企業経営の意思決定において、どのように行動経済学や心理学を生かすのか?

企業経営の意思決定において、どのように行動経済学や心理学を生かすのか?


行動経済学・心理学を起点に家庭向けの新たな再エネ電力サービスを開発

「BXストラテジー 実践行動経済学2.0 人を動かす心のツボ」出版記念インタビュー


要点

  • 従来のマーケティング手法では消費者の行動変容を起こせないケースにもBXは有効であり、特に再エネ利用促進など社会課題解決型のビジネスに適している。その鍵は、人間の本能に見合ったコミュニケーションを追求することにある。
  • 海外では社内にBXの専門チームやCBO(Chief Behavioral Officer)を置く企業が増加中。BXによって創出できる社会課題解決型ビジネスの市場規模は約11兆円であり、BXを重視しない企業はこれを取り逃がす可能性がある。
  • 発電者と利用者をマッチングする電力トレーサビリティを世界で初めて実用化した株式会社UPDATERでは、これを使って一般家庭の再エネ利用を拡大するためにBXアプローチを採用。クラウド型太陽光発電ビジネス「ピーパ」の創出に成功した。


梶山 喜規 氏、伊原 克将、伊藤 言

「顔の見える電力」をキーフレーズに「あの人が作った電気を私が使う」社会を目指してクラウド型太陽光発電ビジネスを創出した株式会社UPDATER。世界初の技術を用いて社会課題解決に資する高い目標とは裏腹に、一般家庭に広く普及させる手段に悩み、手詰まり感があったと言います。事業化への道しるべとなったのは、行動科学の最新の知見に基づきEY Japanが開発した、「人の心に寄り添う方向」に企業活動を誘う手法「BXストラテジー」でした。UPDATERのキーパーソンをお招きして舞台裏をお聞きしました。

出席者

梶山 喜規 氏
株式会社UPDATER
取締役 兼 SX事業開発本部 本部長

伊原 克将
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジック インパクト シニアマネージャー

伊藤 言
EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社
ストラテジック インパクト マネージャー



「行動科学 × 経営コンサルティング」で生まれるBXストラテジー

「行動科学×経営コンサルティング」で生まれるBXストラテジー

伊原:私たちは「BXストラテジー」という、行動経済学や心理学を起点として「人の心に寄り添った方向」に企業のコミュニケーションの在り方を変革する経営コンサルティングを提唱しています。BXとは、行動科学トランスフォーメーション(Behavioral Insight Transformation)の略。アカデミックな専門的知見を出発点としながら、さまざまな事業体が抱える経営課題を解決することをゴールとしています。

伊藤:ビジネスとアカデミアを橋渡しするための手法とも言えますね。私自身、もともと学術系の研究職出身ですが、そうした専門性をビジネスに生かす必要性を強く感じて、EYのコンサルタントへ転身。伊原さんと意気投合して、「行動科学×経営コンサルティング」を手掛ける日本初のBXストラテジーチームを立ち上げることになりました。

産学連携という話はよくありますが、研究者の問題意識とビジネス現場が解決したい課題がかみ合わないことは往々にしてあります。その溝を埋め、企業の課題を解決し、ひいては社会の課題解決にもつなげるには、経営の現場に近い立場でアカデミックな知見を生かすべきだろうと考えたのです。

梶山氏:企業の側から見ても同感です。私は4年前にエネルギー系の企業から今のUPDATER社に移り、「みんな電力」という再生可能エネルギーのプラットフォーム事業に携わることになったのですが、そこでEYの支援を受けることになって初めてBXストラテジーというものを知りました。

私が知るビジネスの世界ではいろいろな戦略や仮説は立てますが、最後は結局、経験則と勘所、度胸みたいなもので判断することが多かった。そこにアカデミックな知見を取り入れて科学的に戦略を組み立てるというのは、経営判断の在り方として非常に有益だと思います。

伊原:行動経済学というのは、ナッジ理論で知られる米シカゴ大のリチャード・セイラー教授が2017年にノーベル経済学賞を受賞したのを機に、ビジネス界でも一挙に話題となった学問です。ナッジ(nudge)とは、「人の心のクセを利用することで『ついつい』してしまう行動を促すちょっとした仕掛け」のこと。「肘で軽く突く」を意味する語句ですから、「強制せずにそっと促す」といったニュアンスがあるのでしょう。

伊藤:簡単に言うと、人の行動のメカニズムを解明し、コンピューターのように常に合理的とは限らない人間の経済行動について研究するのが行動経済学です。ただ、正確にはそうした学問は他にもあり、心理学や神経科学、社会学、文化人類学などはすべて、科学的な検証をもとに人の行動を研究するという意味で「人を動かすための科学」と言えます。

