギー庁 長官官房 総務課 戦略企画室長
(現グリーン成長戦略室エネルギー戦略調整官)
西田 光宏 氏
2030年度の電源構成では、再生可能エネルギーを22%から24%へ、原子力を22%から20%へとシフトさせ、非化石エネルギーを44%程度にすることを目標としていました。そして、化石(液化天然ガス・石油・石炭)エネルギーを56%にすることを目指していました。なお、2019年における化石エネルギーの比率は76%で、原子力の比率は6%でした。西田氏は「全体として非化石エネルギーの比率を増加させることが重要です」と指摘しました。
日本のエネルギー自給率は12.1%で、経済協力開発機構(OECD)加盟36カ国の35番目です。そして電気料金は高い傾向にあります。この課題について西田氏は、「経済効率性を考えれば電力コストの引き下げは重要です。しかし、脱炭素社会を目指すのであれば、エネルギーコストの上昇は不可避でしょう。コストの上昇をどのように抑制するか。現在、議論を進めています」と説明しました。
また、温室効果ガスの削減については、各国が自国の産業競争力の強化を図るべく、自国の得意分野を戦略的に使っていることを念頭に置くべきとし、以下のように述べました。「例えば、英国は2030年の温室効果ガス削減目標を野心的に引き下げています。この背景には英国が北海の天然ガス田を有しており、石炭依存からの脱却が容易だったことが挙げられます。日本も『グリーンであればいい』というだけではなく、温室効果ガスの削減施策をどのように産業競争力の強化につなげるかという視点が重要です」
Section 2
2050年までにカーボンニュートラルを実現するには、電力部門の脱炭素化だけではなく、非電力部門で再生可能エネルギーを利用したり、最新技術を活用したエネルギー転換を推進したりすることが重要です。では、現在どのような取り組みが進んでいるのでしょうか。
電力部門の脱炭素化では、再生可能エネルギーや原子力発電の利用によって、非化石電源の比率を拡大することが大切です。その上で、大気中に放出された二酸化炭素の回収・貯留にも取り組む必要があります。具体的には、二酸化炭素を抽出し、濃縮して貯蔵するDACCS(Direct Air Capture with Carbon Storage:炭素直接空気回収・貯留)や、CCUS(Carbon dioxide Capture, Utilization and Storage:二酸化炭素回収・有効利用・貯留)といった技術を活用します。
一方、熱や燃料として利用する非電力部門(産業・民生・運輸)では、脱炭素化された電力の利用だけでなく、水素、メタネーションなど合成燃料を通じた脱炭素化を進めることが必要です。ただし、こうした取り組みを進める上では、国民の負担を抑制するため、既存設備を最大限活用するとともに、需要サイドにおけるエネルギー転換への受容性を高めるなど、段階的な取り組みが必要になります。
例えば、製鉄プロセスではコークス(炭素)を還元剤として使用し、鉄鉱石から鉄を取り出しています。現在はコークスを水素に置き換える技術開発が進んでいますが、これには技術開発が必要であり、さらに製鉄所の設備を大幅に変更しなければなりません。
企業にとって新技術を導入する際の初期投資は大きな課題です。特に製造業で利用する設備はその寿命が長いことから、2050年にカーボンニュートラルを実現するためには、今から取り組まないと間に合いません。こうした課題について西田氏は、「非常に難しい課題です」とした上で、以下のような見解を示しました。
「コークスを水素に置き換える技術開発や、水素を使った製造プロセスの確立は世界中が求めている技術です。『課題』は『潜在的なビジネスチャンス』でもあります。世界に先駆けて課題解決をチャレンジしていくことで、(その分野において)イニシアチブを取ることができる。国としても技術開発を支援すべく2兆円規模の基金を用意し、産業競争力の強化を後押ししていきます」(西田氏)。
Section 3
もう1つ、避けて通れない課題は原子力の利用です。原子力は確立した脱炭素技術ですが、東京電力福島第一原発事故の影響で、国民から厳しい目が向けられています。西田氏は「国は国民の理解と信頼を得るべく、丁寧に説明を続ける必要があります」と語りました。
原子力発電の特徴は、圧倒的な発電電力量です。原子炉の寿命は40年間から60年間で、1基につき3000億~4500億kWh程度を発電します。太陽光発電は2MWのメガソーラーで20年間発電し0.5億kWh、30MWの洋上風力のウインドファームでも50億kWhであることを考えると、そのエネルギー密度のインパクトは絶大です。政府は「第五次エネルギー基本計画」で、原子力を「長期的なエネルギー需給構造の安定性に寄与する重要なベースロード電源」と位置付けています。ただし、今後の再稼働状況によっては、その先行きは不透明です。
消費電力量が大きく、かつカーボンニュートラルを表明している国の多くは、将来にわたって原子力発電を利用する方針を示しています。日本はエネルギーミックスの実現に向け、設備利用率の向上や長期運転も含め、安全確保を大前提に再稼働を進めていく必要があります。
