資産保有者・資産運用会社はなぜ気候変動リスク開示で後れをとっているのか

資産保有者・資産運用会社はなぜ気候変動リスク開示で後れをとっているのか


資産保有者・資産運用会社は気候関連の情報開示を提唱しているものの、それを行動へと移していません。

本記事は、気候変動開示はいかに企業の評判と価値を守るのか?のシリーズ記事です。

EYグローバル気候変動リスク・ディスクロージャー・バロメーター2019の結果から、資産保有者・資産運用会社において、気候関連のリスク情報開示の対応率と質のスコアは、評価対象となった全セクターの中で最も低いことが分かりました。この順位は2018年の評価結果と同様でした。評価対象となった各資産保有者・資産運用会社の対応率と質のスコアは、気候関連財務情報開示タスクフォース(以下「TCFD」)の11項目の提言全ての対処・実施状況から算出しました。

TCFDの提言でガバナンス、リスク管理、目標と指標に関わるものについては、平均で約3分の1に対応がなされています。対応率が特に低かったのは、戦略に関わる提言で、対応率は平均よりも若干下回り、30%に達しませんでした。この最大の要因は、気候シナリオに関する開示が不足していたためです。これは、評価対象となった企業の75%強について当てはまります。

資産保有者・資産運用会社のセクターは、他のセクターと比べると、情報開示の質が著しく低く、スコアは戦略が12%、リスク管理が18%にとどまりました。カーボン・ディスクロージャー・プロジェクト(以下「CDP」)の調査に参加している企業は全体のわずか23%です。それが提言の対応率や情報開示全体の質が低い一因といえるかもしれません。EYの評価結果は、CDPの調査に参加している企業は、TCFDの提言に沿った最も包括的な情報源を持つ傾向にあることを示しています。

資産保有者・資産運用会社セクターは投資対象企業に対して情報開示を提唱しているものの、自らはまだ行動に移しておらず、リスクと機会を報告していないように見受けられます。同セクターで対応率と質の両面において最もスコアが高かった国は米国、英国、カナダ、フランス、オランダでした。

EYは、資産保有者・資産運用会社セクターのパフォーマンスを、TCFDの提言を構成する4つの要素別に精査しました。

 

ガバナンス

気候ガバナンス体制に関する何らかの情報を開示した資産保有者・資産運用会社は全体のわずか3分の1にとどまっています。このうちの大多数が、気候関連の問題が盛り込まれることの多い環境方針やサステナビリティ(環境・社会・ガバナンス「ESG」)の枠組みを統括しているのは、特定のグループではなく取締役会だと述べていました。

気候関連のリスク管理プロセスは具体的に説明されておらず、ESG管理プロセスに組み込まれているケースがほとんどです。開示された情報には、気候関連の問題が取り上げられた会議の回数や、気候関連の問題に関する経営幹部と取締役会のやり取りの明確な記述などは含まれていませんでした。

評価対象の企業の中でスコアが高かった企業のうち2社は、気候関連のリスクを含めたESGリスクの評価、モニタリング、管理に携わるさまざまなガバナンス組織について、より具体的な情報を開示しています。この資産保有者・資産運用会社2社が開示した情報からは、これら個別のガバナンス組織間のやり取りの内容も把握することができました。

スコアが高かったある企業は、最高財務責任者と最高リスク責任者が気候関連のリスク管理で果たす役割、気候変動運営委員会やリスクに関する特別に設置された委員会とのやり取りをサステナブル投資に関する報告書に記載しています。同社はまた、気候関連のリスクを含めたリスク管理慣行に関する近況報告と助言を取締役会に対してどのように行っているかについても詳述していました。

 

戦略

気候関連のリスクと機会、重要性の基準の詳細をある程度報告している企業は半分以下(37%)でした。気候関連のリスクについて報告している資産運用会社は大抵、移行リスクと物理的リスクの両方を対象としていました。開示された物理的リスクの情報には概して、ポートフォリオレベルと資産レベルでの慢性リスクおよび急性リスクの潜在的影響も記載されています。