多くのビジネスパーソンになじみがあるのでわれわれも行動経済学という言葉を使っていますが、実は「行動科学」と総称されるこれら一連の学術的知見を駆使しているのがBXストラテジーです。

 

世界の産業界の目を奪う「人を動かす心のツボ」

世界の産業界の目を奪う「人を動かす心のツボ」

梶山氏:行動経済学という言葉は私も耳にしたことがありますが、具体的にそれを仕事に生かそうという意識までは持っていませんでした。

梶山氏:行動経済学という言葉は私も耳にしたことがありますが、具体的にそれを仕事に生かそうという意識までは持っていませんでした。

UPDATERという会社はベンチャーで、独自のブロックチェーン技術を使って「どこで発電された電気を誰が使うか」を追跡し、発電者と利用者をマッチングする電力トレーサビリティの商用化を世界で初めて実現しています。いわば「顔の見える電力」ですね。2016年に電力の小売事業が自由化されたことで、そうしたサービスにも市場性が生まれたわけですが、法人需要家に加えて一般消費者にも広く使ってもらうにはどうするか。歴史の浅い会社でマーケティングの専門部隊もない中で、新しい知恵を求めていたのがちょうどお二人と出会った頃でした。

伊藤:環境省の助成事業でご一緒したのが始まりでしたね。まさにそうした消費者行動について理解を深め、人の心のツボを押すにはどうしたらいいかと問題意識を持つ企業が世界的に増加傾向にあります。例えば、ウォルマート、コカ・コーラ、ウーバーテクノロジーズといったところが筆頭に挙げられますが、英米の先進的な企業では社内に行動科学の専門チームやCBO(Chief Behavioral Officer)を置くケースも見られます。

伊原:ビジネス界で行動科学が注目されているのは、実際にそれを取り入れた事業が成果を上げつつあるからだと思います。ウーバーでいえば、タクシー乗車アプリがその好例でしょう。最初はタクシーを呼んでも途中でキャンセルする利用者が多かった。そこで行動科学的な見地から検証したところ、どうやら待ち時間の手持ち無沙汰状態が原因であることが分かり、地図情報を使った追跡機能を開発したところ、キャンセル率を11%減らすことに成功したそうです。タクシーが近づくにつれて我慢もしやすくなる。そんな心のツボを押さえたわけですね。

梶山氏:そうした成功例を目の当たりにして、日本でも当社のように関心を寄せる企業が増えだしたということですね。一般的には、経済行動学は消費財などの企業と親和性が高いような気がしますが。

伊藤:おっしゃるとおりです。ただ、そうした業界では独自のマーケティング手法が確立している企業も多く、自社のノウハウで間に合うと見ている向きがあるのでしょう。日本では現状、金融や保険の分野で導入する企業が目立ちますね。

伊原:しかし、AIDMAモデルなど、従来のマーケティング手法では消費者の行動変容を起こせない場合があることが、多くの研究から示されています。「脱炭素や環境に配慮した商品・サービスを買っていただく」といった、社会課題解決型のビジネスなどはその最たるものです。地球の未来にとって絶対に必要な行動であることは理解されているはずなのに、なぜ思うように売れないのでしょう?

梶山氏:私たちの課題もまさにそれでした。当社では再エネ由来の電気を販売していますが、顧客の大半は法人で、個人のお客さまは1割ほどにすぎません。ESGの潮流もありますから法人需要家は買うべき動機が明確である一方で、一般家庭の場合は一部の積極的な応援層を除き、「大切なことですよね」と説明して回るだけではなかなか買い手が広がりません。

伊原:鍵は人間の本能にあります。ヒト種の進化の過程で大半の時間を占めたサバンナ環境に適用するよう、長い歳月をかけて人間の本能は形成されました。そこでは自分の居場所で毎日を生き延びることが最大の課題であり、どこかの誰かのための未来などには無関心です。つまり、私たちの本能は「今・ここ・私」に関することには反応しやすく、「将来・遠い場所・誰か」にとっての利害関係には反応しにくい。

伊藤:考えてみれば、気候変動問題に代表されるように、現代社会には「将来・遠い場所・誰か」のために行動することを求める状況が多くあり、それが社会課題をもたらす根本的な原因ともなっています。こうした中で人々の望ましい行動を呼び起こすには、「地球にやさしい」といった正論を通じてニーズを育てる従来型のマーケティングでは不十分です。人間の本能を科学的に理解し、本能に見合ったコミュニケーションを追求するBX的なアプローチが求められるのです。

伊原:われわれの試算では、BXによって社会課題解決型の行動を喚起することで創出できる市場の規模は、11兆1,229億円となっています。これは環境配慮や健康増進、老後資産形成といった社会課題を解決する行動に関連する市場を対象に、複数の調査に基づく拡大率を掛け合わせて算出したものですが、数値の多少の誤差は大きな問題ではありません。重要なのは今、企業がBXに目を向けなければ、これだけのポテンシャルを秘めた成長市場を取り逃がす可能性があるということです。