講演最後の質疑応答では、聴講者から原子力発電所の高レベル放射性廃棄物の処分や初期投資回収に関する質問が寄せられました。
西田氏は「原子力発電所がある地域や最終処分地域との共生は、非常に重要」とした上で、「政府としても地道な努力を重ねて国民の信頼回復と理解を得ていくことが大切です」との見解を示しました。
また、原子力については、発電所を運用するにあたっても、廃炉を進めるにあたっても、人材の確保が喫緊の課題であることにも言及しました。現在の教育機関では原子力に関する学科が減少しているといいます。さらに、産業界でも原子力発電所の建設に不可欠な部品を製造するメーカーが減ってきており、産業構造を維持していくことが厳しい状態であるとのことでした。
最後に西田氏は、「正直、こうした課題は難しく『これだ』という答えを簡単に導き出せません。しかし、『必要なエネルギーを安価で安定的に供給する』というエネルギー政策の大目標に向け、少しずつでも歩みを進めていきたいです」と語り、講演を締めくくりました。
Section 4
続いて登壇したEYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社エネルギーセクターのパートナー兼SDGs カーボンニュートラル支援オフィスのサブリーダーである細谷友紀は、「カーボンニュートラル社会の実現:エネルギービジネスの変革に向けたカウントダウン」と題し、EY Globalが開発した電力業界の転換期をシミュレーションするモデル「EY Countdown Clock」を基に、日本における電力需給の将来像と、電力業界に求められる変革について説明しました。
細谷は、「日本が2050年にカーボンニュートラルの実現を目指す過程で、今後は再生可能エネルギーの普及と、電力業界のデジタル化が促進されます。一方、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の影響により、事業や社会システムは大きく変化しています」と指摘しました。
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
エネルギーセクター パートナー
SDGs カーボンニュートラル支援オフィス サブリーダー
細谷 友紀
EY Countdown Clockでは「第五次エネルギー基本計画」に基づく日本の経済・産業・人口動態を反映した「ベースシナリオ」と、化石燃料由来の発電比率が2050年で0%に達するようプログラムした「アグレッシブシナリオ」の2つを想定し、シミュレーションを実施しています。さらにEY Countdown Clockでは、電力事業における転換点を以下のように定義し、そのインパクトを分析しました。
セッションではこれらの転換点に注目し、「ベースシナリオ」と「アグレッシブシナリオ」でどのような差異が生じるのかについて言及しました。
Section 5
日本における電力需給は「分散型太陽光発電設備の普及」と「EV普及」がカギを握ると予測されていますが、そこには課題も山積しています。その1つがエネルギーコストです
太陽光発電設備の普及は、2019年度実績で約4GWに達しています。日本では、2020年代から「分散型」太陽光発電設備が急速に普及し、2050年代には電力供給源の主力に成長すると予測しています。その背景として、日本においても太陽光発電設備のコストダウンが進み、発電コストが年々低下してきていることが挙げられます。
一方、EVについては2025年を境にガソリン車との保有コストが等価になり、経済合理性を背景に爆発的に普及すると予測しています。
細谷は、EVの普及要因として「グリーン成長戦略達成に向けた充電器などの社会インフラ整備や炭素税の導入などにより、内燃車からEVへの乗り換え意欲を刺激すること」と説明しました。また、「今後は災害や停電時のバックアップ電源としての利用が普及にどの程度寄与するのかも分析のポイントです」と説明しています。
EYではEY Countdown Clockシミュレーションから得られた結論として、「日本の再生可能エネルギーコストは、2030年までの間でダイナミックに低減して経済合理性を実現する。さらに、同時期にEVもガソリン車並みのコストとなる」と予測しています。
下の図は積極的な脱炭素化政策やDER技術を導入した場合の転換点が到来する時期を予測したものです。左側のベースシナリオでは「分散型太陽光発電+蓄電システムのフル小売価格でのコストパリティ」(回避可能原価が上回る点:転換点1 (T1))が2029年になっています。また、「EVとガソリン車のコストと性能のパリティ」(転換点2 (T2))は2025年から2028年の期間だと予測しています。そして「分散型太陽光発電+蓄電システムと送配電(T&D)コストとのコストパリティ」が到来する転換点3 (T3) は、2046年だと予測しています。