リスクと機会
気候関連のリスクと機会、重要性の基準の詳細をある程度報告している企業の割合

開示された情報の大半では、気候関連のリスクが財務に及ぼす影響の試算が示されていませんでした。財務への定量的な影響に言及している資産保有者・資産運用会社の数は10にとどまっています。気候関連のリスクに起因する将来の財務的影響を試算する代わりに、一部の資産運用会社は、低炭素化への投資に割り当てた予算、あるいは、割り当てる予定の予算を報告しています。

ある企業は、異なる気候変動シナリオを3つ示し、各シナリオに対して立てた仮定について述べています。どのシナリオも、そのシナリオで予測される投資利益率の範囲を試算し、気候変動に対するその企業のレジリエンスに関連付けていました。


リスク管理

TCFDの全要素の中でスコアが最も高かったのはリスク管理です。それでも、資産保有者・資産運用会社によるこの対応率はわずか40%でした。一方、気候関連リスクを特定・管理するプロセスに関連して開示された情報で最もよく見られたのは、資産運用会社のESG管理プロセスについてのものです。気候関連のリスクと機会もこのプロセスの対象になると明記されています。

気候変連のリスク管理プロセスに関する情報を報告している企業は大体において、リスク管理プロセス全体にこのリスク管理がどのように組み込まれているかを説明していました。それでも、その半数以上が気候関連リスクの特定、管理、戦略全体への取り込みに関するいかなる情報もいまだに報告していません。

スコアが高かった一部の資産保有者・資産運用会社は、リスクの特定・管理方法を、リスクの特定・優先順位付けの基準を含めて詳細に説明していました。この基準は、座礁資産、カーボンプライシング、物理的影響の各リスクに対するポートフォリオのエクスポージャーの評価にも適用されています。

ある企業は、気候関連のリスクを含めた環境・社会リスクのモニタリング・管理の手法、頻度、担当者を説明していました。リスク評価は、ビジネス原則・基準のほか、そのセクター特有のガイドライン(環境的、社会的リスクが高いとされたセクターについては、デューデリジェンスに関するガイダンスも記載)に則って実施されています。

 

目標と指標

他のセクターとは異なり、資産保有者・資産運用会社は目標と指標において対応率と質のスコアで最高値を付けることができませんでした。対応率は平均で37%にとどまり、銀行セクターの63%や保険セクターの54%を大きく下回っています。

目標と指標
資産保有者・資産運用会社の平均スコア(銀行セクターは63%、保険セクターは54%)

最も多く開示されていた指標は、資産保有者のポートフォリオのカーボンフットプリントです。これには及ばないものの、再生可能エネルギーへの投資額も多くの資産保有者・資産運用会社が報告していました。

ポートフォリオのカーボンフットプリントの試算・計算で用いられる手法が、開示された情報に記載されていないことが多く、インターナル・カーボンプライシングに言及している資産保有者・資産運用会社の数はわずかでした。

スコアが高かった資産保有者・資産運用会社でも、2℃目標のシナリオに沿ってポートフォリオのカーボンフットプリント削減目標を設定し、それを開示情報で明確に説明している企業はほんの一部です。例えば、ある企業は、パリ協定で設定された2℃目標のシナリオに合わせて投資方針を策定し、この目標を達成するため、以下の目標値を定めたと年次報告書の中で述べています。

  • 年間の新規投資額の10%をグリーンアセットに振り向ける。
  • 2030年までに投資額全体にグリーンアセットが占める割合を10%にする。

サマリー

資産保有者・資産運用会社は今回もスコアが最も低いセクターの1つとなりました。気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言の中でも特に戦略への対応率の低さが目立ちます。今回の評価結果から、同セクターは情報開示を支持しているものの、自らはまだ行動に移しておらず、リスクと機会を報告していないことが分かりました。本記事は、EYグローバル気候変動リスク・ディスクロージャー・バロメーター2019の分析結果を参考にまとめたものであり、同セクターによるTCFDの提言への取り組みの現状を紹介しています。


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