 

「クラウド型太陽光発電 ピーパ」事業に見る社会課題解決型ビジネス

伊藤:EYは世界共通のパーパス(存在意義)として、「Building a better working world 〜より良い社会の構築を目指して」を掲げているコンサルティングファームです。社会課題を解決しようとする意思はわれわれの原動力でもあるので、BXに取り組む必然性もあると考えています。

梶山氏:当社がEYとタッグを組んだのもそのためです。先ほどもお話に出た環境省の助成事業(令和3年度CO2排出削減対策強化誘導型技術開発・実証事業)に応募するにあたり、自分たちの力だけでは多くの消費者を動かす仕掛け作りはできないのではと不安もありました。

伊原:提案作りだけでなく、実証後にどうビジネスを回していくかの事業計画まで含めて協働しましょうという話になった。それができたのも、核となる御社の技術が優れていたからです。

梶山氏:当社は家庭向けの電力を販売する小売電気事業者ですが、この「新電力」と呼ばれる同種の企業が全国に700ほどあって、それぞれがどこの発電所からどれだけ電気を仕入れているかが30分ごとに計測され、データとして各社に送られる仕組みになっています。一方、電力の使用側でもお客さまの使用状況を30分単位で計測していますので、この両方のデータを当社独自のアルゴリズムで解析してマッチングすることにより、「どこの発電所で作った電気を、誰がどれだけ買ったか」を分かるようにしたのです。

これが2018年に法人向けサービスとして当社が商用化した、P2P電力トラキングシステム「ENECTION 2.0」です。環境省の事業はカーボンニュートラルの実現に向け、企業だけでなく一般家庭の再エネ利用も拡大させることが狙いにありますので、われわれはその助成を得て、このプラットフォームを個人のお客さま向けに進化させることを目指しました。

伊藤:そうして実現したのが「ENECTION 3.0」。個人の消費者も、自分が使っている電気がどこから来た再エネであるかが分かり、また逆に、特定の発電所を自分から指定して電気を買うこともできるようになる。極めて画期的なシステムですが、われわれに課せられた宿題は、この新技術にどのような意味付けを与えれば、実際に消費者の再エネ利用を拡大することができるのか。その解明にBXアプローチを試みました。

梶山氏:そうですね。電気は目に見えない。だから、再エネ由来であっても分かりづらく、消費者としてはつい料金の安い方に流れてしまう。それが電力小売自由化以来の傾向でした。また、最近では再エネと言わず、「脱炭素電源」と呼んだりする風潮もあります。それだと原子力も含まれますし、バイオマスとの混焼やCCS(CO2回収貯留)技術など脱炭素機能付きの火力発電も含まれて、地球環境を憂う消費者の思いとは必ずしも合致しない。もっと、家庭の皆さんの主体的な行動変容を促したいと思っていました。

伊原:そのために、われわれも試行錯誤を重ねました。自分で発電所を選べるのですから、例えばワインを選ぶように「この土地のこの電気」を打ち出すとか、ふるさと納税のように返礼品を設けて好きな発電所を応援してもらうとか。しかし、市場調査をすると反応は今ひとつ。

たどり着いたのが、再エネを選ぶだけでなく、自分自身で太陽光パネルを持ちたいと願うほど再エネ志向の強い一部の人たちです。このような「環境配慮重視タイプ」の人は全体の約5%しかいないことはわれわれの調査で分かっていましたが、それでも百万規模の世帯数にはなる。ここにターゲットを絞った意味付けをする方針を固めました。

伊藤:問題は、太陽光パネルを持ちたくても、マンションや賃貸住宅のため設置できない人たちが相当数いることです。その障壁を取り除くためにどうするか。われわれはまず、遠隔地にある太陽光発電所のパネルをレンタルできるサービスを考えましたが、UPDATERの顧客調査で出た答えは、環境重視の方々でも乗り換え賛成派は23%にとどまりました。

梶山氏:太陽光パネルを持つと聞くと、どうしても自宅の屋根に置くイメージが強く、遠隔地/レンタルといってもすぐにピンとこないようです。

伊藤:人々が3秒で反応する、そんな先入観を覆すには、3秒でイメージできる別の概念が必要になる。そこでBXによるアプローチで導き出されたのが「クラウド」です。これならパソコンアプリのサブスク契約のように、自前の設備を持たずに必要に応じて使えるイメージがすぐに浮かびます。