一方、アグレッシブシナリオでは、積極的な脱炭素化政策の投入や分散型電源設備(Distributed Energy Resources)の導入の効果で、全ての転換点が前倒しされます。特に転換点3は、ベースシナリオと比較して8年も早い2038年に到来すると予測しています。
これについて細谷は、「分散型電源が加速してグリッドの利用が減少していくことで、今後10~20年でグリッドエンドの需要家が負担する送電網コストの大幅な上昇が想定されています。これは解決すべき課題であり、さまざまな視点で投資をしていく必要があります」と説明しました。
Section 6
EYでは電力業界に求められる変革を「安定化・回復」「ビジネスモデルの変革」「提供サービスの拡大」という3つのフェーズに分割し、それぞれのフェーズで達成すべき事柄を示しています。新型コロナウイルス感染症の影響から回復しつつ、同時にビジネスモデルの変革やサービスの拡大に向けた取り組みは、今後の大きな課題でもあります。
フェーズ1では新型コロナウイルス感染症からの回復について言及しました。従来のビジネスモデルを守ることを前提に、事業を安定化させなければなりません。
細谷は「安定化の局面では、事業継続性確保の視点で、短期的ニーズの優先順位付けをする必要があります。また、レジリエンス向上の観点では、事業を早期回復させる戦略的リスクとシナリオのプランニングの実施も不可欠です。最終的には顧客に従来のサービスを提供しつつ、インフラのデジタル化とレジリエンスの向上に注力できるような基盤の構築が求められています」と説明しました。
特にフェーズ2のビジネスモデルの変革では、回復後を見越して再生可能エネルギーの普及やEVをはじめとする需要側のエネルギー転換を視野に入れた事業計画を立てる必要があります。
このため、細谷は「長期的な持続可能性のためのエネルギー供給の転換」と「インテリジェント・グリッド・システム・オペレーター(IGSO)への転換」の必要性を提案しました。
今後、発電所事業領域でのベースロード電源では、原子力発電所と火力発電所の規模縮小が想定されます。一方、低炭素化に向けた新たな電源として、再生可能エネルギーと蓄電池が注目されており、同市場には10兆円規模の投資が期待されています。
さらに、イノベーションによる新技術と既存技術を組み合わせることで、フェーズ3の「提供サービスの拡大」につながり、事業用規模の再生可能エネルギーや分散型発電、グリーン水素といったエネルギーポートフォリオで構成されるようになるというのがEY Countdown Clockの予測です。
細谷は新エネルギーの分野で注目すべきは「グリーン水素」だと指摘しました。再生可能エネルギーでグリーン水素を生成することでエネルギーを貯蔵でき、運輸、産業、その他の分野での燃料として利用できます。グリーン水素は電力システムの柔軟性を高め、グリーンエネルギー経済への転換を進めるキーテクノロジーです。
最後に、細谷は世界各国の転換点を紹介しました。日本の転換点1は、オーストラリアと欧州の転換点1と比較して10年程度遅れる可能性があるといいます。細谷は「発電コストの低減が日本の課題です」とした上で、転換点2はオーストラリアや欧州とほぼ同等の時期になる可能性を示唆しました。
こうした諸外国との比較や日本の置かれている状況を分析できるのは、グローバルな情報ネットワークを持つEYグループの強みでもあります。細谷は「不確実性が強いエネルギー市場で事業計画を立案する時には、ぜひ、私たちEYが提供する情報を役立てていただきたいです」と述べ、セッションを締めくくりました。
※所属・役職は記事公開当時のものです。
eモビリティ化の加速に伴うEV普及問題で配電事業者が担う役割とは
eモビリティ化が予想以上の早さで加速する中、電力ガス事業者は電気自動車(EV)の普及を妨げないよう将来のケイパビリティを設計し、投資を実行しなければなりません。
2050年カーボンニュートラル達成のために必要な変革とは?~EY独自エネルギー需給予測モデル~
【EY Japan】カーボンニュートラル実現に向け、国内のエネルギーシステムは⼤きな転換期を迎えます。EYがグローバルのエネルギーセクターで開発した独⾃のシミュレーションモデル 「Countdown Clock」では、2050年までのエネルギービジネスにおける3つの転換点「Tipping Point」について、シミュレーションを⾏いました。
EY Japan、2050年までのエネルギー需給予測「エネルギービジネス変革へのカウントダウン」を発表
EY Japanは日本のエネルギー需給に関する予測「エネルギービジネス変革へのカウントダウン」を公開したことをお知らせします。
カーボンニュートラル実現に向けた取り組みは、国際的な産業競争力強化を念頭に置き、国策として戦略を講じる必要があります。中でも重要課題である原子力の利用は、国民の理解が不可欠です。また、エネルギー業界には電力需給の将来像を的確に捉え、再生可能エネルギーの導入拡大やEVの普及を視野に入れたシステム構築に向けた事業計画の立案が求められます。