梶山氏:実際、このクラウド型のコンセプトに対して、顧客調査でも環境重視派の約5割が乗り換えに意欲的でした。この結果を見て、事業化に向けて社内の意気も一気に上がります。そうしてこの12月にリリースしたのが、個人向けのクラウド型ソーラー発電サービス「ピーパ」です。


「BXストラテジー」で作るウェルビーイングのある社会

伊原:では梶山さん、新サービス「ピーパ」についてご説明いただけますか。
 

梶山氏:はい。「ピーパ」は自宅に太陽光パネルを置かなくても、遠隔地にある太陽光発電所と契約し、区画として分割された自分だけのパネルで発電した電気を使用できるサービスです。電気はピーパ専用の発電所で作られるので、電気代が市場に振り回されにくくなり、毎月の支出が安定します。料金は月額のサブスク契約で、Webで申し込めて初期費用や工事も必要ありません。どこに住んでいても、誰でも利用できる再エネです。


本格的な発売開始は2024年3月以降を予定していますが、当社のお客さま向けに先行説明会を開いたところ、数百人の方から参加希望をいただきました。普段は数十人程度の集まりですから、いかに関心が高いか分かります。10件限定のモニター販売も1時間で売り切れるという好評ぶりで、期待の高さを実感しているところです。


伊藤:
区画販売という仕掛けも良かったですね。まるで映画館の座席を選ぶように好きな区画を必要な分だけ契約できる。借り物ではなく「所有」のイメージにこだわったところも、レンタルの検証を経て導き出されたBXの効用と言えるでしょうか。


梶山氏:
仕掛けは他にもいろいろあって、電気を作る人と使う人がつながる工夫も考えました。例えば、栃木県で建設中のピーパのための太陽光発電所は農地にあって、太陽光パネルの配置を調整することで、発電しながら農作物を栽培することが可能です。これには農家さんに向けた事業活性化支援の側面がある一方、それを応援するピーパの契約者がここを訪れて農業体験をしたり特産品を買ったりと、双方の交流を促す狙いもあります。


伊原:
自治体にとってもいいお話になりそうですね。今後はどう展開していかれますか。


梶山氏:
1つはサービスエリアの拡大です。ご存じのように日本の電力市場は地域性が強く、周波数の違いもあってエリアをまたいだ供給体制を作るのが難しいのですが、そこを乗り越えていくこと。もう1つは、蓄電システムの構築です。太陽光発電は昼間に電気を生みますが、家庭で主に使用するのは朝と夕方です。その需給バランスを調整するには蓄電池が必要なんですね。これをサブスクで提供できないかと検討中です。


伊原:
そしてさらに、「顔の見える電力」を通じて環境に配慮しつつ、地域にも貢献しながら発電所と利用者と地域の結びつきを強めていく。人々のウェルビーイングにもつながる素晴らしいビジネスだと思います。


伊藤:
人間の心のありようや行動について究める行動科学は、人生や対人関係、社会の在り方をより良くするための学問として、まさにウェルビーイングに欠かせない領域だと思います。だからわれわれとしても、BXを通じてビジネスとアカデミアの橋渡しをもっと強めていきたいですね。行動科学に限りませんが、多くの先達(せんだつ)が築いたアカデミックな叡智の集積を社会課題の解決に活用しないのはもったいないことです。


伊原:
そうした問題意識のもとに、われわれはこの10月に『BXストラテジー 実践行動経済学2.0 人を動かす心のツボ』(日本経済新聞出版、2023年)を出版しました。行動変容がもたらす11兆円市場を取り込む道筋をはじめ、ここで話し合ったことの詳細や活用事例、そして人を動かすための方法論が書かれていますので、ぜひ参考にしてください。本日はありがとうございました。


サマリー

「顔の見える電力」をキーフレーズに「あの人が作った電気を私が使う」社会を目指してクラウド型太陽光発電ビジネスを創出した株式会社UPDATER。事業化への道しるべとなったのは、行動科学の最新の知見に基づきEY Japanが開発した、「人の心に寄り添う方向」に企業活動を誘う手法「BXストラテジー」でした。


関連リリース

EY Japan、『BXストラテジー 実践行動経済学2.0 人を動かす心のツボ』を出版

EYストラテジー・アンド・コンサルティング株式会社(東京都千代田区、代表取締役社長 近藤 聡)は、2023年10月23日、日経BP日本経済新聞出版本部より書籍『BXストラテジー 実践行動経済学2.0 人を動かす心のツボ』を出版します。

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    『BXストラテジー 実践行動経済学2.0 人を動かす心のツボ』

    編者:EYストラテジー・アンド・コンサルティング
    出版社:日経BP日本経済新聞出版本部

    書籍についてのお問い合わせ・購入等は下記出版社サイトをご確認ください。
    BXストラテジー 実践行動経済学2.0 人を動かす心のツボ



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